イケメンが作ったケーキうまい(真理)
ゴロゴロゴロゴロ。ベッドの上で、自分の尾を抱きしめて転げまわる。明日はお休みだから、教えてもらったケーキ屋さんに行ってみよう。
ふふ、パティシエですってよ奥さん!
「超カッコいいよおおお」
あんなにイケメンで? モデル体型で? 息をするように気遣いもできて? お菓子作りが得意?
完璧か!!
ははーん。欠点という概念はお母さんのお腹の中に忘れてきちゃったんだな、そうに違いない。あれでフリーだなんて信じ――
「ああっ?!」
がばりと半身を起こす。そこ、確認するの忘れてた!
白を基調とした小さな建物、洋菓子店マダム・カラメリゼ。ショップカードと店名を見比べ、そうっとかわいらしいドアを押してみる。
店内にお客さんはいない。正面のショーケースにはたくさんのケーキが並ぶ。思いのほか奥行きがあって、ちょっとしたイートインスペースもあるみたい。
「いらっしゃいませ――あ! 来てくださったんですね」
テーブルを拭いていた店員さんが声をあげた。このまえ、お店にティーカップを買いにきた人間の男の子だ。
と、姿を見せた人物がもうひとり。
「んだよラフィン、知り合いか?」
「ノエルさんッ!」
「げ」
声を聞いただけで、ぶおんっ!としっぽが立った。やだ、我慢できない! お父さんお母さん、お行儀が悪くてごめんなさい!
手を拭きながら登場したノエルさんは、ワインレッドのシャツに黒の細身なパンツ、腰にエプロンを巻いていた。やばい。お仕事モードのノエルさん、想像の五千兆倍カッコいい。今日は前髪上げてるんですか? いいですね非常にえろくて。
「このまえ話した双子のお店の店員さんですよ。先輩こそ知り合いだったんですか?」
「あー……ちょっとな」
深紅の瞳がこちらをちらっと見る。ラフィン君と呼ばれた男の子は、わたし達を交互に見て、にんまりと口許を押さえた。
「……へえぇ?」
「いいからさっさと手ぇ動かせ」
「ふふっ、はーい!」
軽く小突かれ、テーブルを拭く作業へ戻る。
残されたノエルさんは、相変わらず気まずそうにわたしを見下ろした。
「ほんとに来たのか」
「うう、押しかけてごめんなさい……」
うなだれるわたしと、シンクロするしっぽちゃん。
好きなひとに嫌われるのは怖い。ばか正直に、お誘いを真に受けるべきじゃなかったのかな。経験がなさすぎて駆け引きとかわからないよー!
「そんな意味で言ったんじゃねえよ」
ため息混じりに吐き出す。次いで、いつの間にか手にしたメニューブックで、テーブル席を指し示した。
「時間あるなら」
「え?」
「奢ってやるって言っただろ」
「いいんですか?!」
ラフィン君は奥に引っ込んでしまったらしい。
メニューを広げて見せてくれるノエルさん。イケメンが、自分のためだけに給仕をしてくれるこの状況。わたしは前世でどれだけ徳を積んだの? 少し長身を屈めてくれているのがまた眼福。いい匂いがする。
「ほら、どれにする?」
「ノエルさんが作ったケーキがいいです!!」
「声でっか……」
アホまるだしの返答をすると、ノエルさんは喉の奥でくくっと笑った。はうあっ、カワイイ笑顔!
「うーん、そうだな。チョコレートは?」
「大好きです!」
「よし」
ノエルさんのことも大好きです!! とはさすがに言えないから、心の中で叫んでおく。
伝票にさらさらと注文を書く大きな手。形の良い唇が動くのとか、影ができるほど長いまつげとか、男らしい首筋から鎖骨にかけてのラインとか、本人に気付かれないのをいいことにガン見する。最高。網膜に焼きつけろ。
手が、止まる。切れ長の目がこちらを見る。
「……なに?」
うそ?! 気付かれてた!
ええい、ここは必殺・開き直りだ!
「お顔、見ててもいいですか?!」
「……どーぞ。減るもんでもねえし」
げんなりした様子でイケメンが言う。やったね! 言わせた感あるけど!
「コーヒーは飲めるか?」
「はい!」
「ん、りょーかい。ちょっと待ってな」
「ハワァ」
優しいテノールの余韻に浸りつつ、ノエルさんの職場を観察する。あたたかみがあるお店の中には、甘くて幸せな空気が満ちていて、とっても素敵。
待っている間に何人かのお客さんが買い物に訪れ、品が良い羊の獣人のおば……おねえさんが対応していた。
「お待たせしました、っと」
「わああ……っ!」
コーヒーと一緒に運ばれてきた、長方形の、層が重なったチョコレートケーキ。オペラだっけ、あれに似ている。上にちょこんと乗った金箔がまたオシャレだわぁ。
「きれいなケーキですね!」
「うちの看板メニュー。生地にコーヒーシロップを染み込ませてるから、あわせるなら紅茶よりコーヒーのがおすすめだ」
「おいしそう……いただきます!」
ごくり。うっとりするほど美しい断面に、フォークをすっと割り入れる。はぐっ、と一口。
なめらかなチョコと舌触りのいいスポンジ。キャラメルのような香ばしさと、少しだけ甘酸っぱいベリーのソース。何よりチョコレート自体が……
「お、おいひい……!」
なんだこれっ! 感動して涙が出そうになる。こんなにおいしいチョコレートケーキ、食べたことないよ?!
次から次に手が止まらなくて、せっかく勧めてくれたコーヒーの存在を思い出したのは、残り二口くらいになってからだった。
「うますぎて他の店のケーキが食えなくなっちまったら、ごめんな?」
「う゛ぅ!」
撃ち抜かれた。絶命。
なに、そのいたずらっ子の笑みは。もっと好きになっちゃうでしょうが!!
ああ、沼だ。この美青年は、沼。ずぶずぶぶ……
「それじゃ、ごゆっくり――」
「ま、まま、まってください!」
立ち去ろうとするのを呼び止める。すう、はあ、と深呼吸してからどうにか顔を見上げ……やっばい、直視しただけでキュンキュンする。しぬ。
「ノエルさんって、かかッ、カノジョいますか?!」
渾身の勇気を振り絞ったら、さっきまで上機嫌そうだった顔がひきつった。ピキ、と青筋が立つ。
「いるように、見えるか?」
「見えます!!」
素直に答えたのに、向こうから返ってきたのはクソデカため息。えぇっ、なんで?!
「……いたら、あんたとふたりで飯なんか食わねえだろ」
「ヒュッ」
待って、いやほんと待って。それ、それって……ワンチャンもしメイビー付き合ったとしたら、そのへんも配慮してくれるってことだよね? うおおお! イイ男ー!
そしてつまりこれは、わたしにもチャンスがあるってことですね?!
「もういいか? 戻るからな」
後ろ姿をぽーっと見送る。あー残り香も余さず吸い込みたい。顔も好きだけど、スラッとした体も素敵。ぜんぶカッコいい。
垂れ下がるチョコレート色の長いしっぽを見たら、もっとドキドキが強くなった。つやつやしててやっぱりおいしそう。
「ふへ……」
にやけるのを止められない。ブラックのはずのコーヒーがあまい。ぽやぽや、フワフワ、夢みたい。
わたしのしっぽちゃんもご機嫌なのが伝わってくる。おっとと、周りにぶつけないようにしないと……。