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告白は3度まで

作者: 十六夜

 魔法学園アルト・ルーメ

 全寮制で全国的にもトップクラスの成績の生徒が集まる学校。

 

 15歳の4月から始まる3年間。

 この学園には、一風変わった校則がある。


「在学中の告白は、3回まで」


 一つ、学生の本分は勉強にあるため。

 一つ、恋愛感情が暴走して魔力が乱れるのを防ぐため。

 一つ、軽々《けいけい》に告白することを禁じるため。


 生徒は告白を希望する場合、あらかじめ学園に申告書を提出しなければならない。

 その届出は掲示板に張り出され全校生徒の知ることになる。


 届出のなかった交際、学園内外でも、2人が親密に歩いていると交際しているとみなされ、両者告白1回となる。

 どうやって交際しているのが分かるかは、生徒には知らされていない。

 学園の使い魔があらゆるところにいるとか、先生が魔力の変化を見ているとの噂だった。


 そして、3度目の告白を行い、結ばれなかった生徒は、魔法の使用を制限されるという。

 そのため、在学中の魔法実技の試験は低い点になる。


 だが、そんな制度は、ユイ・レグリースにとって関係のない話だった。

 いつも厚いメガネをかけていて、地味で目立たず、話す友達もいない。

 授業中は黙々とノートを取り、休み時間は一人で図書室か温室にいる。

 誰とも関わらず、何も求められず、静かに過ごせればそれでよかった。


 そんなユイの前に、彼は現れた。


 リク・トウジョウ。


 目立つ生徒だった。

 明るくて、まっすぐで、友人も多い。

 少しお調子ものだが、授業は真面目に受けていて成績もいい。

 彼女とは正反対のような人。

 

