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学園都市にて。「改装?」。4月8、9日。

 次の日は休みだった。といっても僕の授業予定が無いだけで特別な休みの日では無い。この都市で特別な休みとされているのは年末年始と各学校の開校記念日くらいだ。それでもイベント等があると授業は略なくなるらしい。

 タタラは既に食べた後だったので、一人で少し遅めの朝食を取る。食べ終わったら一限前にキクノ校へ。先生達が相談して授業の予定を立ててくれている予定だったからだ。職員室で校長先生から受け取った紙には次の様に書いてあった。


 一日目、一・二限に校長先生による歴史系授業。(伸びる場合有り)。

 二日目、午前中一杯ジャミン先生による魔法系の授業。

 三日目、一・二限にエバステル先生の薬草学。(ある程度知識が増えたら薬学と同時進行。)昼休み後よりケバン先生による授業についてミーティング。(他校の生徒に合わせる為時間変更有り。)

 四日目、

 五日目、

 六日目、

 七日目、

 別記:基礎料理学と美術史については先生の都合により時間指定はなし。授業の終わりに次の授業を伝えることにする。また探索等長期に渡りで掛ける際は各授業協力をすること。


 来る日が少なくなる様にまとめてくれたのだろうけど、半分は行かなくていいことになった。

 その理由の一つには授業数が多い割には同じ先生が教えることもあって、まとまっていることもあるだろう。開いた日に何をするか決めておいた方が、時間の有効活用ができて良いかもしれない。曜日で固定されている訳ではなかったけど一週間の周期であるのでやりやすい。

 受け取った紙を手にネカ校へ行く。護身術のナタリーヌ先生にあって話しをする為だ。

 まだ早い時間にも関わらずナタリーヌ先生は学校に居た。今日は二限から授業があるのでその準備に来ていたらしい。

 「早いのね。」

 「ご迷惑でしたか?」

 「いえ、ただもう少しでこちらが終わるからちょっと待っていてね。」

 なにやら両手に荷物を抱えている。

 「一つお持ちします。」

 渡されたのは棒の束。

 「杖術ですか。珍しい。」

 「杖術なんて言葉知っている貴方も珍しいけどね。まぁ教えるのは杖術と言うよりは棒術かしらね。普段剣を持たない商人なんかが一応護衛手段を身につけよう。っていう考えから生まれた授業よ。」

 運び込んだ先は大きなフロア。

 「ありがと。狭いけどここがうちの体育館よ。」

 そうはいってもキクノ校の武道館よりも広い。

 「それで授業が決まったのよね?」

 「はい。こうなりました。」

 キクノ校で貰った紙をそのまま見せる。

 「ふふ。面白いわね。生徒数が少ないキクノ校らしいといえばらしいけど、先生の数が生徒より多いなんて学校としてはあり得ないわね。でもこれだけ自由な時間があれば教えて上げられるわ。オススメはしないけど。」

 「ススメませんか?」

 先日はやりたい様ならと言っていたし、対人関係を学びたいと伝えたはずだ。

 「そうね。ちょっとそっちに立ってくれる。」

 運んで来た杖を渡された。ナタリーヌ先生は自分で運んで来た束から木剣を選ぶと構えた。

 「軽く合わせて頂戴。」

 そう言うと、剣が振るわれた。一歩引いてかわす。

 「そうじゃなくて杖で対応して。」

 再び振るわれた剣を杖の先端でずらし、立ち直す前にずらした勢いそのままに杖を回転させ、先程とは逆の先端を首元へ付き出す。傷つける必要も無いので寸止めだ。

 「降参よ。」

 よくわからぬままに剣を引かれた。

 「わかった?」

 「いえ。」

 何を聞かれているのかがわからない。

 「この程度の攻撃をなんとかいなせる様になる。それが目標の生徒たちが学ぶ程度のことなんてたかが知れているし、貴方には必要ないわ。対人関係云々といっていたから一応考えたのだけど、そんなもんは実地で覚えるほうがいいわ。結局ここで教えるのは商人や他には精々貴族や一般の人が相手の知識で、冒険者や兵隊が使う知識ではないのだから。貴方は商人になるつもりは無いでしょ?」

