どうしよう、全部が好きすぎる
今日は一緒にクレープシュゼットを食べてきた。フランベの火に感動して、またでかい声を出しちゃったな。でもノエルさんの笑顔が見られたからオッケーです!
「ここ。ついてる」
他の人に気付かれないようなタイミングで、とんとん、とノエルさんが自分の口許を指す。えっ、やだ恥ずかしいワ?!
ぺたぺたごしごし。指で拭っていたら、見かねたようにハンカチを取り出された。
「逆だ」
「んぷっ」
いやいや、せっかくのおハンカチに恐らくフルーツソースをつけちゃったし?! おまけに、ちょっとリップもついちゃっただろうし!
「あわああ洗います、洗って返させてください!」
「いーよ、こんくらい」
使った面を内側に、さらっと畳んでまたポケットにしまう。
「そんなに見なくたって、汚くはねえよ。手拭きは別で持ってる」
「いえ気にしないですけど。ん? ってことは二枚持ち歩いてるんです?」
「…………別に、いつもじゃ」
モゴモゴとなぜか不貞腐れたような声音に、首をひねる。まあでも、お陰でドキドキ体験ができちゃったね。ヒョー!
何度かふたりで出かけていても、わたしはもうしっぽを隠していない。犬のように揺れてしまうのは変わらずだけど。
それどころか、なぜか、しっぽでノエルさんの体に触れたくてたまらない。ぎゅって包み込みたいし、触ってほしいって思ってしまう。こんなの初めてだ。でも、人前でしっぽを触るのはあんまりよくないこと……なんだよね?
というかこれ、デートってことでいいですか??
「あ、雑貨屋さん!」
「少し寄ってくか?」
ノエルさんは肉食系って感じの見た目なのに、意外とまめまめしくて、お出かけ中もさりげない気遣いをたくさんしてくれる。軽率に好き。
店内に足を踏み入れるや否や、女性客達の視線も一気にさらっていく。
「さすが、芸能人ばりのお姿……」
「俺もしっぽを布で覆うかな」
「うぐ」
思わず漏れた独り言をしっかり拾って、からかうように口の端を上げる。ぐぬぬ、顔の良さを自覚している男はつよい。
商品棚を眺めてうろうろしまくるわたしにも、文句ひとつなく付き合ってくれる。優しい。
「わ、かわいい! ねえノエルさん、このキャンドルかわいいです」
「おー、エクレアの形か。本物っぽい」
「こっちのリースも、リンゴの実がたくさんついててかわいい!」
「へえ、洒落てんな」
長身を屈めて手元を覗き込む度に、甘いにおいがふわふわ香って心地いいし。
「へへ」
「なに笑ってんだ?」
「たのしいので!」
ほんとに好きなので! ウインドウショッピングもお話しもできて大満足だ。
雑貨屋さんを出たところで、ノエルさんが「あ」と声をあげた。
「悪い、忘れ物した。ちょっと待っててくれるか?」
「はい、ここにいますね」
「ん。いい子にしてろよ?」
「ハァイ」
表情筋をでろんでろんにしながら返す。しゅき~。
ひとりでぼんやりと突っ立っていたら。
「ききき、きみ、きれいなしっぽだね?!」
ん?
「そこの美しいきみ!」
知らない声に振り向くと、挙動不審なしっぽ族の男性が思いきりわたしを見つめている。厳密にはわたしの尾を、だが。
「あのー、もしかしてわたしに話しかけてますか?」
「きみ以外に誰がいるんだい? こんなに美しい尾、見たことがないよ!」
「ええと」
「このあと暇? 二人でどっか行かない? 僕の尾を見てくれ!」
困惑しているうちに、その人はわたしに背を向けてしっぽを振ってみせた。薄い空色は恐らく美男と評されるものなんだろうけど、かなしいかな、ちっとも琴線に触れなかった。
「どうだい?!」
「どう、と言われましても」
白い歯がまぶしい爽やか系だけど、成人男性が道端でおしりを振る図は、残念としか言いようがないというか。
本当に申し訳ないのだけど、カワイイを通り越して軽い恐怖を感じる。
「誰」
「ノエルさん!」
ぶおっ、と一気に天を指すわたしの尾。ノエルさんセンサー発動ッ! 体温を感じる距離に立ち、不機嫌そうに男性を睥睨する。
「知り合い?」
「い、いえ」
「そうか。ま、知らないひとにはついていっちゃいけねえよな」
低い声に、まかり間違ってもついていかなくて良かったと心底思う。
するとノエルさんは急にわたしの肩を抱いた。は、ひ、ひええっ……?!
