学園都市にて。「薬草学・冒険者入門」。4月11、12日。
早めに家を出て屋台で朝食を取る。この街に出てきて既に半月以上。朝からやっている屋台もいくつかは把握している。エバステル先生と待ち合わせをしているのは調理室横の花壇前。まずは図鑑を片手に名前と効能を説明された。
「スケッチをしてメモを取ると覚えやすいよ。特に毒草に似た物がある場合や、取り扱いに注意が必要な物は記録を残しておくこと。まぁここにある者で危険な物は無いけどね。」
言葉通り、以前山の中や村で見たことある物が多い。
「ここのは簡単に栽培も出来るけど効果も薄い薬草や解毒草がほとんどだね。食用にもなるよ。そうだトラ君の家に庭がある?」
「あります。」
庭といっては良いのかわからないけど、有り余っている。
「なら練習がてら育ててみるのも良いかもね。三、四株なら何時でも持って行って良いから試したくなったら持って行って。」
花壇の物を一通り説明されると次は教室へ。一回の角部屋だ。
「ここは温室もかねているからちょっと暑いけど我慢してね。僕もできれば外に立てたいのだけれど、ここじゃ予算が無いから・・・。」
今度は外では育てられていなかった植物に付いて説明された。今度は見たことがある物の方が少なく、毒草など危険な物もある。
「毒草も使い方によっては薬になるからね。それにこうして育てていても中々増えない物もある。例えばこの月露草なんかは栽培が成功していないから森での採取をしなけれ手に入らないし、こちらの冬獣頭草は動物の死骸に生えるけど冬の間にしか生えないものだよ。」
乾燥させて保存してあるいくつかの植物に付いては、先生のスケッチを交えて説明してくれた。
「まずは植物の名称と効果、分布を覚えること。そのうえで組み合わせや精製による効果の増減等を説明するからね。スケッチとかしたくなったら何時でも来てね。」
基本を覚えてからでないと先へ進まないのがエバステル先生の教育方針らしい。間違えて毒薬を口にするとかはしたくないのでその方針には賛成だ。
説明が一通り終わると授業は終わりなので、帰りに外の花壇で見たこと無かった二種類についてスケッチをとる。
「今まで絵を描くことなんて無かったから難しいな。」
それでも特徴を細かく書き写す。わかりにくい所は言葉で補完しておけば大丈夫だと思う。
昼休み後に授業があるので家には帰らずにぶらつきながら飯屋を探す。学校の側にある食堂に入ってみるとケバン先生が居た。
「よかったら一緒にどうだい?」
言葉に甘えて同じテーブルに付く。
「日替わりランチで良いよね?」
先生も日替わりランチらしい。
「お任せします。」
「日替わりランチ二つ。」
ケバン先生もちょうど店に来た所だったらしく、近づいて来た店員に二人分の注文をした。
「毎日違う物が出るから色々と考えなくてもいいのが日替わりの良い所だね。トラ君はここのお店初めてかな?」
「はい。授業が終わって家に帰るのもなんなのでふらっと。」
「そうか。ここは結構オススメだよ。学校から近いから先生達もちょこちょこくるし。まぁ顔が見たくないときは別の店に行った方が良いかもしれないけど。」
大して話しもしないうちにプレートに載ったランチが出て来た。
「はい。おまち。」
「お、今日はハンバーグか。。」
主菜は目玉焼きの乗ったハンバーグで、脇にマッシュポテトと人参が添えられている。それとサラダとスープとライスだ。
「「いただきます。」」
食事が終わり、食堂を出る。
「ごちそうさまでした。」
ケバン先生がごちそうしてくれた。
「いやー。生徒とご飯なんて嬉しかったからね。それに新人の冒険者にご飯をごちそうするのは伝統みたいな所もあるのだよ。あと、あそこは安いから。」
二人で1200セン。以前エルザと食べた所に比べて安い。そして味はこちらの方が上だった気がする。
「職員室に寄って行くから先に行っておいて。」
集合場所は武道館になっている。
武道館では既に三人の女性達がおしゃべりをしていた。
「皆早いね。」
「私は授業がありませんでしたし。」
「私も。」
「私は家に居た所、お二人に食事に誘われて。」