 「今の所は・・。」

 そもそも何になりたいかも考えていなかった。

 「完全な実力を見せてもらった訳じゃ無いから多分だけど、貴方の力があれば冒険者や兵隊・傭兵のような、戦う術を必要とする職として稼ぐのはそれほど難しくないわ。それにそういう職業の必要な知識なんかは違う授業で受けることが出来るしね。」

 「そうですか・・。」

 護身術に対する考え方が違っていたのかもしれない。

 「あとは危険になる状況なんかだけど・・。これは今度教えることの一覧をあげるわ。そう多くないからね。」

 先生がここまで言ってくれたのだから止めておこうと思う。

 「ごめんね。あの時に言っておけば別の授業を取るなりできたのでしょうけど、貴方みたいな生徒は今まで居なかったから。まぁ私の授業なら融通が利くけど、受ける?」

 胸元から出した一枚の紙を渡される。

 「私の名刺。」

 ネカ校教師、ナタリーヌ・コーザ。

 担当科目、護身術、商人の心得(武)、侍女の心得(武)、毒薬の見分け方と対処方。

 裏面には「護衛・侍女・メイドの紹介承ります。お気軽に相談下さい」とある。

 「何かあったらいらっしゃい。一応冒険者として色々働いて来たこともあったから相談くらいなら乗れると思うわ。」

 「この毒薬の見分け方と対処法は興味があります。」

 「なら、そちらの薬学の先生にお話ししてみるから連絡を待っていてね。ジャミン先生ね。」

 素早くジャミン先生の名前をメモすると紙を返してくれた。名刺は持っていていいらしく、返そうとすると断られた。話しは終わったので最後に挨拶をして帰ろうとすると声をかけられた。

 「そうそう最後に言ってことは、基本となるのは互いの価値観を尊重して不快と思うことはしないこと。これに尽きるわ。」

 体育館の入り口でお礼を言ってネカ校をでた。

 商店もまだ開店している所は少なく、真っすぐに家に帰ると既に職人頭が待っていた。

 「すみませんお待たせしましたか?」

 「いえいえ、執事さんにお茶を出してもらいました。リエール様からお聞きしましたが、何かご入用とかで。」

 朝連絡を受けて直に来てくれたらしい。

 「ええ。まずは台所にオーブンを入れたいのと、それに合わせて少し台所を大きくしようかと。」

 「オーブンって言うと魔導式ですか?」

 一般にオーブンは魔導式の物を指し、旧来の薪の物は釜といわれる。前者は発売されて久しいけど、その値段も相まって一般家庭に普及するまでには至っていない。

 「はい。今後必要になるので。それとついでといっては何なのですけど、工房からこちらまで雨に濡れない様な渡り廊下をお願いできますか?」

 「それは簡単です。材料は森からいただいても?」

 「大丈夫です。それと最後に大物ですが、セバスさんの家の改築と風呂の設置をお願いします。」

 「執事さんのですか。別に小屋を建てているのは珍しいとは思いましたけど。」

 「空き部屋があるので僕は構わないのですけど、この家がそれほど大きく無い所為か、遠慮しているのだと思います。」

 セバスさんは未だに門の側の小屋に住んで居る。小屋は二部屋しか無く、多少がたついていて台所は無く外に釜が一つだけ。なので小屋を出て一緒に家に住もうと何度か誘ったのだけれども、セバスさんは一向に首を縦に振らない。なのでいっそのこと内緒で立て替えてしまおうというわけだ。

 「お風呂は独立した物を?それとも温泉からお湯を引きますか?」

 「値段にもよりますけど温泉から引く方が良いですね。」

 使用人と主人用に分けられた風呂は、現在男と女に分けられてしまっている。その為セバスさんは僕と同じ方を使うことになるのだけど、そこでも一緒に入ることは無く工房裏の風呂を使っているらしい。

 「値段を考えるなら、いっそ風呂を拡大してもう一部屋作った方が安くすみますね。露天やサウナを付けなくて良いならそれほどかかりませんが、ご予算はいくら程で考えていますか?」

