学園都市にて。「大会三日目」。7月3日。後半。
第三試合はオブリ校のチームスチンとガーツ校のチームユミだ。
両チームが入場してチビ姉ちゃんが呟いた。
「予想外。」
チビ姉ちゃんが言っているのはチームミウのことだろう。弓手がいる。それも数人。
チームスチンには弓はいなくて二人後衛が杖と短剣、前衛の二人は斧、二人は剣を装備していて、オブリ校所属らしく全員が獣族だ。ただし、後衛と言っても後ろに下がるのではなく、二列縦隊で開始線のすぐ後ろに並んでいる。
チームミウは残っているうちで唯一の女性リーダーのチームで、メンバーも七人中四人が女性。その四人のうち三人は弓を装備していて、杖は一人。男三人は盾と剣を装備しているのが二人と弓が一人だ。弓のうち一人がリングの外で待機しているのでその人が補欠だろう。全員がリングの外縁近くにいるのは遠距離攻撃を狙う為かな。
「チームミウのリーダーミウ選手。怪我でもしたのかリングに上がりません。」
司会者がそんな事を言っている。補欠ではなさそうだ。
「いや、さっきじゃんけんで負けたみたいだ。」
司会者にシスが答えている。
「じゃんけんですか?」
「あぁ普段は七人で授業を受けているのだろうさ。もし勝つ様なら俺の時には七人全員で相手してやろう。」
シスの声を聞いてリングの外に居るリーダーのミウが喜んでいる。
授業の事を考えれば、そもそも補欠がパーティーに居るわけは無く、今回の予備員というのは、普段六人よりも多いい人数でパーティーを組んでいる人達への救済措置なのかもしれない。
「始めます。」
副審判もリング外にはけ、光の玉がリング上に生まれた。
開始と共に動き出したのはチームスチン。しかし一歩開始線を越えた所で、弓が前列の二人を捕える。一射だけ肩当てに受けたけど、続く二射目からは武器で叩き落している。スピードこそ落ちたけれど前列が三人となり、確実に進んでいる。最後尾の魔術師達は動きながらも前衛に強化魔法をかけている。
チームミウはその場を動く事は無く矢を立て続けに撃ち、盾は地面へと固定し正面からの攻撃に備えている。特に男の弓手が素早く、途切れる事無く矢を放っている。
「一人撃っていない?」
矢をつがえただけで撃っていなかった女の子が上空へと矢を放つ。
山なりで飛んだ矢はリング中央ほどで弾けた。
「散弾?」
弾けた矢は幾つもの細かい矢になりリング上へ降る。その矢が地面へと突く前に再び矢が放たれ、矢の雨が降る。
「風魔法、『風行』。」
今度のエルザの疑問に答えたのはチビ姉ちゃん。
「あれってこんな魔法だったかしら?『風矢』の方が近そうだけど。」
『風矢』は文字通り風の矢で熟練すればするほど多く生み出せる様になる。一方『風行』は洗濯物を乾かすことや、船を動かすのに使われる事が多く、冒険者でなくても覚えている人が多い魔法だ。
リング全体に降っているけれども、チームミウは魔法師が生み出した風の結界により守られている。
「あれで逸れるってことはそれほど強い物ではなさそうね。」
この風の結界は初日にテレス校のチームルルが使った風の結界と同じ物で、発動までが早い分それほど強力な物ではない。
「『風行』はそれほど強力な魔法ではないようですしね。」
二人の言う通りだろう。それに落ちる破片の周りに発生する風を『風行』で強化しているだけなので、風の結界で方向を変えれば簡単に逸れるのだろう。
しかし、何度も食らって良い物でもない。そのため、チームスチンの魔術師達は自分たちへの身体強化は諦め前面に土の壁、上方に炎を生み出し、矢を防ぎ始めた。
更に幾つもの土壁を生み出し、それに合わせて前衛の四人がばらけ土壁を利用しつつ前進する。
その間にも矢の雨は降り続け、一人が被弾し、動きが鈍った所で手足に矢をくらい前進を止めた。矢の雨はそれほど強くない様だけど、前進を止め上空からの矢も防げないため何発も食らう羽目になり、意識を失った様だ。
