6.静寂の寓話:起源(Ep.0)
影たちが最初に人間を恐れた理由、
そして恐怖が“別の形”へ変わっていく過程が語られる。
人間と影の関係が、長い時間をかけて反転していく。
―「最初に恐れていたのは、私たちの方だった」―
最初に人間を見たとき、私は震えていた。
私たちよりずっと大きく、後ろ足だけで立ち、
はるか頭上から見下ろしてくる。
その姿は、獣のものではなかった。
森のどんな生き物とも違う、異質な“何か”だった。
前足――いや、“手”と呼ぶべきものだろうか。
あれは枝を折り、石を持ち、獲物を切り裂き、
時には火を操った。
火は熱く、近づくことすらできない。
夜なのに周囲を明るくし、影を揺らし、
私たちの気配を暴く。
人間は、夜を昼に変える力を持っていた。
だから私たちは、長い間、人間を避けていた。
森の奥で息を潜め、彼らの足音が遠ざかるのを待った。
ある夜、耳をつんざく轟音が響いた。
雷のような、しかし空は晴れていた。
仲間が倒れた。
そして消えた。
何が起きたのか、誰も理解できなかった。
人間は、触れずに私たちを消す力を持っていた。
その日から、私たちは人間を“恐怖の象徴”として記憶した。
近づけば、終わる。
見つかれば、消える。
それが私たちの学んだ最初の教訓だった。
それは群れ全体へ伝わり、人間に近づくことを禁忌としたのだ。
…
しかし、時が経つにつれ、奇妙なことに気づいた。
人間は、声を上げても仲間が来ないことがある。
助けを求めても、誰も動かないことがある。
夜に火を持たず、暗闇を歩く者がいる。
ある村では、特にそれが顕著だった。
そして、ある夜。
人間の村から叫び声が上がった。
私たちは関与していない。
ただ、見ていた。
叫び声が上がっても、誰も外へ出ない。
戸を叩いて、確かめようともしない。
仲間が倒れても、誰も気づかない。
……そして、人間は誰一人そこへ向かわなかった。
火も灯らず、戸も開かず、
ただ沈黙だけが広がっていた。
その沈黙を、私たちは初めて“合図”として理解した。
「人間は変わった」
そう気づいた瞬間、
長く続いていた恐怖が、
ゆっくりと別の形へと変わり始めた。
次話(最終話):7.静寂の寓話:別の終わり(Another End)
2026/2/27 20:00に更新します




