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学園都市にて。「オリエンテーション②」。4月6日。

 朝からタタラが鎚を振るう音が聞こえた。邪魔したくなかったので、午前中に街にでて、ブラブラしながら見つけたお店に入る。大衆食堂と言われる店で味もそこそこ美味しく、量が特盛りだった。昼に近いことも有り客は多く、店員が忙しそうに働いていた。長居をしない様にと早めに店を出た足で学校へ向かう。

 待ち合わせ場所の前庭の花壇前には既に影が二つあった。

 「まだ時間には早いですよね?」

 僕の声に反応したのは「冒険者入門」を受け持ってくれる獣人のケバン先生。羊の獣人で、獣人には珍しく丸い黒縁眼鏡をしていて柔和な笑顔を絶やさない。更に珍しいことに人間の奥さんを貰っているらしい。

 もう一人は二十歳前半と思われる女性。黒い四角いアタッシュケースを持っている。薄い胸元には学生証が下げられているので、この学校で初めて見る生徒だとわかった。

 向こうも僕の学生証に気付いたらしい。

 「貴方が数年ぶりにキクノ校に入学したとトラ君ですか。私は三年目のロクサーヌ・ボウメといいます。よろしくね。」

 「トラ・イグです。よろしくお願いします。」

 「ふむ。少し早いけど始めるかな。私の授業に二人も来てくれるとはこの学校に移ってから初めてだよ。」

 「今回は「冒険者入門」と共に狩猟採取も教えていただけると聞きましたので。」

 「うん。トラ君がやりたいというのでね。どうせ外に出る授業がほとんどになるので一緒に教えるつもりだよ。それと僕の本来の授業である「野生動植物の分布と有用性・危険性」についても・・。」

 それは初耳だけど、まとめて受けられるのなら問題は無い。しかし、先生なのだからもっと強気でもいいと思うが。

 「よろしくお願いします。」

 「私もお願いします。」

 「うん。今日は君たちの実力を見る為に・・。」

 ケバン先生の言葉は門をくぐって来た馬車の音にかき消された。馬車は僕たちの直ぐ横に止まった。

 「申し訳ありません。遅れましたか?」

 降りて来たのは黒い日傘をさしてエミリア。見れば御者はマリアさんだ。

 「いえ、大丈夫ですけど・・・。」

 「私、ゲンロ校の一年目、エミリア・ウィゴードと申します。先生の授業を受けたく存じます。」

 その為に急いできたらしい。

 「それは・・。僕は獣人だけどよろしいのですか?」

 ケバン先生はエミリアのことを知っていたらしい。

 「先生さえよろしければお願いします。」

 日傘から出ないように頭を下げるエミリア。

 「勿論かまいません。僕は獣人ですから人族の奥さんをもらう変わり者ですから。」

 言外に特に夜の一族に思う所も無いと言っている。

 「それでは武道館に移動しましょう。一応掃除もしておきました。」

 ケバン先生の先導で移動する。

 「ちょっと待って!」

 数歩歩いた所で再度移動を止められた。

 走って来るのはエルザ。

 「ブレンス校のエルザ・ブレンスです。ご一緒させて下さい。」

 「えっと授業を受けるってことかな・・・。」

 息を弾ませて話すエルザに先生は押され気味だ。

 「はい。よろしくお願いします。」

 エルザを一向に加え武道館へと行く。

 「四人も居るなんてパーティーも作れちゃうね。」

 ケバン先生はご機嫌だ。

 「二人には話したけど、新しい子も来たしもう一回説明するね。」

 エミリアとエルザに向けて、今回は三つの授業を同時にやること。その為一回あたりの出かける時間が延びること。を説明する。

 「キクノ校の二人は他の先生が授業を融通してくれるけど二人は大丈夫かな?」

 「大丈夫です。」

 「大丈夫だと思います。」

 二人共余裕を持って授業を取っているのかもしれない。即答だ。

 「二人がそう言うなら大丈夫ですけど、もしキツイ様なら言って下さい。一度や二度の不参加で単位が取れないなんてことは無いですから。さて、冒険者が行うダンジョン探索や狩猟・採取には色々と技術が有り、この授業では順番に教えて行きますが、ダンジョンや森に入るということは危険が伴います。」

