学園都市にて。3月28・29日。
朝日が昇り始めた時間だったけど、山小屋からはタタラが飛び出して来てくれた。なんでも予定時間から起きて待っていたのだとか。日が昇って来ていることも有り、皆山小屋で休むことにする。学生支援の名目で建っているだけあって、山小屋は大きく何部屋もあったし、他に誰も居なかったので男女はもとより、エルザとエミリア・マリア組に分かれることにした。
一応の荷物番をタタラが。残りは疲れもあって日が暮れてタタラが声をかけるまでぐっすり眠った。
タタラが声をかけて来たのは丁度日が落ちる前で、広間に行くとタタラと山男のおっさんが食事を用意していてくれた。約二日ぶりのまともな食事で嬉しい。
出発までの間、山男のおっさんと話しをした。おっさんの名前はシャルル・ストリンと言って、学園の教職員や事務員といった扱いらしく、毎月の給料も出ているとか。本人は山が好きで、山に居て金が稼げると喜んでおり、他にも似た様な男達三人程で交代しながら詰めていると言っていた。
名前が山男っぽくないとエルザに言われて、自分もそう思うと言っていた顔は髭面と相まって、中々人好きのする顔だった。
完全に日が暮れる前に、シャルルさんに見送られて一路学園へと戻る。帰りもエルザの背中であっという間だ。
「おかえりなさいませ。」
家に着いた頃は既に暗かったのにセバスさんが庭で出迎えてくれた。皆休憩したことによりさして疲れても居なかったのでうちで戦利品の分配をしようと提案したところ、エミリアやマリアさんはともかく、エルザにも明日にしようと言われた。どうやら女性陣は皆風呂に入りたいらしい。山小屋で体を拭いたみたいだけど、汗や埃、それにモンスターの返り血など男の僕でも綺麗にしたいと思ったので、女性の皆が思うのは当然だと思う。
「よろしければお湯が沸いております。」
話しを聞いたセバスさんが皆を風呂へと案内していった。予想もしていなかったけれど、エルザが壊したお風呂は既に修理され、完成していたらしい。うれしい誤算だ。
「トラ様も入られてはいかがでしょう。」
皆を送ったセバスさんが戻って来て僕にも風呂を勧める。勿論、後で入るつもりだけど女性陣と入る訳にも行かない。健全な男として一緒に入りたくない訳ではないけれど、命が惜しい。タタラやエミリアは謝れば許してくれるかもしれないけど、絶対にエルザとマリアさんに殺られる。いや、ラッキースケベ的に上手くやれば・・・。
「風呂場は増築されましたので。」
そんな僕の思考は読まれていたらしい。リエールさんの手際の良さにより夢の混浴計画は5秒で塵と消えた。
言われるがままに行ってみると前よりも明らかに大きい。さっきは暗くて気にしていなかってけれど、見れば家と同じくらいの大きさだ。台所の裏から伸びていたはずの風呂への道は無くなり、新たに居間から設けられた渡り廊下を行くと、男女分かれた脱衣所があり、その大きさに比例して大きくなった浴槽と洗い場が姿を現す。サウナと露天風呂まであり一般家庭の風呂では絶対にない。
「すごっ・・。」
思わず呟いた独り言は風呂に消えた。隣にあると思われる女風呂からの女性陣の声を聞きつつ体を洗い湯船につかる。皆風呂の大きさに喜んでいる様だ。
「贅沢だなぁ。」
ある程度使ったらサウナへ。その後に露天風呂へ行く。
夜風がほてった体に気持ちよい。
木や岩。それに柵が設置してあり外から見えない様になっているけど、そもそもこの先は庭という名の森であり、誰かに覗かれる心配は無い。それでも女風呂には無いらしく、女風呂があるであろう方向へと広がっている。中にある浴槽よりも広いかもしれない。
行儀が悪いけれど思わず泳ぎたくなる。
「誰も居ないし。」
タオルを岩の上に起きお湯の中へ。泳ぐのは山に居た時に川で泳いで以来だ。あの時は魚が食べたいと師匠に言われ、穫るまで戻れず寒かった。
考えている間に反対側まで着き、お湯から顔を上げ立ち上がると目が合った。そしてこちらを見ている視線もあった。目が合ったのは深く青い目。見渡せば赤い目と黒い目がこちらを見ている。
順番にマリアさん。エルザ、タタラだ。エミリアは居ないらしい。
