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学園所有鉱山ダンジョンにて。二日目。

 何者かが近づく気配がして目を開ける。

 「いいご身分ね。」

 声からしてエルザだ。ということはマリアさんもいるはずだ。つまりこの状況はあまり良くない。

 「オハヨウゴザイマス。」

 僕は今エミリアの腕に抱かれている。密着はしていないけどエミリアのあまり豊かではない胸が目の前に有り静かに上下している。

 「トラ殿お立ち下さい。」

 マリアさんがエミリアの腕を解いてこちらに声をかける。

 「はい。」

 直立不動。まさに今この言葉こそが僕にふさわしい。えぇ、なんなら二時間程前からそうであったと言わんばかりでございます。

 「トラ殿から腕を回していなかったこと、我らの接近に気付いたこと、お嬢様には抱き枕を抱く習性があることを鑑みて今回のことは不問にいたします。お嬢様とウェルキンさんには黙っておきますので今後励む様に。」

 「イエス、マム。」

 伸びていた背筋が更に伸びる。今ならビシッと音が出そうだ。

 「途中十メートルを越えるジュエルスネーク以外は基本的に戦いません。エルザさん威嚇をお願いします。」

 マリアさんがエミリアを起こして先へ進む。十メートルが基準なのはそのサイズを超えると、卵くらいの魔石を得られるからだ。マリアさんの隠し持っていた、以前潜った時の地図を見ながらどんどん進んで行く。エルザの威嚇は効きまくり、二度あったジュエルスネーク戦以外は略素通りである。

 なんだかんだエルザの威嚇は便利で、第二十ポイントまで効かない敵も居なかった。鼠も蛙も蛇も、新たに出た亀や蜘蛛、羊にも効いたし、集団相手でも問題なかった。エルザに先攻してマリアさんが立ち、金目の敵は投げナイフで一撃。腕が凄いのかナイフが凄いのか、多分両方だと思うけれども、岩はともかく銅だろうが鉄だろうが、宝石も魔金もなんでもおかまい無しだ。

 第二十ポイントまで三時間程でつき一旦休憩とする。

 「この調子じゃもっと行けるんじゃない?」

 威嚇しかしていなかったエルザがマリアさんに提案している。

 「いえ、この先は私の攻撃では一撃と行かない敵が出て来ますので今までの様な強行軍は無理です。行くだけなら可能かもしれませんが、ある程度余裕を持って採取するには第二十五ポイントも万全を期した方が良いでしょう。」

 そこで大休憩をとる事にした。二組に分かれて二時間ずつの仮眠だ。まずは僕とマリアさんが見張りをしてエルザとエミリアに休んでもらう。

 エルザは文句を言っていたけど途中で往復したこともあり直に眠りに落ち、エミリアはちょっと前から眠そうにしていたので何も言わずに横になった。

 二人、主にエルザが眠ったのを見計らい、起こさないように気をつけながら声をかける。マリアさんに聞きたいことがあったのだ。

 「マリアさんなにか心配事でもありますか?」

 今のところ反則気味に順調だ。

 「いえ、ありませんけど何か気になることでも?」

 隠せていると思っているのか、気付かないのか。

 「ん〜。マリアさん嘘をついていますよね。」

 嘘をつかれるのはかまわない。でも何か理由があるのならば聞いておきたい。

 「なんのことでしょう。」

 相変わらずのポーカーフェイスだけど、残念ながら口元だけがいつもと違う。

 ずばり聞いてしまった方が良いかな。

 「まずは日数のことです。まくしたててエルザを丸め込みましたけど、ウェルキンさんは怒りませんよね?」

 集合したときエミリアは馬車で行くのかと聞いていた。つまり移動に半日から一日はかかる予定であったものを、エルザが運んでくれたことにより数時間で済んだということは予想外であったはずだ。僕もタタラもエルザが運んでくれているとは思わなかったのだから間違いないと思う。

