生涯独身を覚悟してたってのに
エマとかいう女が店に来た。俺を見つけた途端、布をとれば真っ白なはずのしっぽを立てて、おまけに頬まで染めやがる。
試してるのか? 会話中にちぎれんばかりに尾を振るんじゃねえよ。罠ならもう少し上手く演技してもらいたい。
「……ハァ」
「まあまあまあ。お疲れねえ、ノエルちゃん」
「そりゃ疲れもしますよ、マダム」
店奥の事務スペースで一息ついていたら、マダムがお茶を用意してくれた。
嵐のような女はようやく帰ったところだ。妙に疲れてしまって、椅子に体を預けきり虚空を見つめることしかできない。客から見えないのをいいことに、手足を投げ出したままため息をつく。
ケーキを食わせた時は……本当にやばかった。
むちゃくちゃに綺麗なしっぽを持った可愛い女が、俺が作ったケーキを口にして、すっげえ幸せそうな顔をしてる光景。
夢か? あまりに疑わしかったから実はこっそりと手の甲をつねってみたが、まあ普通に痛かった。
上機嫌に揺れる尾を見てると、布で覆われてるってのに背筋がぞわぞわして、興奮しすぎておかしくなりそうになる。疼くような熱を持て余すしかない。くそ、どうしてくれるんだ……。
「あの子、本当にノエルちゃんの顔しか見てなかったわねえ。しっぽ族なのよね?」
「変な奴なんすよ」
せめて俺がひとりの時に来てくれたら良かったのに。今さら言ってもどうしようもないが。
「お顔、見ててもいいですか?!」じゃ、ねえんだよ。なんで顔? あそこまで堂々とされると、逆に毒気を抜かれるというか。
「せんぱーい、あの子ともうデキてるんですか?!」
「んなわけねーだろ」
うんざりしながら返す。さっきからラフィンはずっとニヤニヤしっぱなしだ。恋愛脳め。こいつにまでオモチャ扱いされてはたまらない。
「ええー、美男美女でお似合いだと思うんですけどぉ」
「そりゃ人間基準での話だろ」
「顔がいいって自覚はあるんですね……」
「顔『は』いいって昔から言われてたからな」
「はっ! まさか、ツツモタセじゃ?!」
「そんなガラじゃねえって」
媚びを売るなんて微塵も考えてなさそうなアホ面を思い出す。クリームと一緒に融けちまうんじゃないかってくらい、ゆるみまくった表情でケーキを口に運んでた。
厄介だと思う。明らかに色気より食い気だとわかるあの女は、たちの悪いことに、笑うとなかなか可愛いのだ。
それ以来、女はほぼ毎日のように店へやって来た。奢りもしないのに。
小動物みたいに体は小さいくせに、食べることが好きなのは本当らしい。いつも真剣にメニューとにらめっこをして、何を出してもそれはうまそうに最後まで堪能していく。……そういえば、食事の最初と最後に両手をあわせて皿を拝むような仕草をするが、あれはなんなんだろうな? 地元の習慣だろうか。
何でも喜んで食べる……が。中でも最初に食ってもらったチョコレートケーキを繰り返し頼んでくれるのは、嬉しくないといえば嘘になる。あれは俺の自信作だ。
どうやって作るのかとか、これに合う飲み物は何かとか、しょっちゅう訊ねてくるのももう慣れた。いつの間にか、余裕がある時は相手をするようになってしまっている。
「なあ」
「ハイ!」
声をかけただけでピコン!としっぽを立てる。今日も今日とて布とリボンでぐるぐる巻きにされてはいるが。他のしっぽ族が見てなくて本当によかった。
ちなみに、今日の一皿はレモンのムースタルト。爽やかで軽い一品だ。ついさっきまで「おかわりしようかな……ぽっちゃりはノエルさん的にはセーフ……?」とか呟いてたのも、ばっちり聞こえてるからな。
「あのさ。飽きねーの? 毎日毎日……」
「へ?」
マダムやラフィンともすっかり顔馴染みだ。彼らはおもしろがって俺に接客をさせたが、陰から様子を窺ってることにはとっくに気付いてる。仕事しろ。
「飽きる、って……あ、美人は三日でってやつですか?! あれ嘘ですよ、嘘っぱち! 全然飽きないです、むしろ会わないとノエルさん不足でつらいです!」
「……」
俺はケーキの話をしてるんだが。
もし、もしも万が一にもだ。こいつの言うことを真に受けるとしたら、このとびきり綺麗な尾を持つ女は、わざわざ俺に会いに通ってるってことになる。
人間なら似たような客はたまにいるが、同じ有尾族だぞ? 悪い気はしないが、素直に信じるのが難しいのも事実だ。都会へ出て、この店で働いていなかったら、もっと卑屈になっていてもおかしくなかったと自分でも思う。
よりによって、こんなに綺麗な尾の雌が、焦げたような尾を持つ雄に?
けど、この女には俺を騙しても何の利益もないだろうし……よっぽどケーキが気に入ったなら別だが。
「……明日」
「はい、ノエルさんがお休みの日ですよね?」
先走るな、言いづらくなるだろうが。
というかどうして俺の勤務予定を把握してるんだよ。道理で毎回のように出くわすわけだ。マダムかラフィンか、どっちが教えたのか、終業後に問いたださないと。
「そ、休みだ。それで市場調査も兼ねて、前々から行こうと思ってたカフェがあるんだが。……よかったら一緒に来るか?」
いつも通りニコニコと話を聞いていた女は、口を開きかけ、そのままの姿で固まった。
おもしろいので眺めること数秒。ぶわっと一気に赤面する。
「それって、デデデ、デートってことですかー?!」
「だからっ、声がでけえ……!」
復帰しての第一声は店じゅうに響き渡った。たまたまシュークリームを買いにきていたマッチョな犬獣人が、俺にアイコンタクトとガッツポーズを向けてくる。死にたい。
慌てる俺の耳には、バックヤードからの「うわっ先輩! ヒュー!」「あらヤダァ~」という声も届いていた。くっ、後で覚えてろよ!
「はっ、すみません……!」
しょげ、と目の前でしっぽが折れ曲がる。忙しい奴だな本当に。
「そんな泣きそうな顔するなよ」
俺だって、あんたを試すような狡い真似をしてるんだから。
「……で、どうする?」
「もちろん、ご一緒したいに決まってます!!」
ピョコン!と、今度は顔とともに跳ね上がる布の塊。ちょっと面倒なところはあるが、それ以上に見ていて飽きなかった。また我慢できずに笑ってしまう。
本気で俺をからかうつもりなら、こんな外出にまでついてこないだろう。本当に物好きな奴なのかもしれない。
ここまでされちゃ俺も腹を括るしかないんだが……せっかく美人だってのに、もったいないな。




