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第2章〜恋の中にある死角は下心〜⑦

 放たれた矢は、28メートル先の的の中央付近に、見事に突き刺さった。

 

「おぉ〜」


 針太朗(しんたろう)の隣に座る仁美(ひとみ)が、競技の妨げにならないように、微かに声をあげて、小さく拍手をする。

 彼自身も、奈緒(なお)の持つ弓から放たれた矢が的に当たるまでの軌跡を目で追っていたことで、的中の瞬間は、思わず声をあげそうになったのを必死でこらえていた。


 ただ、彼らが初手の的中の余韻に浸る間もなく、競技は進む。


 五人一組のグループの最後の射手(いて)が矢を放つと、奈緒(なお)は、「()がけ」と呼ばれる鹿革製の手袋を(つる)にかける「取掛(とりか)け」の姿勢に入る。


 ふたたび、息を呑むように見つめる針太朗(しんたろう)仁美(ひとみ)が、射手(いて)に集まるなか、奈緒(なお)の手から放たれた矢は、真っ直ぐに的に向かって飛んでいく。


 二度目の的中をその目で確認すると、今度は、仁美(ひとみ)とともに、針太朗(しんたろう)も微かな音で手を叩いた。


 弓から発せられる弦音(つるね)と、矢が的を射抜くか、外れた矢が的の置き場となる安土(あづち)に当たるとき以外は、ほとんど音がないまま、射会(しゃかい)は、淡々と進む。


 最初の二本に続き、三本目と四本目の矢も見事に的中させた大前(おおまえ)射手(いて)は、静かに右足を閉じた。


 さらに、その右足を踏み出して退場口へ向かう奈緒(なお)の動作から、針太朗(しんたろう)にも、彼女が、すべての弓を射終(いお)えたことがわかった。


 退場口の手前、弓の上部にあたる末弭(うらはず)が敷居に届くあたりで、奈緒(なお)は、上座に向かって『(ゆう)』を行う。

 その後、身体の向きを変えた彼女は、最後は右足で敷居をまたいで退場していった。


()ち」と呼ばれるグループの最後の射手(いて)が退場を終えると、針太朗(しんたろう)仁美(ひとみ)は、観覧席をあとにして、武道場の出入り口に向かう。

 武道場前のフロアでは、射会(しゃかい)を終えたばかりの奈緒(なお)汗をぬぐっていた。


東山(ひがしやま)会長、お疲れさまでした! スゴく格好良かったです!」


 周囲の妨げにならないような声量で、仁美(ひとみ)が声を掛けると、生徒会長は、緊張感から解放されたような穏やかな笑みを浮かべて応答する。


「観覧ありがとう。二人の前で、どうにか恥をかかずに済んだようだ」


 やや砕けた調子で語る口調からも、彼女の意識がプレッシャーから解き放たれていることが感じられた。


「四本全部が的に当たるなんてスゴイですね!」


 仁美(ひとみ)に続いて、やや興奮気味に、針太朗(しんたろう)が、射会(しゃかい)の感想を述べると奈緒(なお)は、少しだけ苦笑いの表情で応じる。


「ありがとう、針本(はりもと)くん……感激してくれたのは、私としても嬉しいのだが……ここでは、他の射手(いて)たちの迷惑になる。このあと、時間があれば、初の射会(しゃかい)観戦の感想を聞かせてくれないか? もちろん、真中(まなか)さんの参加も歓迎するぞ」


 このあとの予定まで、まだ時間に余裕があった二人に、その誘いを断る理由はない。

 彼らは、上級生の誘いに応じて、指定された坂瀬川(さかせがわ)駅前の喫茶店に向かうことにした。


 射会(しゃかい)の終了まで会場に居るという奈緒(なお)より先に、武道場を離れようとする。


 そんな彼らとすれ違うように、肌が白く美しいブロンドをまとったサングラス姿の女性が、武道場のフロアに入ってきた。


「オー! ジャポネノキュウドウジョウハ、ファンタスティックデスネ〜!」


 白のTシャツとジーンズというラフな姿ではあるが、それだけに、本人のスタイルの良さは隠しきれない。


(スゴいスタイルだな……やっぱり、外国のヒトは、色々とスゴい……)


 針太朗(しんたろう)が、無意識でその姿を目で追うと、次の瞬間、彼の左の耳たぶに衝撃が走った!


「イテテテテ!」


 思わず声を上げる彼に、張り付いたような笑顔で、目は笑っていない仁美(ひとみ)が、


「ナ・ニ・を・見・て・る・の・か・な? 針本くん?」


と、耳たぶをつかんだまま、声を掛けてくる。


 武道場の内装に珍しさを感じているのか、スマホのカメラで、パシャパシャと写真を取り続ける女性を視界から外し、仁美(ひとみ)に向き合った針太朗(しんたろう)は、


「い、いや……外国の女の人が、こんな場所に居るなんて、珍しいと思ったから……」


と、必死になって理由を答える。


 そんな騒動をよそに、袴姿のままの奈緒(なお)は、周囲の様子を気にすることなくシャッターを押し続ける女性に近づいて注意する。


「ご婦人、場内では、まだ射手(いて)射会(しゃかい)を行っている最中だ。写真は、少し控えてくれないだろうか?」


「オー! スクーシー! ワタシ、マナー違反デスネ〜。気ヲツケマス!」


 ブロンドの女性は、奈緒(なお)と向き合ったあと、なぜか、針太朗(しんたろう)仁美(ひとみ)に視線を向けてから、スマホをジーンズの後ろのポケットに仕舞う。


「グラッチェ! ご対応に感謝する」


 どうやって相手の言語を判断したのか、針太朗(しんたろう)にはわからなかったが、イタリア語で女性に応答した奈緒(なお)は、今度は、彼らの方に視線を向け、


「キミたちも、お静かに頼むよ」


と、苦笑しながら、やんわりと注意する。


「はい……」

「すみません……」


 身を縮めながら、謝罪する二人の返事にうなずくと、生徒会長は言葉を続ける。


「では、二人とも、ロアロアという店で待っておいてくれ。市役所通りの道沿いにある店だから、すぐにわかると思う」


 奈緒(なお)の言葉にうながされた針太朗(しんたろう)仁美(ひとみ)は、


「わかりました」


と、声を揃えて返事をしてから、武道場をあとにする。


 スポーツセンターまでの来た行きの道のりとは違い、ズンズンと無言で駅までの坂道を歩いていく仁美(ひとみ)に言いようのない気まずさを覚えながら、針太朗(しんたろう)は、喫茶店への道を急いだ。

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