学園都市にて。「魔法学(初級)」。4月10日。
朝起きるとグリグリが戻って来ていた。ベランダの隅で寝ていたので今度寝床を作ってあげようと思う。首には魔力石が一つ。前回爆発したことから部屋には戻らずに外で聞く。
「我が弟子よ。酒は無事届いた。ありがたい。感謝する。グリグリが遅くなったのには訳がある。故あって家の場所を変えたために遠くなったからだ。場所はグリグリが知っておるので帰って来る場合は聞いてくれ。まぁまた移動するかもしれんが。なので追加の酒は送らんで良い。それでは元気で過ごせよ。」
短いのだから手紙で済ませば安く済むと思うのだけど。
「ピーエス。この魔力石は再生後に破壊される。」
魔力石は言葉通りその場で割れた。
「もったいない。」
グリグリには食料庫にあった肉を上げ、撫で回す。お腹一杯になったら眠くなったのかまたベランダで寝てしまった。二、三日したら手紙を任せようと思うけどそれまではゆっくりしてもらおう。
今日はジャミン先生の初授業だ。少し早めに家を出て学校へ向かう。指定された部屋は二階の202号。まだ先生は居ない。その代わりに出迎えてくれたのは様々な器具や材料と思わしき物達と乱雑に置かれた紙の束。
「おはよう。」
「おはようございます。」
教室を見回していたらジャミン先生がやって来た。
「この教室は私の研究室を兼ねている。」
「だから物が色々とあるのですね。」
「ああ。そこに座ってくれ。」
指定された椅子に座る。目の前の机にも色々と物が置かれている。
「私の得意とする歪曲魔法について説明したい所だが、どうやら人間用の基礎魔法も使えない様だから基礎から学んでいくぞ。そこいらの荷物は適当にどかしてくれ。」
色々と書きなぐられている黒板を先生が消している間に机の上の物を移動しておく。そして出来たスペースにノートを開く。
「まずは魔力についてだが、これはわかるか?」
「体内で生み出された魔法を使う為の原料でしょうか?」
「うん。おおむね間違っていない。ただ魔力は体内以外にも存在し、動植物や魔石だけでなく空間にも存在していることを意識しておくこと。そうすると魔法を発動させる時に役に立つ。」
つい忘れていた。魔力は空間というよりは、そこにある大気、土埃、光、そのような物達にも存在していると師匠に教わったことがあった。
「この魔法の発動ですが、感覚派と理論派が居る。ほとんどが感覚派で、体内に感じた魔力を放出する際に意識した場所に意識した方法で出現させる。理論派もやることは変わらないが、放出する際の魔力の量を数値化し、放出する場所は自分を起点とする座標で考える。その放出する際の道も勿論考える。感覚派の方が素早いが、理論派の方が正確で魔力の無駄な消費が抑えられる。オススメは両立するか、理論的に素早くするのがよいな。何より体験して選ぶのがよいか。」
そこで話しが止まった。
「聞き忘れていたけれど、トラ君は魔法が使える?人間にも出来る魔法を教えて欲しいくらいだから使えないと思い込んでいたけど、全く知らない様ではない様だし・・・。」
「いくつか使える物もありますけど使えない物の方が多いです。普段使うのは身体強化と武器強化それに部分強化です。」
「それは独学で?」
「いえ、師匠に教わりました。」
「他の魔法は教わらなかったのかな?」
「教わりましたけど使えませんでした。六大属性すべて。他にも試しましたけど全滅です。」
六大属性とは火・水・風・地の四大属性に光・闇の二大属性を加えた言い方だ。分かれているのはお互いに干渉し合う為だ。
「人族なら四大のうちどれか一つは属性の適正があるはずだし、魔力が足り無いというわけじゃなさそうだけど・・・。」
基本的に種族によって適正のある属性が決められているといわれており、人族は四大属性から一つ。持たない人も入れば、複数持つ人も居る。人族以外はの特色は、例えばエルザの様な竜族は六大のいずれか一つ。それも複数持つことはたまにあり、竜族固有の魔法を使えることも珍しくはない。
エミリア達夜の一族は基本的に闇を持ち、それ以外にも属性を持つ。
タタラの様なドワーフは四大属性のうち地を持ち、さらに他の属性を持つことが多い。しかし偏りが有り、火の人が多く光や闇は居ない。
