学園都市にて。「オリエンテーション③」。4月7日。
翌朝起きるとさすがに鍛冶場から音はしなかった。
午前中にいつもより多めに体を動かし風呂場で汗を流すとキクノ校へ向かう。基礎料理学の授業が昼前集合とされていたからだ。
裏庭に設けられた調理室に入るとそこにはロクサーヌさんが待っていた。
「ロクサーヌさんも基礎料理学を?」
昨日はそんなこと言っていなかった気がするし、弟子入りしているなら基礎はとうの昔に終わっているだろうに。
「いえ、私がトラさんにお教えします。」
「あれ?ジーノ先生と聞いていたけど・・。」
「えぇ。間違いありませんけど、ジーノ先生はお忙しく、私にお任せ下さいました。これが手紙です。」
渡された手紙には、ロクサーヌさんはジーノ先生の弟子であり基本は既にマスターしているということ。先生の手が空いたときは顔を見せること。直接教えられないのが申し訳ないこと。技術知識がつけば単位認定することが書いてあり、最後にロクサーヌさんが人に教えるというのも良い経験になるので、よかったら授業を受けてあげて欲しいと書いてあった。
「わかりました。よろしくお願いします。」
「よかったです。」
ほっとした表情で胸を撫で下ろすロクサーヌさん。緊張していたらしい。
「今回は第一回目なので歓迎の意味も込めて腕を振るいたいと思います。トラさんはよく見ていて下さいね。」
そう言ってロクサーヌさんがいつも持ち歩いている鞄を開くと、片面には何種類もの包丁が、もう片面には使い込まれた鍋や皿が入っていた。最前列にある教員用の作業スペースにはすでに食材が用意されており、次々と下ごしらえがされ火にかけられていく。魚は素早く捌かれ、肉や野菜も用途に応じて切り分けられ時に飾り切りが施される。お湯の沸く時間や、オーブンで肉の焼ける時間、洗い物の時間など、最初から最後まで予定通りと言わんばかりのスムーズな動きで、時間の無駄も動きの無駄も無い様に見える。僕がテーブルに料理を運び終わる頃には全て片付けられていた程に。
スープにサラダ、肉料理に魚料理、それも一品ずつではなく何種類もある。それだけの料理がさほど時間がかかっていないのはもはや魔法であろう。
並べられた数々の料理に目をやりながらロクサーヌさんと二人席に着く。
「いただきます。」
「どうぞ。」
スープから口にする。ゴボウのポタージュだ。一口含んだだけでゴボウの甘みが口に広がる。ゴボウの泥臭さは無く、ゴボウがスープになっていることにも驚きながら余韻を楽しむ。サラダは採れたてと言わんばかりに瑞々しく、またそのドレッシングが美味い。何が入っているのかわからないけれども、今まで食べた中で一番お気に入りになるのは確定だ。どれもこれも美味しいのだけど、これほどの量が食べきれるのかが心配である。残すのはもったいなさ過ぎるし、無理に食べて戻したら更にもったいない。意地でも戻す気はないけど・・。
「遅れたわ。あーーーー。先に食べている!」
ドアを開けると同時に叫んだ乱入者はエルザ。もう少しお嬢様っぽくならないものか・・。
そんな乱入者によって残る心配は無くなり、むしろ食べ負けぬ様に必死に食べた。それでも食べた量はエルザの圧勝だったけど。ロクサーヌさんは一口二口食べるだけで終始笑顔だったので、エルザの食べっぷりが凄まじかったのが際立った。
「「ごちそうさまでした。」」
「お粗末様でした。」
「お腹いっぱいよ・・。ありがと。」
二人でロクサーヌさんが入れてくれたお茶をすする。
「味もよかったけど動きも凄かったです。それと時間の配分。あそこまで出来る様にならないと駄目ですか?」
もしそうなら単位を取るのは絶望的だ。
「いきなりそこまでされたら私の立場がありませんよ。こうみえても弟子入りして役八年、料理を志して約十一年ですから。」
「ロクサーヌさんって何才なの?」
エルザが聞く。僕からは年齢を聞きにくかったので助かった。
「今年で二十四になります。」
そうすると十三才から本格的に料理を志し、十六才でジーノ先生に弟子入りしたことになる。おそらくその前にも料理をしていたのだろうけど、これだけの腕前になるのも当然といったところか。
「まずは包丁の握り方や卵の焼き方から始めますけど、問題は料理をする場所です。」
「ここじゃ駄目ですか?」
「今は良いのですけど、これから先生の授業が増えると中々使うのが難しくなると思います。それに料理は定期的にやらないと腕が落ちやすいですから・・。」
