森にて。「課外授業二日目。」4月14日。
朝方エルザの喜ぶ声がした他に特に異常はなかった。
朝起きると一頭のブラックベアが木にぶら下げられていた。体長は三メートル程で大人になったかならないかくらいだろう。首元には穴が開いている。
「槍で一発よ。」
エルザが嬉しそうに話しかけてきた。裏まで穴が開いているので貫いたのか。
「なんで吊るしたままなの?」
「血抜きをしたのだけど捌いて良いのかと思って。」
それだけでなくどう捌いて良いかわからなかったらしい。
「ロクサーヌさんも?」
意外な気がする。エルザはともかくロクサーヌさんなら出来そうな物だ。
「一応知識としては知っているのですけど、夜やるとなると・・。」
兎や鳥くらいなら街で捌いたことはあったけど、熊は肉になった状態でしか扱って来なかったらしい。また、初めてな為、一人でやるには不安だったとのことだ。
「じゃあ僕がやるよ。手伝って。」
まず手分けして包める葉を集める。熊を地面に下し、下腹部から首まで切れ目を入れる。同様に各足首まで切れ目を入れ、皮を剥ぐと手足の先で切り落とす。次に脇差しに魔力を通して胸と腹を開き、熊の胆を丁寧に取り出した後に残りの内蔵を引きずり出す。更に横隔膜と胸の内蔵を取り出すと裏返し、背中まで皮を剥ぐ。皮の下で首を落とすと残ったのは肉と骨だけになる。そこまでやれば後はロクサーヌさんと手分けして切り出すだけだ。
内蔵は売れないので今日の食事用に塩をもみ込み、肉は部位ごとに葉で包みマジックバッグへ。皮も首に穴は開いているけど売れると思うので丸めて放り込む。
「エルザ。首を狙うのは良いことだけど、今度は貫かないで止めてくれるとありがたい。」
熊の皮は装備などには使われず、敷物や剥製が多いため穴が開いて無い方が好ましい。これは、熊肉を持って行った時に村の猟師が教えてくれたことだ。
「わかったわ。」
理由を説明すると納得してくれた。エルザの実力なら皮に傷をつけない様に注意しながらでも余裕で狩れるだろう。そもそもブラックベアの攻撃ではエルザに傷一つ付かないに違いない。
「あと血にも栄養があるから少し取っておいた方が良かったかもね。」
「あっ、そうでした。」
ロクサーヌさんは猟師料理にも造形があるらしい。
「あと頭だけど・・・。」
「今日は使い切れませんし、入れておきましょう。」
脳みそなんかも食べられるのだけど、頭蓋骨ごとマジックバッグに放り込む。
「じゃあエミリア頼める?」
「任せて下さい。」
エミリアが魔法を使い湖から水を引っ張り、血を洗い流す。血の匂いに獣は引かれてきやすいからだ。昨夜は兎や山和鳥の内蔵でブラックベアを引き寄せたけど、今日は出かけるので放置しておかない方が良い。
続いて魚の罠を引き揚げる。
見たことが無い魚が5匹。
「食べられるかな?」
「森マスですね。食べられますよ。森の中を流れる川なんかで取れるのでそう言われています。」
余っていた兎達の内蔵を再び入れて、罠を沈めておく。
塩を振って森マスを焼き、昨日のスープを温め朝食にする。、
「ご飯の後に解体すれば良かったな。」
「うかつでしたね。」
手にブラックベアの血と油の匂いがこびり付き、食べ物を口元に運ぶ度に臭う。
「要らないのなら私が貰うわよ?」
エルザはそんなことを気にしないらしく、一匹余っていた魚に手を出すエミリアは直接触っていないので大丈夫そうだ。
朝食が終わると、テント等を片付けてから夜番と同じ組合せで散策開始だ。
使わない道具は全てマジックバッグにしまった。背負えないのが残念だけど、その分口が広く便利だ。
「便利なのになんで未使用だったのだろう?」
出発して直に疑問に思っていたことをエミリアに聞いた。
「お父様は幾つも持っていますので・・。」
一般に手に入りにくくても一国の王ともなれば幾つも手に入るのか。