暇だった二人がロクサーヌさんを早めの昼に誘い、その足でここに来たらしい。
「もう揃っているなら初めてもいいね。」
さっき分かれたケバン先生が皆にプリントを渡す。
「皆中が良いみたいだし、パーティーを組んではどうかな?四人しかいないから嫌ならソロになるけど、結局は皆で一緒に行くのだし。」
ロクサーヌさんを除く二人は既にパーティーを組んだ仲だし問題は無いと思う。三人で頷く。
「よろしければお願いします。」
ロクサーヌさんがそう言ってくれたことによりパーティーを組むことにする。
「リーダー?」
一番上にはリーダーを次いで副リーダーを書くらしく、エルザが反応した。
「エルザがやる?」
僕は誰がやっても構わない。
「興味は無いわ。」
言っただけだったらしい。
「リーダーは冒険中に指示をするだけでなくて、行く前の申請をギルドや学校にしたりもすることになるね。」
「私はパス。」
エルザは申請の段階で顔をしかめていた。
「私はやっても良いのですけど、昼間はちょっと・・・。」
エミリアを昼間移動させるのは忍びない。そもそも二人は他校の生徒だ。
「ロクサーヌさんは先輩ですし・・。」
リーダーとかガラじゃないのでロクサーヌさんにやって欲しい。
「先輩とか気にしないで多数決にしましょう。はい。トラ君がいいと思う人。」
僕を除く三人が手を挙げた。
「決定です。」
「多数決とまだ決めては無いはずじゃ・・。」
「決定です。」
ごねては見たけど決定らしい。すでにエルザが僕の名前を書いている。
「まぁリーダーも悪いことだけじゃないよ。基本的に指示を出すのはリーダーだし、有名になれば誰々のパーティーとか言われるし、ギルドの職員に名前を覚えてもらいやすくなるから。まぁ問題を起こしたりしても同じだけどね。」
メリットの方が少ない気もするけど、まぁいいか。
「あとはこれだね。」
先生に渡されたのは一枚のプリント。
「次の授業ではここに行くから準備をしておいて。勿論情報収集も準備のうちです。」
目的地は森とだけある。
「森ですか?」
「そう。街の南から出て馬車で三時間程行った所だね。現地集合なので移動手段は各自で確保。特にダンジョンという訳ではないので申請はいらないけど、今回の目標は書いてあるので皆で話し合ってね。あと来られない人はリーダーを通して言って下さい。毎回でもない限りパーティーがクリアすれば欠席者もクリアとします。ただしパーティーメンバーの許可が必要にもなりますが。それじゃ明後日にまた会いましょう。」
ケバン先生は武道館を出て行ってしまった。
「時間があるなら移動して話しをする?」
武道館には机や椅子が無いので話し合うなら移動した方が良いと思う。
「そうですね。私の授業についてもお話ししたいので、お二人がよかったら。」
「私は大丈夫です。」
「私も。」
皆大丈夫そうなのでエミリアの馬車で移動する。町中の馬車移動は時に歩くよりも遅くなる場合があるけど、エミリアの日光対策の一環だ。移動先はエミリアの寮。その応接室。ロクサーヌさんの家は狭いし、エルザの家は遠い。僕の家は工事中。との理由からだ。
「まず私の授業ですけど、工事が終わり次第になりますね。トラ君とエミリアさんの授業が無い時間帯で昼食か、夕食前にすれば調理した物も食べられるのでどうかと考えています。だいたい二時間前ですね。」
「僕は週の後半は昼間の授業がないのでそこ以外なら大丈夫です。昼からであれば今日以外全部大丈夫です。夜は特に予定が無いですね。」
「私はお昼の授業はこれ以外無いので問題ありません。そもそも授業数が少ないですから夜も大丈夫だと思います・・・。」
エミリアは今まで他の人と暮らしたことが少ない為、授業をあまり穫らずにこの街の生活に慣れることを優先しているらしい。
「ではほとんど私次第ですか。先生とも相談して数日中にお伝えします。」
家のほうが完成するまでは授業が出来ないのだし、慌てて決める必要は無い。
「その時は私も行くからよろしくね。」
エルザは食べに来るということか。
「じゃあ次はこれだね。」
