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森にて。「課外授業一日目。」4月13日。

 今日は台所や風呂も含めて全部が完成する。らしい。

 何故「らしい」なのか。それは完成前に僕たちは街を出るからだ。セバスさんに任せているとはいえ、完成に立ち会えなかったのは少し悲しい。

 馬車の中で装備の最終確認をする。僕は木鞘の刀に脇差し、それとセバスさんの弓を借りてきた。動きやすい服装に雨具にも寝具にもなるマント。食料は持ち込ま無い約束なので鞄には植物をメモしたノートが入っている。他に入っているものはロープとナイフ、それに小さな魔導ランプといった小物だ。

 塩を任せたロクサーヌさんはズボンをはいた腰と足に投げナイフが数本。胸元と足回りを皮当てでカバーしている。

 エルザはいつもの剣に、槍を担ぎ、担当する大きな鞄にはテントが入っている。

 エミリアは日よけの為の幅の拾い帽子に一人スカートの様な軽鎧。腰には大降りのナイフが一振り。

 ヴィーダさんの御者で危なげなく馬車は進み、正午前には森の入り口に付いた。入り口といっても街道から一番近いというだけだが。

 ケビン先生はもう一人女性を連れて待っていた。

 「彼女は先生の妻でシトー。一緒に君たちを監督する。」

 「よろしくね。ケビンの生徒だなんて初めてで嬉しいわ。こう見えても冒険者として未だに稼いでいるからこの森くらいは大丈夫よ。」

 「緊張感を無くす様な発現はしないでくれ。嘗めて怪我でもされたらたまったものじゃない。」

 ケビン先生のその口調からも僕らを案じてくれているのがわかる。気をつけて余計な怪我をしない様にしようと心に決めた。

 「私達なら大丈夫よ。」

 胸を張ってエルザがそんな事を言っている。

 「慢心が油断に繋がるから気を引き締めて行こう。」

 エルザ以外の二人は大丈夫だろうけれども、一応言っておく。

 「先生達は基本的に何も言わないし、居ないものと思ってくれていいから。」

 「わかりました。じゃあ行こうか。」

 時間は有限だ。日が暮れる前にはキャンプを張りたい。

 「では、二日後の十時頃に迎えにきます。お気をつけて下さい。」

 ヴィーダさんが馬車を返して帰って行った。

 森に踏み入るも特に何かがある訳ではない。街道から近い場所だけあって人が踏み入った跡があり、ある程度草がよけられている。

 太陽の位置を確認しながら予定している方向へと歩いて行く。僕が道を間違えない様にしている間に、ロクサーヌさんの指示でエルザとエミリアが野草を摘む。

 一時間も歩けば小川に当った。

 「大丈夫?」

 確認するけど皆余裕だ。

 「じゃあこのまま進もうか。」

 小川沿いに上流へと向かうつもりだ。

 十分程歩いて右手を上げる。これはダンジョンでも使った止まる合図だ。

 素早く弓に矢を掛け、もう一本を指に引っ掛ける。

 「エルザ。」

 僕の意を汲んだエルザが小石を投げる。草むらから飛び出してきたのは山和鳥。

 素早く二射。

 一羽一射で二羽共仕留めた。

 山和鳥は飛べない鳥で普段は走って逃げる。今回逃げなかったのは、

 「卵が二つあったわ。」

 巣があったからだ。残酷な様だけれどもこれもありがたくいただく。

 途中更に兎を二羽得、三時間程かけて目的地に着いた。

 「ここを今日のキャンプにしよう。」

 小川から池に合流する場所で視界が開けているので、万が一獣が襲ってきても対処できる。

 エルザとエミリアがテントを。ロクサーヌさんは石を汲んで竃を。僕は水を汲んだ後に周りをチェックする。麻痺蜂もブラックベアも居ない様だ。ついでに池に沿って歩いて行ったところで月露草を発見した。一本だけ詰んでキャンプに戻る。エルザとエミリアが実物を見たこと無いといっていたから見せるつもりだ。

 「それは?」

 エルザとエミリアはテントを張り終えており、ロクサーヌさんの料理を見ていた。夕食には早いけど昼を食べていないので早めに夕食にするのは予定通りだ。

 「月露草だよ。向こうの方に生えていたけど、枯れてしまうのも嫌だから一本だけにしておいた。二人とも見たこと無かったよね?」

 明日からの探索では月露草を見つけてもらうため二人には覚えておいて欲しい。

 「これがね〜。」

 「月露草は水辺で上辺が塞がれてなくて、夜月の光が当る所に生えやすいらしい。」

 エバステル先生から教わったことを皆に教える。

 エルザが月露草を見たこと無いのは驚いたけれど、聞けば今までの依頼は獣を狩るものか配達だけを受けていたらしい。大抵の得物を狩るのはエルザの腕なら狩れるし、配達は飛べば直ぐだからその二つを選んでいたのは納得できる。

