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学園都市にて。3月31日。

 あれから二日後、入学式の前日に工房が完成すると連絡を受け、僕とセバスさんの他にタタラとルガードさんとリエールさん。それにエルザが門を入って右側に新しく立てられた建物の前に居た。僕たちが揃ったのを確認して、工事をしていた職人が囲った布を引き下ろす。

 「「おぉ。」」

 布の囲いから想像していたけれど、これまた中々広い。以前訪れたルガードさんの工房よりも二周り程大きい。

 「ご依頼通りに出来たと思います。」

 職人頭が先頭に立ち真新しい工房へと入っていく。

 「大きく分けて四つのスペースに分かれております。まずは倉庫。」

 入って直ぐ正面に鍵の付いた扉が有り、その中には半分は棚が並べてある。そしてダンジョンで得たアイテムも分別されておいてある。

 「細かいことはわかりませんので、大まかに分けておいてあります。」

 使う人が使いやすい様に自分で整理してくれと言うことだろう。

 「そして左右が鍛冶場になります。まず右手がタタラさんとルガードさんにいわれて作りました刀用の鍛冶場になります。そして左手がこれまたルガードさんとリエール様にいわれて作った鍛冶場になります。ご確認下さい。」

 そう言われても僕やエルザには大きな違いがわからない。ただ置いてある道具が違うのがわかるくらいでどっちがどっち用かいわれてみないとわからない。

 「お爺ちゃんの所と同じようになっていると思います。」

 「こちらも問題ないと思います。ただ最終的に火を入れて使ってみないと何とも言えませんが。」

 タタラは使い慣れたた祖父の鍛冶場に似せて。ルガードさんは今までの経験から使いやすいと思う鍛冶場になるように依頼したらしい。

 「もし不都合がありましたら、また連絡して下さい。それで二階は住居スペースと言うことでしたので細かいことはせずに三部屋に分けてあるだけです。」

 倉庫の前の階段を上ると略同じ大きさの部屋が三つあった。

 「泊まり込みのことを考えて作ってもらった。」

 リエールさんの発案らしい。

 建物の裏手には、温泉から引いたお湯を使い、鍛冶場の熱で温め直せる、小さいながらも浴槽を設けた風呂場があり、その横にはトイレがあった。この風呂にはルガードさんが思いのほか喜んだ。

 「釜の前で汗かいた後にひとっ風呂とは気が利いているな。」

 別に家の方の風呂を使ってもかまわないのだけど、こちらの方がお互い気を使わなくて楽との意見で急遽設置したとのことだった。

 一通り見て回った後にリエールさんから前金を除いた残金が職人頭に払われ、借用書がエルザに渡された。

 「もう、いや・・・。」

 瞳に涙を溜めたエルザは中々可愛かったけど何て声をかけたら良いか・・。

 「もう借金も増えぬし、頑張って稼ぐのじゃな。」

 完成祝いに食事と酒を皆に振る舞っている席でリエールさんにそんなこと言われていた。

 段々と人が居なくなり、最後にタタラが残った。最後まで居たのは一刻も早く使いたかったらしい。けど、一日置いて明日からとルガードさんと決めたので名残惜しそうにしながら帰っていった。