 そうすると元々一日二日潜るはずであった予定に移動の二日を足しても三、四日。さっきのエルザの提案に乗っても一日から一日半遅れるだけで済む。

 「その一日が大事だとは思いませんか?」

 「それも考えましたけど、昨日訪ねた時に言っていましたよ。授業も選んでしまって暇だと。そして暇だから来てくれたと思っていましたけど。」

 マリアさんはエミリアとエルザの様子を見てからこちらを向く。

 「話せないことなら良いです。エルザにも言う気はありませんし。」

 「他に聞きたいことはありますか?」

 二人は起きていない。答えてくれる気になったのだろうか。

 「嘘ってわけじゃないけど、マリアさんの制覇した階数とか敵の実力とか教えてくれるなら聞きたいですね。あとは十ポイントごとにある魔法陣のことも知っていたら。」

 「ふう・・・。まぁいいでしょう。」

 表情は変わらずに、深く息を吐いた。

 「まず日数の件ですが、二つ理由があります。第一に皆さんが気付くかどうかということを確かめさせて貰いました。」

 「合格ですか?」

 「及第点といったところです。そして、気付いた方にだけお話しすることにしていました。」

 だからエルザが寝ていることを確認した訳だ。

 「第二の理由はお嬢様にあります。私達の一族がなんと呼ばれているかトラ様は知っていますよね?」

 「夜の一族でしたよね。」

 以前にもその話しはした。

 「はい。その一族の中に月の満ち欠けで力の増減がする人達が居ます。中でもお嬢様のお爺様つまり先々代様が有名です。」

 その話しは聞いたことがある。村の子供達でも知っている話しで、満月になると力を増す夜の一族をすべる王と獣王の戦いは特に人気がある。

 頷くことでこちらが知っていると知らせると、マリアさんが続きを話す。

 「お嬢様も先々代様と同じ力があります。」

 「今の当主は違うということですか?」

 「いえ、周期が違うだけで力の衰弱はあります。この周期は誰にも漏らせません。」

 もし僕が敵なら弱まったところを狙う。少なくとも敵が居る限り漏らせないのは当然だ。しかし僕に漏らしても良いのだろうか。

 「まぁ周期で力の強弱があるのは少し調べればわかることなのでかまいませんし、お嬢様は先々代様と同じ周期であることで一族でも有名ですから。」

 一族で有名なら、調べようと思えば調べられるということか。

 「むしろ、今後付合っていっていただけるなら、知っておいてもらった方が良いと思います。」

 「新月の時は守って欲しいと?」

 「いえ、ここからが重要なのですが、新月の時にはお嬢様には近づかないで下さい。」

 弱くなっているから連れ出すなと言うことだろうか?

 「満月の時に比べて新月の時は明らかに力が落ちます。魔力も腕力も吸血鬼としての能力全体が落ちますが、お嬢様は一つだけ強化されてしまうものがあります。それは吸引能力、お嬢様の場合は相手の魔力を吸われます。一般にエナジードレインといわれている夜の一族固有の魔法ですね。」

 「近くに居るだけで吸われるとか?」

 それが本当なら彼女の周りには死が溢れる。

 「あながち間違いではございません。子供の頃と違い、お嬢様もなるべく押さえられるようになりましたけど、ふとした拍子に能力が解放されてしまうことを考えると、近くに人を寄せずに大人しくしているのが良いのです。」

 「新月は一週間後だと思ったけど。」

 「はい。前後二、三日は不安定になりやすいですし、入学式はお休みさせていただく予定です。」

 「二、三日ってことは今も?」

 「今は大丈夫ですが半日後くらいから気をつけたいところです。」

 よく、鉱山に連れて来ることを許したものだ。

 「今回来れば入学式はお休みすると約束して下さったので・・。」

 なんだかんだいってマリアさんはエミリアに甘いみたいだ。

 「それに竜族であるエルザ様なら吸われても大丈夫かとも思いましたし、勿論トラ様とタタラ様には細心の注意を払いますけど、先程お二人で寝られていたときはやってしまったかと・・。」

