1.静寂の寓話:叫びの章
村で「影を見た」と叫び続けていた少年が、ある日を境に姿を消す。
村人たちは気にも留めず、夜に響いた叫び声にも誰も外へ出なかった。
やがて村の家々に“説明のつかない変化”が起こり始める。
静けさだけが広がる中、何かが村を観察していた。
1. 少年が消えた日
村には、よく変なことを叫ぶ少年がいた。
村人は笑って言った。
「またお話を作っているんだね」
ある日、少年は丘の上の家に、羊を連れて帰った。
丘の上の家は、なだらかで、風を遮るものがなかった。
空はどんよりと曇り、風が木々(きぎ)を揺らし、枝がこすれるたびに、
まるで誰かがひそひそ話しているような音がした。
...
数日たって、ようやく村人は言った。
「そういえば、あの子を見かけないね」
「どこかで遊んでいるんだろう」
丘へ探しに行く者は、ひとりもいなかった。
村の入り口には黒い鳥が舞い、静けさだけが広がっていた。
その静けさの奥で、遠くから低い吠え声が続いていたが、
誰も耳を傾けなかった。
2. 村はずれの叫び声
さらに数日後の夜、村はずれから叫び声が響いた。
戸を閉めていた村人たちは顔を見合わせた。
「またあの子のまねごとだろう」
「夜中に騒がしくして……」
誰も外へ出なかった。
誰も確かめなかった。
その夜、森の奥では、何かががひそひそと学んでいた。
「この村は、声を上げても誰も来ない安全な場所だ」と。
3. 少年の叫び
村はずれの一軒家で叫び声が響く数日前には、丘の上の少年はこんなことばかり言っていた。
『森の近くで大きな影がこっちを見てたんだ!』
『ほら、こっちに足跡が!』
『大きな目がぼくを見てたんだ!』
何度も言い直すうちに、声はかすれていった。
それでも、誰も足を止めなかった。
村人は笑って首を振った。
「また見えないものを見たんだろう」
「心配しすぎだよ」
「またお話を作っているんだね」
誰も足跡を見に行かなかった。
少年の声は、風にまぎれて消えていった。
4. 翌朝の“変化”
翌朝、村はずれの家が静まり返っていた。
戸を叩いても返事はない。
窓からのぞくと、家具が倒れ、家の中は散らかっていた。
「風が強かったからだろう」
「夫婦喧嘩でもしたんだろう」
そう言いながら、
昨夜の聞こえたはずの叫び声のことは誰も口にしなかった。
村人たちは互いの目を避けていた。
その日の夕方、村の古い地図を見た老人がつぶやいた。
「……おかしい。あの家、地図から消えている」
「きっと家の者はどこかへ出かけたんだ」
誰も理由を考えようとしなかった。
そして、気づいていなかった。
丘の上の少年の家も消えていることに。
その夜、森の奥では、何かが静かに理解していた。
「この村では、声は助けを呼ぶ合図にはならない」
5. 静かに始まる夜
その夜、村の外で何かが走る気配がした。
家畜小屋の影が揺れ、窓の外を影がすべる。
風が枝を鳴らすたび、村人たちは胸がどきりとした。
犬たちがずっと吠えていて、うるさい。
やがて、北の方か(ほう)ら短い叫び声が上がった。
続いて東、南、西。
四方から、間を置かずに声が響いた。
村人たちは、互いの顔を見た。
「……」
「こんなにあちこちで声が上がるなんて……」
「……あれは、少年じゃない」
外からは、風に混じって低い唸り声が続いていた。
6. 最後の夜
月のない夜、村のあちこちで短い悲鳴が上がった。
それはすぐに途切れ、また別の家から声が上がる。
やがて、村全体が静かになった。
…
数日が過ぎた頃、旅人が村を通りかかった。
そこには家々(いえいえ)の跡があるだけで、人の姿はなかった。
地図を広げると、村の名前ごと消えていた。
まるで、そこが道ではなく森の一部だったかのように。
旅人は首をかしげた。
「ここには、村があったはずなのに」
遠くの森からは、今日も低い吠え声が続いていた。
旅人は青ざめた。
気づいた時には遅かった。
ここが彼らの“安全な場所”だということに。
村人たちは少年の声に耳を塞ぎ、
自分たちに都合のよいことだけを信じていたのかもしれない。
そして誰も知らない。
誰も答えてはくれない。
最初に少年が叫んだあの日、
あれは本当に“嘘”だったのかどうか。
その後、旅人がどこかの村で語った。
しかし、その話を、誰も信じなかったという。
すぐ近くの森の奥から、また低い遠吠えが聞こえた。
次話:2.静寂の寓話:少年の章
2026/2/16(月) 20:00に更新します