キクノ校を支えていると言っても過言ではないジーノ先生の料理教室。時間が埋まるのはしょうがないし、邪魔したくない。
「トラの家でいいじゃない。」
「トラ君の?」
「うち?僕は良いけど。」
「そうすれば私が食べに行きやすいしね。」
エルザは何処にでも来そうな気がするけど・・・。
「拝見させていただいてから決めるというのはどうでしょう?それで駄目だった場合は狭いですけど私の部屋でやりましょう。」
ロクサーヌさんの中では部屋でやる可能性をもっていたらしいけど、うちが使えるのならうちでいい。女性の部屋に一人で上がり込むのは色々と良くないからね。
せめてものお礼といって僕とエルザで皿を洗い、授業が終わった。
「早速うちに行きますか?」
僕の予定は特にないので、直に向かっても良い。
「少し予定があるので夕方にお邪魔しても良いですか?」
「わかりました。家の場所ですけど・・・。」
入り口がわかりにくいかもしれないので地図を書いて説明する。
「じゃあ私も行くわ。また後でね。」
また後で来るらしい。飛び出して行ったエルザは何か期待している様だけど、家に来るのは台所を見に来るだけで、料理をしに来る訳ではないのでエルザの食べる物は無いと思う。
「それでは後でうかがわせていただきいます。」
鍵を閉めたロクサーヌさんも鞄を持って立ち去って行く。あれだけの道具が入っている鞄を片手で持っているということは、以外と力持ちなのだな。
腹ごなしにぶらついた後、家に向かって歩いていると反対からニヤついたタタラとルガードさんがやってきた。手には白い包みを持っている。
「トラ様できましたよ。まずは練習を兼ねた一振りですけど。」
その場で布を解きそうだったのを止めて家へと足早に帰る。部屋には入らずにタタラの鍛冶場へ行く。
「どうぞ。」
タタラに渡されたのは木鞘の一振り。
「まずは試作なので鉄しか使っていません。」
抜いてみる。傷一つない綺麗な刀身。長さは以前のを参考にしたのか略同じ。軽く振ってみても重心のずれは感じられない。
「直刃か。」
「以前の刃紋が直刃でしたので。」
不満を持っている様に聞こえたのかルガードさんがおそるおそる答えてくれた。
「いや、特にこだわりは無いよ。ただタタラの刀も直刃だとは思わなかったから。」
女性なのだし、もう少し飾り気のある刃紋を選ぶかと思った。銘にはタタラの名が刻まれている。
「ルガードさんの名前が無いね。」
「ほとんどタタラが一人で打っちまいましてね。儂の目には爺さんの腕を既に越えている様にうつりましたよ。」
タタラのお爺さんの腕は作品を見たことも無いので知らないけれど、ルガードさんが言うなら信じられる。タタラはその言葉に照れ気味だ。
「外から来たのはこの木鞘の為に?」
「はい。私が作ると時間がかかってしまうので、ルガードさんの知り合いの所に頼みました。」
「あいつは木細工だけは上手いからな。まぁ細工と言っても木工魔法だけどよ。」
「お爺ちゃんが居たときは、刀の鞘や柄等全部を一手に引き受けてくれる人が居たのですけど、死んじゃってからは引っ越しちゃって。」
仕事が無くなればしょうがない。
「ルガードさんは苦手ですか?木の加工は。」
「まぁタタラの嬢ちゃんよりは出来るな。簡単な木工魔法は使えるからあとは手で調製すれば良いだけだからな。」
「ならタタラに教えてあげてくれませんか。他の鍛冶と共に。」
「うん?。あぁそれは構わないが・・・。」
言いたいことはわかる。
「タタラは次の刀の制作は全部やってみない?」
「それはありがたいのですけど、いま持ち合わせが・・。」
おそらくタタラが気にしているのは、契約書にあった賃貸料のことだ。
「うん。タタラは約束通り刀を打ってくれた。これであの契約にあった借金は無しだ。」
試作と言っているけど、以前の物と比べても遜色が無いと思う。これは立派な一振りだ。
ここからは以前リエールさんからルガードさんと相談されていたこと。
「それをふまえて言うよ。タタラは僕と専属契約しないかい。」
「専属契約?」
「そう。大事に使うつもりだけど、もしこの一振りが駄目になってしまった時に、僕はまた一から職人を捜さなければいけない。これは面倒だからね。それに折角作った工房は刀用の鍛冶場でしょ?空けといちゃ無駄になる。だからタタラにはここを使って欲しい。隣はルガードさんが使うから色々なことを教えてもらいながらね。」
目を見開いて驚いているけどここは一気に言ってしまおう。
