虫と心臓
目の前を小さな虫が横切った。
煩わしくて、潰してやろうと手をたたく。
ぱちん。
う、しくじった。
ちくしょう、僕の反射神経を馬鹿にしてるな、この小物め。
こっちには最終兵器バルさんがいるんだぞ。なめんなよ。
だがしかし、僕は今崇高なる儀式の最中だ。
命拾いしたな、虫よ。
さぁ作業に戻らねば。あまり時間は無いのだから。
ナイフを持つ手にも力が入る。
ここからが重要だ。集中、集中……。
ぷーん。
あ、間違えた。
くそったれ、手元が狂ったじゃないか。
なんか虫、増えてるし。
ハエとかいるし。そんなに僕の邪魔をしたいのか。
仕方ない。音を遮断するため、ヘッドホンを装備する。
これで貴様らの必殺技、「耳元でぷーん」を封じてやったぞ。
はは、残念だったな、僕の作戦勝ちだ。
さて、あと少しだ。
もうすぐ君が手に入る。
紺色の制服を着た虫たちがやって来る前に、終わらせなくちゃ。
この為に朝ご飯を抜いたんだ。もうお腹ぺこぺこだよ。
見開かれた君の目は僕だけをうつしている。うん、満足。
やっとこっちを見てくれたね。
ぶんぶんぶん。
いよいよ洒落にならない量のハエが飛び交っているけど。
夏だし仕方ないよね。
あとでバルさん焚いて、そして君は僕のもの。
ぴんぽーん。玄関でチャイムが鳴る。
何度も何度も、鳴る。
でも僕には聞こえない。聞こえないよ。