 風呂にも入って部屋で各学校の案内を眺めていると、来客を知らされた。

 寝間着のシャツではなく、一応着替えて応接間に行くとウェルキンさんともう一人男性が立って出迎えてくれた。

 「夜分に申し訳ありません。」

 「いえ。」

 人間には寝る前だけど、彼等からしたら真っ昼間。それでも他の人に気を使えるウェルキンさんにしてはこの時間に来るのは珍しい。

 「暇を持て余していましたので大丈夫です。」

 その言葉に嘘は無い。取ろうと思っている授業は大方決め、眠くなるまでの時間つぶしで見ていただけだったし。

 「紹介させていただきます。当家の主、カイゼル・ウィゴード様でございます。」

 紹介された男はエミリアと同じ薄く青い色の目で、真っ黒な髪をオールバックにまとめている。その肌の白さは、太陽に嫌われたヴァンパイアの宿命だろう。

 「初めまして、トラ殿。エミリアの父のカイゼル・ウィゴードだ。いつぞやは娘達を助けてくれたと聞いた。礼を言う。」

 「始めましてトラ・イグと申します。こちらこそ入学するに当ってお力添えをいただいてありがとうございます。」

 お互いに挨拶をして椅子に座るとセバスさんがお茶を出してくれた。ちなみにセバスさんもウェルキンさんも座らず、左右対称の様に僕とカイゼルさんの後ろに控えている。

 お茶で少し唇を湿らせる。

 「ふむ。良いお茶だ。よい執事殿だな。」

 茶葉は決して高いものではないけれど、セバスの腕が良い為、中々美味しい。

 「ありがとうございます。」

 褒められたセバスさんがお礼を言う。

 「さて、人間社会に詳しくない者の質問と思ってくれてかまわないのだが、良かったら聞いても良いかな?」

 「何をでしょうか?」 

 「トラ殿、いや、イグ殿は貴族であられるか?」

 「トラでもイグでも呼びやすい方でかまいません。それにこんな名前ですけど貴族ではないので砕けたお願いします。僕も敬語が得意ではないので。」

 人間は多種族と比べ、弱く短命だけど幾つかの国はあるし、そこに貴族が存在する。長い歴史の中で一般庶民も名字を持つ様になったけれども、二つ以上の名字や名を持つのはほとんどが貴族だ。そのため僕が貴族と思われたというところだろう。

 「最後のイグは師匠が別れる時に、今後は師匠の名字を名乗りなさいと言ってくれたので、この一ヶ月程で名乗る様になっただけです。」

 「そうかトラ殿の師匠殿はイグ殿と申されるか・・・。」

 そういって黙り込んでしまう。何か気になる点でもあっただろうか。長くはない沈黙の後、再びお茶で唇を湿らし、話し始めた。

 「まぁ今回は別のことで訪ねさせてもらったので、今は放っておこう。二つ、いや、三つほど要件があってな。ウェルキン。」

 今まで彫像のようだったウェルキンさんがテーブルまでやって来て包みを置く。

 「これは些少だが、娘達を助けていただいたお礼だ。我が家臣であれば勲章なり送りたい所ではあるが、今回は金子で済まさせてくれ。」

 そっと手でこちらに押し出して来た。

 「僕も助けてもらったので・・。」

 断ろうとも思ったけれど更に押し出され、次の言葉で受け取ることにした。

 「娘はともかくマリアやウェルキンが討たれていたら我が国は大損害を受けていたから、これでも大分少ないのだ。それに一度出した手前受け取ってもらえぬと私のメンツと言う物がな・・。」

 一国の王様にそう言われたら受け取らないわけにはいかない。

 「受け取ってくれて良かった。」

 今まで大して気にしてこなかったけど、目の前に居る人は夜の国の王で、エミリアはその姫様、ウェルキンさんは宰相だった。

 「それで二点目の頼み事なのだが、」

 少し言い出しにくそうだ。

 「何か僕に出来ることでしょうか?」

 王様に物事を頼まれる機会なんてそうそうないので、話しを聞くだけは聞いてみようと思う。お金を貰ってしまったのもあるし。

 「マリアやエミリアから聞いたのだが、トラ殿はキョクドーの作品を持っていると聞いた。良かったら見せてもらえないだろうか。」

 「そんなことでしたら一向にかまいません。今から見られますか?」

 何のことは無い。椅子やテーブルなんていくらでも見てくれてかまわない。

 「おぉ。それでは頼む。もっと早く来たかったのだが、例の襲撃のことも有り色々と忙しかったのだよ。」

 一国の王たるカイゼルさんがこの学園に居るのはエミリアの入学式が近いという理由ではなく、今回の襲撃に対して正式かつ、大きな遺憾を示す為に来たらしい。そんな話しを居間の隅や開いている部屋に運んであった家具を見せて回る間に聞かせてもらった。もっとも本人は「ほおぅ。」やら「うむ。これこそが。」なんて自分の世界には言ってしまっていた為、ほとんどウェルキンさんが説明してくれたのだが・・。

 「なんなら差し上げましょうか?」

 よっぽど好きらしく嘗める様に見、一度別の部屋に言ってもまた戻ると言った様子に正直付いて行けない。このままうちにおいていても使われることはないだろうし、そんなに好きなら返礼もかねて上げても良い。

 「よろしいのか?」

 とても嬉しそうに手を取り近づいて来たけど、近くで笑われると健康的でない色の唇から覗く牙が少し恐い。

 「えぇ。うちに置いといても邪魔なだけですし、師匠も売るなり薪にするなり好きにしろと言っていましたから。」

 「それならありがたく私のコレクションに加えさせていただきたいとは思うが、これだけの品をただと言う訳にもいかんな。」

 握っていた手を離し顎に当てて何かを考えている。

 「トラ殿の希望額はあるか?」

 「いえ、相場とかもわかりませんし。」

 修理費よりも高いのか安いのかもわからない。多分高いのだろうけど。

 「うーん。ウェルキンならいくら付ける?」

 「私が考えますに、まずベッドを除いて使用に耐えられる程状態が良い初期作品であること、テーブルや椅子はセットであることを考えますに、安く見積もっても五千万センといった所でしょうか。」

