三章 虫食いの日記をスクラップする
スクラップ帳を作ろうと思ったのは、東京に戻って二週間くらいしてからだった。
その日はたまたまシフトが早番で、夜の九時には家にいた。
コールセンターのフロアのざわざわと、クレームの残響が、まだ少し耳の奥に残っていたけれど、いつもみたいにラジオのアーカイブを再生する前に、やることがある気がした。
押し入れの下段から、実家から持ってきた段ボールを引きずり出す。ガムテープを剥がすと、古い紙の匂いがふわっと広がった。
中身は、蔵から持ち帰った虫食いの日記と、父さんが「いるなら持ってけ」と言った古い写真、よくわからない領収書の束。段ボールの中だけ、まだ実家の空気が残っている。
日記は、ところどころ穴があいて、ページの角が黒くなっている。
湿気を吸って波打った紙は、そのままめくるとぽろっとちぎれそうだった。
このまま放っておいたら、たぶん本当に粉になって消える。
そう思った瞬間、「スクラップ帳」という言葉が頭に浮かんだ。
週末、ぼくは文房具屋に行った。
無印っぽい店で、クラフト紙のノートと、写真用のコーナーシール、それからスティックのりを買った。
レジ袋を断って、そのまま抱えて帰る自分が、少しだけ「ちゃんとしたことをしている大人」みたいに見えた。
その夜、ローテーブルの上に道具を並べる。
ノートを開いて、最初のページを指で押さえる。紙は新しくて、ばあちゃんの日記とは正反対に、何も書かれていない。
「どう貼るかな」
誰に聞かせるでもなくつぶやいて、段ボールから日記を一冊取り出す。
表紙には、達筆とは言えないけれど、きっちりした字で名前が書いてある。年号も書いてある。昭和の、ぼくには実感のない数字。
ページを開くと、文字の途中で紙が食われているところがたくさんあった。
──きょうは■■さんが店に来て、■■■■をほめてくれた。
──■■■くて、すこし■■■なった。
虫に食われた部分が、黒い塗りつぶしみたいに見える。
何をほめられたのか。何がうれしかったのか。ほめた人は誰なのか。
肝心なところだけが、すとんと抜けている。
そのまま読むには、穴が多すぎた。
このままページを閉じてしまえば、たぶん二度と開かないだろう。
そう思って、スクラップ帳の一ページ目に、日記の一枚目をそっと重ねてみる。
クラフト紙と、古い紙の色が、意外と馴染んだ。
「……ここからか」
のりのフタを開けて、日記の裏側の端に薄く塗る。
全部べったり貼ると、裏側の文字が読めなくなる気がしたので、上下だけにした。
ノートに乗せて、手のひらで軽く押さえる。紙と紙がくっつく感触は、思っていたより頼りない。
インクの薄い文字と、虫食いの穴が、そのまま一ページとして固定される。
スクラップ帳は、最初の住人を得た。
二枚目、三枚目と貼っていくうちに、字の癖に少しずつ慣れてきた。
若いころのばあちゃんは、びっくりするくらい普通のことを書いていた。
──朝、ねぼうした。母にしかられた。
──店の前を掃いていたら、猫がとおった。
──写真館の子どもが、またフィルムをさわっていた。こわい。
「写真館」という言葉で、初めて少し今とつながる感じがした。
じいちゃんがカメラ好きで、家にはフィルムやレンズがたくさんあった。
父さんもスマホのカメラしか使わないくせに、フィルムの話になると急にうるさくなる。
その源流が、たぶんこの日記の「写真館」のあたりにあるのだと思うと、虫食いの穴の向こう側に、見えない何かがいる気がした。
「写真館で働いてたんだな」
声に出してみる。
返事は、もちろんない。
貼りながら、気になる行だけ、スクラップ帳の端に鉛筆でメモしていく。
「写真館でバイト? 正社員?」
「父さんの実家=写真屋?」
「佐伯さん=お客さん? 近所?」
佐伯さん、という名前は、日記のあちこちに出てきた。