 さっきのは怒っていたのではなく、僕の無事を確かめていただけだったらしい。

 寝ている間に魔力枯渇であの世とか恐ろしい。特に人族は竜族や魔族だけでなく他の種と比べても少ないとされているし、僕も人族の例にもれなく少ない。魔力量はエルザやエミリアとは比べるまでもなく、タタラにも勝てないと思う。ゴルラのおっさんには勝っていると思うけど・・。

 「途中、敵から吸っていたから落ち着いているのかもね。」

 「どうゆうことですか?」

 何気なく言った言葉に食いついて来た。

 「新月になって、普段得ている力を得られなくなった時にその穴埋めをしようとして力を吸っているのかと思ったのだけど違った?」

 腹が減ったからご飯を食べる。話しを聞いてそんなことだと思っていた。

 「しかし、他の者は・・。」

 「エミリアの力が人より強いから、人より大きな落差とその穴埋めが必要なんじゃないかな?まぁ僕の考えだから大分怪しいけどね。」

 師匠ならわかりそうだけど。

 「だとしたら、無理に吸わないのも・・」

 なんかブツブツと呟きながら悩んでいる。余計なことを言ったかもしれない。

 「まぁあんまり気にしないで。」

 「いえ、得難きお話でした。お嬢様特有の症状だとばかり思っていましたから。帰ったら落ち着いて考えてみます。」

 それがいい。ここで考えていてもわかることではない。

 「お話しのお礼に先程の質問に答えましょう。十ポイントごとにある魔法陣のことでしたよね?」

 「はい。ここにもあるし、さっきもありましたね。多分転移系の魔法陣だろうと考えています。」

 「トラ様は中々目敏い上に魔法に対しても充分お詳しい様ですね。」

 存外に褒められて少し驚いた。

 多少隠蔽されて入るけれど注意深く見れば魔法陣があるのはわかりそうなものだ。

 「大体の人間は、休憩用の陣と勘違いしますから。」

 魔法陣の種類がわからないならそうかもしれない。

 「そこまでわかっているならば、話しても問題ないでしょう。第一に緊急用に。第二に、学生のうちトップに居る人達を到達地点まで飛ばすためにです。一々最初から潜らなくても良い様にと実力を伸ばさせる為の優遇政策とされていますね。」

 「マリアさんもトップの方に居たと。」

 「はい。最下層まで行っています。本当に行っただけですけど。何故判りましたか?」

 「まぁ勘です。」

 「勘ですか? 」

 納得はしてくれないらしい。

 「あえていうなら、マリアさん実力ですね。始めて会った時も今回も全力じゃないでしょ?多分僕一人でもまだ進めますし、エルザも油断しなければ行けるでしょう。となると、僕ら以上にこの場所を知っていて、実力を隠し持っているマリアさんが万全の準備と仲間で五十止まりということはないだろうなぁと。まぁそんなところです。」 

