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第2章〜恋の中にある死角は下心〜⑩

 上級生と同級生、二人の女子生徒から、武道場の入り口付近で、観光客風の外国人女性に目を向けていたことを(とが)められた針太朗(しんたろう)は、針のムシロに座る想いで、すでに飲み干していたコーヒーカップを見つめる。


 その視線に気付いた奈緒(なお)が、そのカップに目をやりながら、カウンターの向こうに声を掛ける。


「済まない! 私としたことが、キミたちがコーヒーを飲み終えていたことに気が付かなかったとは……ナミさん、二人におかわりを頼む」


 店主と知り合いらしい生徒会長の一言に、先に反応したのは、仁美(ひとみ)だった。


「そんな……おかわりをいただくなんて、悪いですよ、会長。それに、私このあと、演劇部の打ち合わせがあるので、学院にいかないといけないので……」


 彼女は、そう答えながら、チラリとテーブルに置いていたスマートフォンの待ち受け画面の時計に目を向ける。


「そうだったのか……今日は、忙しいところに、射会(しゃかい)の観覧に来てもらって、本当にありがとう」


 奈緒(なお)が和やかな表情で応じると、仁美(ひとみ)は、笑顔を向けて、


「いえ……こちらこそ、今日は素敵なモノを見せてもらったと思います。演劇部のみんなにも、今日の会長の雄姿を伝えておきますね」


と返答して、財布に手を伸ばす。

 すると、生徒会長は、下級生を制するように言った。


「いや、今日は、射会(しゃかい)の観覧に来てもらったお礼に、お代は私に支払わせてくれないか?」


「そんな……それは、申し訳ないです」


「いやいや、ココは、私の顔を立てると思って……」


 二人は、そんなやり取りをしたあと、結局、仁美(ひとみ)が折れて、コーヒー代は、奈緒(なお)がまとめて支払うことになったようだ。


「ところで、針本(はりもと)くんは、このあと、予定はないのか?」


 唐突に話しを振られたため、仁美(ひとみ)と一緒に店を出ようか、それとも、もう少し、このまま居ようか考えていた針太朗(しんたろう)は、


「いえ、ボクは、特に予定はありませんけど……」


と、奈緒(なお)の問いかけに素直に返答してしまった。

 その返答はすなわち、仁美(ひとみ)が不在となったあと、喫茶店で、生徒会長と二人の時間を過ごすことを意味する。


 そして、それは、女子との会話に苦手意識を持つ針太朗(しんたろう)にとって、それは、恐ろしくプレッシャーを感じることでもある。


(同じ学年の真中(まなか)さんならともかく、上級生の会長さんと共通の話題なんて……)


 そんな、彼の心のうちをよそに、奈緒(なお)は、心の底から嬉しそうな表情で、針太朗(しんたろう)に確認する。


「それなら、キミには、もう少し付き合ってもらっても構わないかな?」


 彼女の笑顔にほだされたわけではないが、いまさら、すぐに喫茶店を後にしたいとも言えず、彼は、


「はい……ボクで良ければ……」


と、遠慮がちに答える。


 その返答には、奈緒(なお)より先に、仁美(ひとみ)が反応を示した。


針本(はりもと)くん、他の女性に目移りしないよう、東山(ひがしやま)会長に、シッカリとお話ししてもらってね。東山(ひがしやま)会長、針本(はりもと)くんのことをよろしくお願いします」


 まるで、保護者か、実の姉にでもなったような同級生の発言に、針太朗(しんたろう)は反発する。


「ちょっと、ボクを子供あつかいしないでよ!」


 だが、相手は、自身の発言は間違っていないという信念があるのか、澄ました表情で


「あら……? ちゃんと、自分の身を守れないから、そう言われるんでしょ?」


と反論して、アッサリと会話を終わらせる。


 そんな下級生の会話を聞いていた奈緒(なお)は、苦笑しながら、再度カウンターに向かって、


「ナミさん、追加注文は変更だ。彼のおかわりと、キリマンジャロをもう一杯。それと、名物のフレンチトーストをお願いして良いかな?」


と、オーダーを行った。カウンターからは、先ほどと同じ様に、「は〜い」という返事が返ってくる。


「会長、ごちそうさまでした。また、今度お礼をさせてください。それじゃあ、針本(はりもと)くん、また月曜日にね!」


 そう言って、喫茶店をあとにする仁美(ひとみ)を見送ると、ほどなくして、おかわりのコーヒー2杯と珈琲専科ロアロア名物のフレンチトーストが運ばれてきた。

 追加オーダーした品が、テーブルに到着すると、学院では生徒会長を務める東山奈緒(ひがしやまなお)は、満足したような表情でうなずく。


「美味しそうなフレンチトーストですね!」


 国内でポピュラーな食パンを使ったものとは異なり、バゲットを使用したトーストを目にした、針太朗(しんたろう)が、目を輝かせながら言うと、


「キミは、甘いものが好きなんだな」


奈緒(なお)は、さらに嬉しそうに語る。

 そして、彼女は、はにかむような表情で、

 

「これで、今日は私の密かな夢が二つも叶った」


と、小さくつぶやいた。


 その声は、微かなものだったが、針太朗(しんたろう)の耳にも届いたようで、彼は屈託のない表情でたずねる。


「それは、良かったですね! 会長さんの密かな夢って、なんなんですか?」


「聞こえてしまったか……なら、隠しだてしようとしても仕方がないか……。私が密かに願っていたことは、カワイイ後輩男子に、射会(しゃかい)での自分の姿を観てもらうことと、その男子と、こうして、二人きりで喫茶店で語らい合うことだ」


 針太朗(しんたろう)の目は、少しはにかむように語る上級生の表情に釘付けになる。

 そして、彼女は、最後にこう付け加えた。


「キミは、リリムの私が、こんなことを言うと、意外に感じるか?」

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