 「あの、まだ渡していませんでしたけど、これを使えば良いのではないでしょうか?」

 エミリアが差し出してきたのは丁寧に折り畳まれた袋だ。

 「これは?」

 「父がお約束していたマジックバッグです。丁度昨日届いていたので。お渡しするのが遅くなってしまい申し訳ありません。」

 「マジッグバッグ?」

 エルザの興味は月露草からこちらに移ったみたいだ。確かにマジックバッグに仕舞っておけば時間の経過による劣化は防がれる。

 「いやいや、嬉しいよ。」

 開いてみると口の広い袋で、申し訳程度に持ち手が付いている。一見ただの革製の袋に見えるけど、最大の特徴は口から内部が見えないことだ。光すらも数闇で何も見えない。

 「口も広いし中々高そうね。ちょっと貸して。」

 僕から受け取ったエルザが自分の剣をしまおうとしている。

 「駄目ですよ。今閉まったら取り出せなくなります。認証も済んでいませんから。」

 マジックバックは誰でも使える訳ではなく、袋に対して認証を済ませることでようやく使用者として登録が出来る。登録をすることで物の出し入れが可能になる。見えない中で何故希望の物を取り出せるのか、諸説あるけど、一説にはマジックバックは簡易の意思を持ち、使用者の念を受けて欲しい物を渡してくれるとされている。

 「フリーじゃないのね。」

 認証をフリーにした物もある。むしろその方が多く、安い。その場合は任意の物を取り出せなくなるので袋をひっくり返し、一々入っている物を全て取り出さなければ行けない。

 「はい。貰ってからずっと使っていなかったそうです。」

 「じゃあ認証を済ませてしまえば?方法は知っているでしょ?」

 エルザがマジックバックを返してくれた。さすがに勝手に自分の認証をしては駄目だと思ったのだろう。

 「了解。」

 指先をナイフで切り血を垂らす。行うのは簡易の契約魔法。

 袋に垂れた血は染みになることも無く、マジックバッグに吸い込まれていった。

 「wく、jdk雨ぃあkjん。」

 血の付いた指先で袋をなぞり、更に暗い袋の中に血を垂らす。

 軽く袋の闇に波紋が走り、契約は終了だ。鞄には黒い線が一本走っている。

 「魔属式?」

 エルザが驚いているけど、師匠に習って過去に一度した頃があったのがこれだったのでしょうがない。確かあれは十歳を過ぎた頃に師匠のバックでやったはずだ。

 「二人共契約しておこうか。料理が終わったらロクサーヌさんも。」

 「よろしいのですか?」

 エルザは早速試そうとしているところでエミリアが聞いてきた。マジックバックは様々な物がしまえるので重宝する人が多い。そして、その分他人のマジックバックに対して勝手に契約を行うなどした場合は厳重に罰せられる。場合に寄っては人の財産を奪うことになってしまうからだ。

 「これから皆でパーティーして行くのだから使えた方が便利でしょ。六人までできるしさ。」

 パーティー内で物の出し入れが出来ないと不便だし、何より他の三人を信用していないと背中を任せ合うダンジョン攻略なんて出来る訳も無い。

 「皆で契約しても四人。最後の一枠は残しておくとしても、もう一人契約できるからマリアさんにでもしてもらう?」

 一つの袋に対して契約を出来るのは六回。それを逆手に取って個人で六回行い個人用にする人も多い。

 それとは別に、

 「一枠を残す?あぁフリーにすることも考えているのね。」

 そう。一枠を使ってフリーにすることもある。フリーの契約は契約をしていない七人以上の血を混ぜて使用すること。それでフリーになる。

 「まぁ良いじゃない。どうせ盗まれないしだろうし。」

 エルザの言う通り、泥棒の一部はリスクを負って盗み・契約をすることによって袋のアイテムを奪おうとするけど、それは叶わない。契約した次点までに入れていた物は取り出せないからだ。マジックバック自体は高価なので転売する手もあるけど、ちゃんと考えておけということだ。そんな失敗談も泥棒に浸透したらしく最近では盗まれることも大分減ったらしい。

 「あまり枠数を残しておくのは良くないと思いますけど・・。」

 エミリアの言う通り、枠数の残ったマジックバックは転売できるので開けておくのは良いこととされていない。

 「とりあえず、私は契約するわね。」

 いい加減エルザがじれ始めた。

 「どうぞ。」

 エルザは自分の牙で指先を傷つけて契約を始める。エルザのナイフじゃ肌を傷つけられないのかも。

 「倭列或時樽契約死芽。」

 血を垂らしたエルザは竜族の言葉で契約を結んだ。

 「ハイ次。」

 次にエミリアが契約する。僕と同じ様にナイフで指先を傷つけて契約を始める。

 「wく、jdk雨ぃあkjん。」

 僕と同じ魔属式だ。

 その後料理を終えたロクサーヌさんにも契約してもらってから月露草を仕舞うと、早めの夕食にする。ちなみにロクサーヌさんは人族の契約魔法だった。

 「なんで塩だけでこんなに美味しいのかしら?」

 エルザが兎肉の入ったスープを飲んで首を傾げている。

 今日の食事は、兎肉と野草のスープに山鳥の焼いたもの。これだけ聞くと単純だけど、スープは兎の臭みがなくまろやか。山鳥は間に細かくされた野草と木の実が挟まれていていて、山鳥のエキスがそこに染み込んでいる。

