学園都市にて。「大会五日目、Action<トラ>」。7月5日。
ドウの白い頭を見ながら路地裏を走る。
彼のスピードはそれほど速くない。本来ならば獣族はもっと早いだろうけど、傷は治っても体力は戻っていないのでしょうがない。
彼を置いて行かない理由は三つある。一つ目はオブリ校の場所はわかっても目指す寮がわからないという事。二つ目はハスキール・ティックスの名前はわかっても顔がわからないという事。三つ目は、助け出したときにドウが居た方が皆安心するであろうからだ。
辿り着いたのはオブリ校と森の間を分ける様に建っている細長い建物。
「二階の一番奥がハスキールの部屋だ。」
「捕えられているのは?」
ハスキールを捕えるよりも先に人質を救い出す。もし捕えられなくても、危害を加えられない様にする為だ。
「地下食料庫。台所から行くしかない。食堂は入ってすぐ右。台所はその奥だ。見張りまではわからなかった・・・・。」
ドウが怪我をしていたのは、この情報を得る為に忍び込んだ仲間を守る為だった。その仲間は囮となって街の外に逃走中だ。戦った敵はなんとか返り討ちにして捕えたらしいのでドウが裏切った事はばれていないと本人は言っているが、怪しいと思う。
「ドウ。何の用事だ。」
門番の様に玄関脇に建っている蜥蜴の獣人がドウの姿を見て誰何して来る。
「ハスキール様に話しがある。」
「話し?今は作戦実行中だぞ。聞いていないのか?。」
「待て。」
ドウが更に近づくと、もう一人の門番である兎の獣人が剣を抜いてドウの動きを止めた。
「ネクの野郎を追った仲間が帰らん。」
その言葉で何かを察したのか蜥蜴の獣人の方も槍を突き出す。
「武器から手を話せ。」
剣を突きつけられて咄嗟に腰の後ろの剣に手を伸ばしていたドウを牽制する。
(雲行きがあやしいな。)
そう判断すると、仲間を呼ばれる前に屋根から飛び降りる。降り立つ場所は二人の真ん中。落下中に素早く二回刀を振るった結果は、二人の気絶。
兎の獣人の剣と体を支えて音を立てない様にする。ドウも蜥蜴の獣人を支えてくれている。
そのまま玄関脇の木に並べて結んでおく。ここからは時間との勝負だ。
玄関の扉をくぐり、すぐ右の食堂へ。台所に見張りは居る様だけど食堂には誰も居ない。壁沿いを通って食堂と台所の境目まで行く。
あまり使われているとは思えない台所の中に居るのは三名。猪の獣人が一人と犬の獣人が二人。皆武器は腰に下げたまま何か話している。
ドウがこちらを見てきたので彼を指差し、次に一番右の犬の獣人を指差す。さらに彼の腰に下げられたナイフを抜き、投げる振りをする。これで判るだろう。
伝わったらしく、頷いてくれた。
まずドウが突入し、その後ろから僕が走る。
「なんだ?」
一番早く気付いた左の獣人にはナイフを投げ、刺さったのを確認せずに真ん中にいる猪の獣人に斬りつける。彼が斧を抜く前に顔に僕の刃が届いた。
「ぐおぉ。」
顔押さえ込み膝をついた所で気を失ってもらう。肩に刺さったナイフを抜こうとしている犬の獣人も同じだ。
ドウの方は数合打ち合ったのち、相手の手首にドウの剣が半分程埋まり勝負がついた。
いずれも気を失わせてから武器を取り上げて止血をし、捕えておく。怪我の痛みで目が覚めるだろうから口も塞いでおく。
鍵は持っていないようだったので、中に声をかけてからドアを斬る。内部には子供が数人と年寄り、それと女性が二名程。いずれも獣人だ。
「お兄ちゃん?」
その声と共にドウに走りよったのは、ドウと同じ白虎の獣人の女の子。
「シオ!」
ドウが女の子の縄をほどく間に、僕は他の人達の縄を斬って行く。
皆助けに来た事はわかる様だけど、僕が人族の為かお礼を言うだけで動こうとしない。
「ドウ。再会は一旦後にしてくれ。」
その言葉で我に返ったドウが皆に説明をして移動を始める。いくつかの足音が響いているので僕達の襲撃はばれているだろう。皆を急かして外へと向かう。
外へ出ると暗い中に居た為か、皆眩しそうに目を細めている。
「居たぞ。」
最後の一人が通って玄関のドアを閉める前に見付かった。
「ドウが殿をして大通りへ。」