 「正直言ってどのくらいかかる物なのかわかりません。」

 「それは・・。」

 「なのでリエールさんを通して親方に相談しています。前回のお仕事も良かったですし。」

 値段がわからない状況で知らない人に相談したら、吹っかけられても気付かないかもしれないし、風呂の作りも良かった。工房を使う二人からも使いやすいと評判だ。

 「嬉しいことを言ってくれますね。ちなみにうちがやらせてもらって良いのですか?」

 予算だけ言って他と比べられては価格競争になりかねないと心配したのか、そんなことを聞かれた。

 「勿論。親方の顔に泥を塗らせません。」

 他に話しを持って行ったらリエールさんの顔にも泥を塗ることになる。

 「なら腹を割って話しましょうか。まず台所ですが、広くするといっても何処かを潰す訳ではなくて外に広げるのですよね?」

 「そうです。」

 「なら魔導オーブン以外は台所と渡り廊下合わせても、それほどかからないと思います。渡り廊下も長い訳ではないですし、材料代がほとんどかかりませんから。」

 「渡り廊下が安く住むなら、セバスさんの家からのも作りたいですね。」

 「そいつはちょっと距離がありますね・・・。」

 顎の髭を撫でながら思案げだ。

 「改装よりは金がかかりますが、いっそ新築にしちまうのはいかがでしょう。この家の側に立てれば廊下も短くて住みますし、風呂も近いですから。」

 「新築ですか・・。」

 工房を立てたときは1000万近くかかっている。残金は約800万払えないし、今後の生活費等を考えると多少は残しておいた方が良い気もする。

 「あの小屋くらいでしたら100万もかかりませんぜ。」

 お金で悩んでいることがバレバレだったらしい。

 「100万ですか。随分と安いですね。」

 「あれと比べたら安く済みますよ。工房の方は炉や作業場に金がかかっていますし、風呂の方は温泉を作り出しましたから。それに魔導ランプ等を使わないという条件です。これに風呂の増築を入れて全部で200万と言う所ですか。普通の家のサイズにしても300万もかかりません。」

 「ランプを入れると?」

 「ピンキリですが、大きさによっては一つ10万から30万。さらに上を見たらきりがないですな。」

 安い物のうち天井に着ける様な大きな物が10〜30万。廊下や机に付けられる様な物が5〜10万らしい。

 「付ける場合は、こちらの本館の魔力タンクに接続すれば問題ありません。以前拝見させてもらったところ、余裕がありましたから。」

 魔力タンクはその名の通り、魔力を保存するタンクではあるが、見た目はタンクというよりは宝石で、それが設備に繋がり魔力を供給している。魔力をそれなりに持ち放出できる人なら魔力の補充が出来るけど、そのタンク自体の価格は高い。また、うちはセバスさんが補充してくれているけど、少し大きな家庭や商家では専門の人が何日かごとに補充をしに来る為にそれに支払うお金も必要になる。