それでも三人はチームミウの近くまで辿り着き壁の裏に隠れている。三人が呼吸を合わせ突進し、後方からは炎弾と石弾だ飛ぶ。石弾の方が少ないのは、土壁を幾つも作ったので魔力が底をつきかけているのだろう。
風の結界は突き破られ、前衛の盾二人は魔法を防ぐので精一杯だ。突進したうち一人は矢で向かい撃たれたけど、二人は盾の内側へ踊り込む。
そこまで攻め込まれてはさすがに矢の雨は止まっている。
「おっ。」
シスのおっさんが声を漏らしたのと同時に、攻め込んだ獣人の二人が弾き出されてそのままリングから落ちる。
「決まったな。」
シスの言う通り、残された魔術師二人は自らリングアウトした。
「勝者。チームミウ。」
「最後のは見えなかったけどわかる?」
盾の影だったし、人も多かったのでわからなかったらしいエルザが皆に聞く。
「魔法師が何かしたのだとは思うけど・・。」
僕にも良く見えなかった。
「わかりませんでした・・。」
「たぶん風魔法。何かはわからない。」
二人も見えなかったみたいだ。
「シスは見えたみたいだから後で聞いてみる?」
「そうね。」
何が起こったかは後で聞く事にして、本日最後の試合、ブレンス校チームイーゴ対イオシス達の試合を待つ。観客も期待している様でざわつきが大きい。
「チームイーゴって知っている?」
ブレンス校なのでエルザの知り合いかもしれない。
「え、えぇ。」
エルザの頬がひくついた。変なことを言っただろうか。
「むしろ知らないトラ君に驚きです。」
ロクサーヌさんにも突っ込まれた。
「リーダーは私のお兄様よ。パーティーは七人。私も誘われた事があるから知っているけど、全員竜人で、後衛三人前衛四人。後衛には回復役が居るから、今回は後衛二人前衛四人でしょうね。」
お兄さんなら知っていて当然らしい・・・。
チーム名が呼ばれて入場して来る人数はエルザの言う通りで、リング外に一人残って居るのがその回復役だろう。
それにしても今まで兄弟や家族の話しをあまりした事が無かった。
「三人とも兄弟はいるの?」
「私は兄と弟がいます。」
「私もロクサーヌさんと同じくお兄様と弟がいるわ。」
「いない・・。」
チビ姉ちゃんを除いて男兄弟しかいないらしい。今度エミリアやタタラにも聞いてみたい。
家族の話しになる前に一際大きな歓声が上がった。
シスの入場である。と言っても、司会者の席からリングに向かって走り、観客席を乗り越えただけだけど。
「こっちは俺一人だ。お前等は七人全員で来い!」
リング上でシスがマイクを握り宣言すると更に盛り上がる。
歓声で良く聞こえないけど、チームイーゴが何かを言うと七人目の回復役もリング上にあがる。デン爺は貴賓席にいるので参加はしないのだと思う。
最後の一人が加わった事で隊列が少し変わる。
前衛に三人いるのは変わらないけれど、後衛は中列に二人後列に二人となった。
「わかっているとは思うが、こちらからは攻めないからな。」
そう言ってシスがマイクをリングの外に投げる。
言葉を受けて、真ん中の一人が頷く。周りの観客の話しだと、シスはこれまでの試合も自分から攻める事をしていなかった様だ。
「あの真ん中で槍と盾を持っているのがお兄様よ。」
先程頷いた男がエルザの兄イーゴさんらしい。
「始めます。」
言葉と共にリングに光の玉が現れると、観客の声も静まった。
言葉通り光の玉が落ちてもシスは動かない。
そして、イーゴさん達も動かなかった。強化魔法を全員に掛けているのだ。強化を掛け終わっても突撃する事は無く、じりじりとその間合いを詰める。少しずつの前進は緊張感が有り、前衛の間合いを二歩程外した所で止まった。
「大きな魔法を撃つつもりかな?」
シスから攻撃を仕掛けないのなら、時間をかけて避けにくい大魔法を使える。
「そんなに強力な魔法を使えると聞いた事は無いけれど・・・。」
エルザのつぶやきが聞こえた訳じゃないと思うけど、エルザの言葉に続く様に魔法が発動し、シスの周りに囲む小さく茶黒いかまくらが生まれた。
「『泥室』。」