──きょうも佐伯さんが、通りの角で会釈してくれた。
──佐伯さんの話は、母はあまり好きでない。
──写真を撮るときの顔が、すこしこわい。
微妙に距離のある人、という感じがする。
家族がよく知っている近所の人で、でも、家族にはあまり歓迎されていない。
彼の存在だけは、虫食いの穴にも負けずに、何度も紙の上に浮かんでいた。
日記は、あるページで紙質が変わった。
少しだけ白くなって、インクの乗り方も違う。
そこに、例のフィルムの話が出てきた。
──じいさんに、なにかあげたくて、■■■■でフィルムを買った。
──露店の人が、「珍しいやつだ」と言っていた。
──どのカメラにも入らないかもしれないと言われて、すこし不安になった。
──でも、「あなたになら使いこなせる」と笑っていた。
虫食いはあるけれど、大事な単語は残っていた。
じいちゃんにあげるために、露店でフィルムを買った。
珍しいやつ。
どのカメラにも入らないかもしれない。
「あなたになら使いこなせる」。
ぼくが蔵で見つけた〈もしも〉の缶と、ここでつながる。
その行をスクラップ帳に貼りつけてから、ぼくは少しだけ手を止めた。
脳内で、ばあちゃんの若いころの姿を勝手に作り始める。
写真館で働いて、カメラやフィルムの話を覚えて、露店で珍しいフィルムを見つけて、
「これをじいさんに渡したら、どんな顔をするかな」と想像している人。
「じいさん」という呼び方のせいで、ちょっと距離があるようにも感じる。
それでも、そのフィルムの行だけ、ペンの力が少し強くなっている気がした。
──これは、あとで使う。
その一文だけ、虫に食われないで残っていた。
「あとで」が、どのくらい「あと」を指しているのかは、書かれていない。
スクラップを進めていくと、日記の時間はゆっくり進む。
家族の愚痴。
仕事の疲れ。
たまに、佐伯さんの話。
──佐伯さんは、町内会の集まりで、いつも一番さいごまで残っている。
──写真を撮るとき、息を止める癖がある。
──あの人は、遠くを見ているようで、近くを見ている。
「遠くを見ているようで、近くを見ている」という言い方が、妙に引っかかった。
地元でたまに顔を合わせる、近所の佐伯さんのおじいさんを思い出す。
庭の掃除をしている背中。
父さんと立ち話をするときの、ゆっくりした声。
どこからが「同一人物」で、どこからが「別人」なのか、はっきり線は引けない。
でも、日記の佐伯さんと、今の佐伯さんの間に、一本線を引いておきたくなって、スクラップ帳の端にまた鉛筆で書き込む。
「佐伯さん=今の佐伯さん? ばあちゃんの初恋?」
「?」を二つつけておく。
決めつけるには、情報が足りない。
ページをめくっていくうちに、虫食いがひどくなる。
湿気の多い年だったのか、日記を書かなくなった時期なのか、紙の色が急に暗くなって、インクも薄くなっている。
そのあたりのページは、貼ろうかどうしようか少し迷った。
──もしも、■■■■■■■■■■■■■■■。
一行丸ごと、ほとんど読めない。
かろうじて、「もしも」という最初の二文字だけが残っている。
「もしも」
鉛筆の芯でなぞってみる。紙が負けて破れそうになるので、あわてて手を引っ込める。
ここが、ばあちゃんが「もしも」という言葉を初めて日記に書いたページかもしれない。
そこから先の文章は、虫の食事の跡みたいな穴だらけだ。
──もしも、□ □ □
□で埋めたところに、何が入っていたのか、あまりにも想像の余地がありすぎて、頭が空回りした。
佐伯さんのことかもしれない。
じいちゃんのことかもしれない。
写真館のことかもしれない。
まったく関係ない、雨の日の洗濯物の話かもしれない。
どれだとしても、もう当人に確認することはできない。
「ここ、ちゃんと読ませてほしかったな」