 「わかりました。魔導ランプは別にして400万でやって下さい。」

 ランプとかを100万くらいで済ませれば合計で500万。300万もあれば、それほど稼がなくても生活をして行けると思う。

 「それは他も込みですか?」

 「はい。魔導ランプとオーブンは別として、廊下や風呂を入れた額です。セバスさんの家の方は話し合ってもらうとして、来客時に泊まれる様に何部屋か作れますか?」

 ランプはともかくオーブンはロクサーヌさんに聞いてから買うことにした。

 「400万も貰えれば充分です。」

 「ではよろしくお願いします。」

 「こちらこそ、職人を信頼してもらえたからには良い物をこさえてみせますぜ。」

 固い握手を交わすと、セバスさんを呼び細かい話しを任せる。オーブンのことしか話していなかったので驚かれたけど、お礼を言われたので問題は無いだろう。

 二人に後を任せて、僕はロクサーヌさんの家の前に居る。以前、聞いておいた、キクノ校とシーネス校の間くらいにある二階建てのアパートだ。

 「確か103だったはず。いるかな?」

 表札はロクサーヌ・ロットになっているから間違いないと思う。ノックをするとドアが開けられた。

 「あらトラ君。どうしたの?」

 出て来たロクサーヌさんは今までとは異なり、ゆったりと長いスカートをはいていた。

 「少し相談したいことがあって。」

 「どんな相談かな。まぁ入って。」

 招き入れられた部屋の広さは僕の家の客間より一回り小さい程の大きさで、その三分の一は台所に占められている。

 「狭いけど、台所が比較的大きいからね。」

 料理の為にこの部屋を選んだとのことだ。今もお鍋が火にかかっている。

 出してくれたお茶をすする。

 「それで、ご用件は?」

 「オーブンを買おう思いまして、何が良いのかご相談に。」

 「オーブン買うの?」

 何故か驚いている。

 「授業に必要なのでしょう?」

 「まぁあれば良い程度よ。基礎じゃ一・二回使うかどうかだから。」

 わざわざ買わなくても、その時だけ教室を借りようと思っていたらしい。

 「でももう買うことにしましたし。」

 「そう。ならお店を紹介するわ。今から行ける?」

 「はい。」

 そのつもりで来たのだから問題があろうはずもない。

 「じゃあ準備するわね。」

 準備といっても鍋の火を止めて上着を着るだけだけなので直に済む。

 「料理中に良かったのですか?」

 「問題ないわ。一度火を止めると味が染みるからちょうど良いくらい。」

 なにか煮物を作っていた様で、店までの道すがらその料理について色々と教えてくれた。

 連れて行かれた先は店というよりも、

 「工房?」

 ルガードさんのお店、いや、今はリックスさんのお店だが、そのお店の様に手前に申し訳程度の商品。奥に作業場がある。

 「すいませーん。」

 それでもリックスさんの所と比べて規模は大きくない様で、ロクサーヌさんの声で作業している音が止まり、奥から厳めしい顔の男が出て来た。

 「おう。ロクサーヌの嬢ちゃんじゃねぇか。先生のお使いかい?」

 「嬢ちゃんは止めて下さい。今日はトラ君からの相談です。ほら、トラ君この人がタヒルさん。」

 「初めまして。」

 「よろしくな。」

 握手をして驚いた。厳めしい顔つきとは違い繊細な手で、女性と握手をしている様な感覚に感じる。

 「この職業は繊細な作業が必要になるからな。鍛冶士とは違うさ。それにしてもこの顔にビビらないとは嬢ちゃんよりは肝が座っているかな。」

 「ビックリしたのは最初だけです。」

 「お使いに来て入り口でプルプルしていたのが懐かしいわな。」

 ガハハと笑うその姿は顔つきに相応しい。

 「それでオーブンのものなのですけど用意できますか?」

 「前と同じので良いのか?」

 「あの台所に良いと思ったのを、ロクサーヌさんにお任せします。一応使いやすい様に少し広げてもらう予定ですけどロクサーヌさんが使いやすい物を。」

 ロクサーヌさんに見られたのでそう言う。餅は餅屋。任せてしまった方が良いだろう。

 「なんだ、嬢ちゃんもとうとう嫁入りかい?」

 家の台所を使うと聞いて誤解したらしい。

 「違いますよ。トラ君に私が料理を教えることになって、それでトラ君のお家で・・・。」

 家で教える様になった経緯や、ジーノ先生の近況などを報告し始めた。

 「なんだ嫁入りじゃないのか。なら奮発してやろうと思ったのに。」

 いくら説明しても重要なのはそこだったらしい。

 「残念ですけど、ロクサーヌさんにその気はないみたいです。」

 「ちょっトラ君。別に年下が嫌とかじゃなくてですね、そういうのはもっとお互いを知った上でですね・・・。」

 冗談で乗ってみると、ロクサーヌさんは思っていたよりも慌て始めた。

 「相変わらずだな。」

 僕とタフネさんが笑い合ったのを見てようやく気付いた。

 「からかっうなんてひどいです・・・。」

 拗ねた顔は今まで接していた顔と違いかわいらしい。

 「わりぃわりぃ。少しまけるから許してくんな。」

 「安くなっても私に特がある訳じゃないのですけど・・・。」

 「その分良い物にしてもらって構いませんよ。」

 出る金額が一緒なら構わない。

 「本当ですね。」

 一気に目が輝き出した。自分の物では無いとはいえ、好きな物で自分でも使う物である為か、次々とタフネさんに提案し、図面にその形を作り上げていった。

 「全部合わせて75万ってとこだな。まけて70万。」

 「70万ですか、50万くらいを考えていました・・。」

 予想していたのより20万程高い。

 「まぁ色々付けたからな。だけど今更言えんだろ。」

 ロクサーヌさんは一通り希望を出して満足したのか、離れたテーブルでお茶を飲んでいる。僕たちは最終的な金額の話しをするため少し離れた椅子に座っている為、向こうはこちらの話しを聞いていなかった様だ。