それだけ指示して建物の中へ。広い所よりも建物の中の方が囲まれなくていい。それにここで道を塞げば彼等は追いかけられない。
「どけ!」
食堂から出て来た猫の獣人が切り掛かって来た。その後ろは少し距離がある。一瞬のうちに身体強化をすると剣を跳ね上げる。相手に取って予想外の力だったのか、大きく体を崩した所の胸を押し出す様に蹴る。そうする事で彼は後ろへ倒れ込み、更に後ろから来ていた奴らの邪魔となる。
その空いた時間を使ってジャンプ。天井近くまで飛ぶと、強化した刀を縦横に振るい、玄関の外まで下がる。そこでようやく仲間を乗り越えて来た奴らの頭上が崩れ、がれきが降る。天井を斬り崩落させたのだ。上は部屋だったらしく、建材だけでなくベッドや椅子、タンスが落ちて来て廊下が塞がった。少しは時間が稼げるだろう。
建物を見渡せる位置で待つと、玄関と建物の横から少しずつ人が出て来る。森の方へ行く分には逃げられるだろうけれど、ドウ達を追いかけたいのならば僕の後ろの道から行くしかない。
それでも散発的に襲って来る様な愚は犯さない様で、固まって武器を構えている。十四・五人といったところだろう。
最後に虎の獣人が現れた。
「人族の分際でよくも我らに逆らうな。そしてこの人数に逃げ出さぬ勇気だけは褒めてやろう。蛮勇だと思うがな。」
男が笑うと他の獣人も笑う。
「人質は今回の作戦が成功すればどうでも良いが、我らの邪魔をした貴様は生かしてはおけぬ。それに人族が死ねばさらに騒ぎは大きくなろう。」
朗々と話しているけれど、良いのだろうか。僕は時間を使ってくれた方が良いので構わないけど・・・。
「喜べ。貴様はエミリア・ウィゴードと共に歴史に名を残すであろう。我らの礎となったとな。」
無茶苦茶なことを言う。そもそもエミリアはともかく、僕の名前が残る事は無いだろう。
「貴様の名前をに聞いといてやろう。」
「トラ・イグ。」
なんで彼はそんなにノリノリなのだろうか。もうすぐ時間切れになるのに。
「トラか。勇ましくて良い名だ。この街を離れる手みやげ、そして開戦の祝いに貴様の首を貰うぞ。」
その言葉で皆武器を構え直す。
「突げ・・」
「武器を捨てろ。」
彼の剣が振り下ろされる前に大音声が響き渡る。
その声の主は屋根の上。
「リエールだと・・。」
「直に武器から手を放せ。」
さらに僕の後ろにも一人降り立った。
「今武器を放せば痛い思いをしなくてすむぞ。」
「千手無手・・。」
何人かがデン爺を見た事が会ったらしく、デン爺の言葉で戦意を無くし、その手に持った武器を下ろしていく。
「ばかばかしい。いくら竜とはいえ爺と婆と子供だぞ。」
ハスキールが声をかけ、戦わせようとする。
「今更怖じけ着いた所で、後には引けんぞ!」
その言葉で何人かは再び武器を構えた。
「デン。」
しびれを切らしたリエールさんの指示でデン爺が飛び出す。先頭の一人が慌てて武器を振り下ろすけどそこには既に姿がない。
「フン。」
デン爺の声が聞こえ、ハスキールが吹き飛び壁に激突する。
「殺すなよ。」
「わかっておる。」
「トラは一応縛ってくれ。」
デン爺が移動する度に人が数人ずつ飛び、こちらにも転がって来る。
近くに転がって来た一人目の武器を取り上げ、そいつの服を利用して縛り終わった時には、武器持った獣人は一人もおらず、二・三人がおびえた様に座り込んでいるだけだった。
「お主等も彼奴等を縛ってそこへ転がせ。」
デン爺の指示に何度も頷き、それまで味方であった男達を縛り上げて行く。
「デン爺決勝は?」
ハスキールや台所で縛っておいた男達もまとめ終わり、今はリエールさんが手配した輸送隊を待っているところだ。
「シスに任せた。トラが居ないなら儂は興味が無いからな。」
「誰か決勝に間に合ったかな。」
それほど時間はかからなかったけれど、既に始まっているだろう。ロクサーヌさんだけではシスに勝てる事は無いと思う。エルザも厳しいだろうけど、チビ姉ちゃんも居たら望みはあると思う。
「さぁのう。」
大会についてはそれだけで。他には学園の暮らしや、武術の話しをして時間を潰しているとリエールさんが帰って来た。
「向こうも無事に済んだようじゃ。」
