ウキウキ初デート!
デートだ!と浮かれまくって目が覚めたのに、というかほぼ眠れなかったのに、ノエルさんはわたしよりも早く待ち合わせ場所に着いていた。
噴水広場の街灯下で、気だるげに立つ美青年。遠目にも危険な色香がダダ漏れである。
お店では暗めの格好ばかりだけど、今日は白シャツに黒のパンツ姿。シャツにはポイントでおしゃれな花柄の刺繍が入ってて、それがまたすっごく似合う。うふふーん、素材の良さが引き立ちますなぁ。
フサフサつやつやチョコレート色のしっぽがお尻から垂れている。相変わらずおいしそう。
「ノエルさーん!」
駆け寄ると、切れ長の目が細められた。ハァア顔が良い!
せっかくのおデートなので、わたしもきちんとおめかしをしてきた。ナナちゃんとモモちゃんが、ド定番すぎていっそ恥ずかしいくらいのフリルワンピースを貸してくれたのだ。
「お待たせしましたっ」
「いや、俺もさっき来たとこ。それより……」
なんだか言いづらそうにわたしの背後を見るイケメン。ばふんばふんと高速リズムを刻むメトロノーム。
「あう、しっぽ、しっぽが、大人しくしてくれなくて……すみません! いつもはこんなことないんです!」
「無理しなくていいけどさ」
尾がえらいことになっている。ノエルさんと会うといつもこう! この暴れんぼうさんめっ、じゃないよ! 助けて~。
「というか、なんで隠してるんだ?」
「わ、悪目立ちするって、実家を出る時に親も思ったんじゃないかと」
白い尾が美人の証だなんて言われても、正直全然ピンとこない。ノエルさんにはシックな色がよく似合ってるし。これでもしナナちゃんモモちゃんみたいなパステルカラーの尾だったら、それはそれで微妙な気もする。
でも種族的にそうだと言われたら、途端に恥ずかしい気もしてくるわけで。
「いやーハハ、ガッカリですよね。こんなチンチクリンにピカピカのしっぽがついてても、ね? 絶世の美女ならまだしも」
「あんたってなんて言うか……頭は悪くなさそうなくせに、変わってるよな」
正直に言うとますます複雑そうな顔をされた。ああ、しかめ面までふつくしい……。
「別に、出してたらいいだろ。綺麗だと思うぞ」
「え……あ、う……」
だめだめだめっ、そんな不意打ちストレートは卑怯だよノエルさん……!
何も言葉が出てこない。じんわりと染み渡って、意味を理解したらますます心臓が痛くなった。わたしは地面を見つめながらモニョモニョとお礼を述べることしかできない。
「ありがと、ございます」
出して、いいのかな? 変じゃないのかな?
「えと、そ、それじゃあ……」
リボンをしゅるりとほどいて、ぐるぐる巻きになっていた布を取り払う。
真っ白な毛に覆われた長いしっぽ。照れくさい気持ちが伝わってるのか、さっきまでの大暴れは落ち着いてフラフラと揺れている。少しでもノエルさんに気に入ってもらえたらいいなぁ。
「……すげえな、ほんと」
「へ?」
「何でも。むしろ、しっぽを隠さなきゃならないのはこっち。嫌じゃないのか?」
「何がですか?」
まじで意味がわからなくて首を傾げたら、何がツボだったのかノエルさんはくすりと笑う。鋭さが消えて、目尻に皺ができる。わぁ好き。
「ん。なら、いいんだ。それじゃあ混まねぇうちに行くとするか」
「はい!」
まあ、赤いリボンでデコられまくったノエルさんのしっぽも、ちょっと見てみたかったけどねっ。
――すれ違って、振り返る女性の数といったら!