 「そうですか。」

 マリアさんが少し考えて口を開いた。

 「トラ様合格です。」

 「ありがとうございます。」

 先程の話しだろう。及第点で合格貰って話しも聞いてしまった今意味はなさそうだけど。

 「お嬢様と仲良くしてあげて下さい。」

 どうやら友人関係を許可してくれたようだ。

 そこからは言葉数も少なく、それでも話しているうちに見張りの時間は越えていた。

 「トラ様どうしますか?」

 「僕は平気ですけどマリアさんは?」

 僕は一度寝ているし、疲れているエルザとエミリアを寝かせておいてもかまわない。

 「私は今一番良くなりつつある周期ですので数日寝ないくらい大丈夫です。」

 「それ内緒じゃ・・。」

 さっき言っていたことと違う。

 「内緒ですよ。フフ・・。」

 信用してくれたということなのかもしれない。

 「まぁ、お嬢様と逆の周期だから、いつも一緒に居られるということでもあるのですけどね。」

 二人を更に一時間休ませて起こす。

 「私、また寝過ごしましたか。」

 「私も見張りくらいできるのに。」

 申し訳なさそうなエミリアと、少し拗ねた感じのエルザ。

 「いや、僕さっき寝たし、マリアさんと話していたらいつの間にかね。」

 そう言うことにしておこう。

 「そうですか、マリアとは仲良くなったのですね。」

 「ふーん。マリアさんみたいな人が良いね。」

 なにか軽い誤解を招いたかもしれない。

 「ほらお嬢様達行きますよ。それとも寝足り無いですか。」

 マリアさんのかけ声で第二十ポイントを出発する。目標まで後五ポイント分。

 しかし、誤解を解いてから出発しても良かった気がするけど・・・。

 第二十五ポイントまでに出て来た新しい敵は一種類だけ。ノコギリボアと言う名前の猪で、サイズは大きくない。肉食で牙が固く、尖っている。その牙がノコギリの様だからノコギリボアの名前がついた。ほとんど直進しかして来ないうえに子犬程のサイズなので脅威ではない。しかし、他の敵と戦っている隙間から飛び出して来るのが面倒ではある。

 それも普通に戦えばとの注釈が付く。

 エルザの威嚇は有効で、集団に出くわすこともない上に、美味しくない敵と戦わなくて済むのが素晴らしい。

 第二十五ポイントまで付いた時にエルザが不思議がっていた。

 「私、そんなに恐いかしら?」

 鏡でも覗きそうな感じではあるが、敵が逃げるのは顔つきではないと思う。

 「竜族と戦う気概のある敵がまだ出て来ていないだけですよ。」

 剥ぎ取った鉱石と鞄にまとめながらマリアさんが答える。

 「それにエルザが灼熱竜って言うのも大きいよね。」

 同じ様に鞄に鉱石等を摘める。ある程度貯まったのでこのポイントを拠点にしてアイテムを置いて行くことにしたため、荷物の再編中だ。

 「そうなのですか?」

 エルザだけでなくエミリアも気付いていなかったらしい。

 「この焚火をよく見て。何か気付かない?」

 各ポイントにある小さな焚火を指差す。

 「これは竜燐?」

 さすがにエルザは直に気付いた。

 竜燐とは竜族の鱗や骨から発生する現象のことで、灼熱竜だったら炎、水底竜だったら水、と言った様な現象が起きる。

 「もしかしてお婆様の鱗かしら?」

 「リエール様の?」

 炎の中を指で突いてみている。そんなことが出来るのは、火に強い耐性を持つエルザならではだ。

 「多分リエールさんが作ったのだろうね。」

 「この洞窟を?」

 さすがに洞窟を掘ったとは思えない。

 「いや、学園用にする為にこうやって各ポイントをってこと。」

 「ならお婆様に聞けば何処まで続いているのかわかるか。」

 エルザさんよ。それはルール違反な気がします。

 「いえ、聞かないわよ。冗談。そもそも教えてくれるとは思わないし、自力で攻略しなければ意味が無いものね。ただ、私の威嚇が効く理由はわかったわ。皆お婆様におびえているのね。ここが安全なのもこの鱗のおかげということかしら・・。」