再びお湯に潜り泳ぎ去る。後ろでエルザの声がするけど気にしたら負けだ。
風呂から出たらエルザにタオルを投げつけられた。何発かタオルで叩かれたけど、甘んじて受け止める。タオルくらいで済んで良かった。その横でタタラはただ恥ずかしそうにしているが、マリアさんは何も無かったかの様にいつもと変わらない。
と言うか露天風呂で繋がっていたら分けた意味があるのだろうか。今度リエールさんに良くやってくれたと聞いてみたい。
居間に戻るとセバスさんが軽食と飲み物を用意してくれていた。風呂のことでエルザが詰め寄ったけど、「本日完成したばかりで知りませんでした。」「ご主人様より先に入る訳には行きません。」とかわされ次第に大人しくなっていった。
各自好きな飲み物を取り、乾杯する。
「ダンジョン探索お疲れさま。」
軽くグラスをあわせ、一口で飲み物をあおる。冷えた炭酸水が美味しい。皆、ジュースや水を飲んでいるけれど、酒が飲めない訳ではない。この世界の成人は種族によって違うし、そもそも個々人で違うのに一律で酒精解禁年齢を定めることに意味が無いとされているからだ。ちなみに竜種のエルザとドワーフのタタラは生まれた頃から、マリアさんとエミリアも幼い頃から飲んでいたらしい。僕は師匠のところを出る数日前の夜からだ。別れの杯ではないけれど、その時に師匠の名字を名乗ることも許されたので、少しは認めてくれたってことだと解釈している。
皆が二杯目を手にし、さっそく分配の話しになる。
「私が、皆を運んだし荷物も沢山持ったのだから少し多めに貰っても良いわよね?」
エルザが開口一番そう言った。
「私はなにも出来なかったのでいりません。そもそも武器を打てればそれで良いので・・・。」
タタラは山小屋に居たので遠慮するらしい。
「私も特に必要ありませんし。」
エミリアは一緒に行けただけで良かった様だ。
僕としては均等にわけても良いし、大活躍だったマリアさんとエルザに多めに渡してもかまわない。正直、武器の分だけ残れば良い。
「皆様なにか誤解されているようですけど、今回入山許可を得たのはトラ様だけです。」
マリアさんの言いたいことがよくわからない。他の皆も同じ様で、黙って次の言葉を待っている。
「皆さんご存じないようですけど、学園所有のダンジョンに潜った際に得た物品は許可を得た人で分けることになっています。その為、ダンジョン攻略に当っては外部の人間が入っても良いことになっています。」
分け前が貰えないなら、あまり一緒に入る人はいないと。腕利きの冒険者と行こうとしても向こうとしては別のところに潜った方が儲かるわけだし。
「つまり、今回得た物はトラ様の物ですね。」
「えー。そんな話聞いたこと無いわよ。」
エルザも初耳らしい。
「エルザ様はこれまでダンジョンに入られたことは無かったのですか?」
「授業でちょっと行ったくらいよ・・。」
「それではしょうがないですね。普通は許可を得た時に説明されることですから。」
あくまでも淡々とマリアさんが説明する。
「特に今回はリエール様からの特例とお聞きしましたので、確認を取られた方がよろしいかと思います。その上でトラ様が分配されるのは問題ないと思います。」
「あれ?分配していいの?」
その方法だと外部の人に頼りっきりでダンジョンに潜ることも出来てします。
「大丈夫です。」
一つ頷いて説明してくれた。
「学園が保有するダンジョンは基本的に初心者向けの物が多く、稼ぎにはなりにくいですし、数カ所だけある高難易度のダンジョンは敵の強さに比べて得られるアイテムが良くないですから。」
結局外部の人に取っては採算が悪いということだ。
納得いかない様子のエルザを宥め、一筆書いてリエールさんに届けてもらうことにした。
「絶対認めさせてみせるわ。明日待ってなさい。」
鼻息の荒いエルザを見送って、エミリアとマリアさんも帰る。
「今回は楽しかったですわ。少しお会いできませんけど、また遊んで下さいね。」
あえないのは新月が近くなるからだろう。それにしてもダンジョンが遊び感覚ですか。まぁ危ないことも無かったし、そんなものなのかもしれない。
「今度、お風呂を借りに来るかもしれません。」
マリアさんはお風呂が気に入ったようだ。
