第4章〜悪魔が来たりて口笛を吹く〜⑩
生徒会長から提案されたと言うこともあり、学院に保管されている女子生徒用のブレザーとシャツを借りて、着替え終わった仁美を彼女の自宅に送っていくと、時刻は午後八時になろうとしていた。
駅から、彼女の自宅までの間のこと――――――。
ショッキングな出来事があったためか、口数の少ない仁美を気遣いつつ、針太朗は、週の前半に彼女から依頼されていた件について、切り出した。
「真中さん、今日は大変なことがあって、気持ちの整理がつかないかもだけど……演劇部のお芝居について、ボクなりに考えて、伝えたいことがあるから、気分が落ち着いたら、いつでも、連絡してくれないかな?」
すると、これまでうつむきがちだった隣のクラスの女子生徒は、少し明るい表情になる。
「ホントに? じゃあ、明日でも大丈夫?」
「う……うん、ボクは大丈夫だけど、真中さんは平気なの?」
「うん! 私は大丈夫! シンちゃんが考えていること、早く聞きたいなって思うもん!」
表情に明るさが戻り、いつもよりも少し砕けた口調で語る仁美を微笑ましく感じながら、「わかった」と、うなずいた針太朗は、自宅に着いた彼女を見送ると、翌日に話すことを頭の中で整理し始めた。
◆
学院の屋上で発生したトラブルの翌日の午後、針太朗と仁美は、一週間前に生徒会長の奈緒とともに入店したカフェに集まっていた。
テーブルに案内されて席に着き、注文を終えると、どちらからともなく、
「「ゴメンナサイ!」」
と、双方が相手に向かって頭を下げた。
そして、お互いがお互いの反応を確認し、ふたたび、
「「えっ!?」」
と、同時に声をあげる。
「ゴメンナサイ! って、どうしてシンちゃんが謝るの?」
「いや……真中さんこそ……ボクは、キミに助けてもらったってこともあるし、ボクが、ちゃんと安心院先生たちに相談していれば、昨日のようなことにはなってなかったから……」
「それは……! 私が、自分のことをキチンとシンちゃんに話していなかったからだし……」
お互いに自らの非を相手に告げることで、自分の中にある罪悪感と向き合おうと考えていたようだが、二人とも相手が自分と同じことを考えているとは思っていなかったようだ。
しかし、このままお互いが謝罪の言葉を続けるだけでは、話しが一向に進まないだろう、と考えた針太朗は、目の前の相手に提案する。
「じゃあ、真中さんの考えてることを聞かせてくれない?」
彼の言葉にうなずいた仁美は、言葉を選ぶように切り出した。
「私が最初にシンちゃんに謝らないといけないと思ってるのは、自分がリリムと人間のハーフだってことを黙っていたこと……幽子先生にも相談していたんだけど……結局、シンちゃんに嫌われるのが怖くて、言い出せなかった……私が、キチンと話していれば、シンちゃんが危ない目に遭うこともなかったのに……」
「それは……もしかして、ボクらが幼稚園に通っていた頃のことと関係ある?」
仁美の言葉に、針太朗が質問を返すと、彼女は、コクリと首を縦に振った。
「そっか……幼稚園の時のことは、細かく思い出せないことも多いんだけど……たしか、あの事故のあと、アイちゃんは、園に来なくなって……」
「うん……私の能力のことが、幼稚園の先生たちに知られたってワケじゃないみたいなんだけど……余計な詮索をされる前に転園しようって、ウチの両親が決めたみたい」
もしかして、彼女は、その当時のことを含めて、自分に後ろめたさを感じているのだろうか――――――?
そう考えた針太朗は、仁美の気持ちを案じながら語りかける。
「でも、ボクは、アイちゃんのおかげで、二度も命に関わる危険な場面を助けてもらったんだ。だから、命の恩人のキミにどれだけお礼を言っても足りないと思ってるけど、謝ってほしいなんて考えたこともないよ」
彼が優しく微笑みながらそう言うと、彼女の表情は少しだけ明るくなったものの、「でも……」と、言葉を続け、まだ納得はできていないようだ。
そんな仁美のようすを観察しながら、針太朗は、彼女の言葉を柔らかく否定するように首を横に振ったあと、口を開く。
「ボクの方こそ、真中さん……ううん、アイちゃんのことを疑ってしまって、二人で話し合う機会を避けてしまった。あんな怪しい封筒に入っていた中身で、アイちゃんのことを色々と考えてしまって……今となれば、昨日の修道服を来た魔族のヒトの仕業なんだろう、って思うんだけど……あのときは、ショックが大きくて、そこまで考えが至らなかったんだ」
後悔の念とともに、自分自身のその時の心境を思い出しながら針太朗が語ると、今度は、仁美が、首を横に振って、彼の言葉を否定しようとする。
「でも、それは仕方がないよ……シンちゃんは、幽子先生からリリムが男性に対して、どんなことをするかを説明されていたんだし……」
しかし、針太朗は、そんな彼女の言動を打ち消すように、
「いや、そうじゃないんだ……ボクが、キミを避けてしまった理由は、他にあるんだ」
と、これまで、ココロの奥に秘めようと考えていた自身の想いを、仁美に打ち明けることにした。