また、生きるのは全て魔力を持つといわれているが、使えない人も多い。特に人族だと魔力が少なく発動に足りていないからだ。僕の場合は身体強化魔法等を使えているので足りないことは無いと思うけど今の所使えていない。。
「まず一回やってみましょう。火、水、風、地、光、闇の順で。呪文は覚えている?」
「はい。」
師匠に教わったので覚えている。
室内でも初級魔法ならもし発動した場合でも大丈夫だろう。まずは火から。
「hsッd」
指先に魔力を混めるけど発動しない。次は水。
「ヲygt」
手のひらが少し湿っただろうか。いやただの汗かな。次は風か。
「ちょっと待って。」
「なんでしょう?」
魔力を混めるのを止める。
「トラ君は人族よね?」
「はい。」
何を今更。書類にも書いてあるはずだ。
「何故、魔族の呪文を唱えているの?」
「おかしいですか?習ったのがこれだったのですけど。」
師匠に習った呪文がこれだった。
「あー。わかったわ。種族間の魔力量の多寡については知っている?」
「はい。まず魔族が多く人族や獣族が少ない。」
他に多いのは夜の一族やエルフ達で逆に少ないのはドワーフとかがある。竜族や海の一族も多いとされることが多く、人族より多いのは確かだ。しかし固有の魔法を使う者も多く、魔力の多寡について論ぜられることは少ない。
「そうね。魔族と人族の魔力差は凄いわ。だから人族は魔族と同じ方法で魔法を使わない。魔族が初級魔法を使うときは半ば力ずく。細かいことは気にしないでイメージと魔力で発動するわ。魔族はそれでも総量が大きいのだから問題は無いけれど人族はそうもいかない。少しの魔力で現象が起きる様な使い方がするの。これが「人間でも出来る魔法」の正体ね。」
「効率が良いのならば魔族も人と同じ魔法を使えば良いのに。」
「そうね。勿論使うことは出来るわ。ただし効果が大きく変わるけど。だから人族と同じ規模の現象を起こしたかったら魔族用の魔法を、少量の魔力で現象を起こしたかったら人族の魔法を使うと使い分ける魔族も居るわ。効果が変わるのは魔法との親和性によるといわれているけど、わかる?」
「エルフや夜の一族が高かったと思います。」
「他には竜族や海の一族の固有魔法もそれぞれ親和性が高いわね。魔族はそれらに劣るけれど魔法そのものにある程度親和性が高いとされているわ。獣族は人よりは上くらいかしら。あとは個々人の素質。各自の持つ属性との親和性が高い程低魔力で高威力の魔法を使えるけど種族間の壁を越えることは難しいわね。」
「つまり僕は魔力が少ないのに多くの魔力が必要な方法を選んでいたということですか。」
話しを聞く限り、人族が他の種族の魔法を使うのは無理がある気がする。
「魔族の呪文を使っているということは魔力の運用も魔族の物だと思うから、この考えは間違えていないと思うわ。それでも使えないことは無いけれど、普通に使うとするよりも多くの魔力を消費しなければ駄目ね。」
「でも身体強化も師匠に習ったのですけど・・。」
それでも使えているのは何故だろう。呪文を使っていないからだろうか。
「多分だけど、自分の体にある魔力を自分の体に通すのだから無意識に調節しているのかもね。同じ効率で運用しているのかは私にはわからないけど、どうしても知りたかったら、魔力を見ることができる魔視の魔眼の持ち主を捜して頼むしかないわね。」
とりあえず今は使えているので良しとしよう。
「以上の点をふまえて指導して行くけど、もう魔力を使うことは出来るのだから、人間用の魔法を使いながら覚えて、ある程度魔力が減ったら座学。その繰り返しになりそうね。」
まずジャミン先生から呪文をおそわり、何度か試して注意点を告げられると初級魔法は使える様になった。ポイントは、ただ指先や手のひらに魔力を集めるのではなく、針の穴を通す様な細さで、かつ、高密度に魔力を集中させることだ。それでわかった適正属性は風と地の二種類。二種類でも人族にしては珍しい方だ。
座学については渡された本を読む。先生は何か作業をしていたり、何処かへ行ったりしているので、わからないことがあったらメモしておくかその場で聞く。それの繰り返しだ。これは師匠に教わっていたことも多くそれほど苦になることは無かった。
「今日はこの辺にしときましょうか。」
