学園都市にて。「大会四日目」。7月4日。
四日目は準決勝の二試合しかないので、試合の開始も遅かった。控え室入りを四時までにと言われていたけれども、昼を食べたら早々にガーツ校に行く。やる事が無かったのもあるけれども、混雑を避ける為だ。
準決勝にもなるとさすがに顔が売れて来たらしく、エルザとチビ姉ちゃんが歩くと何人かが振り返り、後ろに付いて来る人もいる。午前中に出かけたエルザは一人だったため色々な人に声をかけられて嫌がっていた。
大分早めの時間なのに、昨日も案内してくれたセリシアさんが校門で待機していた。付いて来た人も校門でシャットアウトされる。観客の入場はまだらしい。
「勝ち抜き戦?」
「あぁ。」
「彼等がそれを望んでいると。」
「俺の希望もある。」
控え室に尋ねて来たシスが勝ち抜き戦に出来ないかと聞いて来た。
「いいわよ。」
「ダメです。」
エルザとチビ姉ちゃんの意見が食い違った。
「私達にメリットがありません。」
確かに人数差もあるので勝ち抜き戦だと明らかに不利だ。そもそも僕達は四人しかいないのに相手は七人だし、特にロクサーヌさんは勝てないだろうから実質三人になる。
「まぁそうだが、そもそもなんでぺったんこがここにいる?」
ぺったんことはチビ姉ちゃんの胸を示している。
「ぺったんこではありません。師匠に卒業する様に言われたからですが、シスは私の機嫌を損ねない方が良いのではありませんか?」
「リーダーはトラだろ?」
僕の意見を聞いて来るけど・・。
「パーティーメンバーの意見は尊重しないとね。」
勝手に決めたらあとが怖い。
「あー、条件は?」
「単位を下さい。」
欲しい物は既に考えてあったらしい。即決だ。
「卒業できれば良いのか?」
「です。」
「なら、俺が融通できる単位をやるよ。武器戦闘系の授業は取ってないだろ?」
「幾つですか?」
「十くらいか?」
「足りません。」
十もただで貰えたら充分な気がするけど、二位と四位でも八単位しか変わらないのだし。
「じゃあ上級も入れた全部だ。」
「いいでしょう。嘘をつかないで下さい。」
単純に考えて二倍の二十くらいだろうか。
「お前等もそれでいいか?」
「私は、要らないわ。それよりもできれば修行を付けて欲しいの。」
エルザは最初からOKだったから単位は要らないらしい。
「夏休みまででいいか?それ以降はちょっと出かけるからな。」
「よろしくお願いします。」
「で、料理の嬢ちゃんはどうだ?」
いつの間にかシスはロクサーヌさんのことをこう呼ぶ様になっていた。
「私は特に・・。」
「そうか。なら料理の嬢ちゃんにはここらにはない食材でもやるよ。」
「最後はトラだけど、特に無いよな?」
「まぁそうなのだけど、あえて言うなら昨日刀でやった蛇を教えて欲しいかな。エルザと一緒にでも。」
「教えていなかったか?まぁいい。」
その後も少し話して決めたルールは次の通りだ。死ぬ様な攻撃がダメなのは変わらず、初戦以外は勝った人が次の対戦相手を指名できる事。降参を認める事。審判はキクノ校とガーツ校を除く各校から一人ずつと、シスが勤める事。以上だ。シスの孫達はシスに全権委譲しているらしく、その場で決まった。
「先鋒は私ね。」
シスが帰ってからエルザがそう宣言した。
特に反対は無い。
「私は指名され無い事を祈ります。」
「まぁロクサーヌさんが指名されたら早めに降参してもいいから。」
「すいません。」
ロクサーヌさんは後方支援タイプなので一対一は特にきついだろう。同じく本来後衛である魔術師のチビ姉ちゃんの心配はしていない。
待ち時間が長いので、皆の家族の事を聞いてみた。最初こそ家族の事を話していたはずなのに、いつの間にか外に立っているセリシアさんも呼んで武術と男の話しになっていたのは不思議だ・・・。
「準決勝第一試合、キクノ校チームトラ対ガーツ校チームグノーシス。選手の入場です。」