 「ポイントは塩の量とハーブです。兎の臭みは何種類かのハーブを混ぜてで揉み込むことで消えますし、スープには適量を見極めて入れることによって塩辛くならず、お肉の脂と解け合ってまろやかになります。山鳥の方は単純に塩竈にしました。」

 指差された簡易台所には塩の山。

 「塩の間にもハーブが仕込んであります。また鶏肉の間に煎って乾燥させた木の実を入れることによってローストされた匂いと肉汁を逃がさない。この二つを狙ってみました。どうですか?」

 「悔しいけれど美味しいわ。」

 「まさか外でこんなに美味しい物を食べられるとは思いませんでした。」

 二人とも箸が進んでいてロクサーヌさんも満足そうだ。

 「内蔵は残しておいた方が良かったのですよね?」

 「うん。ちょっと使おうと思って。」

 内蔵も料理しようとしていたロクサーヌさんに止めてもらい譲ってもらった。おかげで朝ご飯は残ったスープだけだ。

 食事が終わると、エルザとエミリアは先程僕が見つけた月露草を摘みに行った。エミリアは夜目が聞くし、先生の奥さんのこっそり付いて行った様なので大丈夫だろう。一応遅くなる前に帰って来る約束はした。

 二人が出ている間に、木の枝や蔦で簡単な罠を作る。

 「あまり頑丈ではなさそうですね?」

 「まぁ二日保てば良いだけだから。」

 ロクサーヌさんに内蔵を貰い葉に包むと罠の中に入れる。あとはロープを結び、石を付け、池と小川の間に設置する。

 「なるほど。聞いたことはありましたけど、作り方までは知りませんでした。」

 「山の中で育ったからね。」

 魚が食べたかった釣るか潜るか罠を張る。材料となる木を吟味すればもっと頑丈にできるだろうけど、三日後にはここを離れるのでそれほど強度にこだわらなくていい。明日壊れてもまた作れば良いだけなのだし。

 「今度作り方を教えて下さい。」

 「いいですよ。」

 ロクサーヌさんは興味がある様で罠の作り方を頼まれた。もし時間が空いたらこの森に居る間に、なかったら帰ってから教えてあげよう。

 エルザ達は七本の月露草を手に帰ってきた。マジックバッグに入れ、明日からの計画を話しておく。計画といっても大した物ではなく、池の周りを左右から周り月露草を探し、生き物の気配を探り、反対側で合流してから次の予定を決める。それだけのことだ。

 「エミリアには辛いかもしれないけれど、明日は朝からに行動開始することにして、今日は早めに寝よう。」

 あまり危険が無いとはいえ、夜間行軍は避けた方が良い。

 「あまり気にしないで下さい。それに今は調子が良いのです。」

 満月が近いからだろう。月は大分丸くなってきている。

 次に夜番の順番を決めた。僕とエミリアが最初に番をし、エルザとロクサーヌさんが後で番をする。一交代制にした。特に理由はなくエミリアが夜に強いので夜が長い方に。戦闘力の高いであろうエルザと僕をばらけさせる。あとは適当に決めた。

 話しが終わると女性陣は揃って森の中へ。付いて来るなと言い残したエルザがスコップを持っていたので、お花を摘みに行ったのだろう。僕も少し離れた所で済ましておく。

 「内蔵とスープはあのままで良いのですか?」

 寝る前にロクサーヌさんに聞かれた。

 ロクサーヌさんの心配はわかるけど、大丈夫だと答えておく。

 薪になる木の枝は多めに拾ってあるので朝まで火を絶やさないでおく。エミリアが居るからあまり心配はしていないけど注意しておくにこしたことは無い。

 薪のはぜる音、風に揺れる樹々の音、遠くで鳴く鳥の声。

 時折魚が跳ねる以外に動きが無い。

 「トラ様はこのような所で過ごされてきたのですか」

 「僕の住んでいた所はもう少し木が少なかったかな。山の上の方だったから吹く風ももっと冷たかったし匂いも違う気がするよ。」

 「匂いですか?」

 「うん。エミリアの住んでいた所とも匂いが違うでしょ?」

 鼻を鳴らして匂いを嗅いでいるエミリアに聞いた。

 「そうですね。私の住んでいたお城も湖の側でしたけど、城下町もありましたし大分違う様な気がします。」

 今までの暮らしや住んでいた場所を話していたら、交代の時間になる。

 テントで眠る二人にエミリアが交代を告げに行ったので、辺りを警戒するけど、何も無く二人と交代する。

 最初エミリアは元気なので交代しなくても大丈夫だと言っていた。しかし、休憩はきちんと取った方が良いので休んでもらう。エルザに一言かけてテントで寝る。僕は外で寝るつもりだったけど、僕がテントで寝ないとエミリアは休憩しないと言うので両者折れた形だ。


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