 街の外ではモンスターや獣、時には盗賊が現れることがある。それはこの世界に生きる人達の共通認識だ。

 「その為に戦いが必要になることが多々あります。それで僕が今後の方針を決める為にも、君たちの強さを知りたいと思いますのであそこから好きな武器を選んで下さい。魔法を使って戦う人はその旨言って下さい。」

 エミリアを除く三人が武器を取りに行く。エミリアは木剣と木大剣を。ロクサーヌさんは中小の木剣やナイフを模したものを何本か。僕は珍しくあった木刀を手にする。遅れて来たエミリアはロクサーヌさんが選んだような短い木剣だ。

 ケバン先生の元に戻る。そこで先生が手にしていたのは良くある木剣だ。ただしそうとう使い込まれている。

 「エルザ君の実力は何となくわかるけど、その大剣は重さ的にってことかな?」

 「はい。普段は剣が主装備ですけど重さ的にはこれ以上の物を使っています。」

 そういって大剣を片手で振り回す。当らない様にしてくれていは居るけれど、風が舞いスカートのエミリアとロクサーヌさんは迷惑そうだ。

 「それくらいでいいですよ。二人共今後この授業にはズボンで来ることをお勧めします。それと汚れて良い服でね。」

 「「はい。」」

 確かにスカートじゃ森の中で引っかかってたまらないだろう。

 「よし、エルザ君からいこうか。僕の剣を躱すなり受けるなりしてね。反撃もしてくれていいですよ。」

 離れて向かい合うとケバン先生から攻める。最初こそエルザは避けて攻撃していたけれども、徐々に先生の攻撃が早くなると剣で防御にまわり、そのうち手や足で受けてから反撃をし始めた。

 「普段はあまり防御をしないのかな。」

 エルザから間を取って先生がそう聞く。

 「はい。」

 「竜族の鱗は頑丈だけど、それでもダメージを受けない訳ではないので気をつけて欲しい所ですけど、追々考えて行きますか。最初はダメージを受けることも無いでしょうし。あと魔法は使えますよね?」

 「竜族の火魔法が得意です。」

 得意ってことは他にも使えるのだろうか。今度聞いてみよう。

 「わかりました。次はロクサーヌ君。」

 ロクサーヌさんの戦い方はマリアさんに似ている。腕には雲泥の差があるけど、先生から間を置きナイフや短剣を投げる。それがわかって先生は受けに回り、どれくらいの技量か見極めている。ロクサーヌさんがある程度投げ切った所で先生が一気に近づいた。近くでは短剣で防御と攻撃をするらしいけど、その技量はエルザよりもつたない。数回の攻防の後、短剣を弾かれ返す軌道で首元に剣が添えられた。

 「参りました。」

 「初めからこれくらいできれば問題ないと思いますよ。ただナイフ投げは多投するよりは一撃にかけた方が良いですね。」

 多投するには多くのナイフが必要になるし、そうなると荷物が増えてしまう。ダンジョンに潜るには良くないことだ。

 「エミリアさんは防御だけしてもらいましょう。」

 その為の短剣らしい。

 マリアさんに多少なりとも教わっていたのか中々に耐える。ロクサーヌさんより上だけどエルザよりは下といったところだ。それでも短剣を跳ね上げられる。跳ね上げられた瞬間に魔法を発動しそうになるけどエミリアはなんとか押しとどめた。

 「参りましたわ。」

 「エミリアさんの魔法を考えればあれば充分でしょう。」

 エナジードレインは近づけば近づく程強くなるし、遠距離では魔法がある。そもそも敵を後衛に近寄らせないのは前衛の僕やエルザの仕事だ。

 「最後はトラ君ですね。」

 正眼に構えると、直ぐに先生が飛び来んできた。エルザのときと同じ様に徐々に早くなる。それでもかわし続け、間に一撃、時に数撃を入れる。先生が大きく飛び退いたので僕も飛び退く。

