第２章〜恋の中にある死角は下心〜③
始業５分前のチャイムが鳴ったことで、乾貴志の
「おっと、そろそろ教室に戻らないと、だね」
という一言にうながされ、男子生徒３名の一行は、人気の少ない踊り場をあとにする。
だが、針太朗には、気がかりなことがあった。
二日前、保健室で目にした映像で、リリムと思われる女子生徒に魂を吸い取られた、自分と同じ学年の男子生徒。
その生徒は、女子生徒に、「ゴメンね、西高くん」と声を掛けられていたハズだ。
さらに、保健医の安心院幽子によれば、
「私は立場上、教室での生徒の様子を知ることができるわけではないし……彼の様子がどう変わったか、クラスメートに聞いてみたらどうだ？」
ということだったが――――――。
彼女の言葉に従い、教室に戻る途中の廊下で、針太朗は、二人のクラスメートにたずねてみる。
「ねぇ、その西高って、男子は、そのあと、どうなったの？」
彼の問いかけに、貴志が即答する。
「どう……って言われても、潔くあきらめたんじゃないの？ あのあと、魂が抜けたみたいに、ボーッとしていることが多くなったって聞いたけど……」
「えっ……魂が抜けたみたいに……？」
生徒各自の事情に詳しいクラスメートの返答を繰り返すようにつぶやき、針太朗は、思わず身震いする。
さらに、良介が重ねて針太朗に提案する。
「気になるなら、ちょっと、西高のクラスを覗いてみるか？ あいつがどんな様子なのか、自分の目で確かめてみたら良いだろう？」
クラスメートのアイデアにうなずいた彼は、西高のクラスに案内してくれるように頼み、１年１組の教室の前を通って、自分たちのクラスに戻ることにした。
針太朗が、良介、貴志とともに、１組の教室に目を向けると、表情に乏しい男子生徒の隣の席から、彼に話しかけている女子生徒の姿が見えた。
そんな二人の様子を見ながら、良介がつぶやく。
「高見ちゃんも健気だね〜」
「隣の席の女子は、高見さんって言うの？」
針太朗がたずねると、良介に代わって、貴志が答える。
「彼女は、中一の頃から、西高と同じクラスだったんだよ。『からかい上手の高見さん』なんて言われてて、いつも、西高をイジったりして、仲が良かっただけどね……」
「あの二人、絶対に付き合ってると思ってたんだけどな〜」
中等部から学院に通うクラスメート２名は、それなりに内部事情に詳しいらしい。
「そんな状況でも、あの西高って男子は、南野さんに告白したってこと？」
声を潜めながら、問いかける針太朗に、再び貴志が答えた。
「いや……曖昧な目撃情報があるだけで、西高が、本当に南野さんに告ったのかは、わからないんだ……なにせ、よほど、ショックだったのか、西高は、『伝説の大樹』で告白したときの記憶が無いらしいんだ。だから、真相は、クスノキ……じゃなく、藪の中だ」
つまらないジョークを交えながらの返答に対して、釈然としないものを感じながらうなずいていると、今度は、良介が声を掛けてくる。
「まあ、西高のことは、そっとしておいてやろうぜ。女子にフラれりゃ、誰だって、ショックだろうし、オレたちが心配しなくても、高見ちゃんが、あいつをケアしてくれるよ」
クラスメートの一言に、
（……だと良いけど――――――）
と思いながらも、針太朗は、
「そうだね」
と、肯定するように応じる。
すると、その返答を聞いた良介が話題を変えようと、続けて、針太朗に問いかける。
「ところでさ、針本。さっき、踊り場で聞きそびれたことを聞いても良いか？」
「ん？ 聞きそびれたことって、なんだい、辰巳？」
「おう、『ウマ娘。』での針本の推しキャラを教えてくれないか？ 針本の好みがわかれば、オレとしてもアドバイスできることがあるかも知れないしな！」
そんな質問に、もう一人のクラスメートに、貴志も便乗する。
「それは、僕も興味があるな！ 今後の針本を巡るヒロインレースの予想を立てる上でも、大いに参考になる」
二人の興味津々な表情に、針太朗は、
（ボクのことも、西高くんと同じように、そっとしておいてくれよ……）
と感じたものの、色々と情報提供をしてくれた彼らに対して、自分自身の情報を提供しないのも悪いか……と、考えて、答えることにした。
「ボクの推しは、メジロドーベルとアドマイヤベガかな……？」
その率直な返答を良介と貴志は、
「ほうほう……」
「ふむふむ……」
と、思案する表情で受け取った。
さらに、貴志は、なにかを考えるように、
「う〜ん……だとすると、針本をデートに誘ったっていう女子は、どれも当てはまらない感じがするなぁ」
と、口にする。
ついで、良介は、友人の言葉を引き継ぐようにつぶやいた。
「たしかに、そうだな〜。オレの知る限り、針本の推しキャラのイメージ、黒髪ロングの清純派に合う女子が居るとすれば……」
そして、彼ら二人は、声を合わせて、断言する。
「「１組の委員長の真中仁美だ！」」
好奇心旺盛なクラスメートの言葉に、針太朗の心臓は跳ね上がる。
その瞬間とほぼ同時に、一人の女子生徒が彼ら三人に声を掛けてきた。
「シンちゃん、どうしたの？ 私のクラスに何か用？」
