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学園都市にて。「酔っぱらい現れる」。5月最終週。

 五月の最終週から六月の頭に冒険者中級の試験があった。内容はダンジョンの探索で、期限内に指定された階層まで到達し、帰還すること。もちろんある程度の収入も必須だ。指定されたダンジョンは以前既に行った学園所有の鉱山ダンジョンで、中級をクリアするとその後何時でも許可が下りる様になるらしい。


 さてその試験。


 指定されたのは第五十ポイントだったので、移動以外に一週間程見ていたけれど、正直余裕だった。四人中三人が一度潜っていたのもあるし、相変わらずエルザの威嚇が効いたのもある。それに今回はマジッグバッッグがあったのでいちいち剥がさなくても敵ごと仕舞えるし、多めに入れた野菜や調味料などを使ったロクサーヌさんの料理はおいしく、士気が落ちることが無かったのも大きかった。時間が余ったので第七十ポイントまで進めたのは、主に収入面で上出来だった。

 今回は帰ってきた足でキクノ校まで戻り、そこで中級の合格と人数分の鉱山ダンジョンの許可証を貰った。

 「今夜はお祝いね。」

 打ち上げもかねて食事会だ。ロクサーヌさんの料理もおいしいけど、いつも作ってもらっているので外で食事をすることにした。そんなわけで御者をしてくれていたマリアさんは勿論、一度家に寄りタタラとオルカも誘った。場所はロクサーヌさんオススメの店で、ネカ校に行く道の途中に有る学生が共同経営している所だ。

 「「「乾杯。」」」

 二階の個室に案内され、最初にスパークリングのお酒を頼んだ。今回得たアイテム等は多かったので支払いはそこからすることになっており、その為少し良いお酒だ。

 エルザの食べたがった茸猪のステーキの他はロクサーヌさんにお任せである。なんでも以前ジーノ先生の授業を取りに来ていた生徒が集まりお店を開いているらしく、皆ロクサーヌさんの知り合いだ。

 料理と共に会話も弾む。行かなかったタタラは前回より深層ではどんな素材が手に入ったのかを特に気にしていた。オルカは会話こそ少なめだったけど、料理と酒に舌鼓をうちつつも話しを聞いていた様で、ランシープの角とアダマンタートルの甲羅に興味を持っていた。彫ってみたいらしい。

 お酒が回って来ると、話しの内容は今回の冒険から徐々に色恋話になった。男性は僕一人なので肩身が狭いけど口を挟む勇気もない。エミリアとタタラはその手の話しに興味があるらしく、次々に相手を変えて聞く。エルザの最低条件は相手がエルザよりも強いことらしい。オルカはインスピレーションが重要で、僕は良い線をいっているらしい。胸を揉んだ時にビビッと来たのだとか。その話しを聞いてオルカとマリアさんを覗く女性陣の視線が痛かった。

 その視線のせいか、マリアさんは僕とのことを漏らす訳でもなく話しをはぐらかそうとする。しかし二人の質問は止まらず、男性とのやり取りに付いて。「優しくしてくれました。」とか「何度も求められて。」とかマリアさんの口から零れる度に質問をしていた女性二人は興奮を強めていった。僕は恥ずかしかったけど、否定的な言葉は出なかったので嫌われてはいないはずだ。

 そのやり取りに飽きたエルザが聞いてきた。

 「トラのその刀術はお師匠様に習った訳じゃないのよね?」

 強さに引かれるだけあって、色恋よりも武術に興味があるらしい。

 「うん。以前話したけど、師匠の知り合いのシスっておっさん。師匠は魔族で魔術師だったからね。」

 だからこそ覚えている魔術の呪文や紋は魔属式のものばかりだ。

 「刀術以外にも使っているけれど、全部その人が?」

 前回のダンジョンではほとんど出番がなかったけれども、今回は槍や短剣も使ったからかそんなことを聞かれた。

 「そうだね。あとはデンって竜族の人が格闘術を教えてくれたくらいだよ。知っている?」

 「知らないわ。竜族は多くはないけど、それでもそれなりに居るからね。だけど格闘術を使う竜族なんて叔父様みたい・・。他にも竜族に知り合いがいるの?」

 「いや、その人がエルザとリエールさん以外では唯一知っている竜族だよ。」

 「ふーん。いつか私もその二人に稽古をつけてもらいたいわね。シスさんは剣も使えるのよね?」

 「エルザが興味あるなら、今度師匠への手紙で紹介してもらえないか聞いてみるよ。連絡先は知らないからさ。」

 師匠は連絡を取っていた様だから聞いてくれるだろう。

 「ありがたいわ。」

 「お礼にお酒でも渡しておけばいいと思うよ。師匠を含めて三人ともお酒好きだから。」

 訪ねて来る時はいつも酒を持ち寄り、朝まで飲んでいた。それでも足りないときは夜の山を村まで下り酒を買い、つまみを作った。別に嫌な思い出ではなく、そうして山の中まで訪ねて来る人が嬉しかったのを覚えている。