 「全部躱すされるとは思いませんでした。もう一度攻撃するので今度は受けてもらっても良いですか?」

 言葉を発さずに頷く。お互いに息は乱れていない。

 「行きますよ。」

 上段から振り下ろされた攻撃を言われた通りに避けずに受ける。正面から受けたら獣人であるケビン先生の力に押され、武器が壊されかねないので、受け止めるというよりは受け流す。横から武器に当て攻撃を逸らす。時に受け流し、時に武器の軌道を変え先生の崩れた所で一撃を入れる。

 それでも先生は気にせずに雨霰と攻撃の手を休めない。しばらくそのまま時を止め、何回目かわからない程の攻撃の後、ようやく剣を引いてくれた。

 「一歩も動かせないとは。これでも昔は冒険者として色々戦って来たのだけどね。」

 額に浮かべて汗を拭いながらそう言ってくれるけど、一歩もというのは嘘だ。大きく動いていないだけで体を開いて避けたり足下の攻撃を避けたりした。

 「あとは攻撃だね。僕に当てていたのは手加減していたでしょ?」

 「攻撃の合間だったので。」

 「嘘は良くない。実力を偽る嘘は時に仲間や自分を危機にさらすこともあるからね。隠したいのかもしれないけど、一緒に戦って行くつもりなら隠しちゃ駄目だよ。」

 別に嘘は言っていないが手加減したのは本当だ。お互い怪我をしてはつまらない。

 「多分僕に気を使ってくれたのだろうね。」

 そこまで御見通しらしい。つまり、今の言葉は他の人にもかけた言葉か。

 「ちょっと待ってね。」

 奥の倉庫から取り出して来たのは木と布で出来た人形だ。

 「打ち込み様だけど、何年も使っていないしボロボロだから、そのうち処分されるだろうね。つまり、遠慮無用ってこと。」

 思いっきりやれということだ。

 半歩引いて上段に構えると、いつも刀に流していた魔法を木刀に流す。充分に魔法が通ったところで大きく踏み込み袈裟に一閃。

 飛び退いて残心を取り、魔法を解く。

 刀の癖でつい木刀を血振るいすると人形の胴体が肩からずれ床に転がった。

 「・・・。」

 「予想以上だね。」

 他の誰も言葉を発しない中、ケバン先生が褒めてくれた。

 「凄い・・。」

 続いてロクサーヌさんが。

 「まさか木刀で斬るとはね。ほらエルザ君も見てみなさい。」

 先生にいわれエルザが人形に近づく。

 「これが本物の刀だったらどれだけ鋭くなるのかしらね・・。」

 魔法の正体についてエルザは気付いているらしい。おそらく他の人も気付いているだろう。それほど珍しくもない武器を強化する魔法だ。身体強化の次に習った魔法でもある。

 「トラの刀が出来上がるのが楽しみになって来たわ。」

 過度な期待はしないで欲しいものだ。

 片付けをした後で、今後についての話しをし、さらに親睦を深める為にお互いの話しをした。僕が話したエルザとエミリアと出会った話しを聞いてケバン先生とロクサーヌさんは二人が個々にやって来た理由をようやく知り、ダンジョンに潜った話しには驚いていた。他にも色々な話しをして、特に女性三人は食べ物と好きな男性のタイプについて盛り上がっていた。先生に言わせると何歳でも女性のこの手の話しは鉄板なのだそうだ。

 ある程度話したところで解散となる。それでも話し足りないらしい女性三人組はエミリアの馬車で出かけて行った。エミリアの寮に向かうらしく僕も誘われたけど断った。三人のパワーにはついて行けないと判断したのと、これからネカ校で護身術の授業があるからだ。

 ネカ校で護身術の授業を選んだのには訳がある。最初はエルザが受けたブレンス校の授業を受けようと思っていたけど、キクノ校の先生からネカ校を進められたからだ。ブレンス校の授業は竜族や竜人に対するものであり、それは人相手というよりも対竜人を想定した護身術らしい。そのことを考えると、獣族が大半を占めるオブリ校、海の一族が多いシーネス校、夜の一族が多いゲンロ校が除かれた。テレス校の護身術は人族が出来ないことも無いけれど、魔法を使うことが多いらしく攻撃魔法を使えない僕には向かなかった。残るはガーツ校とネカ校だけど、ガーツ校は武を中心としていて、護身術はない。習うなら近接格闘や護衛術を学べということらしい。