セリシアさんの合図で試合場に足を踏み入れる。
歓声の後ろで選手の紹介がされている。
「キクノ校はリーダーのトラ・イグ選手。あのジーノ・ヒローサの弟子、ロクサーヌ・ボウメ選手。リエール学園長の孫、『大戦力』エルザ・ブレンス選手。急遽参加の『FFF』のクーラ・イグ選手。一切姿を見せない『影女王』エミリア・ヴィゴード選手の五人パーティー。予備員までそろえる所が多い中五人という少人数。更に言うならばエルザ選手とクーラ選手の実質二人だけでここまで上がって来ました。トラ選手とクーラ選手は兄弟でしょうか?また、今回もエミリア選手はいない様子です。」
「二人は兄弟ではない。同じ師匠についた姉弟子、弟弟子の関係じゃな。」
司会者の横にはリエールさんが座っている。
「同じ師匠という事は武器を持っているトラ選手も魔術師なのでしょうか。そのチームトラと戦うのはチームグノーシス。彼等は全員今大会に出場している武聖イオシス・グノーシス様の孫で有り、ガーツ校の誇る十剣の一席から七席でもあります。今大会準優勝の最有力候補でもあります。」
準優勝と言われているのは、優勝がシスとデン爺のチームと予想されているからだ。午前中にエルザが賭所に行って見て来たので、司会者の言っている事も間違いない。ちなみに僕達は三位予想らしい。
「『FFF』って何だろうね。」
『大戦力』は何となくわかる。エルザが多くを倒して来ているし、倒し方も派手だ。エミリアに付いた名前は姿を一回も見せていないからだろう。
「不明。」
チビ姉ちゃんも知らないらしい。
「ファイア(F)フレンドリ(F)ファイア(F)の略らしいわよ」
エルザが教えてくれた。これも賭所で聞いたみたいだ。
「すでにご存知の方も多いとは思いますが、この試合は勝ち抜き戦で行われます。まず、・・・・・。」
シスと決めたルールが観客に告げられると、既に審判に知らせてある先鋒が呼ばれる。
「キクノ校エルザ選手。ガーツ校カサ選手。リングへ上がって下さい。」
エルザがリングに登る。相手は双剣を持っている。十剣の第七席らしい。横に控えているセリシアさんが教えてくれた。
「始めます。」
開始の合図は今までと変わらず、光の玉が落ちた時だ。
試合が始まり両者激突する。エルザの方が早かったらしく、正面に振るわれたエルザの剣をに対して双剣を十字にして受けている。
「ふんっ。」
エルザがそのまま押し込む。それに合わせて双剣をずらして一旦間合いを取ろうとするけどそのまま剣に押し切られた。エルザの剣はこの大会に合わせてほとんど切れ味がないので切られてこそいないけれど地面に叩き付けられた形だ。
激しく叩き付けられ地面から跳ねた所でエルザに蹴り飛ばされてリングアウト。
次にエルザが指名したのは三席の斧使いキトキ・グノーシスさん。
この試合は盛り上がった。リング中央で足を止めた二人は激しく武器をぶつけ合い、最後は斧が弾き飛ばされてキトキさんが降参した。竜の力に正面から打ち合えた力と技術は凄いと思う。
三人目は二席のイシュ・グノーシスさん。
彼は鍵槍と言われる槍を使っていた。普通の真っすぐな槍の横にもう一つの刃が付いた形だ。
打ち合わせた一合目、エルザの油断か頬に一筋の傷がはいった。竜の皮膚を傷つける腕を持っているという事だ。
傷がついたことでエルザが萎縮する事は無く、返って嬉しそうに剣と槍を切り結ぶ。突き出す槍も見事だったけど、更に凄いと思ったのは剣の間合いになってからだ。短く槍を持ち、剣とやり合うだけではなく、時にその柄を使って剣を受け流し、時に石突きを使用して間合いを取ろうとする。
勝負の分かれ目になったのはエルザの握力。剣に集中しすぎた所でエルザに槍を掴まれ、その柄を砕かれた。無手の心得も多少は合った様だけれど、槍程の冴えは無く剣を突きつけられ降参していた。