「魔王さまからいくつか贈られたそうですよ。」
エミリアと話しながらも月露草を探すのは忘れず、池の周りを回って行く。丁度、反対側にはエルザ達の姿が確認できる。途中十二本の月露草を摘み待ち合わせ地点の小川まで辿り着いた。
「あれは魔石?」
エミリアが小川の中で光った一点を指差す。幸い膝程の高さなので水に入ると拳程の魔石だ。水色で、水属性であろうと予想できる。
「これも売れますわね。」
エミリアに渡すと嬉しそうにマジックバッグにしまう。
「良く見つけたね。」
川や池の中に時たま発見されるとは調べていたけれど、僕は言われるまで気が付かなかった。
「熊の時にはお手伝いできなかったので嬉しいです。」
「水で血とか洗い流していたでしょ?」
魔法が無かったら放置か、一々水を汲まなければいけなかっただけに、あれは大分助かった。
「そうですか?倒したのはエルザさんでしたし、解体したのはトラ様とロクサーヌさん。ロクサーヌさんはお料理もしていますから、私ももう少し力になりたかったのです。」
「馬車とかテントとかも・・。」
「あれは家の物です。」
それも含めてエミリアの力だと思うけど、本人が石を魔見つけて嬉しそうなので水を差すのも野暮だろう
魔石を回収して話していると向こう岸に二人がやってきた。
「こっちは二十一本ね。」
昨日八本程手に入れたので計四十一本。
「九本足りないな。」
「ならあっちにも小川があったからその先を見に行ってみるわ。」
僕たちは今居る川を上り、エルザ達は向こうの川を下る。
「昼にここで集合しよう。」
「わかったわ。」
集合時間だけ決めて分かれた。
二時間程歩く間に更に三つ魔石を見つけ、小川の源である泉にぶつかった。そこで月露草を見つけたので摘む。
「エルザさん達が見つけられなくても大丈夫ですね。」
月露草は多く生えており、二人で手分けして集めると四十五本程になった。合計八十六本。充分だ。
拾い集めた後に泉を観察する。水が湧き、魚が居るくらいで特に魔石もない。
戻ると既に昼は過ぎていたけれど。エルザ達はまだだった。
「何かありましたかね?」
エミリアが心配しているけれど、大丈夫だと思う。
ほどなくその証拠に森の中からエルザ達が現れた。
「見てこれ。」
エルザの両肩には一匹ずつ森林鹿が。ロクサーヌさんの手元には麻痺蜂の巣があった。
「しかも角付きよ。」
右に担いだ森林鹿は立派な角があった。
「エルザさんがいきなり槍を投げては知ったときは驚きましたけど。」
川を下っている途中にエルザが気付いて飛び出して行き、一回の投げ槍で二匹しとめたらしく、さらにそこから集合場所までショートカットをしようとした所、運良く麻痺蜂に遭遇したとのことだった。
角が着いた鹿の胴を槍が貫いた痕が有り、もう一方の鹿は貫いてはいない。
「まさか上手くいくとは思わなかったわ。」
手前の鹿を一投で倒し、運良くもう一頭が傷ついた所をしとめたけれど、本当は奥が駄目でも手前の一頭を倒せればよいと考えて投げたとエルザが語ってくれた。
「そっちの川に魔石はあった?」
「見てないわ。」
二人共、生き物と月露草しか気にしていなかったらしい。
その場で鹿を解体する。二頭居るけど、熊に比べれば小さいし、ロクサーヌさんも捌いたことがあったので手分けして行えた。鹿の皮は熊の様に観賞用にはならないけれど、ロクサーヌさんが着用しているような皮当てや皮鎧にも使われることがあるし、靴や鞄などにも使われるので熊より買い取り先を探すのが楽だ。
その場で昼食にすることにして、後ろ足のうち二本をシンプルに塩を振って焼く。これはロクサーヌさんの手抜きではなくエルザの希望だ。他の部位はそれぞれ解体をしてマジックバッグに入れた。
「一度やってみたかったのよね。」
エルザが焼き上がった一本の足を持って腿に食らいつく。口元からは肉汁が足れ服を汚すが、気にした様子は無い。