「今考えている給金は月に金貨一枚と。ここからは工房と二階の一部屋の使用料、それに食事代が引かれているから手取りで10万セン。贅沢しなければやって行けると思うよ。」
十万と言う数字が多いのか少ないのか、いまいちわからないのでルガードさんを見る。
「この若さで工房を与えられて住まいも食事も出る。10万セン貰えれば充分だと思うぞ。」
「ちなみにルガードさんは月金貨二枚。これは家から通って来ることと、タタラより鍛冶をして来た年数が上なことからだよ。」
ルガードさんとは話しがついている。これはリエールさんの頼みがタタラに普通の鍛冶の技術等も教えて欲しいということからだ。ああ見えてもこの都市を管理する身として、物事の多様性が少なくなることは嫌らしい。今回は刀の製法であり、リエールさんが要求したのは「今後廃れて行かない為にも刀鍛冶の保護」と「他の技術を教えることによって生活の糧を得る為の教育」この二つだった。ちなみにルガードさんへの金貨二枚はリエールさんが払っている。すこし安い気もしたけれど隠居した身ではそんなに金はいらないとルガードさん本人が言っているので気にしないことにした。
「僕からで作る物の材料費は僕持ちで、タタラが個人的に作りたい物は材料費を払ってくれれば作ってくれていいよ。勿論売ることもね。どうかな?」
そうすればタタラの副収入も出来、色々と打つ練習にもなる。
返事がなく、いつの間にかタタラは下を向いていた。拳を握りしめ地面には数的の水が落ちた後がある。そんなに嫌だったろうか。
「えっと、なんなら数日考えてもらっても・・・。」
「黙っていたらわからんだろ。」
僕の言葉を遮ってルガードさんの拳が軽く落ちた。
「ありがとうございます。がんばります。よろしくお願いします。」
涙を必死にこらえて鼻水を半分垂らしたタタラが、一度顔をあげてその後更に深く頭を下げた。言葉からしてうれし涙なのだと思う。
「よかったぁ。」
こっちから言い出しておいて断られるのではないかと内心ドキドキだったので、本当に良かった。
部屋に戻って早速二人と契約書を交わす。すでに用意をしておいたのでサインをするだけだ。
「さっそくなんだけど次の刀の注文をしても良いかな?」
「勿論です!」
タタラはやる気満々だ。
「これよりも少し長めにしてもらえる?重心は良い様に任すから。」
「長めですか?」
「うん。これは以前の刀の長さを参考にしてくれたと思うのだけど、あの刀は小さい頃から振って来たから慣れてはいるのだけど、小さい頃に長い物を振っていたから成長した今はもう少し長い方がいいと思う。今度木刀で試してから決めるからそれまではこれをよろしく。」
預かっていた新刀を渡す。鞘や鍔を付けてもらう為だ。
「木刀ならば何本かお作りしましょう。木工魔法の練習がてらにちょうど良いです。」
「必要なら裏の木を何本か切るよ。」
「許可さえいただければ儂らでやります。」
許可すると、早速タタラが飛び出して行きそうだったので、作業は明日からとルガードさんに言い含められて二人は帰って行った。
夕方、来客を告げられたので玄関まで迎えに行く。エルザかロクサーヌさんかと思っていたけどそこに居たのはタタラと荷物を持った女性。
「今日からよろしくお願いします。」
タタラが嬉しそうに頭を下げるともう一人の女性も頭を下げた。
「タタラの母のサウラです。娘が住み込みで修行するので家を出て行くと。」
着いた先が工房こそあるが職人の家には見えないので、心配してか辺りを見渡している。
「住み込むの?」
「部屋を一室使ってもいいと言っていました。」
「使うのは良いけど、徹夜のときとか疲れた時用の休憩室のつもりだったのだけど。あの部屋広くはないし、物も無いし・・。」
「問題ありません。お風呂もあるし、私の部屋より広いですから。」
「ご両親に相談した方が・・。」
お母さんは話しについてこられていない様だし、お父さんの姿はない。
「父は工房を持てるのは一人前の職人だといって出してくれました。」
サウラさんを見る。
「それは本当です。タフネは嬉しそうでしたし、この娘は小さい頃から義父の所に入り浸ってほとんど家に居なかったので寂しさもないようです。」
タフネというのはタタラのお父さんか。
「ご両親が許可してくれたのなら良いけど、一応お母さんに部屋を見てもらったら?」
「わかりました。」
タタラを先頭にして工房へ行く。
「うちよりも立派ですね・・。」
それがサウラさんの言。
問題はない様だ。
荷解きは二人に任せて家に戻る。そこへロクサーヌさんとエミリアとマリアさんがやって来た。