四人目は第一席アーサー・グノーシス。
エルザが多少疲れていたのもあるけれども、純粋な剣術の差で負けた。エルザも彼も身体強化をせずにいたことからお互いに剣術だけで戦いたかったらしい。エルザは剣を手放す事は無かったけれども、上段からの攻撃を綺麗にかわされた上に顔の前で剣を寸止めされて降参していた。
彼が次に指定したのはチビ姉ちゃん。
僕かとも思っていたけれども、今までの試合を見てチビ姉ちゃんが気になっていたらしい。指名されたチビ姉ちゃんは面倒臭さそうにしていたけどね・・。
結論から言おう。
彼は何もほとんどなにも出来なかった。
開始と共にチビ姉ちゃんは炎弾を連射。彼が剣と体捌きで徐々に近づこうとしている所に突風が吹きそのままリングアウト。炎弾を躱すので体重移動がおろそかになった所だったのでなす術が無かった。
次ぐ六席の斧使いタイル・グノーシスは炎弾を避け切る事すら出来ずリタイア。五席の短剣使いクワ・グノーシスは炎弾こそ避け切ったけれど、一席のアーサーさんと同じく突風を受けてリングアウトした。
最後になった四席の槍使いセイネル・グノーシスさんはなるべく擦り足で避ける様にし、また自己強化をもって突風は堪えた。だけど、その後に続いた炎と風の複合魔法である『炎風』にはなす術が無かった。突風を堪えた所に同じかそれ以上の力を持った炎の風が彼を襲い炎から逃げ出す様にしてリングアウとしてしまった。
チビ姉ちゃんになってからは特に試合も盛り上がらなかったけれど、後から聞いた所シスの指示はエルザと僕と戦った後にチビ姉ちゃんを指名するものであったらしく、言う事を聞かなかった一席の責任だろう。
その分次のチームミウ対イオシスの試合は盛り上がった。
今回もデン爺は現れずチームミウは七人がリングに上がる。試合が始まり、昨日と同じ様に矢が放たれる。昨日と違うのはリーダーのミウが参加した為に矢の量が増えた事だ。男の弓手と同じかそれ以上の早さで矢を放ち続けた。
対するシスは、刀を正眼に構えた後は手元がぶれる程の速度で刀を振るい、自分に当る矢をことごとく撃ち落とし一歩一歩前進して行く。盾を構える前衛の間合いの外で突如スピードを上げ昨日のオブリ校の前衛の様に踊り込んだ。
迎え撃ったのは昨日その手段がわからなかった魔法師。(ちなみに試合後に彼の手段に付いてシスに聞いたけれど試合が終わるまでは教えないと断られた。)彼は魔法師らしくなく格闘術でシスを迎え撃った。
そう思ったのは最初だけ。彼が掌手突き出す度に風が吹く。シスはその風すら避けているけれど、服や仲間の反応でわかる。
「デン爺の技に少し似ている。」
「大叔父様の?」
「うん。」
デン爺の場合は風ではなく、手や足の触れた所や時にはその周辺を凍らそうとする。ただ格闘術に魔法を乗せるやり方は似ていると思う。シスもそれを感じているのか、隙があっても決めずに楽しんでいる節がある。
乱戦の模様を生み出している為に弓の出番がない。盾と剣を持った前衛が加わろうとするけれども、味方の風にあおられるらしく中々上手くいかない。
そうこうしている間に、魔法師の動きが鈍っていた。どうも魔力制御が弱いようで、魔力が足りなくなって来たみたいだ。彼の魔力が完全に尽きる前にシスの一撃が彼を捕え意識を失った。二人が戦っていた間に弓手は離れており、再び矢を射るけれども同じ事が繰り返されるだけだ。シスに近づかれ一人ずつ倒されて行く。
最後に残ったのはリーダーのミウ。懐に入られてからは弓で牽制し、手で持った矢で攻撃をするけれども矢を切り飛ばされ、腰の短剣に手を伸ばした所で肩をしたたかに打たれて膝をついた。
あの弓矢を使った体術は面白かった。シスに時間がある様なら今度聞いてみたい。
明日はとうとう決勝だ。帰りにエミリアの元へ報告だけしたら、家に帰り皆早めに休むことにした。




