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騎兵戦線

騎兵戦線「百騎兵」

作者: あると

欲しいものがあった。己の手足のように動く部隊だ。百騎ほどでいい。それ以上は、機動性が落ちる。素早く動き、鋭い攻撃を行えるような少数精鋭の部隊が理想だ。

人選は、すでに終えていた。共に戦ったことのある者がほとんどだったが、訓練の動きを見て決めた者もいる。

許可は下りた。招集もかけていた。もう間もなく、郊外の草原に集まる頃合いだった。

馬厳ばげんは愛馬の央毅おうきを促した。黒鹿毛のたてがみが、歩みに合わせて波打った。

「待たせた」

馬厳が現れると、百の騎兵たちの面に緊張が走った。わかっているのだ。自分たちが選ばれたということを。

「百騎、揃っております」

年長の男が報告した。三十に差し掛かったくらいの齢である。他の面々は二十代、中には十代の兵士もいた。

「よく来てくれた」

馬厳は一人一人の顔を見た。勝ち戦で敵を追い回した仲間、負け戦で共に殿しんがりを努めた男、馬上試合で稀な閃きを見せた騎兵たちだった。

「お前らは、これから俺の指揮下に入る。死ぬかもしれない。いや、間違いなく、何人かは死ぬ。訓練でだ」

男たちはざわめいた。死ぬほどの訓練があるのかという顔だった。

「生半可な気持ちなら、今日で命が終わると思え。お前たち一人一人が、この俺と同じくらいになれ」

男たちは静まりかえった。臆しているのではない。

馬厳は、三騎兵と特別の称号で呼ばれている。その彼に匹敵するほどになると見込まれているのだ。期待されることが、男たちの心を震わせた。

「よし、騎乗!」

馬厳は命じた。男たちは、それぞれの馬にまたがった。騎手の感情が伝染したのか、馬たちも落ち着かない様子で鼻を鳴らした。

「駆けるぞ」

「おう!」

馬厳の駆る央毅が地面を蹴った。百の騎兵たちが続いた。誰もが見事な騎乗振りを見せた。騎手と馬が一体となっている。草原を駆ける姿は一幅の絵のようだった。

馬厳は、央毅に合図を送った。しばらくして、馬厳一騎が先行する隊列となっていた。

「どうした、お前ら!」

隊長の怒声に、百騎兵たちは焦った。

追いつけないのだ。馬を追い立て、距離を縮めたかと思えば、すぐに引き離されてしまう。全力を出しているはずなのだが、馬の足並みは重たく鈍ってきた。

央毅の尻尾が馬鹿にしたように振られた。


太陽が真上に昇る頃まで、草原を駆けた。馬厳と央毅は気持ちよさそうに風を感じていたが、他の面々は人馬共に汗だくになっていた。

「大したことないな」

馬厳は目的地と定めていた川のほとりで後続を待った。央毅は川の水で喉を潤していた。

「こんなはずでは」

年長の豊岱ほうたいが汗に濡れた顔で言った。他の面々は、ぐったりと顔を伏せていた。

「言い訳すんじゃねえ!」

馬厳の怒声に、騎兵たちの顔が上がった。

「俺に遅れるってことは、お前らは役に立たねえってことだ」

荒い口調に怒りが含まれていた。失望もある。

「百騎まとまってこそ、意味がある。俺たち――俺と央毅についてこれないようじゃ、別の人材を捜すしかねえな」

「待ってください!」

豊岱のあわてた声を無視し、馬厳は央毅の背に飛び乗った。

「追いつけたら、待ってやるよ」

馬厳のむちゃくちゃな科白に、豊岱をはじめ、男たちは急いで馬にまたがった。


何か仕掛けがあるはずだと、豊岱は考えた。馬の尻をじっと見て、考え続けた。

央毅に疲れた様子は見えなかった。それに引き替え、自分たちの馬は汗が泡となって浮かんでいた。疲労の度合いがこうも違うのには、必ずわけがあるはずだった。

「なんだ?」

見間違いかと思ったが、何度か確かめているうちに、見えてくるものがあった。央毅の尻尾の振りと、足運びにずれがあった。尻が小さくなったり、大きくなったりしている。

「そうか!」

豊岱は央毅の尻の大きさに注目した。尻の見え方が違うのは、距離が一定ではないからだ。自分たちが遅れまいと拍車をかけた時、距離は縮まり、尻が大きく見える。この時、央毅も密かに速度を落としている可能性がある。体力を温存するためだ。

ある程度近づくと、央毅は速度をあげ、距離を広げる。脚を緩めていた時の体力を使い、大きく引き離すのだ。追おうとしても、容易にはついていけないほどの脚を使っているから、引き離されたという印象が強く残り、気落ちも大きくなる。

速度の可変は、馬厳と央毅が意識的に行っていた。豊岱たちは、それに気づかず、離されたら反射的に速度をあげていた。あらかじめ考えて歩調を変えるのとは、気持ちの上での余裕がまったく違う。意気が挫かれるのである。

「みんな、俺に合わせてくれ」

豊岱は馬の首にすがりつき、じっと央毅の尻を観察した。他の騎兵は顔を見合わせたが、何かつかんだ様子の豊岱を見て、ならうことにした。

「気づいたか」

馬厳は、つかず離れず、距離を保つようになった騎兵たちに賞賛を送った。

歩調を乱れさせる走りを半日で見破るとは、なかなかの素質だった。豊岱は、馬の操り方がうまいと思っていたが、観察力も併せ持っていたようだ。満足のいく出来だ。

「下馬」

ひとしきり駆け回ったところで、馬厳は馬を止めた。豊岱をはじめ、男たちはずり落ちるように馬から下りていた。

「まあ、合格にしておこう」

荒い息を吐く男たちにしばしの休息を命じた。


「次は、こいつだ」

馬厳は背中から太刀を抜いた。三騎兵の仲間から譲り渡されたものだ。

「立ち合い!」

地面に座り込んでいた男が飛び起きた。百人の中でも、若いほうだ。

「一人ずつ、相手になる」

「隊長が百試合するってことですかい?」

「誰も逃げなければ、そうなる」

笑いながら答えた馬厳の目は、若者の威を削ぐほど強かった。

「俺が一番手だ!」

若者は一瞬感じた怯えを振り払い、剣を構えた。

「来い」

「でやっ!」

掛け声を発しての大振りから、水平の突きへと変化する剣筋だった。受け止めようとする刀をかいくぐり、最短の突きを見舞う技だ。

馬厳は誘いに乗らなかった。太刀を構えたまま、胸の中心に迫る切っ先をいなした。そして、太刀の先端を前方に振り落ろす。

若者は悲鳴を上げた。二の腕の肉が千切れ飛んでいた。

「次だ」

馬厳は腕を押さえた若者から目を転じた。筋肉に達しない程度の傷だ。すぐに血も止まる。

「俺が」

槍を構えた男が穂先を下に向けて対峙した。踏み込むと同時に穂先が馬厳の首を狙った。馬厳は槍を押さえ込むのではなく、下から弾いた。腕が上がったところに隙ができる。男の内懐に入り込み、腹に蹴りを見舞った。槍使いの男は悶絶して倒れた。

「次」


何人もの男たちが倒れていった。数合の打ち合いもなく、瞬く間に敗北していく様は見ていて気持ちいいものだった。最後の一人も、馬厳は危なげなく倒した。さすがに息は上がっていたが。

「初日の試しはここまでだ。明日からは、基礎訓練のやりなおしだぞ、お前ら」

馬厳は太刀を背中に落とし込むと、央毅にまたがった。

百人の男の息づかいが、いつまでも草原に溢れていた。


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