学園都市にて。「大会初日」。7月1日。
朝、いつもと変わらない時間に庭に出るとエルザがいた。
「今日は私も付合うわ。」
別に剣を合わせる訳ではなく、二人で並んで剣を振る。
僕がいつも通りに上段から進めて行くと、段々とエルザの動きも落ち着いて来た。
「ありがとう。」
最後まで日課を行うとエルザにお礼を言われた。
「なんのこと?」
「いつもより丁寧にやってくれたでしょ。トラの剣筋を見てなんだか落ち着いたわ。やっぱり少し緊張していたみたい。」
確かに始めは動きが少し固かった気がしたし、そこから剣の動きにブレがあった。
「もう大丈夫。まずは一回戦がんばりましょう。」
「そうだね。」
それぞれ井戸端で汗を拭い、勝手口から台所へ入る。
「おはようございます。」
「おはよう。」
ロクサーヌさんに台所で迎えられるのも既に日課といって良いだろう。
今朝は僕のリクエストで白粥だ。今手で解しているのは付け合わせにだす鶏肉かな。色々と付け合わせが用意してある様だ。それでもエルザには物足りないかもしれないけど、試合の組み合わせ発表までは何時試合があるかわからないので、軽くしてもらった。
今のテーブルにはタタラとチビ姉ちゃんが既にいた。
「おはようございます。」
「おはー。」
チビ姉ちゃんは少し眠そうだ。手に本を持っている所を見ると、遅くまで本を読んでいたのかもしれない。昔から気になる本が有ると読み終わるまで手放さなかった。
二人と挨拶が終わると、エルザとロクサーヌさんが食事を運んで来た。
「「おはよう。」」
それぞれに挨拶をして朝食にする。
「九時に発表だったよね?」
「えぇ。ガーツ校に張り出されるけど、混むだろうから皆で行かなくても私が見てくるわ。」
「よろしくお願いします。」
毎年対戦者だけでなく野次馬も発表を見に来るのでとても混むらしく、前からエルザが代表して見に行ってくれることになっていた。
「えぇ。組み合わせによっては良い所まで行けるだろうから、祈っていて。」
「優勝は無理ですか?」
ロクサーヌさんのお礼にエルザが答えていると、横からチビ姉ちゃんが尋ねた。
「そうね。クーラさんは飛び入りなので知らないかもしれないけど、出場者にルーデン叔父様とイオシスさんがいらっしゃるのよ。だから優勝は厳しいと思うわ。」
結構めんどくさがり屋のシスが特認教師になったのはこの参加資格の為だったのだろう。デン爺は昔からブレンス校の教師として登録だけされていたそうだ。ちなみにエルザのシスに対する呼び方がさん付けなのは本人が様付けを嫌がった為だ。
武聖イオシス・無手千手ルーデン。二人の参加は賞金目的の生徒や教師の不参加を増やし、それ以上に売り込み目的の参加者を増やした。その売り込み先はシスやデン爺の弟子だけでなく、おそらく見にくるであろう各国の要人も含まれる。これは毎年行われていることだけど、今回は二人の参加で見学者も増えると見込んで参加者が増えたようだ。
「デン爺はともかくシスはなんとかなるかもしれません。」
「デン爺だけでも勝てる気がしないけどね。」
チビ姉ちゃんには何か策があるのかもしれないけれど、デン爺一人だけでも勝てるイメージは無い。
「ともかく一回戦でいきなり当る様なことだけは避けたいわね・・・。」
ともかくやるからには全力を出すつもりだ。
「つまり私達はシードの様な物ですね。」
エルザの心配はまだ必要なかったらしい。見に行ったエルザの報告を聞いたチビ姉ちゃんの出した結論がこれだ。
「えぇ。参加者が多すぎるからしぼる為なのでしょうけど、キクノ校からの参加は2パーティーだけだから・・・。」
張り出された説明に因ると、参加パーティーが百組を越えた為、大会中に全試合を行うことが出来ないのでまずは参加パーティーをしぼる予選会を行うことになったらしい。その予選会は各学校単位で、各校4組。計32組である。
つまり、キクノ校からは僕達と教職員の二組だけなので予選会をする必要すらない。シス達のパーティーはブレンス校の枠ではなく、人数合わせの関係でキクノ校の枠らしいけど、それでも枠は余るので問題は無い。