 ◇


 学食の片隅、窓際の席。

 春の光が差し込む中、リク・トウジョウは、サーモンをよそ見しながらつついていた。


「なあナオ、そろそろ……出そうと思ってる」


「……え? 何を?」


 親友のナオ・ムータイはパンをかじりながら眉をひそめた。


「例のやつだよ。告白申請書」


 ナオの噛んでいたパンが止まる。


「マジかよ。もう初申請?」


「ああ」


「早くね!? まだ始まって2ヶ月だぜ。大体1回目は1年生の終わりぐらいが多いらしいぞ」


「そうみたいだな」


 ナオはパンを皿に置いて、リクをじっと見た。


「……で、誰?」


 リクは、ほんの少しだけ照れくさそうに笑って、小声で答えた。


「……ユイ・レグリース」


「……はああああああ!?地味眼鏡のユイ!?」


「しっ、声デカいって!」


「いやいやいや! お前、今まで彼女と喋った? なんなら彼女、俺の記憶には自己紹介の1回しか出てこないんだけど!?」


「それはお前が興味ないだけ。俺は見てた」


「どこを!?地味な女子のどこに惚れたんだよ」


「……字、綺麗だったんだよな」


「……字?」


「すげえ丁寧で、綺麗で、読んでて気持ちよくなるくらい。もちろん顔もタイプだ」


「お前……変な性癖に目覚めてない? あの眼鏡の下は分からないだろ」


「ちげーよ! それに彼女はまるで今が1番大事と思えるほど、全てにおいて丁寧なんだよ」


 ナオがため息をつく。


「で? それ、いつ言うんだよ」


「……明日の放課後、花壇の前で」


「古典的だなあ。成功する気、ある?」


「ない」


「だよなー。喋ったこともない相手だもんな」


「でも伝えるだけでいいんだ。返事がどうとか……そのあとで考える」


「……お前さあ、そういうとこだけ、めっちゃ本気出すよな」


 ナオは呆れたように笑って、ジュースを一口飲んだ。


「ま、いいよ。1回目だろ? まだあと2回残ってるし」


「――全部使うつもりだよ」


「……は? 普通ダメだったら他の人に行くだろ!」


「たぶん全部、ユイに使う。1回目も、2回目も、3回目も。それでダメなら……」


 そう言ってリクは、少し困ったように笑った。



 その次の日、彼の名前が学園の掲示板に貼り出された。


 告白申請 第3号 申請者:リク・トウジョウ 告白対象:ユイ・レグリース


 花壇の前。

 花壇には小さな蕾がいくつかついている。

 暖かくなってきた風が舞う放課後。

 ユイ・レグリースは、リク・トウジョウからの突然の告白に、一瞬だけ言葉を失った。


「俺、ユイのこと、前から気になってたんだ。俺と付き合って下さい」


 ――視るか、視ないか。


「ごめんなさい。私、そういうの、よくわからなくて……。あなたのこともよく知らない」


「これから知っていけばいいと思うんだけど」


「……ごめんなさい」


 消えいるような声でそう言って、ユイは走り去った。


 足音が、自分のものとは思えないほど大きく響く。

 花壇から校舎の影へと走り、誰にも見られない場所までたどり着いたユイは、ようやく足を止めた。


 呼吸がうまく整わない。

 胸が、苦しい。


 よく知らないのは本当だった。

 だけど気づいていた。

 彼がときどきこちらを見ていることも、ノートの文字に目を留めていたことも。

 


 秋の文化祭を目前に控えた放課後。

 校舎裏の花壇では、ユイが一人、育成中の薬草に魔力水を注いでいた。

 視線を感じて振り返ると、そこには、前回とまったく同じ笑顔の――リクがいた。


「久しぶり。……また、申請したよ」


 ああ、やっぱり。

 予感はしていた。


 1回目の告白からリクが気になって、目で追ってしまっていた。

 リクはとても眩しくて、気持ちのいい人だった。

 時々ユイが見ているとリクと目が合って慌てて逸らすのだった。


「ユイ、俺、やっぱり君のことが好きなんだ」


 前回告白されて、その時はよく分からないと断った。

 それでも彼は変わらない。

 まっすぐで、愚直で、ずっとこっちを見ていた。


 ──視たい


 ユイは、眼鏡の奥でそっと左目を閉じた。


 ──教室、爆裂する魔導実験装置。

 ── 血に染まる制服。

 ──病院のベッドで力なく笑うリク。


 ユイの手が小さく震えた。


 今度は左目を開けて、右目を閉じる。


 ──静かな教室。

 ──魔法実技の時間。リクの集中している顔。

 ──用紙の隅に「特優」の文字。教師の驚く顔。


 ユイは両目でリクをまっすぐに見た。


「……ごめんなさい、リク君」


 リクは驚いたように目を見開いて、それから、笑った。


「そっか。……でも、ありがとう。ちゃんと返事してくれて」


 ユイは頷いた。

 本当は、少しリクのことが気になっていた。

 自分にはないものを持っている素敵な人。

 でも、これは正しい選択なのだと、自分に言い聞かせた。


 次の日の魔法実技でリクは教師が驚くような結果を出し、特優をもらったのをユイは眩しそうに見つめていた。



 ──双分岐選択視未来眼アストレア・デュアリス

 ユイの魔眼。


 初めて未来が視えた時は5歳の時だった。

 その時は両目で見ていたので、沢山の情報で酷い頭痛になり失神してしまった。


 その後、自分の亡くなった祖母がその魔眼を持っていたことを知らされた。

 何か選択的な質問をされると、相手との未来が断片的に視えてしまう。

 それは、誰かを傷つける未来だったり、自分が泣いている未来だったり。


 右目で見るとイエスの未来。

 左目で見るとノーの未来が見える。

 

 それを知ってから、ユイは誰とも近づかないと決めた。

 人と関わるのが怖くなった。

 視えてしまうから。


 だから彼女は、“未来視”を封じるために、厚手の魔力遮断眼鏡をかけていた。

 視線を曖昧にし、感情の揺れを遠ざけるために。



 1年生の最後の日。

 ユイ・レグリースは、いつものように花壇の手入れをしていた。

 けれど、その指先には落ち着きがなかった。

 

(また、申請が出された。……3回目)


 それは、何度見ても現実だった。

 掲示板に張り出された彼の名前と、自分の名前。


 2度目は、少し彼が気になって視てしまった。

 そして、結局、彼の手は取れなかった。


 2回断っても彼は笑っていた。

 私を責めることもなく、ただ純粋に、「好き」という想いを伝えてきた。

 その事を思い出すたびに、ユイの胸は痛んだ。


 (好きになってしまった)

