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Case.2 連続空き家放火事件 4

 尾行3日目。大きく事態が動き出した。

 この日の勉は夜に居酒屋でバイトということで、道人は客として勉の動向を監視した。

 あまり長居すると怪しまれてしまう可能性があるため、定期的に退店しては別の人間に変装して再入店を繰り返しているのだが、これが中々に手間だった。


 「ん?」


 時刻は夜8時半。道人の3度目の入店から10分ほど経った頃、バックヤードで会話する勉と店長の声が聞こえてきた。

 店内が騒がしいせいで詳細までは聞こえないが、勉が店長に早退させてほしいと頼み込んでいるのは分かった。


 声色からして、勉はかなり焦っている様子だ。

 店長は最初は早退を渋っていたものの、勉の必死さに押され、最終的には早退の許可が出た。


 道人は会計を済ませて退店すると、少し離れた電柱の陰から居酒屋を監視する。

 およそ5分後、勉が物凄い勢いで自転車を漕ぎながら、居酒屋の陰から飛び出してきた。


 「何があったんだ……?」


 道人の方もあらかじめ用意しておいた自転車に飛び乗り、勉の追跡を開始する(道人は飲酒はしていない)。

 勉が運転する自転車は安全性を度外視したかなりの速度で、何度もハンドル操作を誤って転倒しかけたり、曲がり角で通行人や車とぶつかりそうになったりしている。

 それでも一切速度を落とさないことから、勉がどれだけ焦っているのかが窺えた。


 「これ、どこに向かってんだ?」


 勉が向かっているのは、明らかに自宅の方向ではない。

 目的地が分からないまま勉を追跡すること15分。道人の耳に物々しいサイレンの音が聞こえてきた。

 そのサイレンは消防車のもの。即ちこの近辺で火事が起きたということだ。


 「まさか……」


 道人の予感は的中する。

 勉が自転車を停めたその先には、夜空の下で煌々と燃え盛る住宅があった。

 既に消防車は到着し、消火活動が始まっている。しかし炎の勢いは中々衰えない。


 「あの、すみません。何があったんですか?」


 道人は火災現場を取り囲む人だかりの最後列にいた、部屋着姿の中年女性に声を掛ける。


 「今から10分くらい前にね、急に火の手が上がったのよ」

 「10分前……」


 それを聞いた道人は、勉の方を振り返る。

 勉は自転車を乗り捨てて地面に膝をつき、呆然とした表情で燃える住宅を眺めている。

 いや、その表情は呆然というより、絶望という表現の方が正しいかもしれない。


 「佐久間勉」


 道人が勉に近付いてその名を呼ぶと、勉は緩慢な動きで顔を上げる。


 「……誰?」

 「お前に聞きたいことがある。こっちに来い」


 道人は勉を無理矢理立ち上がらせると、近くにあった細い路地へと連れ込んだ。


 「なっ……あ、あなた誰ですか?」


 困惑する勉の体を、道人は壁に押し付ける。


 「お前……ここで火事が起きることを知ってたな?」

 「え……」

 「火事が起きたのは10分前。だがお前は15分前にバイト先の居酒屋を飛び出してここに向かった。ここで火事が起きることを事前に知っていたとしか思えない」


 道人の追及に勉は視線を逸らす。それは肯定と同義だった。


 「火を点けたのは関町か?」

 「なっ、なんで……」

 「俺はお前達の事情をおおよそ把握している。聞かれたことだけに答えろ。火を点けたのは関町か?」

 「わ、分からない……」


 勉は力なく首を横に振る。


 「さ、さっき関町からメッセージが来たんです。もう限界だ、耐えられないって……そ、それで、もしかしたらと思ってここに来てみたら、家が燃えてて……」

 「どうしてこの場所が分かった?」

 「ま、前に教えてもらって。次に火を点けるとしたらあの空き家だって……」

 「教えてもらった?誰からだ?」

 「…………」


 口を噤む勉。その表情は何かを酷く恐れているように見える。


 「……イグニアス・カルトか?」

 「なっ、なんで!?」

 「言っただろう、俺はお前達の事情を把握している。イグニアス・カルトが、次に放火する空き家に目星をつけていたんだな?」


 勉は一瞬躊躇い、それから僅かに首を縦に振った。


 「関町は僕よりもずっと前からカルトの誘いを受けてて、その分火への依存も強くて……正直、アイツはいつ放火してもおかしくないような雰囲気でした。だからもし関町があの空き家に火を点けようとしてるなら、その前に何とかして止めなきゃと思って……」

 「関町は今どこにいる?」

 「わ、分かりません……でも、火事が見える場所にいるはずです」

 「……それが分かれば充分だ」


 鎮火にはまだ時間がかかる。そしてイグニアス・カルトの性質上、火が消えるまでは現場を離れようとはしない。


 「ま、待ってください!」


 関町を探しに行こうとした道人を、勉が呼び止めた。


 「行っちゃダメです!関町は多分穂村さんと一緒にいる!」

 「その穂村っていうのは、イグニアス・カルトのメンバーか?」

 「か、幹部だって言ってました」

 「なら好都合だな」


 勉の情報の真偽は不明だが、イグニアス・カルトの幹部と接触できるのであれば、道人からすればまたとない好機だ。

 