ぼくはスクラップ帳の、虫食いの真上の余白に、そう書いた。
日付が進むにつれて、日記には「結婚」という単語が出てくる。
相手の名前は、虫食いとぼかしに挟まれていて、はっきりとは読めない。
──■■さんと、■■■■をすることにした。
そのあとに続く行は、比較的しっかり残っていた。
──すぐに答えを出さなくてもいい、と言ってくれた。
──でも、いつまでも「もしも」を考えていたら、どこにも行けない気がする。
──今の毎日を、なくしたくない。
その三行だけ、インクの色が少し濃い。
たぶん、ここでばあちゃんは、何かを選んだ。
誰かと一緒に生きることを選んで、その結果として、父さんが生まれて、ぼくがいる。
「今の毎日を、なくしたくない」
その文を、もう一回だけ頭の中で読んでから、ぼくは慎重にそのページを剥がして、スクラップ帳に貼った。
この三行だけは、落としたくないと思った。
作業を続けているうちに、部屋の時計の針が十一時を回っていた。
ラジオのリアルタイム放送が始まる時間だ。
ノートパソコンから、番組のジングルが流れ出す。
パーソナリティの声が、「今日も一日お疲れさまでした」と言う。
ぼくはスピーカーの音量を少し絞って、スクラップの続きをする。
ラジオの声は、もともと生活音の一部だから、消す必要はない。
一冊目の日記を貼り終えて、二冊目に手を伸ばす。
そのとき、スマホがテーブルの端で小さく震えた。
画面を確認すると、仕事のチャットアプリからのメンションだった。
「明日のシフト、入れる人いますか?」というメッセージ。
既読が何個か並んでいて、誰も「入れません」とは書いていない。
ぼくは、スマホを伏せた。
「見なかったこと」にすると、あとで自分にしっぺ返しが来るのは知っている。
それでも、いまこの瞬間は、ラジオとスクラップ帳を優先したいと思った。
「ごめん、明日考える」
誰にともなく言って、日記の束を手元に引き寄せる。
端のほうに、小さな封筒が挟まっているのに気づいた。
茶色い小さな封筒。糊付けはされていなくて、口が少し開いている。
中から出てきたのは、切り抜かれた新聞の一部と、小さなメモ紙だった。
新聞には、フィルムメーカーの広告が載っていた。
「新しい規格のフィルム、近日発売」とだけ書いてある。その横に、見慣れないロゴマーク。
メモ紙には、ばあちゃんの字で、短く一行。
──これとは違うけど、あの露店のフィルムも、「新しい」と言われた。
その下に、別のペンで砂消しを使ったみたいな跡が残っている。
何かを書いて、消したあと。
うっすらと、「すこし怖い」と読めなくもない。
「怖い?」
口に出すと、自分の声が少し響いた。
レアなフィルムを、「怖い」と感じるほど、何かがあったのか。
それともただ、「使い方がわからないもの」への漠然とした不安だったのか。
新聞の切り抜きも、メモも、スクラップ帳の後ろのほうにまとめて貼っておくことにした。
フィルムに関するものは、ひと目でわかる場所に集めておきたかった。
作業が一区切りついたところで、ぼくはペンを持ち替えた。
スクラップ帳の一番最初のページに戻って、表紙の裏にタイトルを書く。
「ばあちゃんの “もしも” スクラップ」
ペン先が少し震いそうになるのを、ゆっくりした字でごまかす。
「もしも」という言葉を、こうやって自分の生活の中に固定してしまっていいのか、少し迷った。
でも、日記を読んでいる限り、「もしも」はばあちゃんにとって、ずっとそばにあった言葉だったのだと思う。
佐伯さんのことか、じいちゃんのことか、仕事のことか、わからないけれど、何かを選ぶたびに、「もしも」が横に立っていた。
「ばあちゃんが見た“もしも”と、ぼくの“これから”」
頭の中で、勝手に副題みたいなものが浮かんだ。
