学園都市にて。「大会前日」。6月30日。
デン爺の来た翌日は大会前日と言うこともあってシスの稽古は無い。エルザの休息日でもあるし、シスも準備が色々あるらしい。
ロクサーヌさんから聞く限り大体の学校で授業は無いらしいが、キクノ校ではあった。大会に関係する先生が少ない為と思われる。
それでも僕の授業の無い日だったので朝から本を読んでいた。最近は師匠の残してくれた、クーラ著『学園から見る世界史』のシリーズを読んでいる。
その最終巻。といっても四巻目も後半に差し掛かった頃、ベランダからノックされた。
「こんにちわー。」
ノックしたのは紺のハンチング帽に同じ色のジャケット、ベージュのズボンと濃い茶の革靴を履き、ボーイッシュなその姿は、後ろに結んだ豊かな深緑の髪の毛が無かったら、その胸の薄さと相まって十五・六の少年に見える。
「チビ姉ぇ!」
一見男の子に見えるその人は僕の姉弟子、チビ姉だ。
ベランダへ続くガラス戸の鍵を開け、チビ姉を向かい入れる。
「なんでベランダから?」
「ベランダをマーキングしてあったので。ベランダは変わった無くて助かりました。」
チビ姉は移動魔法を使える。
移動魔法はほとんど使える人はいなく、僕の知っている限り、師匠とチビ姉だけだ。チビ姉の言っていたマーキングは移動魔法を使う際の目標になる物で、一度でも行った所を座標として記録しておくことでできるものだ。
「チビ姉も大会を見に?」
「えぇ。それとちょっと用事もある。」
「用事?」
「顔見せみたいな物。」
その言葉を聞いてシスの言葉を思い出した。
「あのさ、チビ姉ちゃんの名前ってなんだっけ?」
「はぁ?。」
「シスは武聖、イオシスだったし、デン爺は先代竜王だったからね。チビ姉ちゃんも有名人じゃないかと思って。」
「はぁ。知らなかったのですか・・。」
首を振ってさも呆れた様に息を吐いた。
「私はクーラ・イグ。特に有名人ではないと思う。あえて言うなら・・。」
「クーラ?」
聞いたことがある。というかさっき見た。
そう思って本を見る。
「そうそれを書いた人。」
「チビ姉ちゃんは歴史家とか?」
シスやデン爺ほどは有名ではないのかもしれない。
もっとも、僕が見つけたこれ以上に書いているのかもしれないけど・・・。
「いえいえ、ここに居た時にまとめただけ。ちなみに完成品ではないし、歴史家なんておこがましい。預けていたら勝手に出版されてしまったので恥ずかしい限りです。トラはまだ最後まで読んでいない?」
言われ、伏せていた本をめくってみると最後の方は白紙で特に終わりとも書いていなかった。
「師匠がここを離れるというので最後までまとめられなかった。」
「もしかしてチビ姉ちゃんもここの学生だったとか?」
「そう。その出版した人のこととか色々と話したいけど、明るいうちに済ませてしまいたいことがあるからちょっと出てくる。また後で来ても良い?」
「勿論。待っています。」
玄関まで送る。途中セバスさんに紹介したので帰って来ても入れてもらえるはずだ。
転移魔法で帰って来るかもしれないけど・・・。
一応、朝から台所に籠っているロクサーヌさんに言って、昼食と夕食を一人前増やしてもらうことにした。
部屋に戻っても本の続きを読む。
昼前には白紙の手前まで読み終わった。確かに、途中である旨が書かれていた。最後の一文はこうだ。
『学園を離れることになった為、一旦ここで筆を置くことにする。
雪深暦九六三年水無月十三日
キクノ校三回生クーラ。
五十年が経ち、執筆者クーラと連絡が取れない為に私の責任で出版することにする。
後世の生徒の役に立たんことを。
淵水歴十三年如月一日
キクノ校校長ダウム・クロ。』
雪深暦九六三年といえば約五百年も前になる。
つまりチビ姉は五百才以上ということになる。
魔族だし、確実に年上だと思っていたけれどもそこまで上だとは思っていなかった。
「年齢と見た目か・・・。」
「なに?喧嘩売っているの?」
昼食の最中も考えていたので、思わず口に出てしまった言葉がエルザには聞こえた様だ。
チビ姉はまだ帰って来ていない。
「いや、ただ竜族や魔族は見た目と年齢がどうしてもね。」
獣族や海洋族など大方の種族は人族と同じくらいの寿命なので見た目で判断がつく。
「この都市に来てからは珍しい人ばかりに会うから麻痺していたけど、五百年とか生きるのとか想像つかないなと思ってね。」
「そうね。人の命は短いわね・・・。」
エルザの食事の手が泊まった。
「でもそれは私達もいつかは死ぬわ。大叔父様が以前お話ししてくれたのは、「百年が千年になっても何も出来ない人は何も出来ず、千年使っても出来なかったことを十年で成す人も居る。」私は千年も生きてはいないけれど、そんなことを考えるくらいなら、今日明日を一生懸命生きるわ。」