「途中でお会いしましたので。」
マリアさんが風呂を借りにこようと歩いていると、ロクサーヌさんに会ったらしい。
「まずはこちらへ。」
早速台所へと案内する。
「拝見させていただきます。」
台所の何処をチェックするのかいまいちわからないけれど、見ていると魔導コンロの火をつけ、水を出し、棚の道具や食器をチェックし、食料庫や果ては床を踏みしめていた。
「どうでしたか?」
終わったのを見計らって声をかけた。
「オーブンが無いのは残念でしたけど、それは外に釜でも作りましょう。それよりも魔導コンロや水の供給があるのは驚きました。」
それほど裕福で無い過程や下宿、寮では薪で火をくべ、井戸から水を組む生活が普通らしい。
「広さも充分ですから、ご家族の方がよかったらここで授業を行えます。よろしかったらご挨拶を。」
「ここは僕だけなので大丈夫ですよ。」
セバスさんには話しをしてあるし、タタラは後で話せば平気だろう。
「ここに一人ですか・・。お金持ちなのですね。」
「いえ、なんか昔師匠が住んでいた所らしいです。僕はそうでもありません。」
家具の売却で臨時収入があったので貧乏人ではないけれど、自分で稼いだお金ではないから金持ちという気がしない。
「あの・・。」
それまで黙って様子を見ていたエミリアが声をかけて来た。
「私にもお料理教えてもらえますか?」
おずおずとロクサーヌさんに聞くと、聞かれたロクサーヌさんがこちらを向く。
「トラさんがよろしければ。」
うちを使うからか僕の許可を求める。
「僕は問題ありません。」
「なら決まりですね。トラ様のお家なら、昼間の授業でも前もって来ていれば問題ありませんし、なんなら毎日でも私は構いません。」
その毎日はマリアさんが風呂に入りたいが為ではなかろうか。
「毎日はちょっと・・。」
毎日になると大変だし、たまには外で食べたいので断る。
それにロクサーヌさんにも用事があるだろう。
「そうですか残念です。」
なぜロクサーヌさんが残念がるのかがわからない。
そんな話しをしていたらエルザがやって来たことを知らされた。
「なぜリエールさんが?」
今にはリエールさんとエルザ。それに荷解きが終わったタタラとサウラさんがいた。
「話しがあったのと、上手い飯が食えると聞いたのでな。」
「帰ったらお婆様に捕まったのよ。」
エルザは稼ぐ為に冒険者ギルドの仕事を受けており、それが終わって一回家に帰ったらリエールさんと出くわしたらしい。
「今日ロクサーヌさんが作る予定はありません。」
うまい飯とは十中八九ロクサーヌさんが作るご飯のことだと思う。エルザの食い意地はリエールさんから引き継いだのかもしれない。
「私は構いませんよ。この後予定もありませんし。」
ロクサーヌさんがそういうと祖母孫二人して嬉しそうな顔をする。
「ただ食材を持って来ていないので・・。」
「うちので使える物があったらどうぞ。」
今日で食料庫が空になる覚悟は出来た。
「では早速。」
ロクサーヌさんが台所に立つとマリアさんも付いて行った。手伝うのだろう。
「この間に話しをしてしまうか。まずタタラがここで学ぶことになって嬉しく思う。」
振られた言葉にタタラが頭を下げ、サウラさんも頭を下げた。
小声でタタラに聞いて驚いているところをみると、誰だか知らなかったらしい。
「それとエルザの借金の話しだが、トラが金を得たのでどうしても払いたいそうだな?」
「えっ。」
エルザに言われて払っても良いとは言ったけど、どうしてもとは言ってない。
僕の驚きにリエールさんがニヤリと笑った。
エルザはスマシタ顔だけど今のリエールさんの顔を見てないからそうしていられるのだと思う。
「まぁマーサにも怒られた。額が多すぎるとな。多分エルザが泣きついたのだと思うがな。」
エルザはリエールさんと目を合わせようとしない。泣きついたのは本当だろう。
「工房の方の半額は儂が出そう。ルガードの分は儂の受け持ちじゃし、トラへの迷惑料とでも思っておけ。」
場所を貸すのと、タタラの一件だろう。僕にもメリットがあるのであまり気にしなくても良いけれど、払ってくれるなら払ってもらう。
「なら残りの半分は僕が。」
今の所刀を必要とするのは僕しか居ないのだから必要経費と割り切ろう。
「風呂は気に入っているようじゃな。」
「まぁそうですね。毎日入らせてもらっています。」
下手したら一日数回入る。
「なら工房の残額と合わせて半額でどうじゃ?」
「わかりました。」
それだと僕の負担は750万になる。
