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Case.2 連続空き家放火事件 5

 「抜かせ探偵ぇっ!」


 穂村が放った炎が、まるで意思を持つかのように道人へと殺到する。


 「ぐ、っ……」


 一瞬にして道人の全身には、重度の火傷が刻まれた。


 「はははははっ!アンタがどれだけイキったところでなぁ、人間は炎にゃ勝てねぇんだよぉ!」


 勝利を確信して高笑いを上げる穂村。

 だが次の瞬間、炎の中で黒いプラズマが爆ぜた。


 「笑ってる場合か?」

 「何っ!?ぐあっ!」


 炎の中から飛び出してきた道人の拳が、穂村の顔面に突き刺さる。

 全身に火傷を負っていたはずの道人だが、その傷はどこにも見当たらない。


 「火傷が治ってる!?どういうことだ……」

 「さあな」

 「ぐああっ!?」


 動揺する穂村を、道人は容赦なく2発3発と殴りつける。


 「くっ、舐めるなよ探偵ぇっ!」


 激昂した穂村の全身からより高温の火炎が噴出し、穂村自身の肉体も炎そのものへと変化する。

 ザララジアの眷属である炎の司教は、人間に近い姿に見えても、その本質は炎なのだ。


 「焼け焦げろおおおっ!!」


 炎は更に燃え広がり、小山の頂上は今や完全に炎に飲み込まれた。

 古びた神社はとうに形を失い、木々は焼け焦げて炭となり、地面も融解し始めている。


 だがそれほどの業火の只中にいながら、道人は一切の火傷を負っていなかった。

 厳密に言えば火傷を負っていない訳ではない。炎は確かに道人の体を焼いているのだが、それらの熱傷は瞬きの間に跡すら残さず回復しているのだ。


 道人が右腕を振り被り、黒いプラズマを放ちながら炎を殴りつける。


 「ぐああっ!?」


 すると炎の中から、穂村の悲鳴が聞こえてきた。

 道人が炎を殴りつけると、その度に穂村が苦悶の声を上げる。


 30発ほど道人が拳を振り抜いたところで、急速に炎の勢いが弱まり始めた。

 山中に広がっていた炎が弱々しく集束し、ボロボロになった穂村の姿を形作る。


 「探偵……アンタ、何者だ……?」


 掠れた声で穂村が道人に問い掛ける。


 「何で火傷が一瞬で治る……?なんで炎そのものの俺を殴れる……?そもそも俺の炎を見て平然としてる時点でおかしかったんだ……何でアンタは火炎依存症になりやがらねぇ……?」

 「……お前もよく知っているだろ。火炎依存症は、ザララジアやその眷属の炎を視認した『人間』が発症するものだ」

 「じゃあ何か?アンタは人間じゃねぇってのか……」


 はっ、と穂村が自嘲するように笑う。


 「そんなこと、わざわざ聞くまでもねぇよなぁ?人間の火傷は一瞬で治らねぇし、人間は炎を殴れねぇ……あんたも俺と同じ人外だったって訳か……」


 穂村がよろけて膝をつく。


 「なあ探偵……人間じゃないなら、アンタは一体何なんだ……?」

 「言ったところでお前は知らないさ……まあ、冥途の土産ってことで教えてやる」


 道人は瀕死の穂村に近付き、最後の拳を振り上げる。


 「俺は『プロジェノート』。この星で2番目に死神に嫌われた生命体だ」

 「……はっ、確かに聞いたことねぇや……けど死神に嫌われてるんなら、地獄じゃアンタの顔は拝まずに済みそうだな……」


 道人の拳が、穂村の眉間に叩きつけられる。

 ぐらりと揺らいだ穂村の体が崩れ、弱々しい炎へと変化する。

 そして炎は風に吹かれたように大きく揺らめくと、そのまま小さくなって消えていった。


 「ふぅ……」


 道人は肩の力を抜くと、右手を開いて閉じてを何度か繰り返す。


 「随分派手にやりましたね」


 すると道人の背後から、いつの間にかやってきた琴星が声を掛けた。


 「派手にやったのはイグニアス・カルトです、俺じゃありません」

 「ふふっ、そうでしたか。それにしても炎の司教とは、中々の大物が出張ってきたものですね」

 「捕獲して尋問するべきでしたか?」

 「いえ、炎の司教となると意思を持った災害のようなものですから。殺してしまって正解でしょう。炎の司教が殺されたと知れば、イグニアス・カルトも時生市からは手を引くはずです」


