第3章〜ピンチ・DE・デート〜②
北川希衣子と、二人で出かける場所が決まっただけでなく、クラスの大半のメンバーとともに、国内最大級のアミューズメント施設、ウニバーサル・スタジオ・ジャパンに遊びに行くことが決定してしまった日の放課後、帰宅した針太朗は、陽気なクラスメートたちと接したことによる精神的疲労を感じながらも、自室で演劇部から手渡された台本の束に向き合っていた。
演劇部から台本のコピーを受け取り、下校時に脚本を担当した真中仁美との会話から、指摘をする際の手掛かりを探ろうとしていた彼は、前日の帰宅後に、早速、台本を読み込む作業に入ったのだった。
彼女たち演劇部の新作『わたしの貴公子さま』のあらすじは、
「SNSで同世代の女子から絶大な支持を誇るインフルエンサーの桂木綾が、ある日のライブ配信中に、恋人の尾浜遥の浮気現場に遭遇し、そのまま別れを告げられるという屈辱を受けてしまう。自分の名誉回復のため、『どんなにダサい生徒でも、イケメン男子に育てることができる!』と豪語した綾は、友人との賭けに乗って、クラスの冴えない男子・潮江珠太郎を学園祭の人気投票トップに変身させるべく奮闘する」
という内容だった。
主人公である少し鼻持ちならない性格のインフルエンサー女子が、交際相手にフラレた上にその場面が配信され、企業案件を持ち込むスポンサーから契約解除を告げられる。その後、名誉挽回を期して自らのプロデュース能力を頼りに、さえない男子生徒を誰もが憧れる一念発起する『貴公子さま』に育て上げようとするプロット自体は、たしかに、興味を惹かれるのだが……。
脚本を担当したという仁美が心配しているように、男性側の視点からすると、モテることや他者との関わりに興味を持たない陰キャラの男子生徒が、異性のアドバイスに従って、容姿やファッションセンスを磨こうとすることに対して、モチベーションを保てるのか、という疑問が湧いてくる。
もちろん、容姿やファッションセンスを磨くことに興味を持っている、という男子生徒がいてもおかしくはないのだが、現状のままで、プロデュースされる側の潮江珠太郎というキャラクターが、大勢の男性から共感を得られるか、という点で考えると、大いに疑問符がつく、と針太朗は感じていた。
彼は、前日に台本を読み込んだ際に感じ取ったシナリオの弱点をあらためて確認する。
(この内容だと、主人公の綾にプロデュースされる珠太郎が、彼女の接近を許すに相応しい理由が必要だよな〜)
自分自身を含めて、クラスのモブキャラおよび中心円から離れた場所に立ち位置を持つ男子生徒は、いきなり、クラスの中心的位置に存在する女子から、いきなり距離を縮められたりしたら、警戒心を抱かずにはいられないだろう。
説明するまでもないが、入学した直後に複数の女子生徒(おまけに、そのうちの一人は、自分のクラスの中心的存在である北川希衣子だ)に言い寄られて困惑している針太朗だからこそ、演劇部から手渡された脚本の中の登場人物である潮江珠太郎というキャラクターに共感するところが大きかった。
(ボクたちみたいなモブキャラが、イケてる女子のアドバイスをすんなり受けいれる理由って……あっ、そう言えば、珠太郎は変わり者の友人と一緒に映画研究部に所属してるんだっけ?)
そう考えた針太朗は、あらためて、脚本を読み返す。
シナリオを何度も読み込むことで、登場人物たちのセリフや行動から少しずつ、キャラクターの背景や言動の理由が感じ取れるようになってきた。
(マイナーな部活に所属している生徒なら、自分たちの活動の協力者を求めるハズだ! それなら、珠太郎から、主人公の綾に交換条件を付けるということにすれば……)
自分の中に降りてきた、冴えたアイデアの尻尾をつかみかけている、という手応えが感じられる。
(珠太郎たちの窮地を救うという設定を付け加えれば、より観客からの共感を得られるんじゃないか……? 彼ら映画研究部が困っていることと言えば、これだ……!!)
つかみかけた、その尻尾をしっかりと握ることができた、という喜びを感じて、針太朗は、
「ヨシッ!」
と両手を叩き、アイデアが形になったことを実感した。
自分の中から湧き上がってきた発想に興奮し、彼は、すぐにでも、真中仁美に連絡を取って、自身の頭から出たがっているアイデアを彼女に聞いてもらいたい、と思った。
ただ――――――。
(このアイデアを話したら、真中さんは、どんな表情をするだろう?)
そう考えると、自分の中で湧いてきた構想を伝え、彼女の反応を、この目で見てみたい、と感じる。
(そのためには、無料通話アプリで伝えるよりも、直接、顔を合わせて会った方が良いよな、絶対に……)
「ねぇ、もし良かったら、二人きりで会って、感想やアドバイスを聞かせてくれない?」
という前日の別れ際の仁美の言葉を思い出しながら、自分の中で、とてつもないアイデアをひらめいたと感じる思春期世代に特有の思い込みに支配された針太朗は、その表情に自然と笑みがこみ上げてくるのを抑えることができなかった。
すると、自室の学習机に向かいながら、クックック……と、一人で肩を揺らす彼の後方で、コンコン――――――と、ドアをノックする音が聞こえる。
彼が振り返ると、鍵を掛けていない自室に入ってきた母親の由美が、
「針太朗、あなた宛に郵便が届いてるわよ」
と言って、定型サイズの封筒を手渡してきた。
(ボク宛に――――――? なんだろう?)
配達される覚えのない郵便物を訝しく感じながら、差出人が書かれていないことを確認した針太朗は、中から取り出した二枚の写真とメモ書きのような紙切れに書かれた文面を見て、
「はぁ? 何だよコレ!?」
と、声を上げずにはいられなかった。




