Case.2 連続空き家放火事件 3
結局1日目の尾行では、あまり有用な情報は得られなかった。
勉はその後も何度か人目に付かない場所でライターの火を眺めていたが、それ以外は特に不審な行動をとっていなかった。
2日目。引き続き勉の跡をつけて時生大学法学部棟のとある講義室に潜り込んだ道人(本日は小太りの男子大学生に変装)は、そこで興味深い話を耳にした。
「佐久間、おはよう」
「ああ、おはよう」
席について鞄から筆記用具やノートを取り出す勉に、友人と思しき男性が声を掛ける。
「なあ佐久間、関町どうしてるか知ってる?」
「関町?い、いや、知らないけど……」
「マジ?いや俺さあ、関町に貸してたノート返してほしいんだけど、なんか連絡つかなくてさあ。佐久間は関町と仲良かったから、何か知ってるかと思ったんだけど……」
「あ、あ~……ごめん、関町とは僕も連絡取れてなくてさ……」
「マジかぁ~……関町どうしたんだろうな、学校にも来てないっぽいし」
友人は首を傾げながら、自分の席へと戻っていった。
「……はぁ」
勉は溜息を吐き、何やら思いつめた表情を浮かべている。
「なるほどねぇ……」
勉のその様子を見て、道人は小さく呟いた。
友人と話している間、勉が嘘を吐いていることは道人には一目瞭然だった。勉は関町なる人物の行方を知った上で、友人にはそれを隠したのだ。
そしてその後の勉の思い詰めたような表情。関町が置かれている状況がよくない物であることが窺える。
となると道人としては、関町も勉同様イグニアス・カルトとの関係を疑わるを得ない。
道人はスマートフォンを取り出し、勉の友人の関町が行方不明になっているという旨のメッセージを琴星に送信する。
するとすぐに琴星から「こちらでも調べてみます」というメッセージが返ってきた。
そのメッセージを確認したところで講師が講義室に現れたので、道人はスマホを鞄の中に仕舞う。
講義の内容は相変わらず道人には理解できないので、勉を観察することに注力する。
直前に関町の話をしたことが関係しているのか、勉は昨日以上に苛立っている様子だった。
しきりに体を揺すり、指や足でトントンと音を立て、近くに座る他の学生から嫌な顔をされている。
そして講義の開始から40分ほど経った頃、勉は耐えかねたように席を立つと、早足で講義室を出て行った。
勉のその行動は多少視線を集めたが、トイレやその他の理由で講義中に退出する学生はそこまで珍しいことではないので、それ以上興味を向けられることは無かった。
道人は少し間を空けてから席を立ち、足音を立てないように講義室を退出する。勉とは対照的に、気配を押し殺した道人はほとんど誰からも視線を向けられることは無かった。
「さて……どこに行った?」
道人は少し考え、昨日勉が人目を憚りながらライターの火を眺めていた、学部棟の陰に向かう。
するとそこには昨日と同じようにライターの火を眺める勉の姿があった。
「1発でビンゴか」
あっさりと勉が見つかったことに、少し拍子抜けする道人。
「はぁ……はぁ……」
勉は呼吸を荒げ、額に冷や汗を浮かべながら、険しい顔で火を睨みつけている。
道人には勉が、強い不安を感じているように見えた。強い不安を押し殺すために、火に縋っているような印象を受ける。
「あいつ、何を抱えてるんだか……」
結局その後、勉が講義室に戻ることは無かった。
2日目の夜。道人は電柱の陰から佐久間家の様子を窺っていた。
すると近付いてくる足音が聞こえ、道人は背後を振り返る。
「お疲れ様です、道人」
足音の主は、トートバッグを肩に提げた琴星だった。
「所長、どうしてここに?」
「頑張ってくれている部下を労おうと思いまして」
琴星はそう言って悪戯っぽく笑う。
「大変でしょう。この2日間一睡もせず、佐久間勉を監視し続けているのですから」
「そうでもありませんよ。俺が疲れないし睡眠も要らないことは、所長もご存じでしょう」
「ええ。ですが1人で何時間も佐久間家を見張るのは退屈で仕方ないでしょう?」
「……それは、まあ」
昨夜も一晩中佐久間家を見張っていた道人だが、琴星の言う通り退屈には相当悩まされた。
「ですから私が話し相手を務めようと、差し入れと共に馳せ参じたのです」
