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しっぽで恋して!  作者: 笛吹葉月
番外編

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愛の日

 『愛の日』は人間と亜人の習慣だ。むかしむかしのお姫様が、王子様とすったもんだあった末、仲直りにチョコレートを贈ったのが由来とのこと。獣人にはチョコが食べられない種族もいるから、そっちではあまり浸透しなかったらしい。


 しっかりと義理チョコ文化もあるようで、パティシエであるノエルさんはとんでもなく忙しい。日に日に疲れていくのがわかる。

 わたしだって、何かしてあげたい。

 が、愛の日の贈り物はチョコレート! 対してわたしはド素人! ……って韻を踏んでる場合じゃないよー?!


「ほげ~」

「エマちゃん?」

「ほげげ~」

「あらあら、考えすぎておかしくなっちゃった?」


 優雅にティーカップを手にするのは、羊獣人のマダム。そう、ノエルさんが勤める店のオーナー、カラメリゼさんだ。

 場所はカラメリゼさんのご自宅。頭が爆発しそうになるほど悩み、ダメ元で相談したところ、なんと休日にお菓子作りレッスンの申し出をしてくれたのだ。お、お忙しいのに!

 今日は店の定休日。既にお昼を過ぎているけど、今頃ノエルさんは家で眠っているはずだ。ゆっくり休んでほしい。

 それはそれとして寝顔も超うつくしかったので、起きないのをいいことに心のシャッターを百万回切った。宗教画として売れる麗しさ。まあ門外不出ですけど!


「カラメリゼさん、いえ、先生! チョコレートのプロには、何を贈ればいいのでしょーか?!」

「そうねぇ」


 いつぞや、マカロンのリベンジしようかなと呟いたら、なぜか不機嫌そうにされたことならある。「それは俺だけにちょうだい」って、マカロン好きなのかな? けど、あんなに難しいものに再挑戦するのはちょっとなぁ。


「シンプルなチョコレートがいちばん難しいの。パウンドケーキはどう?」

「む、むずかしいですか?」

「混ぜて焼くだけよ~」


 胸を撫で下ろす。それならできそう!


「ウフフ、ノエルちゃんは幸せ者ねぇ」


 カラメリゼさんは目を細めておっとりと笑った、が。

 ……混ぜて焼くだけって、だけ、って!


「難しいじゃないですかぁあ」

「あら、やめる?」

「やめないですぅうウエエン」


 にこにこ厳しい先生のご指導のもと、何度も同じ工程を繰り返す。

 初回は味のするゴムができあがり、二度目は岩石ケーキになった。ようやく食べられるものができても、おいしくない。パサパサしてて卵の生臭さが残ってるし、チョコの風味はお空の彼方。


 あっという間に日も暮れる。次週もまた時間をいただく約束をし、試食でぱんぱんのお腹を抱えてメソメソと帰宅。粉まみれの体を洗うのにシャワーまでお借りしてしまった。うう、悔しい……次回こそは!


***


「毎年思いますけど、忙しすぎませんか?!」

「ま、稼ぎ時だからな」

「早く終われぇえ愛の日なんて滅んでしまえぇ」

「泣くなって」


 『愛の日』が近づくと仕事はいっそう忙しくなる。仕込みの量も普段の何倍にも増えるから、まだ外が暗いうちに家を出て、閉店後も遅くまで翌日の準備。ラフィンの奴も、ずっと泣き言を言ってるし。

 この時期ばかりはマダムも自らの腕を奮う。終業後の時間を使い、店頭に飾る用の、飴細工の見事なブーケをつくっていた。ああ見えて仕事は速いんだよな。


「ここに置いといたチョコは?」

「店の前に運んであります」

「助かる。そんじゃ売り子やってくるわ」

「先輩も体力おばけ……」

「一緒にランニングでも始めるか?」

「むりむりむり」


 へばっている後輩に「お客様がきたらしゃんとしろよ」と言い置いて、外へ。店の前に設置した台にはキレイに包装された箱が並ぶ。

 自惚れた言い方になるが……俺が作るチョコということで、わざわざ足を運んでくれる客もいる。どれだけ賞を獲ろうがイベントに出張することもないし、店舗でしか販売しないというのも大きいだろう。


「あ、あのっ。ノエル・ガルニールさんですよね?」

「はい。いらっしゃいませ」


 にこりと微笑みを返す。


「キャー本物!」

「このまえのインタビュー記事も見ました!」


 ……やっぱ引き受けるんじゃなかったな、アレ。


「ありがとうございます。どうぞ、ごゆっくり選んでください。大切な方への贈り物でしょうから」


 俺は店頭でも、取材の時も、コンクールの授賞式でだって、尾を隠したことはない。……まああいつに出会うまで、そんな発想自体がなかったと言うほうが正しいが。

 人間の女達が騒いでいる向こう、同族のカップルがこちらをじろじろと見ながら通りすぎる。道化なのはわかってるさ。でも、使えるもんは何でも使わなきゃな。

 それに今年は、荒みきった心をヤケ酒で洗う必要はない。家に帰れば世界一可愛い雌が、俺だけの愛しい番が待っている!