声に出すと少し気恥ずかしくて、それは書かなかったけれど、どこかにメモしておきたくて、スマホのメモ帳アプリを開いて短く打ち込んだ。
ラジオからは、リスナーのメッセージが読み上げられていた。
「親の世代の恋愛や結婚の話を聞くと、自分とは別世界のことのように思えてしまいます。
でも、その選択の延長線上に、自分がいると思うと、不思議な気持ちになります」
パーソナリティが少し笑ってから、真面目なトーンで返す。
「そうなんですよね。
“自分が生まれる前の選択”って、どうやっても当事者にはなれないんだけど、
でも、その選択がなかったら、今ここでラジオを聞いてる“あなた”もいなかったかもしれない、っていう」
スクラップ帳の上に置いた自分の手を見下ろす。
指先にインクの跡と、のりの感触が残っている。
ぼくは、ばあちゃんの選んだ相手の名前を、虫食い越しにしか知らない。
じいちゃんの若いころの顔も、写真越しにしか知らない。
その二人が、どんな「もしも」を見て、何を選んだのかもわからない。
それでも、その選択の結果として、父さんが生まれて、父さんのどこかで誰かと出会い損ねて、別の誰かと結婚して、ぼくがいる。
「べつに、すごい家系とかじゃないけどな」
ぼそっと言うと、ラジオの向こうの人が、「でもそれでいいんですよ」と返した気がした。
テーブルの端に、中学の卒業アルバムが置いてある。
実家から持ち帰った荷物の中に、なぜか紛れ込んでいたものだ。
ふと思い立って、それを手に取る。
クラス写真のページを開く。
いくつかの顔にモザイクみたいな記憶の穴があいているけれど、隣の席の子や、前の席でやたら姿勢の良かった男子の顔は、ちゃんとわかる。
後列の右端のほうに、真咲ちゃんが写っていた。
髪は今より少し短くて、前髪もぱっつん気味で、笑い方も今より少しぎこちない。
でも、目の形や、口元の角度は、画面の中のアイコンと変わらない。
ぼくは、アルバムのそのページを見開きのまま、スクラップ帳の横に置いた。
ばあちゃんの虫食いの日記。
スクラップ帳の「もしも」。
中学のころの真咲ちゃんの写真。
東京のこの部屋の空気の中で、全部が同じテーブルの上に並んでいるのが、不思議だった。
「写真の中の人ばっかだな」
声に出すと、少し笑いが混じった。
ばあちゃんも、じいちゃんも、佐伯さんも、中学のクラスメイトも。
ぼくの「過去」は、だいたい紙か画面の中にしかいない。
それでも、真咲ちゃんは、今はスマホの中にいる。
タイムラインのどこかに「寒い」と打ち込んでいる。
その文字に、いつか「寒いね」と返す日が来るのかどうか、自分でもわからない。
スクラップ帳の表紙を閉じる。
クラフト紙の手触りが、少しだけ心強く感じられた。
ばあちゃんの「もしも」は、ここに貼り付けた。
ぼくの「これから」は、まだ白紙のまま、どこか別のノートのページを待っている。
ラジオの音量を少し上げる。
パーソナリティが、深夜にしては明るい声で、「ここからは音楽のコーナーです」と言った。
ぼくは、テーブルの上のスクラップ帳とアルバムを片付けて、布団の上にごろんと寝転がる。
天井を見上げると、実家の部屋とは違う、安っぽい白い天井がそこにある。
「選ぶのは、ぼくか」
ばあちゃんの日記の一文を、少しだけ自分のものとして口にしてみる。
まだ違和感はある。でも、まったくの他人事という感じもしなくなっていた。
スマホの画面を一瞬だけつけて、真咲ちゃんのアイコンが、フォローする前から変わらずそこにあるのを確認する。
何もしないまま、画面を消す。
今日は、ばあちゃんの「もしも」の整理で手一杯だ。
真咲ちゃんとの「これから」を動かすのは、もう少しだけあとにしよう。
そんなふうに自分に言い訳しながら、ぼくは目を閉じた。
ラジオの向こうで流れ始めた曲が、ばあちゃんの知らない時代の、ぼくたちの音楽だった。