 そのようなわけでネカ校の授業を受けることにしたのだけど、ネカ校に近づくに連れて店の呼び込みやかけ声が多く聞こえる様になった。

 「凄いな・・・。」

 それでも無理に店に連れて行かれる様なことは無い。坂道を上りネカ校まで辿り着くと振り返ってみる。広場から各校に走る七本の大通りには大店が多いけれど、その間には宿屋やちょっと高い下宿の姿もある。(八でなく七なのはキクノ校に繋がる道は他の道と比べて道も狭く商店も少ないことから大通りとされてない為だ。)しかし広場からネカ校に近づくにつれ大店はその数を減らし、宿屋や下宿は無くなる。

 「ネカ校は商人の学校ですから。」

 振り返ると事務員らしき人間がこちらを見ていた。

 「いらっしゃいませ。ネカ校にようこそ。」

 僕が校門で立ち止まっていたので、その脇にある事務室から出て来てくれたらしい。

 「何かお探しでしたら当校オススメの店をご紹介しますよ。」

 商人の学校だけあって事務員も店員の様だ。

 「いえ、ここへは授業を取りに来たので大丈夫です。田舎者なのでこのように多くの店をいっぺんに見ることが今まで無くて、驚いて立ち止まってしまいました。誤解を与えてしまったみたいで御免なさい。」

 「そうでございましたか。護身術ならこの先本館の一階、104号室です。ロビーを右に曲がり突き当たりの大部屋ですからわかりやすいと思います。それとこの街にはまだ慣れていない様子。こちらをお持ち下さい。」

 渡されたのは小冊子やチラシ。ネカ校近辺の商店や、有名な店について書いてあるようだ。

 その勢いに断りきれず受け取りに教室へと向かう。教室では半分程の席が既に埋まり、それぞれで固まり話しをしていた。男女比は一対九かそれ以下でほとんどが女性だ。他校のこともあってか僕に話しかけて来る人はおらず、集団と集団の間、一人者が多い席の後方に座る。

 折角なので渡された小冊子を読んでいると、数人の生徒が入って来るが、ほとんどは知り合いが居る様で、それぞれの集団と座って話している。小冊子を読み終わり次に広告を眺めた頃、教室の前の扉が開き先生と思われる妙齢の女性とカートを押した若い女性達が入って来た。

 「はい。みなさん揃っていますか?もしお友達で遅れている人が居る様なら教えて下さい。」

 反応がない所を見ると、いないらしい。

 「この授業は護身術です。本日は最初なので、お茶でも飲みながらこの授業の心得についてお話しましょう。」

 その言葉にカートを押して来たメイドの格好をしている若い女性達が各席にお茶とクッキーを配って行く。皆直に手を出すことは無く、最後の僕の所まで配ってから先生が声をかける。

 「今日は家政学を学ぶ生徒さんに協力していただきました。はい。感謝の拍手を。」

 万雷と言わないまでもそれなりの拍手が教室を埋める。

 「それではどうぞ、口にして下さい。まぁ次からは出ませんが今日は特別です。」

 何人かがカップを手にしたのを見て自分も手にし、口へと運ぶ。

 お茶から知っている匂いがする。一口含んでそれは確信へと至った。

 「飲むな!」

 立ち上がり一括。

 何事かと生徒が見てくるけど既に何人かは机に突っ伏している。

 そこに駆け寄ることはせず、飛んで来た針を指に挟んで捕え打ち返す。針を撃って来たのは先程教壇で話していた先生だ。打ち返した針が届いた時には既に姿がない。生徒が驚いているけど僕の視界には捕えていた。跳躍し僕の後方へ降り立とうとしている。

