学園都市にて。「大会三日目」。7月3日。前半。
三回戦からは全試合ガーツ校で行われる。今日は午後に四試合の予定で、僕達は一試合目なので昼前にはガーツ校に着いていた。
「こちらへどうぞ。」
校門で待ち受けていた女子生徒に案内され控え室へと行く。
腰に剣を下げ、騎士の様な格好をしている。
「彼女十剣の一人よ。」
「十剣?」
「ガーツ校において武系の成績の上位十人に与えられる称号です。校内での順位戦もあるとか・・・。」
ロクサーヌさんも知っていたらしい。
「九席のセリシア・トラドと申します。本日は皆様の案内役を務めさせていただきます。よろしくお願いします。」
「あ、こちらこそおねがいします。」
会話を聞いてだとは思うけど、歩いている途中でいきなり立ち止まり礼をされて驚いた。
「食事や手入れの道具は中に備えてありますが、御用があれば外におりますのでお申し付け下さい。」
そう言って控え室から出て行く。
「礼儀正しい人だね・・。」
少し固い感じがするけど、嫌な気分にはならない。
「騎士の教育には礼儀作法もありますから。」
「それにしても、今まではなかったよね?」
一回戦も二回戦も試合場まで自分で言ってそこで控え室を教えられるだけだった。勿論食べ物なんかもなかった。
「三回戦からは違うってことよ。」
「毎年?」
「そう聞くわね。主催の学校に会場が移ってからは扱いが良くなるらしいわ。」
「中々美味しい。」
チビ姉ちゃんはさっそくサンドイッチを頬張っている。
「食べ過ぎて動けない事の無いようにね。」
それでも用意された七人前の軽食は僕とロクサーヌさんが軽くつまみ、残りは二人のお腹の中に全部おさまった。
「エルザにつられて食べ過ぎた・・・。」
チビ姉ちゃんはお腹を押さえている。あった当時とは違ってエルザを呼ぶのにさん付けじゃなくなった所を見ると少しは仲良くなったのだろうか。二人は戦いでも息が合っていたし、特別早いという事もないだろう。
「残したら私が食べたのに。」
エルザは余裕そうだ。
「第三回戦第一試合。キクノ校チームトラの入場です。」
拍手と歓声の中、緊張した様子もなく喋りながら進む。
「続いて、ブレンス校チームキースの入場です。」
反対側からキース達が入って来た。
「あのさ、クーラさんもお腹が一杯の様だし、最初の五分は一人でやらせて欲しいの。」
エルザがそんな事を言い始めたのはリングに上がる直前だった。
「両チーム。開始線の後ろに移動して下さい。」
アナウンスに従ってリングに上がる。
「かまわない。」
「私はどうこう言えませんけど・・・。」
女性三人の視線がこちらに集まる。
「・・・・・。」
「トラ。お願い。」
こうしている間にも副審判が両チームに対して、改めて相手を死亡させない事等の注意事項を言っている。
「危なくなったら介入するよ。」
「ありがとう。」
エルザにも何か思う所がある様なので条件付きの許可をする。いくら実力が合ってもイレギュラーな事は起こりえるし、一対複数は実力差がかなり無いと無傷とはいかないものだ。
「うん。問題ない。」
チビ姉ちゃんが副審判に対して同意をすると、副審判はリングの外へ行き、チビ姉ちゃんは僕達と同じ後方に下がって来る。逆にエルザはいつもの開始線まで前進する。
向こうのチームも問題が無いようで審判が下がり、一人を除いて開始線の所まで下がる。
「始めます。」
司会者の声で観客の声は更に大きくなり、光の玉がリング上に現れる。
「二人共準備だけはしておいて。」
木刀は地面に起き、刀を抜き、二人にも何時でも行動に移せる様に指示をしておく。
「わかりました。」
「何時でもOK。」
光の玉がリングに落ち、エルザが突進する。
エルザとキーツ達は自己強化以外に魔法師から強化を受けたキーツ達の方が若干遅い。キーツ達の隊列は以前見たキーツを先頭に後ろにカリノ、その両サイドに剣士と槍士が控え、最後尾に盾と剣を持った男がいる。
「エルザ一人か?」
今までは無かった声が聞こえた。
声に反応して一瞬司会者の方へ視線を飛ばした時に、エルザとキーツ隊は中央より若干奥まった所で激突した。
司会者のブースに見た事ある顔が座っている気がしたのは気のせいだろうか。
エルザは剣を握ってなく、その拳でキーツを大盾ごと殴った。見え見えの大降りパンチだったのだけど、キーツは避ける事なく大盾で受けたのが失敗だ。もっとも隊列を組んでいた所為で避けられなかっただけかもしれないけど。
キーツ選手が飛ぶ。
受けた結果、大盾は中央に大きなへこみと亀裂を付け、持ち主ごとリングの外へ飛ばされた。最後尾の盾持ちが倒れているのは、飛ばされたキーツの足が当って尻餅をついたからだ。