でもこのポジションを確保したのはわたしなのだ。ワハハ、いーだろー! なーんて。
こんなにカッコいいひとと並んで歩けるだけで至福。背、高いなあ。見上げたアングルも神がかってる。
市場調査と言っていたけど、ノエルさんは色んなコンクールで何度も入賞している、すごいパティシエさんらしい。言われてみれば、お店に盾やトロフィーが飾られていた気もする。
これまで食べたノエルさん作のケーキがいかにおいしかったかを熱弁していると、あっという間に目当てのカフェについた。ホテルに併設されてるタイプだ。ふわあ、オシャレー!
「目当てはコイツ」
入口横の黒板にはおすすめらしいパフェのイラスト。そして、『カップル限定』の文字。
……ははあ、なるほど? 一人じゃ来られないからわたしを誘ったわけですね?
ってことは少なくとも、変な奴、から、カップルごっこの相手には昇格ってことだ。やったね! 役に立てたのなら、ちょっと誇らしい。
「いいですね、パフェ! 入りましょう」
入店すると、これまためちゃくちゃスマートな店員さんが席に案内してくれる。兎の獣人で、長いお耳が素敵。
「ご来店ありがとうございます。ご注文はお決まりですか?」
「オモテの看板に出てたあれを」
「はい、限定のパフェと紅茶のセットですね。パフェの種類をお選びください」
「チョコレートで。どうする?」
急にメニューを向けられ、直感で指をさす。
「こっ、これで!」
「かしこまりました。少々お待ちください」
限定、と店員さんも理解していたみたいだけど、笑われたりはしなかった。こんな美青年とチンチクリンでもどうにかカップルに見えるのかな?!
「お目が高い」
「おめ?」
テーブル上の水差しからわたしの分のグラスへ注いでくれながら、ノエルさんが口端を上げた。
「あんたが選んだ果物はちょうど今が旬だ。うまいと思うぜ」
「そうなんですか? へへ、やった!」
適当に選んだけど、ラッキー!
「あ、お水ありがとうございます。ノエルさんはチョコレートでしたね」
「ん。いちおう、勉強のためだしな」
まずは長いスプーン、それから本体のパフェが運ばれてくる。わたしが宝石みたいなフルーツの盛り付けに感動している隙に、ノエルさんはさっさとアイスを掬っていた。
それからもあまりに真剣な表情をしているから、わたしも黙々とパフェを食べ進めるしかない。すっかり職人スイッチが入ってる様子だ。
「……ぁ、悪い。せっかく一緒に来てんのに」
グラスの中身を三分の一ほど残し、急にノエルさんが顔をあげる。
ちょっぴり眉が下がってて、いつもより気弱な顔。か、かわいいっ。
「ふふ、気にしませんよ」
だって、わたしがパフェに集中してた理由は、ノエルさんのご尊顔を直視するには心臓がもたなさそうだったからです!
「職業病ってやつですね」
「かもな。……退屈だろ?」
「わたしがノエルさんのぶんまでいっぱいお喋りして盛り上げるので、大丈夫です!」
「はは、そりゃ頼もしい」
美しい微笑を見せてくれたおかげで、危うくまた昇天しかけた。危険だ。
けど、元気を出してくれたならうれしいな。ブンブン、わたしのしっぽもそう言ってます!
平らげて、紅茶もいただいて。心も胃袋もとっても満足。紅茶に口をつけてちょっと渋い顔をしてしまったら、さっとノエルさんが店員さんを呼んでお湯を足してくれた。気が利きすぎるぜ……。
というかお腹がタプタプになっちゃった。少し席を外させてもらう。
「そろそろ出るか」
「はい。おいしかったです!」
お手洗いから戻り、立つ前に財布の中身を確認していたら、ノエルさんが訝しむように眉をひそめた。
「何してんの?」
「えと、お金、足りるかなって」
「は? 出させるわけねーだろ」
「え!」
「つか、もう払い終わってるよ」
行くぞ、と促される。ひえええ?!
「でででもっ、さすがに悪いですって!」
「――だったら」
ノエルさんは目を逸らし、珍しく小声で言葉を続けた。よく見ると耳が赤い。待って、イケメンの照れ顔の破壊力やばい待って。
「次は、少し出してくれるか?」
「は、はひ……」
次回が! あるんですか?!