 モンスターに取ってはリエールさんにマーキングされている縄張りであって、近づいては行けない場所ということだ。そしてエルザの威嚇が効くのも同じこと。

 「つまり私という竜を通してお婆様を感じ、怯えている訳だ。」

 「今後、エルザの実力を測れる敵や、竜族を恐れない敵も出て来るだろうから慢心は禁物だよ。」

 わかっているだろうけれど一応注意をしておく。

 「うん。ただそれならもっと奥まで・・。」

 「約束です。」

 エルザの提案はマリアさんにバッサリ切られる。

 「来たのも初めてだし、今日はここらで止めとこう。また来るのを楽しみにしてさ。」

 「そうね。また来るなら悪くないわ。約束よ。」

 提案を却下されて不満げだったエルザは「また来る」の一言で笑顔になった。

 約束を破ったら凄く怒りそうだ。破るつもりは無いけれどちゃんと覚えておこう。

 「そうですね。今度はもっとゆっくり来ましょう。」

 エミリアも一緒に来るつもりらしい。

 今まで得たアイテムは二つのリュックに詰め、開いた二つのリュックを持って最後とするフロアへと入って行く。

 水晶の様な魔石をピッケルでほじくり出す。何カ所かでほじった結果、卵くらいの魔石を幾つかと、鉱石は鉄と屑銀が少し。

 「この辺りだと敵を倒して剥ぎ取る方が良い物が採れますね。」

 マリアさんのアドバイスで敵を狩る方向に変更する。始めに見た鉄鼠とロックフロッッグは見なくなり、多いのは蜘蛛だ。次いで羊になる。

 蜘蛛は大蜘蛛と呼ばれている。名前そのままで大きな蜘蛛だ。現れるときは数匹で壁や天井を伝って現れる。初めて見た時よりも明らかに大きくなっており、その口には赤ん坊の頭がすっぽり入ると言えば大きさがわかるだろう。牙と前足は固く、個体によっては尻に毒針を持つ。複眼で、その目の中に魔石が紛れ込んでいることが多い。個数はランダムでサイズは体の大きさに比例する。

 羊はランシープといって、主な特徴は左右に生えた角が真っすぐで槍の様になっていること。角が固く鉱石の様に使える他、肉も美味しいらしいが今回は諦める。頭の直線上に攻撃が来るのでサイドに回り込み攻撃をすれば良い。後ろに回ると蹴られるので注意が必要となる。

 と、グダグダ述べたところで残念なお知らせがある。

 まず、大蜘蛛の牙も足もランシープの角もエルザの肌を傷つけることは敵わなかった。それに剥ぎ取りやすい様にエミリアのエナジードレインと、マリアさんの急所へのナイフ投げで敵を仕留めていくだけで戦闘と言うよりも作業に近かった。僕の役割は剥ぎ取るだけ。

 ある程度アイテムが貯まって来たところでマリアさんが手を上げた。通路の角で皆静かに立ち止まる。これは要警戒のサインで、決めておいたうちの一つだ。

 「大物です。最後に倒して終わりにしましょう。」

 小さな声でマリアさんが通路の先を指差す。

 少し不満そうなエルザが入れ替わって覗く。

 「最後ならあれは私にやらせて頂戴。」

 エルザと入れ替わって僕も見る。一際大きな大蜘蛛と、これまた大きな亀がにらみ合っている。両者の大きさはほぼ同じで、小さな家くらいはある。亀は第十五ポイントを越えてから出て来る様になったアダマンタートルだが、今まで見た中で群を抜いて大きい。その甲羅は鉱石や魔石で出来ているが、名前詐欺でアダマンタイトは含まれない。なんでそんな名前なのか不思議だけど、もっと奥まで行ったら変わると信じている。

 超大蜘蛛の後ろには大蜘蛛が控えている。縄張り争いといったところか。

 「細かいのは任せた。あのデカ物二匹は私が貰う。」

 戦闘らしいことをしていなかった性で、エルザはストレスを感じていたらしく、嬉しそうに提案して来た。

 最後だし好きにさせてあげるか。

 横を見るとマリアさん同じ意見の様だ。

 「しょうがないですね。雑魚はお嬢様と私で処理します。トラ様はエルザ様の援護で。危なくなったら手を出すと。これでいいですか?」

 皆が無言で頷く。

 「ではエルザ様どうぞ。」

 マテをされていた犬の様に。新しいおもちゃを貰った子供の様に。嬉々としてエルザが飛び出し、その後を三人で追う。

 不意の乱入者にそこに居たモンスターの視線が全てエルザに集まる。

 「その喧嘩、私も混ぜなさい!」

 それだけ叫ぶとアダマンタートルと大蜘蛛の間にその身をさらすエルザ。何処から見てもお嬢様っぽくない。蜘蛛の鋭い牙も、亀の重い一撃も全て避けず受け止める。力任せに剣を振るい蜘蛛の足を切り飛ばし、亀の甲羅を殴り後退させる。