「はあ……帰りてえ」


 誰にも聞こえないよう呟く。俺にだって、チョコレートを贈りたい相手がいるのに。贈りものをするどころか、多忙にかまけて何もしてやれていない。悔しさと焦りを抱えながら、どうしようもなく毎晩すぐ、ベッドに沈みきってしまう。



 ――そうして、やっと迎えた休日の朝。

 ベッドの中でまどろみながら隣を探る。……ん? あれ?

 薄目を開けた。カーテン越しだが、久々に太陽の光を見た気がする。朝と言うには烏滸がましい時間らしい。

 ぱたぱたと足音が聞こえ、すぐに部屋の入口からひょこりとエマが顔を覗かせた。


「あ! ごめんなさい、起こしちゃいました?」

「や、大丈夫……」

「心のノエルさんコレクションが……」

「なんて?」


 横で起きたことにも気付かないなんて、どれだけ寝入っちまっていたのか。気恥ずかしさを誤魔化しつつ、上体を起こす。


「悪ィ。寝すぎ――うおっ」

「いいんですよ、ゆっくり休んでてくださいっ」


 が、再びベッドへと押し戻されてしまった。見下ろしてくる少女はショルダーバッグを装備し、すっかり外出する格好。


「どっか行くの?」

「あああ、えええっと、今回こそは成功させ……ち、遅刻しちゃうのでいってきまぁす!」


 言うや、慌ただしく出ていってしまう。なんだ……?


 毛布を被り直してしっぽをもぞ、と動かす。どこにぶつかることもないし、くすぐったがる笑い声も聞こえない。別に、いいんだけど。ちょっとだけ


「寂しいな」


 大きく息を吐く。まともに顔を合わせる時間もないのに、このところ休みの日は一日じゅう出かけるし。先週なんて、体から石鹸の匂いがしてたし。


 どきりとして、思わず目を開く。


 ……いや、いやいや、まさかな? そんなはずはない。いくらあいつが奇跡みたいな白い尾を持ってて仕草もいちいち可愛くてちょっと抜けてるところがある天使のような美人だとしても、まさか。


「……」


 毛布を剥がし、洗面所へ直行。幸い、家にも菓子作りの道具はある。二度寝なんてできるはずがなかった。





「――ただいまでーす!」


 帰宅したエマからは甘い匂いがした。番としてのじゃない、店で嗅ぐような菓子の香り。ああくそ、ダメだ。ちゃんとカッコつけようと思ってたのに。


「ゆっくり休めましたか? 今日はですね、ノエルさんに――って、グエェッ?!」


 妙な声があがったけど離してやらない。玄関口で抱き締める。


「どっ、どうしたんですか?」

「……俺のこと嫌いになった?」

「え? え?」


 戸惑いながらも、さすさすと俺の背を擦る小さな手の感触。真っ白な尾が脚に絡みついてきてようやく安心する。首筋の匂いをすうと吸い込み、ため息と共に吐き出した。


「愛想尽かされたかと思った……」

「ええ?!」

「や、だって、平日ぜんぜん話もできなかったし。休みの日はどっか行っちまうわ、知らねえ匂いがするわで」


 言えば言うほど惨めな気持ちになる。


「やっぱり、俺なんかじゃダメなのかって」

「――せいっ!」

「あ痛ッ」


 可愛らしくグーでパンチされ、思わず腹を抱えてたたらを踏む。エマはむくれながらびしりと指差してきた。


「次に俺なんかって言ったら、ゲシッてやりますからね、ゲシッて!!」


 今のは違うのか?!

 呆然とする俺を見、とうとうエマはプフッと噴き出す。そして花のような笑顔を浮かべ、両手で紙袋を差し出してきた。


「はいっ、どうぞ。チョコレートケーキです」

「は」

「こっ今回はおいしいですよたぶん!」


 中を覗く。ラッピングの形状からしてパウンド型だろう。

 もう一度抱き締めたいのを我慢し、エマの手を引いてキッチンへ。おとなしくついてくる可愛い番。調理台に並んだお菓子に、碧眼が輝いた。


「俺からも」

「わああ……!」

「時間とれなくて。ごめん」

「そんな……っ、すごいですよ! こんなにたくさん!」


 ナッツやドライフルーツを散りばめたチョコレート。少しだけ塩味を効かせたサブレ。他にも何種類か。素材はとびきりのやつを使ったんだけど、


「エマが作ってくれたやつのほうが、手ぇ込んでるな」


 ちょっと恥ずかしい。でも、相手を思った時間は負けないはずだ。


「食おうぜ。紅茶いれる」


 何気なく言ったつもりだったが、尾が揺れるのを止められない。あーもう、浮かれてんのバレバレじゃねえかよ。


「ノエルさん」

「うん?」

「大丈夫ですよ」


 湯を沸かす隣に立って、しっぽを絡めてくる。すんと鼻を啜り、少しだけ身体を寄せた。


「……ありがと」


 愛の日なんてあろうがなかろうが、きっとこれからも大好きなまま。恐らく一生、敵わねえなぁ。

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