琴星がトートバッグを道人に手渡す。
中身を見ると、シュークリームやロールケーキなどのスイーツがいくつか詰め込まれていた。
「……俺は食事も不要ですが」
「ええ、勿論知っていますよ。そしてあなたが甘い物に目が無いこともよく知っています」
「……否定は、しませんが」
琴星に温かい視線を向けられ、道人は気まずく顔を背けた。
「道人、どれにしますか?あなたから選んでいいですよ」
「……じゃあ、このシュークリームを」
「では私はイチゴ味のシュークリームにしましょう」
道人と琴星は各々包装のビニールを破り、シュークリームに口を付ける。
「……いいんですかね、いい大人が2人して道端でシュークリーム食ってて……」
「心配ありません。この辺りは夜間になるとほとんど人が通りませんから」
「それって、人が通ったらマズいってことですよね?」
「それはまあ、言うまでもないのではありませんか?」
雑談しながらシュークリームを頬張る2人だが、半分程食べ進めたところで話題は自然と探偵としてのものになる。
「あなたからメッセージで送られてきた関町という人物について、私の方でも少し調べてみました」
「何か分かりましたか?」
「関町晃行。この人ですね」
琴星が1枚の写真を取り出す。そこには眼鏡を掛けたふくよかな男性が写っていた。
「時生大学法学部の2年生で、やはり佐久間勉さんとはかなり親しい間柄だったそうです。佐久間学さんも名前を聞いたことがあると仰っていました」
「行方が分からないっていう件はどうでした?」
道人が盗み聞きした話では、関町は連絡が取れず大学にも来ていないとのことだった。
「どうやら関町さんは、一昨日までは大学に行っていたようです。佐久間勉さんと一緒にいるところを目撃したという学生の方がいらっしゃいました」
「じゃあ連絡がつかなくなったのは昨日からってことですか?」
「そういうことになりますね」
道人はてっきり関町が行方不明になってから何日も経っているものかと思っていたが、実際は昨日今日の話だった。
「関町さんが姿を消した理由は突き止められませんでしたが……彼らの同期の方から、1つ面白い話が聞けました。今から2週間ほど前、学食で口論をする佐久間勉さんと関町さんを目撃したそうです」
「口論、ですか?」
「ええ。関町さんが佐久間勉さんを何かに勧誘して、佐久間勉さんがそれを胡散臭く思っているようだった、と同期の方は言っていました。口論と言っても深刻なものではなく、その後も普通に仲が良さそうな様子だった、とのことです」
「何かに勧誘……関町が佐久間勉をイグニアス・カルトに勧誘した?」
「証拠はありませんが、どうしてもそう考えてしまいますね」
琴星は指に付いたクリームを舐め取りながら頷いた。
「それともう1つ。氷室から興味深い話が聞けました」
「氷室さんから?」
氷室というのは、姫宮最強探偵事務所と顔馴染みの警察官の名前だ。
必要があれば警察内部の情報を躊躇いなく事務所に横流しする、悪徳だが頼もしい刑事である。
「3軒目の放火事件の現場で、若い男性2人が言い争う姿が目撃されていたそうです。氷室に写真を渡して確認してもらったところ、言い争っていたのは佐久間勉さんと関町さんで間違いないとのことでした」
「佐久間勉と関町が、火災現場にいたんですか!?」
「ええ」
イグニアス・カルトとの繋がりが疑われる勉と関町が、火災現場で目撃された。これがただの偶然とは思えない。
「少なくとも佐久間勉さんと関町さんが、イグニアス・カルトと関わっていることは確定的と言ってよいでしょう。更に言うならば、佐久間勉さんよりも関町さんの方が、よりイグニアス・カルトに深入りしている可能性が高い」
「関町の行方が気になりますね……佐久間勉から聞き出しますか?」
「いえ、下手に強硬策を採ると、最悪の場合私達の動向がイグニアス・カルトに伝わってしまう恐れがあります。佐久間勉さんが今も関町さんと連絡を取り合っているのであれば、近い内に接触するでしょうから、しばらくはその時を待ちましょう」
「了解」
道人と琴星はその後も、夜が明けるまで佐久間家を監視し続けた。
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