 悠長に待つことはせず、着地地点更に後、教室の後ろの空間へと回り込みむ。着地し、ナイフを抜きながら追いかけて来た先生にクッキーを投げる。視界を数秒封じると、先生の後方へ回り込む。先程先生が僕にしようとしていたことだ。足払いと共に肩を押し床に押し付けると、その首筋に脇差しを当てた。

 「動くな。」

 これは先生に遅れて動こうとしたメイドにかけた言葉。

 生徒から発せられる言葉は無い。

 「説明くらいさせてもらえるかしら。」

 腕の下でもがく素振りもせずにそう言って来た。

 「お願いしたいですね。含まれていたのは竜眠香。眠らせるということは殺すつもりはなさそうですが、誘拐ですか?」

 竜眠香はその名の通り、竜をも眠らせる薬だ。特筆すべきは少量で効くということ、また体内に取り込む方法は経口、香、塗布と手段を選ばないことである。

 「知っていた訳でもなさそうだし、口に含んだ上で効いている素振りも無い。嫌になっちゃうわね。これでもそこそこの腕があるのよ。」

 なにより暗殺にも使えるといわれるくらい匂いがほとんど無い。僕が気付いたのはかつて師匠に身を以て教えられたからで、紅茶に混ぜられたら気付く人は少ないだろう。

 「これは授業の一環なのよ。毎年、最初の授業でやっていること。眠らせたりして、身を以て体験してもらう為のね。今回は供された物を疑いなく口にするのは止めましょうってところよ。」

 言葉を受けて紅茶を口にしていない生徒に顔を向けると、皆一様に頷く。メイドをしている生徒達も同様だ。どうやら毎年やっているのは嘘じゃないらしい。

 「失礼しました。けれどもナイフまで出さなくても良かったのでは?」

 刃を引くと立ち上がり謝る。

 「だって最初にガツンとやっとくと後々やりやすいもの。」

 ぼそっとそんなこと言ってきた。本人は服のほこりを払っており、他の生徒には聞こえていなかったようではあるが、中々に過激な発想である。

 先生が解放されたので、メイド達が眠ってしまった生徒達を起こして行く。鼻に当てているのは気付け薬か。

 「それにしても君みたいな子が護身術を受ける必要あるのかしら?薬は効かない。含み針は防ぐ。接近すれば取り押さえる。」

 「心構えや人の間で良くありえる争い、なんてことを知りたかったのです。」

 今までは師匠や訪問客、村人の間でしかなかった対人関係はおそらくキクノ学園に来てからは通用しない。せめて争いは避けたい。そのような考えでこの授業を選んだ。

 「まぁいいわ。気を取り直して授業再開よ。」

 教壇に戻るとメイド達は立ち去り、眠らされた生徒には今後は気をつける様に、他の生徒にも友好的でない相手に対しての対応や、一人歩きのときの注意事項を今後教えて行くこと等を話しその日の授業は終わった。

 授業が終わっても話しかけて来る生徒は居ない。最初の対応を考えると当然かもしれないが・・・。

 「ちょっと君は残ってね。」

 何人かの生徒に囲まれ、質問されている先生の横を通り抜けて返ろうとした所、そう声をかけられた。仕方が無いので適当に空いている席に座る。

 「ごめんね。」

 最後の一人が教室を出てようやくこちらにやって来た。

 「人気なのですね。」

 あれだけ好かれている先生を押さえつけたとあっては、ここでの友人を作るのは難しいかもしれない。

 「まぁ他の授業もやっているし、ここでの教師生活も長いからね。それでお話なのだけど、この授業取るつもりかな?」

 教師生活が長いということは、見た目通りの年齢ではないのかもしれない。

 「まだ考え中です。話しを聞くのは良いのですけど、組み手に関してはそれほど興味が無いですね。」

 組み手は今まで戦ったことの無い女性や、商人の家の子について最低限の自衛と自覚を持たせる物らしく、師匠やその友人にある程度鍛えられた僕に必要かと言われると悩む。

 「それと・・・。」

 「うん。ちょっと怖がられちゃっているね。」

 話しを聞く限り、今まで争いにあまり縁が無く過ごして来た様な人達がほとんどの様だからしょうがない。戦いを覚えたい人はそれぞれの科目へ行くのだから。

 「学園に来て数年もすれば大丈夫だけど、家元から来て時間の経ってないお嬢様達には刺激が強かったみたいね。ガーツやオブリあたりだったらかえって近寄って来ただろうけどさ。何故わざわざこの授業を取ったか聞いても良いかな?」