先生に渡されたプリントをテーブルに置く。
「4の月13日ってことは2日後か。」
「とりあえず皆予定は?」
「私は大丈夫です。」
エミリアは即答。
「多分私も大丈夫ね。」
少し考えたのがエルザ。
「先生にお話すれば平気だと思います。」
手帳を開いて確認したのはロクサーヌさん。なにかジーノ先生の手伝いが入っていたのかもしれない。
「次に移動手段はエミリアの馬車でいいよね?」
エルザがエミリアに聞く。
「えぇ。ただ御者をしてくれる人が居なかった場合はどうしましょうか?」
「その時は乗り合いを探しておかないと駄目だね。」
誰かが運転することも考えたけど、それだと馬車を森の外に置きっぱなしにしなければならない。学園が近いといっても街道から外れているし、置いておくのは不用心だ。
「あとはこれを念頭に各自情報を集めるってところかしらね。」
プリントには次の様に書いてあった。
冒険者入門及び狩猟採取外部授業(第一回)
・引率:ケバン・フット
・目的:4の月13日正午より15日正午まで、二泊三日のサバイバルと狩猟採取。
・注意事項:食料は塩のみ。一人頭銀貨一枚以上を稼ぐこと。現地集合・換金した後解散。
「水や食料だけじゃなくてお金になる物も調べないといけないのか。」
「あとは地形と潜んでいるものもね。」
各自情報を集めて今夜家に集まることにして解散する。
寮から出ると用事のあるロクサーヌさんと分かれてエルザと僕は冒険者ギルドへ。
冒険者ギルドには近隣の森や山、ダンジョンなどの情報がまとめられている物があり、冒険者なら自由に見ることができる。ちなみに冒険者ギルドへ登録するだけなら銅貨一枚。他に手紙や荷物の受け取り、金銭の預け入れ・引き出し等をしたい場合はその都度使用料を払うことで冒険者のタグの昨日が解放されて行く。
僕もエルザも基本的な登録しかしていないが、本を見るだけなら問題ない。さすがにただの森だけあって地図もないけれど、植生と動物の情報は載っていた。人を襲う様な生き物は二種類。ブラックベアと麻痺蜂だ。両者とも無闇に近寄らなければ攻撃して来ることは無い。ブラックベアに特殊攻撃は無く、色が黒いただの熊。麻痺蜂はさされると麻痺する。しかしその麻痺は強い物ではなく、精々さされた部位が5分程しびれるだけだ。それでも巣に近寄って同時に何匹もさされると動けないし、連続でさされると死ぬ恐れもある。注意が必要だ。
特別お金になりそうなのはないが薬草や毒草が数種類。あとはたまに見付かる魔石や麻痺蜂の巣から取れる蜂蜜、動物の肉や皮といったところか。
それらのことを僕がメモしている間にエルザは学生向けの依頼版を眺めていた。
「あの辺の依頼を受けておけば少しはお金の足しになりそうね。」
エルザの見ていたのは、「月露草五十本の納品。銀貨一枚。」「麻痺蜂二十匹(生きていること)以上の納品。銀貨二枚。」「森林鹿の角の買い取り。(g/10セン)」だ。
「じゃあ麻痺蜂の捕まえ方、森林鹿についても調べておこうか。」
月露草に付いては今日習ったばかりなので大丈夫だ。麻痺蜂は眠らせてから籠に入れる方法が良いとのこと。もしくは網で捕まえて素手で籠に入れる。只その場合はさされる恐れがある。森林鹿は以前家の裏で捕まえた鹿だった。あの角は残っているけどあれを売っても今回の金額に加算するのはずるいだろう。
夜皆が集まり食事をしながら話し合う。今日の夕食はロクサーヌさんの弁当だ。
まず依頼については、月露草の納品は受けること。これは手に入りやすいとの判断からだ。麻痺蜂の捕獲は決められた日数の中で見付からないとキャンセル料が発生するので受けないこと。森林鹿は買い取りであるため依頼を受ける必要がないので見つけた場合は狩ること。
行き帰りの馬車は御者をヴィーダさんが引き受けてくれたらしい。居ない一日に馬車を使っていいという条件を喜んでいたというから例の彼と出かけるのかもしれない。