 「むぅ。儂はもう少し高いかと思ったが、」

 「「安く見積もって」でございます。トラ様のお師匠様が売れる前のキョクドー様を庇護していた等のことを考えましたら更に値が上がるかと思います。」

 「そうだったな。それにしても・・。」

 高すぎる。思っていたのと桁が一つは違う。揃っていることや、付加価値とやらを考えても家具にその値段がつくとは想像付かない。壊したベッドのことは考えない方が良さそうだ。

 「はい。旦那様のお小遣いでは足りませんな。」

 国王といえども自由に使えるお金は少ないのかな。

 「少しくらい予算を・・。」

 「駄目でございます。」

 「しかしな、これだけのものはセットであるべきだが、そうすると金が足りん。むぅ。」

 「僕としてはもっと安くても・・。」

 これだけの値がつくことを考えたら手元においておくのも余計な問題を持ちそうだし、しかるべき人に持っていてもらいたい。

 「しかしなぁ。」

 カイゼルさんは納得しないらしい。

 「これだけの物を適正な値で手に入れなかったとなるとコレクターとして・・。」

 なにかこだわりもある様だ。

 「でしたらトラ殿がよろしかったら分割ということでいかがでしょうか。それに幾つかは旦那様のお持ちの物品で支払うと。」

 「いいですよ。」

 正直、どうでも・・。

 「助かる。何が良いかな。」

 「マリアから聞きました所、先日ダンジョンに潜られマジックバックが必要だったとか。確か旦那様の物で使ってない物があったと記憶しています。あとは珍しいお酒を探しておられると。」

 リエールさん辺りから聞いたのだろうか。

 「えぇ。師匠が珍しいお酒があったら送って欲しいと言っていまして。」

 「ならば、我が国のワインも贈らせていただこう。あとは目欲しい物があったらということでも良いかな?」

 「はい。何時持っていかれますか?」

 「最初の代金と、酒を運んで来るのに少し時間が必要だな。その時でどうだろうか。」

 「もし良かったら先に持っていって下さい。」

 壊したりしたらもうしわけなさすぎる。

 僕の心を読んでくれたのかウェルキンさんが責任もって明後日までに引き取ってくれるらしい。お金とかの書類はセバスさんとウェルキンさんに任せて、再び応接間にて向かい合った。

 「これほどの物を手に入れられて来たかいがあったというものだ。ありがとう。」

 「こちらこそ高く買ってもらえて助かりました。」

 下手したら卒業までの費用が全部まかなえる。

 「つい興奮して忘れていたが、最後のお願いがある。」

 崩れていた笑顔を整えて真面目な顔でこちらを見てきた。

 「なんでしょうか。」

 真面目な話しと感じ背筋を伸ばして話しを聞く。

 「娘と仲良くやってくれている様だが、これからもよろしく頼む。」

 座ったまま頭を下げられた。

 「こちらこそよろしくお願いしたいです。頭を上げて下さい。」

 国王様に頭を下げられて焦ってしまった。

 「父としてはこれくらいしか出来ないのでな。それに入学式が終わったらウェルキンも帰国し、色々と問題も出て来ると思うが気が向いたら手助けをしてやってほしい。マリアは残すつもりだが、今まで城の外にもあまり出て来なかったので中々世間知らずな所もある。まぁ一人娘を持つ馬鹿親の頼みと思って聞いておいてくれ。」

 頭を上げてしっかりと目を合わせるこの顔は、国王の顔でも趣味人の顔でもなく父親の顔なのだと思わせられた。

 「恐れ多いですけど、僕は友達だと思っています。友達を助けるのは当然ですよね?一緒にダンジョンに潜った仲間でもありますし。」

 「そうか。この学園に入学する限り王も貴族も本来ならば種族すら関係ないものだ。一部の馬鹿な奴らもいるが、トラ殿と娘はそんな馬鹿な奴らと違う関係を築けることを願う。」

 手を差し出され、座ったままテーブル越しに握手をする。

 「ただし、嫁にはやらんぞ。手を出すなよ。」

 その一言と同時に手にかかる力が増した。

 「胸に刻んでおきます。」

 セバスさんとウェルキンさんが戻って来たのを期に話しは終わり、二人を玄関まで見送る。

 「夜分に失礼した。」

 門の外には何人もの従者が控えていたけれど、月明かりも少ない夜の闇に一人二人と消えていった。


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