「私は家に居るから決まったら連絡頂戴。」
タタラの家の場所を聞いて三人を見送った。
朝風呂というよりも昼風呂といった時刻、風呂上がりの怠さを感じながら自室で本を読んでいたらエルザが訪ねて来た。あまり機嫌が良さそうに見えない。
「よかったお風呂でもどう?僕も今出たところだけど、どうやら温泉らしいよ。」
お風呂でさっぱりして機嫌良くなってもらいたい物だ。
「知っているわよ!」
エルザが突き出したのは一枚の請求書。そこには風呂の改装にかかった経費が書いてある。
「昨日は気付かなかったけど、あのでっかい風呂のお金私から出るのじゃない!」
気付かないのもどうかと思うけど、最初からエルザの借金と言う話しだったと思う。
「そりゃ私が壊してしまったのだから、修理費くらいは出すつもりだったわよ。だけどこれはもう修理じゃなくて改装、いえ新築じゃない。それにタタラがするはずだった魔導炉の修理も無くなったし。」
明細には建築費用の他に、魔導炉除去費用や源泉作成費用などが並んでいる。
「源泉作り出したのか。それにしても1000万センとは・・。」
たぶん魔法で作ったのだろうけど、その金額だけ飛び抜けて高い。
「これに工房建築は別にかかるのよ。あの時考えてサインしなかったら・・・。」
エルザがリエールさんと契約した書類は、風呂と工房の費用をエルザが払い、その金額はリエールさんが立て替えておくというものだったはずだ。
「確かに、いくらって明記してなかったね・・。」
「その上、今回得た物はトラの物だって。」
「分配するのはかまわないよ。」
この金額を見てしまった以上協力をしてあげたい。うちの風呂で、僕の為の工房なのだから。
「それは良いけど、その時はトラへの借金にするって・・。じゃないと全部取り上げるっていうのよ。トラはまだ生徒じゃ無いから。」
とうとう地面に座り込んでしまった。リエールさんの意図はわからないけど、そうそうエルザの借金を返させる気がないっぽい。
「良い風呂だろ?」
座り込んだエルザの後ろから現れたのは、リエールさんその人だ。
「確かに良いお風呂ですけど、さすがにひどくないですか?」
「ちゃんと契約書を確認しないエルザが悪い。これも教育じゃな。」
絶対に面白がっている。
「ちなみに儂の権限で新学期より家賃を取る事にした。」
エルザの前に一枚の紙を差し出す。
「契約しない場合は出て行ってもらうぞ。まぁ服や武器までは取り上げぬから何とでもなるだろう。」
覗き込むと、一ヶ月あたり15万セン。金貨一枚と銀貨五枚になる。
「高くないですか?」
「そうかのう?食費と家の立地や広さを考えると格安だと思うが。」
おそらくマーサさんのところと比べてもエルザの実家は広く、良いところに建っていると思われるから高くはないのかもしれないし、エルザの食べっぷりを考えると安いのかも知れない。
「15万・・。」
「まだ数日あるしゆっくり考えよ。」
エルザは撃沈した。
「それで何か御用でしたか?」
まさかエルザに家賃契約させる為に来た訳じゃないだろう。
「一応、紹介者としてこれを渡しにきた。」
渡されたのは数冊の冊子。入学の案内や、各学校の授業についてだ。ブレンスとゲンロについては見ていたので残りの六校分を後で見てみようと思う。
「ありがとうございます。」
「あとは風呂を借りにな。」
「どうぞ。」
温泉なので湧かす必要も無いし何時でも入ってもらってかまわない。許可すると撃沈したエルザを引きずっていこうとする。
「あ、あの露天風呂はなんで男女繋がっているのですか?」
「何故と言われても元々は男女ではなく主人と使用人。あとは工房の鍛冶達と分ける為じゃったからな。男の方が主人用。女の方が使用人用じゃな。昨夜はお主達が入ると言うので、セバスが男女に分けただけじゃろう。」
つまり、タタラ以外の女性が使う予定すらなかったってことか。
「まぁお主は得したのじゃからかまわんじゃろ?」
ニヤリと笑うその顔は、昨夜の話しをエルザから聞いたってことなのだろう。
「眼福でした。」
「カッカッカッカ。正直で良い。」
エルザを引きずったままラッキースケベの生みの親は高笑いと共に風呂へと消えていった。