「動いているようじゃが、リングアウトしては復帰できんのぅ。」
さすがにキーツが飛ばされ同様が隠せない様子だけど、直に立ち治りエルザへと攻撃が集中する。
カリノの突きはエルザがその突き手ごと止め、槍は腹を突き、剣士は脇を抜けこちらへと走って来る。
「さすが、エルザ様。私達ごときでは・・。」
槍はエルザの服を破るに留まり、皮膚一枚傷つけてはいない。至近距離に居るカリノが何かエルザに話しかけている。
「しかし、後ろの雑・・キャーーーーーー。」
彼女の言葉は最後まで発せられる事もなく悲鳴へと変わった。
その理由は、
「ぶん回していますね。」
「ぶん回しているな。」
突き手をそのまま握り、カリノを振り回し始めたからだ。
カリノの足はしたたかに槍士をうち後退させ、槍士も盾持ちもカリノが振り回されているために近寄れない。
「ふんっ。」
そのまま投擲した先は、エルザに背中を向けてこちらに向かっている剣士。
「ちょっと・・・。」
それだけ言い残して二人はもみくちゃになりリングアウトした。
これで残るは三人。
観客が盛り上がる中エルザが武器を構える二人に近づく。
再度槍が突き出されるが、結果は一緒。
「あんた達、私の前に立つなら、せめて私に傷をつけられるレベルになってから出て来なさい。わかった?」
ドンッ
彼等の返事は聞かれる事はなく巨大な火球がその場に落ちた。
「またしても仲間ごと魔術の中に収めたFFFのクーラ選手!エルザ選手は大丈夫か?」
司会者の心配はよそに火の中から二人を担いだエルザが出てきた。
「ちょっとまだ話していたでしょ。」
「五分経った。」
「それにしても空気を読みなさいよ・・・・。」
担いだ二人を無造作に投げ捨てるエルザ。
「あんたは空気読むわよね?」
最後に残った魔法師にエルザが尋ね、彼はリングから飛び降りた。
「あそこは隠し持っていた技とかで逆転を狙うところじゃない?」
エルザはご立腹だけど、僕には彼の判断はただしかったと思う。
魔法師一人で皆を相手に出来る技量があるなら、前回で広域魔法を使わなかったはずが無いと思う。
「まぁ、エルザの言った通り一人でやれたのだから文句は言わない。」
「横槍は入ったけれどね。」
チビ姉ちゃんの方を見るけど、条件は五分だったのだから約束を破った訳じゃない。
「嫌なら、五分以内に倒せば良かっただけ。」
「それより一人で戦いたがったのはリエールさんが原因?」
このまま放っておくと口喧嘩になりそうだったので話題を変える。
司会者の横で見た顔、隣に座っていたのはリエールさんだった。
「え、お婆様?関係ないわよ。どうして?」
司会者のブースを指差す。
「あぁ。お婆様はお祭り好きだから、頼まれて直に受けたのでしょうね。」
次の試合の為に僕達は今選手用に用意された客席に座っており、丁度正面にリエールさん達が見える。
「私が一人でやったのは、彼奴等が少し嫌いだったからよ。竜族は凄いから敵わないのは当然だとか言うし、そのくせ竜人は他種族よりも優れているから偉いとか・・・。ああいう実力もないのにでかい顔しているのは気に食わないのよ。だから思い知らせてやりたくてね。我が侭言ってごめんね。」
「でも、思い知らせたいのなら、彼等が見下す人族のトラかロクサーヌさんに任せた方が良かったのでは?」
チビ姉ちゃんの指摘はもっともだと思う。ただし、僕一人で戦えといわれても断ったと思うけど。
「あー。そういわれればそうかも・・・・。次の機会があったら頼むわ。」
次の機会が無い事を祈ろう・・・。
「第三回戦第二試合。シーネス校チームロカの入場です。」
話しているうちに次の試合の準備ができたらしく、選手の入場が告げられた。
拍手と共に獣人の選手達が入って来る。
「そして我らがガーツ校チームグノーシスの入場です。」
司会者はガーツ校の人らしい。
一際大きな拍手や声援を受けて選手が入場してきた。
「グノーシス?」
「イオシスさんのお孫さんらしいわよ。七人全員。」
「何人いるのだろう。」
この七人で全員という訳ではないだろう。
「自分の子供が五人いて、それぞれに子供がいるみたいだから少なくとも九人は居るわね。」
「エルザ詳しいね。」
「そう?イオシスさんは色々と有名だから、詳しい人は孫の人数はおろか、名前まで知っているわよ。それに九人と言ったのは、今回三流派しか出ていないみたいだから、それに二人足しただけだし。」
「三流派?グノーシス流じゃないの?」
少なくとも免許皆伝とシスに言われた時に受けた説明では、グノーシス流免許皆伝とか言っていた気がする。