 「エルザ!」

 「大丈夫よ。」

 手を出すなとその言葉に含まれている。が、一言言わせてもらう。

 「甲等殴って魔石割れたぞ!」

 エルザが殴ったところの魔石は亀裂が入っている。もったいない。

 「なっ。」

 何か言おうとしたエルザは蜘蛛の唾液を食らって黙る。ばっちい。唾液はべとつき体の動きを阻害するけどエルザは力ずくで動く。剣を振り、遠心力で体も動かし涎を吹き飛ばす。こちらまでは飛んで来ないけど、すぐ後ろで戦っているマリアさん達の方には飛んでおり、迷惑この上ない。

 「ごめんなさい。」

 二人の無言の圧力を受けて謝るエルザ。遊びの時間は終わり、蜘蛛は残った足を切り飛ばされ、最後は牙ごと顔を叩き潰された。

 足と顔を斬られた亀は不利を悟り、甲羅に籠ったけれどそれは下策だ。甲羅の隙間に手を射し込みそのまま亀のステーキの完成だ。熱が外に出ない分あっという間に焼ける。

 エルザが二匹を倒した頃には、二人も雑魚を蹴散らしていた。

 「最大の敵はエルザ様の唾でしたね。」

 「その言い方だと、私が唾飛ばしたみたいじゃない。」

 女三人姦しく話している間に大蜘蛛から剥ぎ取りを始める。複眼の間にある魔石をナイフで剥ぎ取るだけなのでそう苦労は無い。

 直にマリアさん。少ししてエミリアとエルザも剥ぎ取り始め大蜘蛛の魔石は全て回収できた。

 「あとはこの甲羅だけど・・。」

 エルザが殴ったことにより一カ所だけ亀裂が入ったアダマンタートルの甲羅は、その身を除外しても大きくリュックに入らない。

 「もったいない気もしますけど、砕いて持ちきれない分は置いていきましょう。」

 「マジックバックでもあれば全部持ち帰れますのにね。」

 エミリアの言う通りだけど無い物はしょうがない。

 「あれ中々高い上に売っていないのよね。私も欲しいとは思いつつも、つい別の物に使っちゃって・・。」

 マジックバックは高いのだ。空間を歪曲させる魔法により荷物がその袋の大きさ以上に入り、交易商人やダンジョン深く潜る冒険者に重宝されているけど、出回っている数が少ない。そのためオークションに高値で売り出された場合でも直に買い手が付くのだとか。と、エルザが甲羅を砕きながら教えてくれた。

 「もし買うとしても、取り出し口がこれだけ大きな物になるといくらになることやら。」

 マジックバックの中に入れる際、入り口が大きな物程高い。それはいくら容量が大きくても取り出し口が狭かったら結局小さな物しか運べないからだ。それでも売れるらしい。

 「もし作れたらお金持ちだね。」

 「そもそも誰が作っているのかしら。」

 「一部の魔族が作り方を秘匿しているとか聞くけど・・。」

 結局入り切らない分は、剥がさずに割った甲羅に付けたままエルザのリュックにくくり付けた。さらにエミリアがリュックを持ち上げられなかったので、そのリュックもエルザが持つことになったが、全く問題ない様で、帰る途中「二人のも持ってあげようか?」と涼しい顔で言っていた。竜族のスペックの高さに驚かされるばかりだ。

 帰り道は休憩らしい休憩も取らずに威嚇、威嚇の繰り返しで戻ったおかげで、マリアさんの計画を上回る六時間で地上まで出た。潜っていた時間が少し長くなっていたので総合的には少し伸びたけど。


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