逆にガーツ校とオブリ校は参加者が多くて大変だろう。学校ごとで戦い合うなり話し合うなりして良いらしいので、乱戦が見られるかもしれないとその両校舎には野次馬が押し掛けているようだし・・。
「お昼までに決めて、その後組み合わせが発表みたいだからお昼を食べたらキクノ校に行きましょ。」
次の発表は各所属校で行われ試合日程が決まる。
その後、今日明日を使って一回戦と二回戦が行われ、明後日に三回戦。四日目に四回戦。最終日に決勝と三位決定戦が行われる。試合会場は二日目まではテレス・ガーツ・オブリ・ブレンスの各校舎に割り当てられ、準々決勝からはガーツ校で行われることになっている。
さて、乱戦を期待していた野次馬だけど、昼前には中央広場の屋台や食堂でその姿が見られた。どうやら戦って決めた場合の消耗を避けたらしく、各校の評価で上位のパーティーが出場することになった為のようだ。
これは暇だったタタラが街を見て教えてくれたことだけど、キクノ校に移動する時にもそこいらで見られた。
毎年一種のお祭りの様に仕事を休んで観戦し、賭けをしたりするらしい。それと観光客も増えるので入学式前の様に宿が埋まるとか。
「ちょこちょこ宿が一杯になるなら増やせば良いのにね。」
移動途中でそんなことを思った。
「宿を出来る様な大きめの建物は埋まっているから難しいですね。家を買い取って始めるには続いた家をいくつか買い取らないとダメですからお金もかかりますし。それでも今の様な時期に合わせて貸部屋を短期で貸すのはたまに見かけますけど、そのうち街を広げるかもしれないという噂もあります。」
塀に囲まれた街の宿命で、一度塀を作ってしまうと中々街を大きくするのは金銭的にも労力的にも大変だ。
キクノ校には既に組み合わせが届いていたけど張り出されてはおらず、職員室で見せてもらった。張り出されていなかったのは、組み合わせを知りたがった人が集まり、珍しくキクノ校に人が多かった為だ。
「この組み合わせならイオシスさんと決勝まで当らないわね。」
「うん。一回戦はシーネス校の人らしいね。」
パーティー名は「チームアケア」。
「アケアは水底族の言葉で水の泡です。」
チビ姉ちゃんが教えてくれた。
「聞いたことないわね。」
僕達の中で一番生徒について知っていそうなエルザもロクサーヌさんも知らない様だ。
「かまいません。勝てば良いのです。」
チビ姉ちゃんは強気だ。
「まぁそうね。一試合目だし早速移動しましょうか。」
試合会場に指定されたのはブレンス校。
「あれ?先生達は参加を辞めたのですか?」
対戦表に僕達以外のキクノ校の名前が見当たらない。
「えぇ。私達が辞退すれば、申し込みの多かったガーツとオブリの枠が一つずつ増やせますから。」
「よかったのですか?」
研究費を稼ぎたいとか言っていたはずなのに。
「両校に枠を買い取ってもらいましたから。三位になるよりも良いお金になりました。」
つまり100万センよりも貰えたと・・。
それだけ貰えたら校長先生も他の先生も文句がないらしい。もしかしたらもっと多いのかもしれないけど、本人が納得しているのならば、あえて突っ込むこともないだろう。
「ほら行くわよ。」
エルザの先導でブレンス校に向かう。集まっていた人も掲示板に群がっているので邪魔になることは無い。
「それにしてもこの組み合わせをどう決めたのか気になりますね。」
「くじとかじゃ無いの?」
「それにしては各組に上手くばらけ過ぎです。」
ロクサーヌさんは組み合わせに思う所があるらしい。
「そうですね。おそらく同じ学校所属のチームが当らない様に組み合わせたのでしょう。私達とシス、そして先程の話しにあったガーツとオブリの計4枠はキクノ校扱いで。」
その疑問にはチビ姉ちゃんも至っていたらしく直に答えた。
「なら、誰かが決めたのですね。」
「そうかもしれないけど、問題ないわ。」
「えぇ。どうせ優勝するには全部に勝つつもりでしたので問題ありません。」