「えぇ。五人の子供がそれぞれ得意な武器をもって流派を構えているわ。というか、トラは教えてもらっときながらそんな事も知らなかったの?」
呆れた様にエルザに言われた。
「だってシスにそんな話聞いた事無かったし・・・。」
何人かの子供の失敗談なんかは聞かされたけど・・。
あとは奥さんの愚痴とか。自分自身の経験談や冒険談だ。
「五人の子供はそれぞれ剣・槍・斧・杖・薙刀の流派を構えていて、名前はロガス・トリー・ラス・レイル・アキナ。奥様のお名前はモモ様です。」
「チビ姉ちゃんも知っていたのね・・。もしかして娘さんの名前が師匠と一緒なのは・・・・。」
「娘さんの名前はアキナ様から取られたそうです。モモ様からは時折お手紙をいただきますので、ある程度は知っています。孫は全部で十三人。名前も言いましょうか?」
「いや、充分。」
今孫の名前を聞いても覚えておけない自信がある。
「今学園にいるのは、剣三名、槍二名、斧二名、杖一名、薙刀一名。杖と薙刀は出てないようですね。」
確かに持っている武器から判断する限り出ていない。
「お前等頑張れよ。」
いつの間にかリエールさんの代わりにシスが座り、マイク片手に応援していた。
リングに上がった六人と下で控えている一人は、シスに向かって礼儀正しく頭を下げている。
「選手はリングに上がって下さい。」
シスの姿を認めた観客は更に盛り上がり、両校の選手がリングに上がる。先程と同じ様に副審が注意事項を述べリングを去ると後は開始の合図を待つばかりだ。
「始めます。」
光の玉が地面に落ち、両チームが動き出す。
シスの孫達は、前に盾を持った剣士が三人、その後ろに槍が二人、最後尾に斧をもった男が控えており、突進ではなく一歩一歩進んで行く。
シーネス校のチームロカは後衛に魔術師が二人、前衛に四人。前衛の四人は剣士が一人と槍が三人で皆盾は持っていない。一方の魔術師が強化魔法を掛け、もう一人が水球を次々に撃つが、その水球は全て盾に防がれた。強化魔法が終わると、もう一人も水球を連打する。
チームグノーシスの歩こそ遅くなったけど、全て盾に防がれる。ただし、リングも服も水浸しだ。シーネス校の前衛は広がる様にしてリングに広がる。
「霧?」
水球を撃つのを止めた魔法師が新たな魔法を使用した。
水と火の複合魔法『霧雨』。
「それだけではありません。」
チビ姉ちゃんの声が合図であったかの様に、リングに零れていた水は凍りそこから細長い氷が伸びる。
水と風の複合魔法『氷竹林』。
霧で濡れた水分も凍りチームグノーシスの面々が動く度に氷が落ちる。
「早い。」
思わずエルザが呟いた程に、静かに早くシーネス校の前衛も動き出した。
「風の身体強化と水を使った氷上移動ですね。」
四人は氷竹の間を文字通り滑る様に近づく。
氷竹で動きを止め、霧で視界を奪い、さらに凍らせる事で反撃を鈍くさせる。
槍が突き出されたのと同時に更に土魔法が重ねられる。
最後の魔力だったのか、土魔法を撃った魔法士がその場に崩れ落ちる。もう一人の魔法士も連続して魔法を行使したせいかその場に座り込んでいる。
ガーツ校が集まっている中心から石柱が生まれ隊列か崩れ、その崩れた所に四人が槍を突き出す。
「はっ。」
気合いと共に突き出された四本のうち二本の槍が宙に舞った。
「なに?」
「蛇だと思う。」
「じゃ?」
「シスに習った棒術の中に似た様な技がある。それをシスは蛇と呼んでいたのだけど、こうひねって相手の武器を巻き取る様にして弾く技だよ。」
口で言うのは簡単だけど、味わってみないと何ともわからないと思う。受けた方は自分の武器が動き出したかの様に手の中で跳ねる。注意しておかないと二本の槍の様に手から離れてしまう。
「後で詳しく教えてね。」
エルザと話している間にも試合は進む。
槍を失ったうち一人は槍で突かれ、もう一人は盾に強打されそのまま氷を滑ってリングアウトした。
残る二人のうち一人は武器を押さえ込まれている。もう一人は上手く離脱できたみたいで押さえ込まれている味方の元へ近づいている。
だけどそれは罠だ。連携が取れていない様に見えるけどこちらからなら盾に囲まれた隊列の中が見える。近づく敵に槍が突き出され、そちらに意識がいったら投げた二本手斧が背中から襲う。あとは押さえ込んだ最後の一人に剣を突きつければ終わりだ。
「せめて武器が押さえ込まれた時にすぐ手放すべきだったね。」
そうすれば魔法もかかっていたし、逃げる事が出来たはずだ。
「それは中々難しいと思いますけど・・。」
ロクサーヌさんに言われて思い直す。
シスを見ているとそんな事を忘れそうになるけど、一度持った武器を中々手放すのは難しい。シスは例外だ。