 隠す様なことではないので、キクノ校で先生方に進められたこと、そもそも対人関係のいざこざを学びたかったことなんかを素直に話す。

 「ここに来る前からあれだけの腕だったのね。」

 山で育った為、町中の対人関係を学びたいといったことから判断されたらしい。

 「そのお師匠様が教えてくれたの?」

 「いえ、師匠の知り合いのシスっておっさんが教えてくれました。」

 「その人は更に凄腕なのでしょうね。暗殺術まで学んだ私を取り押さえるくらいなのだから。」

 今までも飲む前に止めようとした生徒は居たらしい。先輩等に話しを聞けば最初の授業で何かがあるのはわかるのだから。ただ、大体その後先生によって無力化させられる。

 その理由は

 「最初にビビらせておかないと、甘ったれのお嬢様達のほとんどは真面目に取り組まないのよ。今回はいつも以上にビビっただろうし今後はやりやすいわ。」

 とのこと。戦いを生業の一部にしている人間が居ることは知ってはいるが、その力が自分に降り掛かる心配をあまりしていないらしい。それでも護身術を習おうとするだけマシのようだとも言っていた。

 「僕も一つ聞いても良いですか?」

 「なに?答えられることかしら。」

 「この学校は暗殺術も教えているのですか?授業紹介の冊子には乗っていなかったと思いますけど・・・。」

 全部の学校の授業について一通り見たけど無かったと思う。

 「あぁ・・。まぁいいか。」

 少し口をつぐんだけど答えてくれた。

 「ここの学校では教えていないけど、他の所では教えている所もあるわ。例えばガーツやゲンロね。最初の紹介に乗ってなかったのは当然よ。ある程度の授業を取り、そして信頼できる生徒にしか教えないことになっているからね。」

 「それを僕に教えても良かったのでしょうか?」

 「問題ないわ。本気で調べようと思ったら調べられるから。特にこのネカ校では情報屋なんて商売があるくらいだからね。知っていた?」

 首を横に振り知らなかったと示す。

 「そう。ついでに教えといてあげるけど、他にもある程度学んでから教われる様な授業はあるわ。」

 「冒険者上級とかの様にですか?」

 あれも入門・初級・中級と順を追って上がっていくと、エルザか誰かが言っていたきがする。

 「そうね。似た様な物よ。幾つかの有名な授業はコースと呼ばれているわ。例えば騎士学。これは最も有名ね。ガーツ校でしか取れないけれど、剣や槍の授業や乗馬と言った技術系、戦術や礼儀作法といった学術系、それぞれ決められた授業の単位を得ることで受けられるわ。他にどんな授業があるか知りたかったらあとは自分でね。」

 さいごにウィンクをされた。この話しは終わりらしい。知りたかったら情報屋とかから聞けということだろうな。

 「それでこの護身術の授業なのだけど、気が進まないようだったら空いている時間になら個別に教えてもいいわ。正直、この授業のレベルじゃあなたは浮きすぎるし、教室で浮く原因に私も含まれているからね。他の授業が決まったら教えて頂戴。」

 先生なりの罪滅ぼしらしい。必要とは言っていたけれど、薬の混入をしなかったら起きなかったことなのだから、僕としては断ることも無いと思う。

 「わかりました。その時はよろしくお願いします。」

 「じゃあまたね。」

 明日の基礎料理学に出てから決めることにしてその場を後にする。家に着いた頃には薄暗くなり始めていたが鍛冶場の灯はまだついていた。鎚の音は聞こえないけどまだ何か作業しているらしい。風呂に入り夕食を食べてもまだ灯はついており、セバスさんにタタラへの夜食の差し入れを頼んでから部屋に戻り、書庫から引っ張り出して来た本を読みながら眠った。


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