エルザもチビ姉ちゃんもどうしてそんなに強気でいられるのか・・・。
二人の強気は第一試合が始まっても発揮された。
指定されたブレンス校の第一武闘場は広く総石造りだ。
「第一回戦ブレンス校第一試合。キクノ校チームトラ対シーネス校チームアケア。」
一番始めの試合ということも有り、5割程埋まった観客席から拍手や応援が飛ぶ。
「両チームは試合場に上がり開始線より後ろで待機して下さい。」
アナウンスを受けて一段高くなった石造りのリングに上がる。
観客席の中程に設けられた席に司会者と審判が座り、副審判はリングの脇に4人居る。それに未だ観客が入って来ているのがリングからだとよくわかる。
一通り周りを見渡すと、エルザは開始線ギリギリに立ち、その後ろににチビ姉。僕とロクサーヌさんはさらに後方に立って開始の合図を待つ。
「チビ姉、出過ぎじゃない?」
チビ姉ちゃんの役割は後衛からの魔法攻撃のはずだ。しかし僕への回答はなく、エルザと二人何かを話している。
「お二人は何か打ち合わせでしょうか?」
「なんだろうね。」
二人の話しはそう長くなかったけど、終わったのは試合が始まる直前だった。
「始めます。」
司会者の声でリングの中心に光の球が落ちて来る。落ち切った時が試合開始だ。
「まずは二人に合わせて動こう。」
ロクサーヌさんにそれだけ言って手にした木刀を構える。
「行くわ。」
「ん。」
エルザが飛び出すのと上空から火の雨が降るのはどちらが先だったか。
相手は水の魔法で先制する予定だったのだろうけれども、現れた水球は火の雨にかき消されその姿を水蒸気へと変え、火に飲まれた。
「エルザさんごとですか・・・。」
「チビ姉ぇ!」
殺すのは御法度だ。
「問題ない。」
チビ姉が手振るとリングの半分が纏っていた炎は消え、そこに立つのはエルザ一人。
敵の半分は地面に倒れ、もう半分はリングの外に転がっている。
「し、勝者。キクノ校トラチーム。」
勝利の宣誓と共にエルザとチビ姉ちゃんがVサインを送って来た。
「つまり目隠しってことですか?」
「私なら炎の中でも動けるしね。」
「多分この試合は三つの戦法に分けられる。一つ目は開始と同時に身体強化した前衛が突撃するもの。そして二つ目が開始と同時に魔法を撃つもの。」
目の前では一回戦の第二試合が行われている。
エルザの提案で対戦相手を知る為に帰らず見ることにした為、選手用の席に座ってこうして見ているだ。
対戦はテレス校のチームルルとオブリ校のチームドーモで、開始早々にオブリ校の4人が突撃し、テレス校の展開した風の結界に阻まれている。
「そして三つ目が両方行うもの。今回の場合ほとんど飛び道具による牽制は無いと考えて良い。何故なら開始前の魔法の準備を禁止していない為、開始直後に各種魔法の発動ができるから・・・。」
オブリ校の魔法師では結界の解除が出来ない様で、幾つか土の棘を地面から生やしたけど全て風にかき消された。結界の手前でオブリ校の全員が固まって武器を構えている。結界が解けたら突撃するつもりだろう。
「また、敵が水の魔法を使って来ることは予測できたし、エルザなら炎への耐性が強いので問題ないと考えた。よって火雨による先制攻撃と目くらましと魔法の打ち消し、それと同時にエルザの直接打撃による壊滅を狙った。作戦通り。」
結果が解かれ、風の余波が彼等を打つ。しかし身体強化した獣人にとってはそよ風程度だ。各自行った身体強化に唯一の魔法師が皆にかけた強化魔法。獣族の力と掛け合わせれば厄介きわまりない。しかし、今回はその力を発揮できなかった。
「彼等も作戦通りといったところ・・・。」
結界が解かれるまで準備をしていたのはテレス校も同じ。地面から氷柱が生え三人が固まり、避けた二人には空からは雷が落ちる。残ったのは魔法師一人。
彼は魔法が自分に飛ぶ前に自らリングアウトし勝負がついた。
「私だったら一人でも戦うわ。」
「彼は賢い。負けるとわかったら無駄に戦わず、飛び降りる際にも剣を拾った。」
自ら降参した場合は武器防具を取られない。オブリ校の魔法師はそれを利用して自分の装備と仲間の剣を守ったことになる。