そうだ。人族や獣族にも歴史に名を残す人も居る。それに竜族のように長く生きられる人でも何もしない人は何もしない訳だ。それは学んできた歴史か証明している。
ただ、長く生きる人の方が何かしら出来そうな気がしてしまうのは僕が人族であるせいか。
「そして、まずは明日。一回戦は確実に突破するわよ。というか優勝は出来なくても準優勝はするわ。覚悟はいいわね?」
「頑張りますけど。あまり私は戦力には・・・。」
「えぇ。ロクサーヌさんは怪我しない様に頑張って頂戴。」
「僕は?」
「トラは腕がもげようと足がもげようと勝つのよ。」
「それはちょっと・・・。」
武器を失うのは嫌だし、やるからには勝ちたいけどそこまでするつもりは無い。
「勿論心構えよ。ただ手を抜いたら私が・・。」
「エルザが?」
恐る恐る聞いてみた。
「覚悟をしておくのね。」
それが答えだった。
エルザの答えにビビったわけじゃないけれど、明日の準備をする。
準備といっても、アイテムの持ち込みは無いので、武器の手入れくらいだ。
登録したのは予備も含めて5つ。タタラ作『皐月』、これまたタタラ作の鉱樹の杖と木刀を長短二振り。それと元々持っていた脇差だ。
折角、タタラが僕の為に作ってくれた二振りめの刀、『皐月』を賭品の様に扱うのは嫌だったので、木刀だけの登録をしようとしたが、そのタタラとエルザに大反対されたのでしかたなしに登録した。
鉱樹の杖と木刀はシスに出会う前に潜ったダンジョンで発見したものだ。
鉱樹は石木とも呼ばれるもので、時に森や平原、街等木がある所なら何処にも存在する。その場合は石木の名前通り、ただの石の硬さの木だ。それらとは異なり、ダンジョンと呼ばれる鉱脈やモンスターの死骸、海の中等本来木が存在しない所に生えている鉱木は、幹や葉は銅や鉄、鋼鉄、モンスターの骨等。時にある実は魔石や宝石等と様々な形や堅さをしている。それでも幹や葉は鉱木と呼ばれるだけあって、完全に鉱石と同じな訳ではなく、燃えたり木工魔法が効いたりするため、武器の材料としてはあまり人気がないが、防具としては軽さと堅さ、そして加工のしやすさから重宝されている。
だけど今回得た鋼の鉱木のうち僕の分は、木刀と杖にしてもらった。ちなみにロクサーヌさんはまな板に、エミリアとエルザは記念のアクセサリーにして残りは僕が買い取り、倉庫行きだ。
武器の手入れの後に居間でエルザとロクサーヌさんと明日の話しをする。話しといっても、今までして来たことの確認だ。
「バランス悪いけど他に考えにくいのは悩まなくて良いってことにしておきましょうか。」
エルザの言う通り、バランスは悪いと思う。基本的な形はエルザが前衛で壁。僕が遊撃。ロクサーヌさんが後衛だ。ロクサーヌさんの投げナイフはマリアさん程の威力が無いし、戦うことが得意ではないので、彼女に敵が迫ったらリングアウトして逃げてもらうことにしている。
なので、実質は前二人で敵を押さえて殲滅しなくては行けない。
「私が魔法をもっと使えたらよかったのですけど・・。」
ロクサーヌさんの魔法は初級に毛が生えたくらいで牽制くらいにしかならない。また、魔力も多くないのであまり期待しない方が良いだろう。
「あら、三人パーティーで魔法師も回復役も無しですか?」
丁度チビ姉ちゃんが帰って来た。
「だれ?」
ロクサーヌさんは予想がついた様だけど、エルザにはまだ話してなかった。
「チビ姉ちゃんことクーラ・イグ。僕の姉弟子。」
「初めまして。エルザさんにロクサーヌさんですね。弟弟子がお世話になっています。」
チビ姉ちゃんが帽子を取って二人に挨拶をした。
「キクノ校三回生のロクサーヌ・ボウメです。こちらこそトラ君にはお世話になっています。よろしくおねがいします。」
「ブレンス校二回生のエルザ・ブレンスよ。もう一人ゲンロ校のエミリアを含めていつもは四人パーティーなのだけど、今回彼女は事情があって不参加なの。」
魔法が比較的得意なエミリアは新月が近いため欠場だ。エルザの魔法はその威力に対して調節が苦手な為、今回の様な乱戦には向かず、撃てて最初の一撃くらいだろう。
「エミリアさんはヴァンパイアのお嬢さんで年齢はまだ八十三才。エルザさんは灼熱竜っぽいし、ロクサーヌさんは炎と。」
チビ姉が持っていた鞄から紙の束を取り出してめくりながら話す。
「それは?」
「学校でお借りしました。」
僕たちの資料らしい。
「良く借りられましたね・・・。」
「校長には貸しがあります。」
「校長先生にですか。」
ロクサーヌさんは驚いているけど、いくら借りがあっても個人情報を流出させちゃ駄目だろう・・・。
「問題ありません。エルザさんはリエールさんに、ロクサーヌさんはジーノ先生に、エミリアさんはカイゼルさんに許可を得ています。」