三冊目の本が読み終わると、授業も終わりとなった。
「初日に初級魔法をクリアできたのは出来過ぎね。来週までに自主練習しておくことと、この本を読んでおいてね。」
最後に一際分厚い本を渡された。タイトルは「歪曲魔法に対する基本的考察とその有用性に付いて」とあり、著者はジャミン先生だ。
「わからなくても良いから目を通すだけ通しておいて。」
「わかりました。」
魔力を使い続けた倦怠感と、頭を使った疲れで家に着くと昼も食べずに寝てしまった。
「おはようございます。」
昼寝から起きると部屋にマリアさんが居た。
「セバスさんに通していただきました。」
「すいません少し疲れたみたいで。」
待たせたことを謝る。
「いえ、お嬢様とエルザさんが来るまでまだ時間がありますから。」
外を見るとまだ明るい。
「お嬢様はヴィーダと。エルザ様はグリグリ殿と森へ行かれました。」
ベランダにいないから遊びに行ったのだろうと思っていたけれど、エルザと一緒ってことは何か穫りに行ったのかもしれない。
「私ももう一度夕食を買いに行って来ます。」
「僕も行くよ。」
エルザやヴィーダと人数が増えたので買い出しに行くらしい。
二人で屋台を何店舗か回り、家に帰るとエルザ達が帰って来た。
「鹿が捕れた。」
エルザが抱えているのは角の生えた若い雄鹿だ。
「樹々を切ったせいか比較的奥に居たが、グリグリのおかげで発見が容易かった。」
グリグリを撫でて褒めると、くきゅるると嬉しそうに鳴いた。
鹿は首が折れているだけで他に外傷が無い。剣も弓も使わずに仕留めたのだろう。
「グリグリが発見し捕えた所を私が殴った。」
エルザの力を考えればおかしなことでもない。
僕が鹿を捌き、その間にエルザ達が火をおこす。職人さんが木屑を分けてくれたので直に火が準備できた。あまっていた居たでテーブルと丸太の椅子も作ってくれたので買って来た屋台の物もそこに並べる。
鹿の半身はグリグリの食事になったけど、食料庫にあった魚や芋なんかも焼く。エミリアたちも合流し、残った職人さんも一緒に食事会だ。少しだけど酒も出した。あいかわらずロクサーヌさんのご飯と比べてしまうけれど、そとでの食事はまた別ものだ。それに大人数で食べると楽しい。あらかた食料が無くなると職人さん達は家に帰って行った。もう少し一緒にと誘おうと思ったけど、明日も朝から作業なので騒いで遅刻したら親方に怒られるというので止めておく。
風呂に入ると露天風呂でマリアさんと会う。もう日課の様なものだ。今日はヴィーダさんも居た。騎士として鍛えられた体はしぼられているが、妖婉さを失わないのはサキュバスの成す技か。スレンダーなマリアさんと並び見ほれる。
「いくらでも見てくれ。そしてベッドへ誘ってくれても構わんよ。」
「最近は良い人が居ると言っていたじゃないですか。その人に悪いので止めておきます。」
この間寮に行った時にその話しをしていた。ドワーフの若い職人と良い感じらしい。
「それとこれとは別腹なのだが、止めておくか。」
サキュバスのヴィーダさんにとって、男の精はまさしく食事だ。本人に穫ってはそうでも他の種族の男がそう考えるとは限らない。
「じゃあ私は先に上がるね。また。」
その男の所に行くのか幾分上機嫌で風呂を出て行った。
「五月蝿いのが居なくなりました。」
ヴィーダさんが帰ってマリアさんが近寄って来た。最近は風呂で合うと近寄って来る。
「魔導ランプのことなのですけど・・・。」
夜の静けさを壊さない様に話し始めた。
「先程設計図を見せてもらいました。お嬢様が以前言っていた引っ越し祝いとさらに新築祝いにいくつか贈りたいと。」
「ありがたいですけど、いいのですか?」
「かまいません。国王もここのことは知っていますし、セバスさんも安い物で充分といっていましたから高い物でなくて良いのでしょう?」
「勿論です。」
店で見た最高級品を渡されてもセバスさんは喜ばない気がする。
「なら二、三日中にご用意致します。」
「足りない分はセバスさんに言ってお金を出してもらって下さい。話しておきます。」
「はい・・・。」
話しが終わると静かに空を見る。
「もうすぐ満月です。」
いつの間にか肩が触れ合っていたマリアさんの言葉が頭に残った。