 「何か?」

 それでも質問をしてくるのは見ていたことに気付いたからだろう。

 「しかたがありませんね。最初にお任せしたのは僕ですから。」

 「男だねぇ。前金で渡してくれれば65万までまけよう。」

 なんでも基本となる魔導構造はタフネさんが組むけど、外側の金属部分や細かい細工などは別に仕事を出すらしく、前金だと交渉が楽なのだとか。

 「わかりました。」

 念の為、多めに持って来ていたお金を財布から取り出す。

 「毎度有り。あとはさっき言っていた親方へ話しとくからな。」

 納品・設置までをタフネさんが責任を持ってやってくれる。

 「後は魔導ランプか。」

 「うちでもランプはやっているけど、安いのが欲しかったら店に行った方が良いな。うちじゃオーダーメイドになっちまう。」

 「そうします。」

 何店舗かお店を教えてもらった。

 「エミリアさんにも聞いてみたら良いと思いますよ。」

 ロクサーヌさんがそう提案したのは、数店まわった後、お昼を食べているときだ。お店はロクサーヌさんが気になっていたお店で昼時なのに五月蝿くなく、数組、男女の客が仲良く談笑しながら向き合って食べている。

 「ここはカップルが多くて一人じゃ入りにくかったので、トラ君が付合ってくれて良かったです。」

 「それはよかったですけど、エミリアに相談とは?」

 「ヴィゴード国の魔導ランプは有名ですから。」

 考えれば予想がついた。昼夜逆転している人が多い国であれば魔導ランプの普及率は高く、その為、制作技術も良いはずだ。

 「ちなみにさっきのお店にもありましたよ。」

 説明されたのは奥においてあった一際立派で値段も高かった一品。

 「高いじゃん・・。」

 オーブンにお金がかかってしまったので、ランプは高くない物が良い。

 それでも一応相談をすることにして、残りのお店を回った後、ロクサーヌさんと別れてからエミリアの寮により言付けを頼んだ。

 頼んだ相手はヴィーダさん。すぐに帰ろうと思ったけれど、引き止められた。ウェルキンさんと一緒には帰らずに、寮で昼の警護をしているそうだけど、この寮は夜の一族がほとんどで昼間は暇らしく少し話しをしようということだ。つまりは彼女の暇つぶしだけど、僕も用事は済んだので構わない。

 いくつか話したのは、彼女は夜の一族ではあるけれども日の光でどうこうなることは無いらしいことや。弱いヴァンパイアは肌が焼きただれる者がほとんどだけど、エミリアは日の光に当ると肌が赤くひどい日焼けのようになる程度、マリアさんはうざったく感じる程度らしいこと。他には最近の男で入りや美味しかったお店、お気に入りの雑貨屋などだ。

 最後に今度お風呂を貸す約束をして分かれた。

 帰ると既に幾つかの作業が始まっていた。木が何本か切り出され、家の裏に並べられており、そこでは皮を剥いだり、切り分けたり、水分を抜く魔法をかけたりしている。そんな中、ルガードさんとタタラが居た。木を少し分けて貰って木工魔法の練習をしているようだ。風呂と家が立つであろう場所は測量が、渡り廊下は既に基礎が作られている。

 「おかえりなさいませ。」

 作業を見て回ると親方に声をかけられたのでオーブンの話しをしておく。

 「65万ですか奮発しましたね。まぁタヒルのヤツは昔からよーく知っているのでこちらで話しをしておきます。」

 知り合いだったのはやりやすい。


 それにしても知り合いならなんでタヒルさんはその話しをしなかったのか。


 それは翌日、初めての授業を受けて帰宅した時にわかった。

 「ようタヒルよ。相変わらず厳つい顔をして、嫁はまだ来ねぇか?」

 「厳つい顔はあんた似だよ。くそ爺。」

 親子らしいけど、お互いに悪態怒鳴り合っている。

 「いつものことですからお気になさらずに。」

 ぽかんと見ていた僕に作業をしていた職人の一人が教えてくれた。

 そんな親子の一幕はよそに作業は進んで行く。

 「そんなに面白いですかな?」

 どれほど見ていたのだろう、かけられた声に振り返るとタヒルさんがいた。

 「親方との打ち合わせはおわりましたか。」

 「えぇ。あれとは親子でして・・。」

 「職人さんから聞きましたよ。いつものことだと。」

 「今こそ違う仕事ですけど、昔は後を継ぐことも考えていたのです。けれども、今のトラ様の様にある家の建築を見ている時、魔導タンクとそのシステムの繊細さに魅せられましてね。家を飛び出して師匠に弟子入りして、今に至るというわけです。まぁ端から見る程仲が悪い訳じゃないので、気にしないでいただけるとありがたいです。」