 「穂村さんはめちゃくちゃヤバいんです!これまでカルトへの入信を断った人を、何十人も焼き殺したって言ってました!だからきっとあなたも殺される!」

 「心配は有難く受け取っとくがな……」


 道人は勉を振り返り、ほんの僅かに口角を持ち上げる。


 「生憎、俺は死なないんだ」


 そして道人はそれ以上勉の制止に耳を貸すことなく、関町とホムラを探しに走り出した。




 「やっぱりここだったか」


 小高い山の上にある古びた神社。その長い石段を道人が登り終えると、そこには2人の男の姿があった。

 片方は夜だというのにサングラスをかけた風変わりな茶髪の男。そしてもう片方は眼鏡を掛けたふくよかな男。

 その眼鏡の男は、道人の探していた相手に他ならなかった。


 「関町晃行だな?」


 道人が声を掛けても、関町は一切の反応を示さない。代わりに道人を振り返ったのはサングラスの男だった。


 「お?アンタ何者だ?」

 「鴻上道人。探偵だ」

 「探偵?何だ、あの家に火を点けた犯人でも探しに来たのか?」


 そう言って男が指差す先には、燃え盛る炎が小さく見える。

 その炎は言うまでもなく、今も尚消火活動が続いている火災現場の炎だ。


 「だったらビンゴだぜ、あの家に火を点けたのはコイツだ」


 男が笑いながら親指で関町を指し示す。

 関町は相変わらず道人や男に一切の反応を示さず、遠くに見える火災に恍惚と見惚れている。


 「よくここが分かったな、探偵?」

 「お前達イグニアス・カルトが、自ら放った炎の行く末を見届けない訳が無い。だが火災現場にはそれらしき連中が見当たらなかった。火災現場から離れた上で火災が見える場所となると、高台にあって広く周囲を見渡せるこの神社しか有り得ないからな」

 「……なるほど?少しは頭が使えるみてぇだな。それに……俺達のことまで知ってやがるとはな」


 男のその発言は、男がイグニアス・カルトの一員であることを言外に認めていた。


 「佐久間勉をイグニアス・カルトに勧誘した穂村というのはお前のことか?」

 「なんだ、佐久間の知り合いか?アイツは駄目だな、気が小さすぎて放火ができるようなタマじゃない。その点コイツは良いぞぉ?」


 穂村が関町の方に馴れ馴れしく腕を置く。


 「俺がコイツを勧誘してからまだ1ヶ月も経ってねぇのに、もう童貞を捨てやがった。ああ、童貞を捨てるってのは、初めて放火をするって意味な」


 穂村はそう言ってケラケラ笑う。そこに罪悪感などは微塵も感じられない。


 「お前は佐久間勉と関町に何をした?」

 「別に大したことはしてねぇよ?最初は関町に俺の炎を見せてやっただけだ。こんな風にな」


 男が革手袋を嵌めた右手を上に向けると、ボウッとバレーボール大の火球が出現した。


 「そしたら関町、すげぇ感激しやがってな。佐久間を連れてきてコイツにも見せてやってくれって言うから、佐久間にも俺の炎を見せてやったんだよ」

 「……佐久間勉の火炎症候群を発症させたのはお前という訳か」

 「まあ、そういうことになるなぁ?」

 「ならお前、人間じゃないな?」


 火炎依存症は、ザララジアやザララジアの眷属の炎を視認することで発症する。

 つまり穂村は人間のように見えて人間ではない。


 「お前自身がザララジアということは考えにくい……お前、ザララジアの眷属か」

 「……随分俺達のことに詳しいじゃないか、探偵。ビンゴだよ」


 穂村が薄ら笑いを引っ込め、サングラスを外す。

 するとそこには眼球が存在せず、左右の眼窩は赤い炎で満たされていた。


 「……なるほどな、『炎の司教』か」

 「んなことまで知ってんのかよ。ここまで来ると気持ちわりぃな、探偵」


 炎の司教。

 それは信奉者の中から特にザララジアに見初められた人間が、ザララジアに召し上げられて眷属となった存在だ。

 ザララジアの眷属の中でも上位に位置する、非常に危険な怪物である。


 「探偵。お前は生かしておくと後々面倒なことになりそうだ。わりぃが今ここで死んどけや」


 瞬間、穂村の体からブワッと炎が膨れ上がった。


 「っ、関町逃げろ!」


 道人は関町に声を掛けるが、関町は火災の様子に釘付けになったまま微動だにしない。


 「クソッ!」


 道人は咄嗟に関町の下へ駆け寄ると、関町のふくよかな体を右手で突き飛ばした。


 「うわっ!?」


 悲鳴と共にバランスを崩した関町は、転落防止用の柵を乗り越え、そのまま小山の斜面を滑り落ちていく。


 「何だ、自分より先に関町の心配か?優しいなぁオイ!」

 「探偵が目の前で人を死なせる訳にはいかないんでね……」


 落ちていった関町は何ヶ所か骨折するかもしれないが、それでもこの高さであの落ち方ならまず死にはしない。

 少なくとも穂村の炎に巻かれるよりは余程マシだ。


 「人助けはいいけどよぉ……今ここでアンタが関町を助けたところで、アイツはその内自分から火に飛び込んで死ぬぜ?アイツの火炎依存症はもう手遅れだ」

 「そうならないために今ここで関町を助けたんだ。佐久間勉も関町も、この街の人間は誰1人として、お前達イグニアス・カルトには殺させない」

 「どうやってだ、探偵?アンタは今ここで焼け死ぬっていうのによぉ!」


 穂村の叫びと共に、炎が更に広がった。

 四方を炎に囲まれた道人は、それでも毅然と穂村を睨みつける。


 「死ぬのはお前の方だ、穂村」

 「何……?」

 「お前はこの街に3度も火を放ち、関町の放火を唆し、そして何より火炎依存症をこの街に持ち込んだ。そんなお前を生かしておく理由は万に一つも存在しない」


 バチッ、と。

 道人の全身から、黒いプラズマのようなものが迸った。


 「覚悟しろよ穂村。ここからは、私刑の時間だ」

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次回は明日更新する予定です

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