「エルザも良いな?」
エルザは不満そうだ。
「釜が使えないとしても普通のお風呂の新築に約200万。良い武器を買っても100万といったところでしょう・・・。」
なるほど、エルザはエルザで色々調べたみたいだ。
「ほう、そんなことも考える様になったか。」
リエールさんさせられたみたいな契約をしてしまった以上、勉強するのは当然か。それでも孫の成長が嬉しいのか、リエールさんの表情は悪くない。でもこれで成長って、エルザが今まで金銭的に無頓着だった証拠に他ならない。
「ならば迷惑料とあわせて500万じゃ。借金の先はトラにしてある時払いの催促無し。」
「それでいいわ。」
あまり粘るとこの話しを無しにされてしまう恐れもある。エルザはようやく頷いた。
でも僕の同意はまだ得てないと思う。
「エルザの分増える250万は儂持ちにしておこう。そのかわりトラが立て替えると。」
つまり一時的には増えるけれども、トータルで出て行くお金は変わらないということだ。
「まぁそれなら・・。」
僕としても全額払うのはキツイので良いのかもしれない。
「あとで書類をつくるか。」
「よろしければ。」
セバスさんがすかさず紙とペンを持って来た。
「今作れば二度手間にならぬか。」
慣れた手つきでリエールさんが契約書を作成して行く。
「それにしても二階建ての工房を立てて、道具を用意して約1000万か。」
思ったより安い気がする。
「今回はリエール様の紹介で職人の皆様も適正価格より少し安くしてくれました。また土地代がかかっていませんし、一部の木は森から切り出されています。」
リエールさんに払うお金をセバスに用意してもらいつつ聞くとそんな答えが返って来た。
「学園都市は塀で囲まれていますから土地代が高くなりやすいですし、材料を外から運ぶと運賃もかかりますから。今後塀を広げない限り、おそらく土地代は下がりません。」
「リエールさんの顔か。」
「うん?儂の顔に何か付いているか?」
「いえ、リエールさんのおかげで制作費用が抑えられていたって話しです。」
お金を渡して契約書を受け取り三人でサインをする。
「これでもこの学園の学園長だからな。」
「そのリエールさんの顔を貸してくれませんか?」
「なんじゃ?」
「魔導式のオーブンが欲しいのです。」
うちで基礎料理学を教わる話しをする。
「まぁ声をかけとこう。細かい話しは職人としてくれ。」
前回改装した人を紹介してくれることになったので、あとはセバスさんに任す。勿論大まかの話しはするつもりだけど。
話しをしているうちに料理が出来上がり始めている様で、良い臭いがして来た。
エミリアとタタラも運ぶのを手伝い、テーブルの隙間無いほど料理が並べられた。
エルザは椅子に座って待ちの一手だ。サフラさんも誘ったのだけど、家で食事の用意があると帰ってしまった。最後まで皆に娘をよろしくといっていた姿が印象的だった。
「「「「いただきます。」」」」
これだけの料理の数があっても一つとして気の抜けた物は無く、美味しい。それでも好みによって食べている物が少しずつ違う。リエールさんは魚をエルザは肉を中心に食べ、エミリアとタタラはバランスよく、マリアさんは少し摘んでは一々うなっている。作ったロクサーヌさんはあまり食べず嬉しそうに笑っているが、本人曰く「美味しいと食べてもらうのが一番。」とのことで、本人が満足しているのだから問題ない。僕は竜族の二人の勢いに押されながらどれもこれもまんべんなく手を伸ばした。明日は動かないと太る・・。
食事が終わるとマリアさん待望のお風呂タイム。ロクサーヌさんも入って行くらしい。風呂に入る前に、エルザから露天風呂の注意を受けていたので来ることは無いだろう。
そんなわけで露天風呂には僕、リエールさん、マリアさんが入っている。何故近くに集まっているのかというと、僕が持ち込んだお酒に二人が誘われたからだ。お酒は上げるから離れてとも一応提案したけど、一緒に飲むというのでお言葉に甘えて今に至る。
そもそもリエールさん程の年になると気にもならなくなるらしい。年を聞いたら千を越えてから数えていないとか。マリアさんはまぁいいかというスタンスを崩さない。それも年のせいかと聞いた所まだ二百才台だとお湯をかけられた。よくわからない。
二人が良いというのだから遠慮なく見させてもらう。酒も回って良い気分だけど手だけは出さない。二人はともかくとしても後が恐い。
そんな僕はへタレなのでしょうか。
夜ベッドの中で悶々としたのは言うまでも無い。




