第十話 最終話 「国家認定PMCヴァルハラ」
防衛省中央庁舎地下。
第七監査会議室。
午前二時十一分。
静かだった。
数時間前まで横浜港で戦闘が起きていたとは思えないほどに。
長机の上には、一冊の黒いファイル。
銀色の文字。
《防衛警備報告書》
提出者。
国家認定PMC
ヴァルハラ・セキュリティ・ジャパン
防衛監査官・榊原は、ゆっくりページをめくる。
「発砲記録、全提出済み」
「通信ログ提出済み」
「戦術映像提出済み」
「作戦行動記録提出済み……か」
榊原は深く息を吐いた。
「本当に全部出すんだな」
向かい側。
黒いスーツ姿の獅堂蓮司は静かに答える。
「国家認定PMCですので」
榊原は苦笑した。
「横浜港で戦争寸前の騒ぎを起こした連中の台詞とは思えん」
「秩序のためですよ」
「……」
「記録されない武力が、一番危険だ」
榊原は数秒黙る。
そして。
低く言った。
「オーディンの件は」
「報告書に記載済みです」
「国家機密扱いになった」
「でしょうね」
淡々としていた。
まるで最初から分かっていたように。
「納得しているのか?」
蓮司は少しだけ考え。
静かに答える。
「していません」
「だが?」
「国家は綺麗じゃない」
その言葉に。
榊原は視線を落とした。
結局。
オーディンの存在は抹消された。
警察庁記録にも残らない。
防衛省内部でも極秘指定。
存在しない武装部隊。
監査対象外の国家武力。
それが現実だった。
「なら何故、お前はPMCを続ける」
榊原が問う。
「お前ほどの男なら分かっているだろう」
「国家は必要なら法律すら踏み越える」
「PMC監査制度も、所詮は建前だ」
沈黙。
会議室に時計の音だけが響く。
やがて。
蓮司は静かに言った。
「だから必要なんです」
「何がだ」
「監視される武力が」
榊原は顔を上げる。
蓮司の目は変わらなかった。
警察官だった頃と同じ目。
責任を理解した人間の目。
「武力は必要です」
「だが自由にすれば賊になる」
「国家だけが独占しても腐敗する」
「だから記録する」
「監査する」
「責任を負わせる」
蓮司は黒い報告書へ視線を落とす。
「それがヴァルハラです」
榊原は何も言えなかった。
この男は。
本気で“合法武力”を信じている。
国家ですら完全には信じていないのに。
それでも。
制御だけは信じている。
その時。
会議室の扉が開く。
若い官僚が入ってきた。
「失礼します!」
「緊急案件です!」
榊原が眉をひそめる。
「何だ」
官僚はタブレットを差し出した。
画面には赤文字。
《国家安全保障案件発生》
《S級認定PMC招集要請》
部屋の空気が変わる。
榊原が小さく息を吐く。
「……休ませてもくれんか」
蓮司は静かに立ち上がる。
黒いコートを羽織る。
「場所は?」
「北海道沖です」
「不明武装船団を確認」
「海上保安庁では対処不能」
蓮司は小さく笑った。
「また国家ができない仕事ですか」
「そうなる」
数秒。
沈黙。
そして榊原は低く言った。
「獅堂」
「何です」
「お前たちは一体何なんだ」
蓮司は扉へ向かいながら答える。
「武士ですよ」
静かな声だった。
だが。
その言葉だけは妙に重かった。
「国家に使われるだけの犬じゃない」
「だが国家の敵でもない」
「法の外にも行かない」
「ただ――」
蓮司は少しだけ振り返る。
「国家が守れないものを守る」
その瞬間。
会議室の外。
完全武装したヴァルハラ戦術員たちが一斉に敬礼した。
黒い装備。
統一された動き。
登録された武力。
監視下の武士。
国家認定PMC。
ヴァルハラ。
「総員、出動準備」
アヤの声。
隊員たちが動き出す。
蓮司は静かに歩き出した。
国家と武力の狭間へ。
誰にも記録されない戦場へ。
⸻
武力は、野放しにすれば賊になる。
国家だけが独占すれば腐敗する。
だから必要なのだ。
監視される武士が。
⸻
『国家認定PMCヴァルハラ』
完