チビ姉ちゃんがぽつりと言ったこの魔法は見ため通り、泥で出来たかまくらで一般に防御用に使われる。似た様な魔法に『土室』や『氷室』があるけど、この『泥室』の特徴は刃物で切る事が難しく、また火に強い。
本来は出入り口になるところに石柱が生まれ、そこに走り出していた大盾を持った前衛が走り盾ごと体当たりをした。体当たりにより石柱は穴を塞ぎ、シスを閉じ込める。
「炎?」
閉じる直前に内部から赤い光りが漏れた。
「イオシスさんの魔力は?」
エルザに訊いてきた。
「普通の人間並みのはず。」
シスも師匠の修行を受けて僕と同じ様に魔力のコントロールができるけれど、一度に使える魔力量は人族の平均より少し大きいくらいだし、使える属性も一つしかない。そしてシスは身体強化と武器強化以外の魔法は使わない。
「大丈夫かしら。」
いくらシスとはいえ、人族であるその身で炎に包まれたらダメージを受ける。だけどエルザの心配は無用だと思う。その心配は受けたらの話しだから・・・・。
まず、一番後ろにいた魔法士の女の子がその場に崩れ落ちた。続いて真ん中に居た魔法士が、その次に前衛の二人、最後に盾を押さえていた男が崩れ落ちる。
「まずはリーダーから行ってみようか。」
声をかけるその手にはいつの間にか現れた刀が握られ、その先がイーゴさんに向かって突き出される。その刀で『泥室』を斬ったのだ。『泥室』は斬りにくいだけで斬れないものではない。そしてシスの腕をもって斬れないという事は無いという事だ。
「お嬢ちゃんは皆の回復な。」
最後尾の回復役とイーゴさんを残したのは、イーゴさんとの戦いの間に皆を回復させる魂胆からのようだ。
シスに指示された訳ではないけれど、イーゴさんも共に皆が倒れてない所まで移動する。
シスに斬られた為か『泥室』は崩れ落ちた。
「剣を交える事が出来光栄です。」
「来い。」
短い会話の後にイーゴさんがシスに近づく。その槍の間合いまで数歩の所で左手に持った盾を落とし、両手で槍を握る。そのまま一歩進む足で落ちて来た盾を蹴り上げる。
シスは躱すでも無く、宙に浮いた盾を二つ切り分けた。その後ろから突かれる槍。
「あれも蛇?」
「多分。」
突き出された槍は宙に舞っている。多くの人にはシスが振り下ろした刀を元の位置に戻した様にしか見えなかっただろうけど、確実に槍と交錯している。
「多分?」
「僕は刀での蛇は使えない。」
以前エルザの行った通りに刀は他の武器と比べて曲がったりしやすく、相手の武器にからめるような動きをした場合には特にそれが顕著だ。なので僕は相手の武器と打ち合わせる事はあまりしないで、躱すか受け流す様にいている。
イーゴさんは手から失われた槍に固執する事無く、もう一歩足を踏み出して拳を放つ。それに合わせてシスが一歩引き、イーゴさんの首筋に峰に返した刀を落とした。
シスの一撃を食らったイーゴさんだけど、ふらつきながらも構えを取る。
「爺の手だな。」
構えから判断したのかもしれないし、踏み出した足でシスの足を踏もうとした流れからの判断かもしれない。シスがそんな事をぽつりと言うけど、ふらついた体ではシスの二撃目を避ける事は出来ずその場に倒れ込んだ。
「よくお兄様は倒れなかったわね。」
何度もシスに地面を嘗めさせられているエルザがしみじみと言った。
「体をずらして急所を外したみたいだけど、あまりお勧めできるやり方じゃないと思うよ。」
今回は峰打ちだったから良かったけれども、刃だったらシスの場合竜の鱗だろうが切る。それに下手に動かす事によって、気絶ではなくて致命傷になる場合もある。
倒れたイーゴさんはシスの手でリングアウトさせられ、既に回復している前衛から順番にシスと戦っていく。一応、全員で来るかを聞かれたけれど皆一対一を選び、再び順番に敗れていく。最後の回復役の女の子も持っていた杖と短剣で戦ったけれど、喉元に刀を突きつけられて降参したのちに離れて一礼をするとリングを下りた。
最後にシスの勝ち名乗りが挙げられ、歓声というよりは生徒の健闘を称える様な拍手が鳴る。
こうして大会三日目の幕が降りた。