食料については動物の肉は出会ったら狩る。しかし出会えるとも限らないので付いた段階から木の実や野草も収集すること。これはロクサーヌさんが指示を出す。一応僕も明日は学校へ行って食べられる植物をメモして来るつもりではある。調理については任せて欲しいということなので任せる。ロクサーヌさん以上の料理技術は誰も持っていないのだから。水については心配したけど森には川や池もあるし、エミリアが水魔法を使えるらしいので問題ないだろう。
また、もし肉を多く狩れた場合買い取りをしてくれるそうだ。これもロクサーヌさんの情報で知っている肉屋に話しをしたところ二つ返事で了承を得たらしい。となれば狩れてもエルザの食べる量に注意しなければならない。
装備は各自の武器と防具、それに馬車移動のため荷物の量を気にしなくて良いのでテントを持って行くことにした。
これらのことを個々で改めて考え、明日の夜に再び話すことにする。そうして今夜のミーティングは解散した。
解散後、風呂に行くと、既にマリアさんが居た。
少し離れて露天風呂に浸かると何も言わずに側に寄ってきた。肩が触れ合うか触れ合わないか、それくらいの距離でなにも言葉を発さずに風呂に入っている。
最後まで何も言わぬまま、僕が出るのと同時に露天風呂から出て行った。
昨日と同じ様に、屋台で朝食を済ますとキクノ校へ。花壇の薬草をスケッチして時間をつぶすと、エバステル先生の部屋へ行く。森で食べられる草についていくつか教えてもらい、月露草の生えている場所なんかを確認する。昨日教わったことなので間違えておらず安心した。ついでに部屋の植物で知らなかったものを幾つかスケッチすると昼前に家に帰る。オーブン設置を見たいからだ。
「ここで良いのですね?」
ロクサーヌさんも見に来ており、タヒルさんが場所を確認する。
「そこが良いと思います。」
ロクサーヌさんの注文通りに仕上がったオーブンは、周りは金属に覆われているが、前面は耐熱ガラスの覗き窓が有り中を覗ける様になっている。その他温度調節やタイマー、どの方向から熱を当てるかなど前面上方で指定できる様になっているけど、僕が注目したのはオーブンの裏側。魔石が幾つも並びその間を細かな紋様が行き交っている。
「これに俺は魅せられた。」
「綺麗ですね。」
「だろ?」
僕に魅せる為に裏を開けておいてくれたらしく、最後に裏面も金属板で覆うと指定された場所に固定し、既に魔導タンクから引かれていた回線に接続して完成だ。
「最初から最高出力を使わない様にな。まぁ嬢ちゃんなら慣れたものだろ。」
「いえ、大切に使いましょう。」
ロクサーヌさんは早速使いたそうだけど台所は明日完成予定だ。
一度分かれて夜に集まったけど、特に新しいことはなく、エルザが月露草の依頼を受けておいてくれたことと、エミリアがテントを用意してくれたこと。それにお互いの装備についての最終確認で終わった。
ミーティングはマリアさんの買ってきてくれていた食事を取りながらだったのだけど、マリアさんは一言も喋らなかった。僕たちが出かける話しだからかもしれないけど、あまり食事を取っていなかったのも気になる。
その日の露天風呂にはマリアさんの姿が無かった。
後から入っていると女湯から姿を現し、真っすぐと向かってきた。
「満月だからですか?」
再び触れ合うほど近くで風呂につかるマリアさんに聞いた。
「食事もあまり取っていないようでしたし。」
「ええ・・・。」
空を見る。そこには月があり、徐々に満ちてきている。
「毎月憂鬱になるのです。」
「よかったら僕たちがいない間もここを使って下さい。セバスさんにも話をしておきますから。」
お風呂に入って少しでも気がまぎれれば幸いだ。
「ありがとうございます・・。こうしてお嬢様の力が満ちることの時にお出かけになるのは良かったと思う半面、私の力が落ちた時に何かがあったらどうしようかとも思うのです。それにもう一つ・・・・。」
月に送っていた視線をこちらに向けて来る。マリアさんとこんなに長い時間目が合っているのは初めてかもしれない。マリアさんの目が揺れている。
「僕がなにか・・?」
「いえ、帰ってきたらお話させて下さい・・・。」
マリアさんはそう言うと、いつもより大分短く風呂を上がって戻って行った。
文字数はどのくらいが良いのだろう・・。




