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学園都市にて。「大会前々日まで」。

 それから大会までは主に空間収納術の練習に明け暮れた。エルザにはジャミン先生のノートや教科書を貸してあげたけどよくわからないと直に返されたので、彼女は練習していないと思われる。

 そのエルザはエミリアと共にシスの稽古を受けている方が良いらしい。

 ルガードさんに孫が生まれ、お休み中。爺馬鹿をやっていると聞いた。

 タタラはルガードさんがいないので木工と刀作りに励んでいる。

 オルカは何に引かれたのか刀の鞘や鍔などの装飾を最近制作しており、僕の三振りの刀もシスやリエールさんの刀もタタラとオルカ二人の共作だ。ただ、授業はほとんどない・・。

 マリアさんは満月以外相変わらずだ。たまにふらっとやって来て体を重ねる。

 ロクサーヌさんはほとんど冒険に出ない分、精力的に料理に勤しんでいる。最近では三食彼女の食事ということも珍しく無い。

 大会二日前にもなると街の空気は慌ただしく、人も大分増えて来た。ロクサーヌさんの作ってくれた昼食を食べ、エルザとシスの稽古を片目に本をめくっていると懐かしい気配を感じた。

 「トーラは稽古しなくていいのかな。」

 その声を聞き、間違っていなかったと確信する。本から目を離し確認すると、立ち上がり軽く頭を下げる。

 「デン爺。お久しぶりです。まさか先代竜王とは知りませんでしたよ。」

 「ほっほっほっほ。シスから聞いたのかな。別に話した所であの暮らしじゃ何も変わらんかっただろう。」

 先代竜王ルーデン・ブレンスその人は、特別体が大きい訳でも筋骨隆々な分けでもなく、町中にいそうな感じの風貌で、声は暖かく安心できる。皺が刻まれた顔には髪の色と同じひげが生えている。その中で唯一普通の人と違うのは、青みがかった髪と目、それと顔を走る一筋の刀痕だ。

 「ほれ。」

 手に持っていた紙袋をこちらに投げ渡すと、デン爺の後ろに隠れる様にして控えていた子供が走り出した。

 その足は滑るように進み、半身のまま腰は落ち左手は軽く突き出され、右手は腹の前。デン爺の教えを受けているのだろうと容易に想像できた。

 「ハッ。」

 その小さい体から小気味よい気合いが放たれ、同時に左手が突き出された。

 紙袋を抱いたまま左手を躱すと、子供の左足が地に着く瞬間にその足を刈る。

 「体重移動が甘いよ。」

 たたらを踏んだ子供から距離を取ると荷物を置く。体重を乗せることで威力を増したかったのだろうけど、左手を出すタイミングと体重移動が早すぎた。

 「フッ。」

 懲りずに半身のまま近寄ってくると、間合いの一歩手前で飛び上がり上空から右の回し蹴りを放つ子供。

 「それも雑。」

 回し蹴りの足を、その勢いのまま下へ叩くと空中でバランスを失い肩から地面に落ちた。地面に付いたのとは逆の腕を取り、その背に手を当てる。

 「自分の重さを武器にするのは良いけれど、制御もしなくちゃ駄目だよ。」

 エルザも自分の重さを武器にすることはあるけど、制御には注意を払い自らの動きを阻害することは無い。デン爺ならなおさらだ。

 「ほっほ。これでわかったかな?」

 子供はデン爺の言葉に悔しそうに顔を上げ頷く。

 「トーラよ。反省した様だし話してやってくれんか。」

 デン爺の言葉で手を離すと立ち上がりデン爺の脇に立つ。

 「デン爺の教えを受けているようですけど、エルザの兄弟かなにかですか?」

 竜族である様だし。

 「ほら、自分で兄弟子に礼を言わんかい。」

 「トゥアル・ブレンス。人間の分際でよく使う様だが、デン爺の一番弟子は僕だからな!」

 「これ。」

ガキンッ

 拗ねた子供の口調にデン爺の拳骨が落ちる。生身を殴った様な音じゃなかった・・・。地面でのたうち回っている所を見れば竜族の固い防御を通った攻撃だったのだろうと想像がつく。