そこまで許可を得ているなら皆の情報は既に知っていると思う。
「なら学校に行かなくても私達のこと知っているのじゃない?」
エルザも同じ結論らしい。
「うん。でも情報は複数から確認するのが望ましい。そして情報のずれはあった。学校の方が良い評価。」
「それで?」
エルザがじれて来た。
「結論にはまだ早い。けど結論を言うと私をパーティーに誘うべき。」
「「は?」」
エルザとかぶった。
「なんでよ?」
「チビ姉学生じゃ無いじゃん。」
疑問の内容は違ったようだ。
「まずエルザさんへの回答ですが、私は攻撃魔法も回復魔法も治療魔法も使える。また、賞金は要らないので得られる金銭的な違いは今と比べて無い。なので私を加えるのは良いことだと思う。」
次にこちらを指差す。
「次にトラへの回答。先程復学しました。今日からキクノ校三回生です。」
「あぁ、クーラさんの名前を聞いたことがあると思っていましたけど、私以外のキクノ校所属の人でしたか。」
以前気になって調べたらしいロクサーヌさんがぽつりと言った。
「私とトラ君以外のキクノ校所属の人は初めてみました。」
この部屋にキクノ校の全生徒6人中3人。半分が集まったことになる。
「最後に私の希望。単位が欲しい。そのために大会への参加を希望する。しかし、大会への参加は今からだと既に登録してあるパーティーに頼むしかない。そして、人数に空きがある所は少なく、私に知り合いがいない。なのでトラに頼む。だめ?」
「僕は良いけど。」
二人を見る。
「私も構いません。トラ君の知り合いでしたら怪しい人ってこともないでしょうし。」
ロクサーヌさんもOKらしい。
「エミリアが良いと言ったなら私もいいわよ。トラの姉弟子なら弱いことは無いでしょうし。」
エルザも条件付きでOKのようだ。
「そう言えばチビ姉ちゃんは強いの?攻撃魔法とかあまり見たこと無かった気がするけど。」
攻撃魔法は師匠が良く撃っていたけど、チビ姉は回復魔法と移動魔法をよく使っていたと思う。
「私はどちらかといえば研究者タイプなので師匠程は強くありません。それでも全属性の魔法は使えますし戦力にはなると思いますよ。」
「全属性?」
エミリアが驚くのも無理は無い。僕も驚いたし、ロクサーヌさんも驚いている。
「えぇ。」
チビ姉ちゃんは何でもないような口調だけど、全属性を使える人はほとんどいない。
「まさかトラのお師匠様が魔王だなんてことないわよね?」
全属性を扱える最も有名な人は魔王「デイジー・レイズ」その人だ。
「まさか・・。」
最近の流れからしてあり得ないことでもないかもしれない。
チビ姉ちゃんに視線が集まる。
「残念ながらはずれです。師匠も全属性は扱えるけど、名前からして違う。」
それはそうなのだけど、怪しく思ってしまうのはしょうがない気がする。
「では、エミリアの許可を得て来ます。」
既にエミリアの寮は把握済みらしく、誰にも場所を聞かずに出て行った。
「いったいトラのお師匠様って何者なのよ・・・。」
エルザの質問に答えられる人はなく、終始質問攻めだったけど師匠の面白いエピソードや修行についてはいくらでも話せるけど、その話しを聞いても二人共思いつく人間は居ないようだ。
「師匠は師匠。お酒が好きでたまに無茶を言う。それで充分。」
あっという間に許可を得て帰って来たチビ姉ちゃんが僕達の会話を聞いて言った言葉がこれだった。
チビ姉ちゃんはエミリアに直接あった訳ではなく、マリアさんを通して許可を得たらしく、エミリアの手紙を持って帰って来た。その手紙によると、ここに来る前にカイゼルさんに手紙を書いてもらっていたらしく、エミリアとしても反対は無いという。
チビ姉ちゃんの人脈には呆れるばかりだ。
「あと、その師匠に言われて卒業まではここにいることになった。空き部屋ある?」
勿論追い出せる訳はなく、本館の客間に一旦案内しておいた。
僕がキクノ校にパーティーメンバーの追加を申請しに行っている間に女性三人は話しに花が咲き、帰った時もまだ三人で話していた。
主に僕の小さい頃の話しなのが恥ずかしかったけど・・。
夕食まではフォーメーションの変更についての話しだ。チビ姉ちゃんは一人で戦うことばかりなので集団戦はわからないというので、僕たちにあわせてもらうことにした。それでもチビ姉ちゃんの実力がいまいちわからないので、始めに考えていたフォーメーションの後衛にチビ姉ちゃんを入れた形にした。
その後は早めの夕食と早めの風呂。早めの就寝を心がけて明日に備えるだけだ。
ロクサーヌさんの手作り夕食と温泉にチビ姉ちゃんが喜んだのは言うまでもない。
ごめんなさい。
風邪引いちゃいました。。。
ちょっと更新止まります。