エミリアの方も皆捕える事ができ、また、誰も怪我をしていないらしい。良かった。
「先にあちらのを運んでいるからもう少し待ってくれ。儂は大会の方に顔を一度に行く。」
「了解。デン爺も戻る?」
「いや、もう暫くここに居るわい。戻っても面倒なだけだからな。」
居れば竜王の名代扱いで色々と話しをしなくては行けないので、トゥアルに押し付けてきたらしい。トゥアルには御愁傷様としか言い様が無い。
その後は話しよりも軽い組み手をした。段々と熱が入り、輸送隊が来た時には幾人かの獣人に恐れられたけど、それは僕じゃなくてデン爺が恐ろしいだけだと思う。
「「お疲れー。」」
ブレンス校の一室で懇親会が開かれているというので顔を出すと、直にエルザとチビ姉ちゃんが寄って来た。
「決勝は間に合った?ロクサーヌさんが居ないみたいだけど、まさかシスが?」
いくらシスでも武術の心得の無いロクサーヌさんをぶちのめしたりはしないだろう。
「褒めて。優勝。」
「優勝?」
「そうらしいわ。ロクサーヌさんはジーノ先生と料理中。」
エルザは試合に間に合わないどころか、輸送隊が来るまで縛った奴らを見張っていた為にこの懇親会からの参加らしい。
「ということはチビ姉ちゃんとロクサーヌさんで?」
「うん。シスには必殺技を使った。」
「ひでー技だったぜ。」
手にワインが入ったグラスを持ったシスも寄って来た。
「どんな魔法?」
シスを倒す魔法はさすがに気になる。
「魔法じゃないな。ある意味魔法みたいなものだが・・・。」
「魔法じゃなくて魔法みたい?まるで謎掛けだね。」
「ふふ。お疲れさまでした。」
料理を運んで来たロクサーヌさんが僕に気付いて話しかけてくれた。
「ロクサーヌさんもお疲れさま。現在進行形みたいだけど・・。」
「私は一回も戦っていませんから。それよりも決勝戦は中々見応えの無い試合で、お客さんからは大ブーイングでしたよ。話し合いで決まっちゃいましたから。」
「話し合い?」
「えぇ。あ、先生が呼んでいるのでまた後で。」
ロクサーヌさんが去ったので当事者の二人を見る。
「内緒。内緒にするという約束。」
「ヒントだけでも。」
苦笑いしたシスが頷き、チビ姉ちゃんが話す。
「コティア・ジアドレ・アニウス・ピレス」
「ぶっ。」
シスが口に含んだ酒を吹き出した。
「汚い。」
「それヒントか?むしろ一番隠したい所だろう?」
それでわかってしまった。
「あー。それと奥さんへの手紙とか?」
「イエス。」
「え、トラはわかったの?何かの呪文かしら?」
エルザにはさっぱりわからない様だ。
「トラはなんでわかる・・。」
「だってチビ姉ちゃんにコティアさんの事教えたの僕だもん。偶然、村でね。」
「あ、お前か。なんで知られたのか不思議だったが・・・。はぁ。」
コティアさんは村にある唯一の宿のおかみさんで、早いうちに旦那を亡くしたけれど女手一つで宿を切盛りし、男の子を育てあげた逞しい女性だ。もう若いとはいえない年だけれど、美人であるため、村にはコティアさんを狙っている独身男性は何人かいたと思う。
「まぁ良いけどよ。あの頃のトラは小さかったのにな。」
「裏を取ったのは私。」
「ピレスさんだけはわからないなぁ・・・。」
他の二人は予想がつくけれども、ピレスさんはわからない。
「今度教えてやるよ。」
そう言ってシスは何処かへ行ってしまった。
「結局何だったの?」
エルザには後で教えてあげる約束をして料理へと向かう。
懇親会の参加者は貴賓席に座っていた来賓と各学校の関係者、それに大会の上位四チームだ。生徒の方から話しかける事はほとんどなく、来賓から声をかけられて緊張している姿がそこかしこで見られる。
うちの場合は活躍していたエルザとチビ姉ちゃん。それに現在活躍中のロクサーヌさんにたまに声がかかるくらいで僕に声をかけて来る人はほとんど居ない。その為、あまり減っていない料理に舌鼓をゆっくり打っている。
「余ったら持って帰れないかな・・。」
「問題ないと思いますよ。」
「えっ。」
独り言に答えを返されて驚いた。
「驚かせてしまったようですね。すいません。」
「セリシアさん。」
隣に居たのは案内を勤めてくれたセリシアさんだ。