「うひひひひひひ。」
嬉しそうに次から次へと咀嚼し、飲み込む。
「兎や鳥の足ならまだしも鹿でやる人を初めてみました。」
ロクサーヌさんは呆れ顔だ。
僕たちは切り分けて食べている。
「歯と顎が頑丈な竜族ならではですね・・。」
エミリアは感心しているけど、他の竜族の人が聞いたらどう思うのだろう。今度リエールさんに聞いてみよう。
僕たちが三人で半分も食べれ切れなかったのに対し、エルザは一人で一足食べ切った
「満足。満足。」
「前から思っていましたけれど、エルザさんのお腹は何処かにつながっているみたいですね。」
「エルザの胃はマジックバッグにでもなっていそうだな。」
ロクサーヌさんと意見が重なり、顔を見合わせて苦笑いをした。
エルザ達が回ってきた方から帰ることにして、途中川沿いに移動するとやはり魔石を見付けた。
「四つ目ですか。更に先に進んでみますか?」
エミリアがマジックバッグに魔石を入れながら聞いてくる。
「多分これ以上無いと思うな。」
「ありませんか。」
「多分ね。」
明日になればわかるだろう。
キャンプの場所に戻り魚を引き揚げると、同じ場所に入れていた所為か、二匹しかかかっていなかったので、今度は鹿の内蔵を入れると、少し離れた場所に沈めてみた。
まだ日は沈んでいなかったけど、既に収穫は充分だ。月露草の依頼と鹿の角だけで大体銀貨二枚にはなるし、魔石はいずれも拳よりも大きいので5000〜3000センにはなる。それが八個ある。他に熊と鹿の肉と皮。兎の皮があり、一人頭銀貨一枚のノルマは達成できる。
昨日とは少しずらしてキャンプを張る。
「獣が心配ですか?」
「一応洗ったけど匂いは残っているだろうし、警戒しておくに超したことは無いじゃない?」
「なら料理はあちらでしますね。」
昨日内蔵を起きっぱなしにしていた所でロクサーヌさんが料理の準備をする。
エルザは暴れ足りないのか、エミリアを連れて森の中だ。暗くなる前に戻るといっていたので心配ないだろう。
辺りを見回し、ロクサーヌさんがこちらを見ていないことを確認すると、パンツ一丁で池の中へ入り頭から水をかぶる。すこし冷たいけれど気持ちいい。もし見られてもパンツをはいているので良いだろう。手拭いで体をこすったら池から出る。テントの側に用意しておいた焚火に当り、パンツが乾くと服をきた。
約束通り日が暮れる前にエルザは戻ってきた。本人は不満そうで、その原因は手ぶらで戻ってきたことだろう。山和鳥を見つけたけれど逃げられてしまったらしい。エミリアはロクサーヌさんに教えて貰ったハーブを数種類見つけており、渡していた。
二人が戻ってきたのでロクサーヌさんが料理を仕上げる。
今晩の夕食は熊の内蔵の塩漬けを炒めたものと、同じく内蔵を利用したスープ。それと森マスの香草蒸し。内蔵が多いのは痛む前に食べる為と、肉を多く残してお金にする為だ。
しかし、
「ほとんど漬かっていませんでした。マジックバッグに入れておくと時間が経たないのは本当だったのですね。」
塩漬けにした物は、革袋に入れてマジックバックに放り込んでいたので、ほとんど漬かっていなかった。
「まぁ勉強になったよ。今度は新鮮な物を入れておけばこうして外でも食べられるってことだからさ。」
「そうですね。時間が必要な物は家で調理してから保存すれば良いのですし。いつか私も個人用を手に入れたいです。」
ロクサーヌさんは冒険者というよりも料理人として欲しがっているようだ。
「そういえばまだまだ入りそうなの?」
「多分ね。」
エルザが聞いてきたのはマジックバックの容量だ。容量は個々で異なり、バックを二倍にした程度の物から倉庫数個分の物まで多岐にわたる。
「大きさからいってそんなに小さいことは無いと思いますよ。」
