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第2章〜恋の中にある死角は下心〜⑥

 東山奈緒(ひがしやまなお)が参加する弓道の(たち)が行われる当日は、天気にも恵まれた。


 大会が行われる市内のスポーツセンターは、ひばりヶ丘学院の最寄り駅である花屋敷(はなやしき)駅からターミナル駅での乗り換えを経た場所にある。


 スポーツセンターの最寄り駅である坂瀬川(さかせがわ)駅から、徒歩で市役所通りを十五分ほど下ると、川の向こうに、横長の大きな建物が見えてきた。


 このスポーツセンターの武道場で、弓道の射会(しゃかい)(競技大会)が行われるそうだ。


 駅からスポーツセンターに向かう道の途中で、針太朗(しんたろう)は、仁美(ひとみ)に話しかける。


「弓道の試合(しあい)なんて、初めて観るから、緊張するよ……」


「そうだね! でも、私は、会長さんが矢を射る姿も楽しみだし、こうして、針本(はりもと)くんとおでかけすることができて、とっても楽しみ」


 相変わらず屈託のない笑顔で語る隣のクラスの委員長の返答に、彼が、


「そ、そっか……ボクも、真中(まなか)さんと出掛けることができて嬉しいよ。でも、ボクの個人的な問題なのに、わざわざ、付き合ってくれて、ゴメンね」


と応じると、仁美(ひとみ)は、変わらない笑顔で


「大丈夫! 弓道をしている人たちの姿が演劇の参考になるかも、って考えてるから!」


と、返事を返してきた。


真中(まなか)さんにそう言ってもらえると、なんだか嬉しくなってくるな……)


 針太朗(しんたろう)は、隣のクラスの委員長の言動のひとつひとつが、自分の気分の盛り上がりに影響を与えていることに気づく。


(どうして、彼女の一言が、こんなにも気になるんだろう……?)


 ただ、いまだに、異性に恋愛感情を抱いた経験がない彼は、自分の感情の正体が掴めないでいた。


 こうして、真中仁美(まなかひとみ)と出かけられているということを嬉しく感じながら、針太朗(しんたろう)は、スポーツセンターに到着し、入口の案内図を確認してから、武道場に向かう。

 板張りの武道場に足を踏み入れると、会場は、凛とした静けさに包まれていた。


 観戦に誘ってもらった者の礼儀として、針太朗(しんたろう)仁美(ひとみ)は、弓道の観戦マナーについて、事前に調べていた。


 観戦初心者の心がけとして、


・騒がしくしないこと

・スマホやカメラはできるだけ使用を控えること

・観客席で飲食をしないこと


などを事前に確認しあっていた。

 

 弓道は、射手(いて)が集中できる静かな環境が必要な競技ということで、音や光、臭いには注意する必要があるそうだ。

 また、同じ様に射手(いて)の人たちの集中の妨げにならないように華美な色使いの服は、避けておいた。

 そんなわけで、針太朗(しんたろう)仁美(ひとみ)も、今日は、モノトーンで大人しめな色使いの服装を選んでいる。


 針太朗(しんたろう)たちが、武道場で上級生の姿を探していると、先に彼らの姿を見つけた、東山奈緒(ひがしやまなお)が、柔和な笑顔を浮かべて、二人のもとにやってきた。


「やあ、二人とも! 今日は来場ありがとう。観戦が初めてだと気を使うことも多いと思うが、ぜひ、楽しんで行ってくれ!」


 凛々しい袴姿(はかますがた)であいさつを交わした生徒会長は、学院で見るいつもの彼女よりも、さらに輝いて見える。


 ただ、針太朗(しんたろう)は、観戦に誘ってもらったお礼を言ったあと、なにか気の利いたことを言わなければ……と、考えている間に、集合時間が迫っているのか、奈緒(なお)は、競技に備えて、すぐに待機場に去って行く。


 そして、彼が仁美(ひとみ)とともに観戦席に着席すると、程なくして、競技の開始が告げられた。


 射場となる武道場の扉が開くと、五人一組の射手(いて)の先頭に生徒会長の姿があった。


 奈緒(なお)は、組みの中で最初に矢を射る『大前(おおまえ)』を務めるようだ。


 武道場の扉の前に立った彼女は、敷居に対して、両足を揃えて入り口の真ん中に立っている。

 凛とした空気の中、 奈緒(なお)は、左足を大きく踏み出し、敷居を跨いで射場に垂直に入場してきた。

 彼女は、続けて右足も大きめに踏み出し、左足のかかとをこするようにしながら『(ゆう)』と呼ばれる「行射(ぎょうしゃ)に入る前と終わりに行う礼」の対象である国旗に体を向ける。


 さらに続けて、左足を右足に揃えて、ゆっくりと『(ゆう)』を行った。

 

 その後、身体を起こした奈緒(なお)は、左足から的の方向に踏み出し、そのまま数歩進んだところで、右90度に曲がる。

 さらに、的の位置を確認しながら本座まで進んだ彼女は、本座の線に膝頭を揃えて腰を下ろす。


 それは、弓矢という武具を扱う競技ながら、茶道や華道などに通じるような所作(しょさ)の美しさだった。


 東山奈緒(ひがしやまなお)という上級生と知り合ってから、まだ一週間たらずではあるが、針太朗(しんたろう)には、ここまでの動作ひとつひとつが、普段から自信にあふれ、凛とした雰囲気を崩さない彼女という存在を体現しているかのように感じられた。


 張り詰めた空気の中、息を呑むように射場に視線を向けていた仁美(ひとみ)が、


「会長さんの動作、ひとつひとつが綺麗だね……」


と、つぶやくように口にする。


 緊張感から、喉の乾きを覚えながら、針太朗(しんたろう)も、隣に座る女子生徒の言葉に、黙ってうなずいた。


 二人が、固唾をのむように見守るなか、射場の五人が揃って、『(ゆう)』を行うと、観戦初心者の彼らにも、行射(ぎょうしゃ)が迫っていることがわかった。


 『(ゆう)』を終えた奈緒(なお)は、両膝を床につけて、腰を上に引き上げながら伸ばして立ち上がる。


 そのまま矢を射る位置である射位まで、すり足で移動する。

 その場で、跪坐(きざ)と呼ばれる、つま先立ちの正座の体勢で、脇正面に向きを変えて弓を立て、弓の(つる)に矢をあてがって待機する。


 そして、再び起立した最初の射手(いて)は、弓を絞ると、的に向かって矢を射掛けた。

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