 琴星は道人の前までやって来ると、少し背伸びをして道人の頭を撫でた。


 「よく頑張りましたね」

 「……ご存知とは思いますが、俺はもう子供じゃないんですけど」

 「あら。子供でなくても、頑張った人には褒められる権利があるのですよ?」

 「引っ掛かってるのは褒め方なんですが……」


 ごにょごにょと文句を言いつつも、道人は甘んじて琴星に撫でられていた。


 「そうだ所長。訳あって戦闘前に関町を山の下に突き落としたんですが……」

 「ああ。ここに登ってくる前に傷だらけの関町さんを見つけたので、御剣さんに連絡しておきました」

 「ああ、それなら安心ですね」


 御剣というのは琴星と道人の知り合いの医者である。大抵の怪我や病気は御剣に任せておけば何とかなるというのが、琴星と道人の共通認識だった。


 「さて。あれだけ派手に山が燃えたのですから、そろそろ消防や警察が集まってくる頃です。その前に退散しましょうか」

 「ですね。ここにいたら俺達が放火魔にされかねない」


 琴星と道人は遠くにサイレンの音を聞きながら、コソ泥さながらにそそくさと退散した。




 「探偵さん、本当にありがとうございました!」


 後日。再び姫宮最強探偵事務所にやってきた佐久間学は、そう言って琴星に深々と頭を下げた。


 「よかったですね、学さん。お兄さんへの疑いが晴れて」

 「はい、本当に!」


 学は肩の荷が下りたように笑顔を浮かべている。


 「お兄さんの様子はどうですか?」

 「やっぱりあんまり元気が無いです。親しい友達が連続放火事件の犯人だったっていうのは、やっぱりショックだったみたいで……」


 時生市を賑わした計4件の連続空き家放火事件は、表向きはその全てが関町晃行の犯行とされた。

 実際に関町が直接火を放ったのは最後の1件だけで、それ以外の3件の放火は全て穂村の犯行だ。


 だが穂村は既にこの世を去り、死体すら残っていない。そして関町が全ての放火に積極的に関わっていたこともまた事実。

 関町自身が犯行を否定しようにも、関町は重度の火炎依存症の後遺症でまともに会話ができる状態ではない。現在は時生大学附属病院の精神科に入院しており、社会復帰には数ヶ月を要するとのことだった。


 関町の名が放火魔として時生市に広まることは、最早避けられないだろう。

 完全な冤罪とも言い難いとはいえ、道人としては後味の悪さを感じずにはいられなかった。


 「お兄さんが持っていたライターはどうなりました?」

 「この間捨てるところを見ました。『なんでライターなんか持ってるのか、自分でも分からない』って。変な話ですよね」


 穂村の死亡後、勉は琴星によってイグニアス・カルトに関する全ての記憶を奪われた。

 そしてイグニアス・カルトの記憶を失くしたことで、勉の火炎依存症は完治していた。関町と違い、勉は症状が初期段階だったために、回復も容易だったのだ。


 「学さん、失礼ですが依頼料のお話をさせていただいても?」

 「あっ、はい」

 「では道人。ご説明して差し上げて」

 「はい」


 琴星に促され、道人が1歩進み出る。


 「当事務所は未成年の方からのご依頼は一律1000円でお引き受けすることになっております。ですのでお会計は1000円です」

 「安っ!?それでやっていけるんですか!?」

 「ははは……」


 学の余計なお世話に、道人は乾いた笑いを返すことしかできなかった。


 「じゃあ……ちょうどでお願いします」

 「はい、お預かりします」


 学が財布から取り出した千円札を、道人は丁寧に受け取る。


 「道中お気をつけてお帰りくださいね」

 「本当にありがとうございました!」


 最後にもう1度深くお辞儀をしてから、学は事務所を後にした。


 「色々後味の悪い事件でしたけど……少なくとも依頼に関しては円満に終わってよかったですね」


 学に提供した湯飲みを片付けながら、道人はそう感想を零す。


 穂村の罪を背負わされ、長期の精神科への入院を余儀なくされた関町のことを思うと、今回の事件は口が裂けてもハッピーエンドとは言えない。

 だが少なくとも、勉に対する学の疑念は晴らすことができた。その点は琴星と道人が誇るべき成果だ。


 「依頼人のご意向に沿うことができたのは、探偵としては喜ばしいことですが……」


 しかし琴星は浮かない顔をしている。


 「どうかしましたか、所長?」

 「……近年、この時生市ではカルトの活動が鳴りを潜めていました」

 「ああ。確か所長が何年か前に、時生市のカルトを纏めて殲滅したんでしたっけ?」

 「少し表現が物騒ですが、概ねその通りです。ですが今回の事件で、イグニアス・カルトが時生市で活動していたことが明らかになりました」


 琴星は道人が淹れた紅茶に口を付け、それから物憂げに窓の外へと視線を向ける。


 「あれからかなり時間が経ちましたから。今や時生市は再び、カルトの温床になりつつあるのかもしれません」

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次回は明日更新する予定です

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