「トラさんが暇そうでしたので。ご迷惑でしたか?」
「いや、僕は暇なのだけどセリシアさんこそ良いの?」
ガーツ校の学校関係者の枠で十剣の人は呼ばれている。大会へ協力をしていたからだろう。さきほどエルザに教えてもらった他の十剣の人は、シスや騎士団等の人達の元に行って話しをしている。
「えぇ。それよりもトラさんにお願いがありまして。」
「僕に?エルザとかじゃなくて?」
「はい。トラさんにです。」
「なんだろう。お世話になったし、聞いてあげたいけど・・・。」
出来る事と出来ない事がある。
「後日トラさんの都合の良い日で良いですから、一手御指南下さい。」
「一手後指南って・・・。」
この大会では全くと言って良い程戦っていないし、細剣使いという訳でもない。セリシアさんが何故そんな事を言うのか不思議だ。
「まさかエルザの様に刀と戦ってみたいとか?」
「いえ、先程イオシス様がアーサーさん達に怒っているのをお聞きしました。」
「シスが?」
「なんでも一人でもエルザさんに勝ったらトラさんと戦うべきだったと。クーラさんはその次にするべきだったと。」
「なんでだろう?」
チビ姉ちゃんは確かに別格の強さかもしれないけれど、勝つつもりなら戦力に余裕のある最初に戦うのも悪くはなかったと思う。
「なんでも、クーラさんには勝てないので、トラさんと立ち会って学ぶべきだったと。」
「学って・・・。」
シスは僕を買いかぶり過ぎだと思う。
いや、もしかしたら孫達にそうやって発破をかけたのかもしれない。
「それで立ち会ってみたいと?」
「はい。多少でしたらお礼もご用意できると思います。」
「いや、お礼なんていらないよ。お世話になったし、立ち会うくらいなら構わないよ。でもシスに稽古付けてもらった方が良い気がするけど、話しにくいなら代わりに話そうか?」
ああ見えても武聖と呼ばれているらしいから、武を志す彼女から話しかけるのを遠慮しているのかもしれない。
「ありがとうございます。けど、イオシス様は別格過ぎて参考にならないかと思います・・・。」
「そう?まぁ僕でいいなら構わないよ。指南になるかどうかは自信が無いけどね。」
「ありがとうございます。」
お互いの連絡先を教え合って分かれる。
「トラ殿はああいう娘が好みか。」
連絡先を交換していたのを見ていたらしいカイゼルさんが話しかけて来てくれた。
「いえ、今度試合をする事になりまして・・。」
「ふむ。まだマリアだけで良いと。」
「・・・・。」
誰にも話していないはずなのに。
「我らは鼻が良い。特にエミリアは血や魔力に敏感だ。それにお互い同意の上なら儂から言う事は特にない。」
マリアさんならそのことにも気付いて対処しそうなものだけど。
「別に恥ずべき事をしている訳ではないので隠す事も無かろう。まぁおおっぴらにするものでも無いかもしれないが、伴侶が一人ではない者も多いのだから。」
確かに奥さんが何人か居る人も居るし、逆に旦那が何人か居る人も居る。今日の来賓の中にもいるだろう。だけどそれは裕福な家庭や王侯貴族に類する人達がほとんどで僕みたいな一般庶民にはほとんど居ない。
「まぁ本人同士で決める事で私がどうこういうことではなかったな。それよりも此度も世話になったな感謝する。」
「いえ、あちらはエルザとチビ姉ちゃん、あ、クーラが行ってくれましたし。」
「うむ。二人にも礼を言わせてもらった。今日は他の者とも話さねばならないからこれにて失礼するが。できれば帰る前に改めて会いたいものだ。」
「エミリアと一緒に食事でもしましょう。」
「うむ。マリアもな。」
カイゼルさんと分かれた後はエルザやチビ姉ちゃん。料理が終わったロクサーヌさんと話して、最後に余った料理を包んでもらって帰る。
家に帰りタタラやオルカ、セバスさんにも報告をして軽く優勝のお祝いに乾杯をするとそれぞれお風呂に入って寝ることにした。
エミリアが出て来られる様になったら改めてお祝いをしよう。
そんな事を考えているうちに夢へと落ちていった。
ルビ振りの仕方がよくわからないので、()で書いてます。
文字間の調製もした方が良いのかな。