 誰にも話していない秘密が、胸の中で膨らんでいた。


 花壇の前。

 冬の風は厳しく、ユイの中にも嵐が吹いていた。


「……ユイ、俺、3回目の申請、出したよ」


 リクの声は変わらない。あの日からずっと。

 でもユイは、自分の声が震えているのを自覚していた。


「ユイ、俺と付き合ってほしい」


 ユイはそっと、左目を閉じた。


 ──暗闇。

 ──リクが何か叫んでいる。

 ──リクの首から血が吹き出した。

 ──消える目の光。


 あまりにもはっきりとした、惨たらしい死だった。


 ユイは恐怖で膝を折りそうになりながら、左目を開けた。


 ──魔法技術の時間。

 ──彼の顔が苦笑いで沈んでいる。

 ──魔法がうまく使えない。

 ──成績は最下位。


 ユイの眼鏡の間から沢山の涙が流れていた。

 

 神様、こんなのどっちも選べない……。

 それでも……。


「ごめんなさい、リク君……」


 声が震える。


 リクは、それでも笑った。


「そっか。……うん、ありがとう。聞けてよかった」


 リクが去ったあと、ユイはひとり、温室に閉じこもった。

 泣いた。

 壊れるくらいに、泣いた。

 枯れるほど、泣いた。


 そして2年生、3年生ではユイとリクは別のクラスになった。



 陽の光が降り注ぐ講堂。

 卒業式は粛々と進み、形式どおりの祝辞、拍手、合唱――そして閉会。


 卒業証書を胸に抱えて、ユイは一人、校舎裏の花壇へ向かった。

 もう何も植えられていない土の前に、彼はいた。


 リク・トウジョウ。

 そして――今でも、彼女の心に唯一灯る人。


「リク君、卒業おめでとう」


「ユイもおめでとう。俺は成績最下位だけどね。

 ここ、……なんとなく最後に来たくて」


「私も同じこと、考えてた」


 ユイは少し笑って、それから、口を閉ざした。

 言うべきか、言わずに終えるべきか――ずっと悩んでいた。


 でも今日を逃したら、もう二度と言えない気がした。


「……リク君、あのね」


「ん?」


「私……未来が視えたの」


「…………え?」


 風が止まった。

 時間さえ止まったように、彼が瞬きを忘れていた。


 ユイは、静かに眼鏡を外す。


「私の目、《アストレア・デュアリス》って言うの。

 選択的な質問をされると、その“先”の未来が視えるの。

 受け入れたらどうなるか。

 断ったら、どうなるか」


「……それで、断った……?」


「うん。2回だけど。最初はあなたの事全然知らなかったから。2回目はイエスだとあなたが怪我をする未来、3回目は……あなたの死ぬ未来が見えたから」


 リクはゆっくりと、呼吸を整えるように言葉を探していた。


「そうだったんだ……」


 リクが大きく頷いた。


「でも、3回目を断ったあと……」


 ユイは、瞳を伏せる。


「私、泣いて、泣いて……、魔眼が壊れたみたい。先の未来が、何も視えなくなった」


 リクは、言葉を失っていた。


「それって、俺がユイの未来視を壊したのか?」


「違う! 私は嬉しかった。未来なんて視れないほうがいい。

 私はリク君が好きだった」


「だった?」


「3回も告白を断って、成績も最下位にしてしまったのに今更……」

 

 ユイは目に涙を溜めていた。


「俺は、その人の書いた文字から性格や感情を読み取れる魔法が使えるんだ。地味な魔法だろ。とても活躍できる魔法じゃない。でも、そのおかげでユイのことが知れた。ユイの字は怖がっていて、優しくて、真面目で、何か秘密を抱えていて、それを誰にも見せずに耐えてる……そんなふうに、感じた」


 リクの声は、真っ直ぐで、あたたかかった。

 誇らしげでもなく、卑下するでもなく、ただ事実として“見てきたこと”を伝える声だった。


 ユイは、胸がいっぱいだった。

 視線が揺れて、息が詰まり、涙が止まらなかった。

 魔眼も魔法も関係なく、彼は、ちゃんと“見てくれていた”のだ。


「ユイは俺の『未来』を見ていて、俺はユイの『今』しか見てなかったのか。

 ユイ。俺はお前が好きだ。付き合ってほしい」


 涙が、頬を伝って落ちた。

 それでも、ユイは目を逸らさなかった。

 やっと、やっとこの瞬間に辿り着いたのだ。

 “未来”に怯えて、何も始められなかった自分に、彼が「今」をくれた。


「リク君。私、選択的未来視ができなくなったけど、数秒後の未来が視えるようになったの」


 そう言うとユイは顔を真っ赤にして、唇に手を当てていた。

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