 「ええ。」

 「それにしても、そんなに長く見ていられますね。もう日も暮れ始めますよ。」

 確かに日が傾き始めている。結構長く見ていた様だ。

 「こうやって出来上がって行く物をみるのは楽しいですね。」

 「確かに。自分には大味すぎますけど、物作りは構想、準備、完成とそれぞれに楽しさがありますから。よかったら明後日に釜を入れるので見に来て下さい。」

 「わかりました。」

 「それではこれで失礼します。」

 タヒルさんを見送って家へと戻る。職人さん達も片付け始めていたし、いつまでも居たら帰りにくいだろう。

 皆が帰った後、月を見ながら露天風呂に入っていると声をかけられた。

 「今日もよいお湯ですね。」

 胸元を手で隠しながら近づいて来たのはマリアさん。

 「ええ。どうやらマリアさんはここがお気に入りの様ですね。それで、ここに来たのはヴィーダさんから?」

 「えぇ。彼女も来ていますよ。今はお嬢様と中のお風呂に入っています。まぁ言付けが無ければ何か理由をつけて入りに来ていた所ですけど。」

 「昼間以外だったら何時でもどうぞ。セバスにも話しておきますし。」

 「昼間は駄目ですか?」

 「今は職人さんが入っているので止めた方が良いかと思いますよ。」

 工事をしていることと、その目的、それで魔導ランプを買おうと思っていることを話す。

 「それで聞きに来てくれたのですね。あとでお嬢様にも話しておきます。」

 その言葉を最後に沈黙が場所を支配する。お湯が流れるの音と遠くで声が少しするくらいだ。二人で居ても会話が無い。これはこれで落ち着くので気持ちが良い。

 「じゃあまた後で。」

 僕はこれ以上居たらのぼせそうなので先に出る。

 「えぇ・・・。」

 目は月を見たまま。この静けさを邪魔しないよう静かに風呂を出た。

 風呂を出たら夕食を作る。食材はセバスさんが買い足しておいてくれた。さすがだ。

 「しかし・・・。」

 今までは僕の料理は師匠の料理よりは美味しいと思っていたけれど、この二日でロクサーヌさんの料理を食べてからどちらも大して変わらないのだと思い知らされた。今日も思い出しながら料理をしてみたけれど、雲泥の差だ。どれだけ差があるのかわからない。

 「トラ様の料理も悪くはないと思いますけど・・。」

 エミリアはそう言ってくれるけど、僕自身納得していない。

 「そうですよ。私の料理なんて塩振って肉を焼くか魚を焼くかくらいです。」

 ヴィーダさんの料理は師匠以下らしい。いや五十歩百歩か。師匠はそこに茹でるが入るくらいだ。

 「男性でも料理が上手になるのは良いことだと思いますよ。冒険に出て美味しい物が食べられる。これは士気を高く保つのに有効ですから。」

 マリアさんの助言通り、ロクサーヌさんに必死で教わろう。

 「明日から料理できないのだけどね。」

 「えっと、工事のせいでしょうか。」

 「うん。」 

 風呂でマリアさんから話しを聞いたっぽい。

 「なら私がお風呂のついでに差し入れましょう。」

 お風呂のついでって言うのがマリアさんだけど、好意はありがたく受け取っておく。

 「よろしくお願いします。」

 「魔導ランプはその時にお話し出来る様にしておきましょう。」

 エミリアは国の特産品であるため、卸しているお店や原価を把握はしているけど覚えていないらしい。寮に資料としてまとめてある様なので確認してもらうことになった。

 「そろそろ帰りましょう。」

 食事が終わってランプの話しも終わるとマリアさんが二人に声をかける。

 「私は泊まっていこうかなぁ〜。」

 ヴィーダさんがすり寄って胸を当てて来るけど、あの夜のおっさんの行動を見ると誘いに乗らないほうが良い気がする。

 「夜のお相手はしませんよ。」

 「ケチッ。」

 それでも無理に誘う様なことはしないらしい。

 マリアさんに首根っこを掴まれる格好で帰って行った。



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