 「エルザの従兄弟になる。現竜王の末っ子だな。父親に頼まれて数年前より教えておるのだが、最近実力を勘違いしておる。なのでトーラに相手してもらった。すまんな。」

 「いえ、それよりも一番弟子って?」

 確かデン爺には息子もいたはずだ。

 「何人か教えたこともあったが、生き残っているのは少ないし、住まいがわからんことも多い。息子は商売が楽しい様だし、姪っ子は剣好き、甥っ子は現竜王で忙しいからな」

 そう言ってエルザに視線をやる。エルザの剣好きはお母さんの血らしい。

 竜王家は男女よりも実力とやる気でその時の王が決まり、また数百年単位で交代するので一族での争いは無く、各自好きなことをするらしい。

 「それで数年前よりトーラを一番弟子としている。先程の動きを見ていると鍛錬は怠っていなかった様だな。」

 「シスと同じで勝手に弟子ですか・・。まぁ教えてもらった心構えは忘れずにいようとしています。」

 教えて貰ったのは特別な鍛え方ではなく、心構え。

 それは、歩くときも、食事を取るときも、本を読むときも、体に意識をやり、呆然と動かさないこと。一足を考え、体に染み込ませることで反射的に有効な手を取れる。そう言っていたけどその領域にはまだまだ達せていないと思う。

 それ以外の直接的な体の動かし方は地面に転がりながら教わった。

 「感心。感心。それだけ忘れずにおれば、トーラにはもう教えることも無い。シスから免許皆伝を貰った様だが、儂からも名を許そう。その中身はその祝いだ。」

 紙袋の中身は手のひらを広げたよりも大きい板で、数枚入っている。色は紺色に近い青で、デン爺の髪の色に近い。そのうちの一枚だけは半分程の大きさで紋章と文字が彫ってある。

 「尻尾を食む竜は儂の紋章で、竜語でトーラの名が彫ってある。他の竜族や竜人にあう時に服に付けておけばそれなりの対応をしてくれるだろう。それと残りの鱗は武器か防具にでも使えばよい。」

 デン爺の鱗らしい。鉱山ダンジョンでのリエールさんの鱗の様に、強い力を持った竜族の鱗はそれ単体で魔力を持つ。数年に一度成長と共に抜けることがあるらしいけど、市場に出回る様な物ではなく、時に出ても高値になることは間違いない。

 「大叔父様の鱗って凄まじい価値があるわよ。」

 稽古が終わったエルザが荒い息を整えながらやって来た。

 「よし、それ売っぱらっちまおうぜ。いや、俺にもよこせ。」

 デン爺に近寄るシスはチンピラにしか見えない。

 「何を若造が抜かす。この傷の借り今返してやろうか。」

 顔の傷を指差しながらデン爺が答える。

 「へっ。何時でも消せるくせに残しやがって、女々しいジジイだ。」

 「あの時の様に手加減してやらんぞ。」

 二人のやり取りにトゥアルは驚いているけど、僕にはこうした二人の方がしっくり来る。顔をあわすと軽口を叩くのはいつものことだ。

 しかし、本当にこの二人が始めたらここいらは破壊されてしまうだろう。それは困る。

 どうしようと思っているとエルザが息を吸い込んだ。

 「お婆様にいいつけますよ。」

 エルザの声で襟を掴んでいた二人はその手を肩に回す。

 「久しぶりに酒でも飲むか。」

 「うむ。トゥアルは先に帰っていなさい。」

 そのまま門から出て行く二人。慌ててトゥアルが追いかけて行った。

 「相変わらず仲がいいな・・。」

 「あんな大叔父様初めて見たわ・・。」

 全然違う二人の感想が初夏の風にさらわれて消えた。

 

 早速デン爺の鱗を持ってタタラの元へ行く。刀に使えないかという相談をする為だ。

 話しを聞いて一通り驚いた後にタタラが言った。

 「今は出来ません」

 「シスとリエールさんの刀で忙しいだろうから後で良いよ?」

 工房の散らかり具合から見て忙しいのだろうと予想できる。

 「それも有りますけど、竜の鱗を扱ったことがないのでルガードさんに相談してからでも良いでしょうか?」

 「勿論。じゃあ預けていくね。」

 「いえ、その時まで持っていて下さい。希少な物ですから・・。」

 慌てた様子で断られた。紛失や盗難が恐いらしい。

 僕も紛失は恐いのでマジッグバッグに入れておくことにする。ロクサーヌさんは嫌がっていたけど「今後の冒険で高価な物を手に入れることがあるかもしれないのでその練習だ」と言いくるめて預かってもらった。


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