「彼等の作戦は足止めしてその間に魔法の準備を?」
「及第点。速度の速い魔法で足止めをして、その間に時間のかかる複合魔法の準備をした。」
「十分結界の力はあった様に見えましたけど?」
ロクサーヌさんの指摘の通り敵の魔法を防ぎ、敵の侵入を許さなかった。
「三人掛かりで同じ魔法を使った。攻撃の際は彼と彼。彼女と彼がそれぞれ複合魔法を行った。これで五人の得意魔法が大体わかった。次も勝てる。」
あまり見ていない様でチビ姉ちゃんが一番しっかり見ていたのかもしれない。
「作戦が?」
一戦目の勝利で機嫌が良いエルザが聞いた。
「帰ったら話す。彼等が見ている。」
勝ったテレス校の人達は僕達とリングを挟んで反対側に腰をかけている。こちらを指差して何か話しているのは明日に向けての対策だろうか。
第三試合は盛り上がった。ブレンス校チームキーツ対ガーツ校チームジャジャ。両者魔法師は一名ずつだけど、ほとんど魔法を見ることはなかった。身体強化と武器強化。お互いに魔法をかけるとリング中央で激突。互いに盾を持った先頭が当るとその後は激しい乱戦。乱戦になってしまうと味方に当る恐れもあって魔法の援護は飛ばない。その中で目を引いたのはブレンス校の大盾を持った大男と同じくブレンス校の細剣士の女の子。
大盾を持った方がパーティーリーダーのキーツで女の子の方がカリノというらしい。共にブレンス校の5回生でエルザの先輩に当る竜人だというのはエルザ情報。乱戦の中でもブレンス校はチームプレイを行いカリノや他のメンバーが相手の隙をぬって攻撃を行い、敵の攻撃はキーツともう一人の男がほとんど受けていた。ガーツ校の最後の一人はキーツの盾で吹き飛ばされていたから防御だけでなく攻撃にも転じられるらしい。
第四試合はネカ校ニイチーム対ゲンロ校ジョウチーム。
ネカ校はパーティーリーダーのニイを中心としたバランスの穫れたパーティーで、冒険者のお手本の様なパーティーだと思う。逆にゲンロ校は明らかに魔法師と思われる四人と短剣使いの二人。いずれも黒装束な理由は試合が始まってすぐわかった。
開始の合図が落ちると魔法師の四人からは黒い霧が漂い、見る見る間にリングに充満して行く。闇魔法の『黒霧』だ。驚いたネカ校のメンバーが足を止めて後方に下がったのは下策だった。風の魔法で吹き飛ばそうともしていたけれど、闇は風では吹き飛ばせない。消し去りたいのなら光か強力な炎や雷が必要だし、それよりも術師を倒す方が確実だ。
闇が去った時にはネカ校の三人が気絶し、二人が手や足を切られ倒れていて、最後のニイも剣を手放しており、その喉に短剣が突きつけられている。
「参った。」
彼がその言葉を吐くのに時間はかからなかった。
比較的試合時間は短かったとはいえ、第四試合が終わってから武闘場を出ると暗くなりつつあり、家に帰った頃には暗くなっていた。
何もしなかった僕とロクサーヌさんで食事の準備をし、二人にはお風呂に行ってもらった。二人共気にしないとは言っていたけれど、僕達なりの感謝だ。
「トラの担当はこのスープね。」
「やっぱりわかる?」
エルザにズバリと当てられた。
「色々な魚介の出しと野菜の甘みが出ているけれど、ロクサーヌさんの料理に比べると少ししょっぱい気がするわね。私は好きだけどね。」
「うん。十分美味しい。」
チビ姉ちゃんも褒めてくれるけど、自分で飲んでみてやはりロクサーヌさんが作ってくれたものの方が美味しいと思う。
「でも大分上達しました。あとは何度も作ってみることです。」
そうは言ってもロクサーヌさんがどれだけ先にいるのかすら未だわからない。
「明日も二人で料理する?」
「つまり明日も僕達が作戦に絡まないと?」
チビ姉ちゃんの口調で明日の作戦が予想付いた。
「勿論作戦通りに行くとは限らないけど、基本的には今日と同じ。私が魔法を撃ち、エルザが突撃。」
「相手は結界を張って来るのじゃないですか?」
「それは心配しなくて良い・・・。」
活動報告にも書きましたが、暫く週一更新が目標です。