「悪いけどデート中なんだ。邪魔しないでもらえるか?」
デート! ノエルさんもデートだって思ってくれてた!
最初こそ「うわ、なんだその尾は!」なんて顔を歪めていた男性も、凶悪な笑みと有無を言わせない声のコンボに、小さく悲鳴をあげて逃げていった。ノエルさんの悪口を言う奴が二度とわたしに話しかけるんじゃないぞ、バーカバーカ!
「あひ、あわ、ありがとございましゅ」
「いや、あんたをひとりにした俺の落ち度だよ。ごめんな?」
ぶんぶんと首をふる。それよりあの、手、距離、ちか、やば……
陸に上がった魚みたいに口をパクパクするしかない。小さく笑ってようやく離れてくれた。と、思ったら。
「そうそう。これ」
ひょいと何かを手渡される。
「え? えっ?」
「忘れ物」
にやりと笑う。イケメンにしか許されざる所業。ノエルさんは神がつくりたもうたド美人なのでゆるされます。
「欲しかったんだろ? 今日付き合ってくれた礼だ」
手の中にはオーガンジーの袋に包まれたエクレア、じゃない、さっき見てたキャンドル。
口を開けたまま、超絶カッコいいお顔を見上げる。背景にピンクのオーラが見えた。は? 好き。
「ぶっ、はは! ほんとにわかりやすいな」
「うぐぐ……」
「何か気にかかるか?」
「ノエルさんが男前すぎて悔しい」
「お褒めにあずかり光栄です、レディ?」
おどけて胸に手をあてるのだってサマになりすぎている。ぐうの音も出ない。ちくしょう何だよこの完璧な男は!
好きな人からのプレゼントってこんなに嬉しいんだなぁ……!
ぽーっとしてたら、「ほら」って頭に手を置かれた。ふううううんイケメンの頭ポンは万病に効く! 寿命が百年のびました!!
「わたしをどうしたいんですか……?!」
「あんたに言われたくはねえな。帰るぞ、送ってく」
おろおろと目を泳がせていたら、通りすがりのマッチョな犬獣人が笑顔でサムズアップしてきた。はっ、そうだよね! ここは外なんだからしゃんとしないと!
おかげで落ち着きを取り戻すことができた。ありがとう、見知らぬマッチョ……!
デートのあとは毎回、ナナちゃんモモちゃんのお店近くまで送ってくれる。人通りが少ないわけでもないのにと思ってたけど、さっきの出来事を経ると、ありがたかったんだなーと思う。
お喋りしてたらあっという間。もう、ついちゃうのか。家までの道が、今だけ永遠にのびたらいいのにな。
「疲れたか? 悪かったな、つれ回して」
「いえ! わたしが行きたかったので」
覗き込む表情は少しだけばつが悪そう。普段の言動は自信家っぽいけど、実はとっても繊細なことをわたしは知ってる。
「むしろ、もうちょっとだけ一緒にいたいなー、なんて……」
深い紅色の目が見開かれる。ノエルさんは少しだけ視線を泳がせて……そのまま、手を繋いでくれた。わ、わ?!
「あー……その辺、ちょっと歩くか」
「……はいっ」
嬉しい嬉しい! 思わずニヤニヤしながら、あったかい手を握り返す。これが職人さんの手なんだなぁ。大きくてかたい指をすり、と少しだけ擦ったら、また驚いた顔をされた。
「……んだよ、っとに!」
怒ったような声だったけど、さらに強く手を握られる。しっぽを振りながらちらっと見上げたら、耳の先が少し赤くなっていた。
「えへへ」
好きだなぁ。好き。
ノエルさんにはもらってばかりだ。わたしからも何かお返しをしたいな。うーん、うーん。
……そうだっ! いいこと思いついた!