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幕間①〜リリムを狩る者たち〜

 人工島のコンテナ・ターミナルに並んだ巨大なガントリークレーンの一機が、比較的サイズの小さなコンテナを丁寧に降ろす。

 異例なことに、地面に下ろされた荷物は、コンテナヤードやトラックに移されることはなく、その場で荷解(にほど)きが行われた。


「ほんとに、アンタが、こいつの受取人なの? アー・ユー・スピーク・ジャパニーズ?」


 荷物を点検を行う係員は、1965年型のハーレーダビッドソンを確認しながら、屈強な男性ばかりの港湾現場と届けられた荷物にはあまりにも似つかわしくない姿の人物に、カタカナ英語で語りかける。


「ええ、間違いなく、これは、わたくしの愛車です。それと、わたくしの母国はイタリアですので、英語はそれほど得意ではありませんの」


 美しいブロンドに、修道女のシスター服という、西洋絵画のモデルにでもなりそうなスタイルの人物は、流暢な日本語で返答する。


「あぁ、そうかい」


 ぞんざいに対応する係員に、シスター服の女性がたずねる。


「受取の確認は、サインでよろしいですか? まだ、印鑑というモノを持っていないもので……」


「あぁ、それでイイよ。あとの移動をそっちでやってくれるんならな」


 相変わらずぶっきらぼうな職員の応対を気にする様子もなく、彼女は、深々とお辞儀をして、


「ありがとうございます。では……」


と、感謝の言葉を述べると、どこからか取り出したサングラスを掛け、そのまま、ハーレーにまたがる。


「おいおい、まさか、そのまま運転(ころが)して行くのか?」


 焦るように問いかける係員の言葉は、耳に入らないのか、シスター服の修道女は、


 ♪ フンフフン フフフフンフン

 ♪ フンフフン フフフフンフン


と、なにかのメロディをハミングしながら、アクセルを吹かし、そのまま、ゆっくりと大型バイクをスタートさせる。


 ♪ Get your motor runnin’

 ♪ Heard out the Highway


 どうやら彼女、シスター・オノケリスが口ずさんでいたのは、ステッペンウルフの代表曲らしい。


 秩序と伝統が重んじられる彼女が所属する組織に、およそ相応しくない楽曲を口ずさみながら、オノケリスは、歌詞のとおり、人工島と対岸の陸地を結ぶハーバー・ハイウェイに乗り、都市高速5号湾岸線に入って、海沿いのハイウェイを東に進む。


 シスター服の修道女がサングラスを掛け、ハーレーダビッドソンを運転する(ころがす)姿は、人目を引き、彼女を追い越していくほぼすべての自動車ドライバーは、バックミラー越しにチラチラと、ライダーと大型バイクを見比べていた。


 南芦宮浜(みなみあしのみやはま)のインターで一般道に降りたオノケリスは、進路を北に取り、工場街から住宅街に入っていく。


 住宅街に入ると、山地と海が近接しているこの地域らしく、すぐに山の手に立つ教会が見えてきた。


 これまた、高級住宅街には、少々似つかわしくない1965年型ハーレーダビッドソンは、速度落とし、ゆっくりと教会の駐車場に停まる。


 大型バイクから、さっそうと降り立ち、サングラスを胸元に挿した彼女は、港湾地区での言動とは一転して、教会の扉をバンッ! と豪快に開き、内部に向かって叫ぶ。


「クソジジイ、今度は、どんな用件だ!?」


「相変わらず騒がしいの、オノケリス……まぁ、良い。話しはこちらで聞いてもらおう」


 老年の域に達していると言ってよい司祭服の男は、シスター・オノケリスにチラリと視線を送ったあと、そう言って、奥の部屋へと消えていく。


「フンッ」


 と、鼻を鳴らしたオノケリスは、ヅカヅカと建物に入り、司祭の後を追う。

 奥の小部屋の簡素な椅子に、ドカッと腰を下ろすと、彼女は、あらためて司祭にたずねる。


「で、今度は、どんな相手なんだ?」


 彼女の遠慮会釈のない態度に、眉ひとつ動かさず、司祭は、何枚かの写真を簡易机に広げた。


「1・2・3・4・5……今度の相手は、5人か……けど、どれも、中学生か高校生のションベン臭いガキンチョじゃねぇか……」


 オノケリスは、鼻で笑うように言い放つ。


「そのうちの2名は、半妖だ……まったく、純潔であらねばならん人類が、妖魔と交じるとは嘆かわしい……」


 司祭の言葉は、かつてのオノケリスなら聞いた途端に相手の喉元に刃物を突きつけるような不躾(ぶしつけ)なものであったが、現在の彼女は、目の前の老境の聖職者が語る言葉が耳に入らなかったかのように聞き流した。


 さらに、


「やれるのか?」


続けざまに問いかける司祭に対し、彼女は首をすくめて、


「愚問だね……どのみち、()るのが、こっちの仕事だし、ガキンチョなんざ、この十倍の数がいても問題ねぇよ」


と、平然と言い返した。


「頼もしい限りだ。では、報酬はいつものとおりに……」


 老境の男が返答すると、オノケリスは、目の前の相手には、もう興味をなくした様子で、


「あぁ……そんじゃ、これから、敵情視察に行ってくるわ……」


と、気だるに言ったあと、相手の返事も待たずに立ち上がり、小部屋をあとにする。


「まったく、この場所は、身体がダルくなっていけねぇ……」


 そんなことをボヤきつつ、部屋を出て行った彼女には目もくれず、司祭は、「チッ」と舌打ちをしたあと、独りごちる。


堕天使風情(だてんしふぜい)が……」


 実際、オノケリスと言う呼称は、彼女自身の名前ではなく、彼女が属する種族の呼び名だ。

 その種族もまた、リリムたちと同様、かの宗教では、『堕天使』と呼ばれる存在であった。

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