例外はあるけど、マジックバックと入れ口が大きい程容量は大きいとされている。なのでエミリアの判断はあながち間違っていないと思う。
「帰ったら試してみたいね。」
それを期に帰ってからの換金の場所や打ち上げをすること、その前に家の風呂に入って汗を流すことそんなことを話し、段々とただのおしゃべりになっていった。
「どうぞ。」
夕食が終わるとロクサーヌさんが小袋に入れたハーブの束を渡してくれた。
「仕舞っておけば良いのかな?」
持ち主が僕ということでマジックバッグの管理は基本的に僕がしている。
「いえ、匂い取りです。水浴びをしていた様なので必要ないかもしれませんけど、血や脂の匂いを落とすのに使って下さい。」
僕が受け取ると他の二人にも配る。
「こう使って下さい。」
焚火で湧かしていたお湯に水を入れ温度を下げると、そこにハーブの小袋を入れるとそれで手をこする。
「気持ちいいわね。」
女性陣には好評の様だ。
「そうですね。お風呂でも使い得たら良いですのに。」
「じゃあ明日はハーブ集めをしながら帰ろうか。金銭的にはもう大丈夫だろうし。」
「賛成!」
エルザが最初に賛成するとは思わなかった。もっと狩りをしたがると思っていた。やっぱり女の子ってことかな。
他の二人も賛成の様なので明日はハーブがありそうな所があったら少し留まって探すことにした。明日のことも考えて今日も早めに寝る。組み合わせはエミリアとエルザが先で僕とロクサーヌさんが後だ。二人によろしくお願いしてロクサーヌさんとテントへ。
一緒に寝るのに何も言われないのは、多少なりとも信用されているからだと思う。だけど今度からはテントを二つなり用意しよう。マジックバッグもあるしね。
ロクサーヌさんは中々寝られないのか何度か寝返りを打っていたようだ。
目を開け、かぶっていたマントを横にどける。
「なに、起きていたの?」
エルザがテントに顔を突っ込んで聞いてきた。
「いや、今起きた。」
「そう、交代よ。ロクサーヌさん。」
テントに入ってきたエルザがロクサーヌさんの体を揺すって起こしているのを横目に外へ出る。
「ちょっとトイレに行ってきてもいい?」
外に見張りをしていたエミリアに声をかける。
「はい。付いて行きますか?」
「すぐ済むから。」
少し離れた所に小さな火がある。先生のキャンプだ。
エミリアに断ってテントの裏の森へと入る。進むうちに焚火の火は届かなくなり、月明かりが樹々の隙間から射し込んでいるだけになる。茂みに拾っておいた枝を投げ、声をかける。
「こんばんは。」
茂みの先にはケバン先生と四人の黒装束の男女。
「良かった・・。」
そう言うのは黒装束を着たエバステル先生。
「これから襲撃予定。話しはまとまっていない。そんな所で良いですか?」
「大体正解。」
答えてくれたのはジャミン先生。他の人は名前がわからないけど、いつかの職員室で見た顔だ。
「うまくはいかない気がしていたけど、バレバレだったかな?」
「いえ、僕以外は気付いていないと思いますよ。」
もしエルザ辺りが知っていたら一人で突っ込んで来ただろうし、他の二人なら皆に話したはずだ。
「まぁよかったのかな。生徒に返り討ちにならなくて。」
「魔法無しじゃ勝てそうも無いしね。」
「ロクサーヌ君はともかく君を含めた三人の戦闘力じゃこっちが危ないかもってね。」
未だに襲撃の準備も終わっていないのはそういうことらしい。
「説明は明日にして今夜は解散ということで。トラ君は気付いているかもしれないけど、森を出るまでは皆に内緒にしていてね。」
「わかりました。」
先生方が移動したのを見送って、枝を拾いながら帰る。帰った方向からしてキャンプに戻ったのだと思う。
キャンプに戻るとトイレには遅かったので心配されたけど、ごまかして見張りを受け継ぐ。
後は朝までロクサーヌさんに罠の作り方を教えながら過ごした。