ガシャン

 何かが壊れる音がして夜の喧噪が途切れた。

 開けっ放しの窓から外を見ると数人の男達がにらみ合っており、徐々に人垣が出来つつある。

 「喧嘩ね。」

 一緒に顔を出したエルザがそう判断した。

 「お酒も入っているようです。」

 エミリアも窓から外をみた。

 「あっ、武器に手をかけましたよ。」

 タタラが心配そうな声を出す。

 「店に被害が出る様なら手を貸しましょうか。」

 これはロクサーヌさんの言。他の店の店員も騒ぎが起きているのは道端なので手が出せない様だ。この街は基本的に学校ごとにエリアを定め、それぞれの学校に治安維持要員を出させている。基本的にというのは、キクノ校だけは生徒数が極端に少ないのでブレンス校に委託しているからだ。

 この道はネカ校の範囲にあり、店に被害がでない限り店の人間が手を出すことは無い。

 「抜いたわ。危ないわね。」

 しかし、エルザの言うように男の一人が剣を抜き、それに合わせて双方それぞれの武器を手にした。治安維持要員はまだ現れず、このままでは血を見ることになる。

 「どうする?」

 エルザがこちらを見て聞いてくる。

 僕とエルザなら鎮圧は出来るだろうし、ここから飛び降りることも可能だ。

 「誰も止めない様なら・・・。」

 窓枠に足をかけた所で僕は動きを止めた。

 「どうしたの?」

 動きを止めた僕に皆の視線が集まった。

 「大丈夫みたい・・・・。」

 「あら、誰か出てきたのね。」

 人ごみからすり抜けて出てきたのは180センチ程の身長で、髪はロマンスグレーに染まった五十過ぎくらいの男だ。

 「武器は何も持っていないわ。」

 その手には酒ビンがあるだけで武器は持っておらず、腰や背にもない。それでも臆することは無く二つのグループの真ん中に歩み出る。

 「酒の席で騒ぐのはまぁしょうがないが、武器を持ち出して血でも流れりゃ美味い酒も美味くなくなる。小僧共その辺でやめとかねぇか?」

 周りのヤジから同意の声が飛ぶ。

 「うるせぇ!爺こそ血を流したく無けりゃ引っ込め。」

 「酒も飲めねぇ体にしてやろうか?」

 「武器まで抜いて引けるか馬鹿。」

 「ひっこめ耄碌爺!」

 喧嘩を始めた男達から怒声が浴びせられる。

 「あのままじゃ危ないわ。トラが行かないなら私が。」

 飛び出しそうなエルザを止める。

 「大丈夫。」

 「大丈夫って、鍛えて入る様だけど人間のようだし、武器も持ってないわよ。」

 「エルザの会いたがっていた人だよ。」

 話した好きに男達は近づく。

 「まぁまぁ一杯一緒に飲まないか?」

 酒ビンを突き出す。

 「うっせぇ!」

パリンッ

 差し出した酒ビンは剣の一振りで割れた。

 「何をしやがるこのくそ餓鬼!」

 次の瞬間に酒ビンを割った男は地面に叩き付けられた。叩き付けた男はいつの間にか手に一振りの剣を持っている。

 「刃は付いてねぇから安心しな。一手指南してやるよ。」

 男の挑発に、敵味方忘れ男達が武器を振りかぶり襲いかかる。

 瞬き一つする間に近くに居た5人が倒れ、彼等が地面に倒れる前に更に6人が意識を失う。残っている男達には何が起きたかわからなかったはずだ。男の力を知っている僕も面と向かってだったら全てを把握は出来なかっただろうから。

 「な、なんなの・・。」

 「さっき言っていたシスのおっさん。」

 エルザの質問の回答としては不十分かもしれないけれどそれ以上話せる情報も無い。

 「ひっ」

 残った男達が後ずさりを始めた。

 「逃げんなっ。こいつ等を連れて帰れ。あと酒代な。」

 シスのおっさんは笑いかけているけど、彼等には脅されている感覚しか無かっただろう。倒れた男達と自分達の財布をおっさんの足下に投げ出し、倒れた仲間を引きずって町中に消えて行った。可哀想に。

 「おいおい。多いってぇの。」

 財布を拾い始めたおっさんから目を話し、店員に酒の注文を追加する。

 あのシスがこの距離で気付かないこともないだろうから。


 シスはタイプの違う美人に囲まれ、好きな酒を飲み終始ご機嫌で、酌をされると直に飲み干していた。特にエルザは隣に座って酌をし、色々と聞きたがってはいた。最初こそ「あれは、こうして・・。」なんて手振りをしながら話しをしていたけれど、段々と同じ話ししかしなくなり最後には僕とシスの最後の立ち会いを繰り返すだけになった。

 「そんでトラが俺に一撃入れてな。あんなに小さかったトラがな。それでアキナのヤツにはいじられるしな。それもトラが俺に一撃・・・・・。」

 「エルザもう明日にしよう。どうせ家に泊まるのだからさ。」

 「そうね。」

 「皆もおつきあいありがとう。」

 シスが巻き上げた財布達から支払いを済ませ店を出ると、シスを担いで家に向かう。女性陣は皆でお風呂へ。エミリアとマリアさんも今日はエルザの部屋に泊まるらしい。シスは本館の来客用の部屋に放り込んでおいた。

 人がいるので来ないかと思ったけれども、マリアさんはやって来た。声を押し殺してするのもまた良い。


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