卵のおいしい料理法
料理上手な旦那さまが作る朝食は、今日も百二十点満点のおいしさである。
「目玉焼きとオムレツとスクランブルエッグ、どれがいい?」
「目玉焼きがいいです!」
「ん、りょーかい」
片面しか焼かないでとお願いした当時は驚かれたけど。以来、ノエルさんもこの食べ方を気に入ったらしい。ポーチドエッグが存在することを考えれば、別に嫌じゃないのかも?
火を落とす音に目を向ける。袖捲り最高。エプロン似合う選手権優勝。お皿に盛り付け終えると屈めていた身を起こし、調理台をさっと拭く。それだけでもうカッコいい!
「ほら、おまちどおさん。世界一うまい朝飯だ」
「ノエルさんのそういう自信っていいですよね。ああいえっ、実際めちゃくちゃおいしいんですけど」
「そりゃな。おいしくないかもしれませんがって出された飯なんか、食いたくねえだろ」
「たしかに」
大きくうなずく。わたしも気を付けねば。
湯気をたてる目玉焼きは、ピンクの膜が張ってる黄身はとろとろ、ぷるぷるな白身のフチがカリッと焼けてて、ただ焼いただけなのにそりゃあもう絶品なのだ。卵を生食できる衛生環境でよかった。
この世界に由緒正しい日本食はないけど、炊きたてごはんにこいつをのせて、ちょいとお醤油をたらしたら……うんまいだろうなぁー!
「でゅふ……」
「どういう感情?」
ハッ! いかんいかん、よだれが。
テーブルに並ぶのはカリカリのトースト、キウイフルーツ、キャベツとハムのソテー。これもシンプルながら塩加減が絶妙で、朝からパクパクいけちゃう。うま、うま。
じんわり甘いキャベツを食べて、ふと思う。
……粉もん、食べたいなあ。
当然、この洋風な世界にそんなものはない。出汁や味噌を恋しく思うこともほとんどなかったが、お好み焼きなら、頑張れば作れそうでは?!
「今日の晩ごはん、作りたいものがあるんですけど」
「朝飯を食いながらする話かよ」
「むぐ」
くく、と喉の奥で笑われる。
「楽しみにしてる。足りない食材があるなら、出かけるついでに買ってくるけど」
「キャベツと卵ってまだあります?」
「半玉くらいかな。卵はまだ全然残ってる」
「じゃあきっと大丈夫です。今日って、えらいパティシエさんの講演会なんですよね?」
「そ。寝ちまわねぇように頑張るわ」
顔を見合せクスクス笑う。実際、真面目なノエルさんが、お菓子に関することで居眠りなんかするはずないのだ。
そして夕方、一人の台所。気合いを入れてエプロンのリボンをしめる。さて、そろそろ支度しますか!
ボウルに卵、牛乳、小麦粉を入れて混ぜる。我が家は職業柄、小麦粉と砂糖とチョコレートはほぼ切らすことがないからね。
千切りキャベツを加えてぬっちゃぬっちゃと混ぜているところに、仕事終わりのノエルさん帰宅。朝も見たけど、スーツ似合いすぎでは?
「ただいまー」
「おかえりなさい!」
「あー腹減った……って何作ってんの、これ」
手元を覗き込み、ぎょっとした顔をする。
「お楽しみです」
「エマの感性ってほんと独特だよな」
目線をやったのは、飾り棚の珍妙なハニワこと守り神様。呆れ顔をしつつも、チョコレート色のしっぽはふらふらと揺れている。ふふ、未知の料理にわくわくしてるのかわいい。
塩コショウと、うーん、チーズもたくさん入れちゃえ! 不味くなることはないでしょ、たぶん。
フライパンに生地をボテッと置く。円形に……なったような、ならないような……い、いいことにしておこう!
「ケークサレか? いや、ちょっと違うみたいだな……パンケーキ?」
言われてみたらパンケーキかもしれない。よし、今日からこの料理は『オコノミ・パンケーキ』とします。ネーミングセンス? 知らない言葉ですね。
「これも地元の料理なのか?」
「えーと、まあそんな感じです」
「ふうん。地域によって全然違ぇんだな」
これまでも、前世の記憶は地元の習慣ということで乗りきってきた。すべて正直に話してもノエルさんは理解しようとしてくれるだろうけど、わざわざ話すほどのことじゃないと思ってるから。万が一、この世界の文明に影響があってもよくないし。今のわたしは、しっぽ族のエマだもんね。
生地の上に薄切り肉を並べたら、フライ返しで
「ほっ!」
「お、上手い」
「ふふん」
胸を反らしたけど、内心だいぶバクバクだ。うまくひっくり返せてよかったあ。
焼けたら、そそそ、とお皿へスライド。かつお節や紅しょうがはないし、ほんとにパンケーキみたいな仕上がりだ。マヨネーズ(なんだかオシャレな味がするやつ)とソース(バーベキューだかグレービーだか)をかけて、青のり代わりのパセリを振って、完成!
「できました!」
「へえ、うまそうだ」
結局ノエルさんは調理中ずっとそばで見ていた。手元を見られると緊張してしまうよ、しかも相手はプロの料理人……!
お世辞にも慣れているとは言えない手つきだけど二枚目も焼けて、一枚目はわたしの目の前に。ちょっと、取り換えようったってダメですよ? 出来立てを食べてほしいんだから。
「アツアツのうちに食べましょ!」
着席して、一緒に手を合わせる。いただきますとごちそうさまも、この世界にはない文化。我が家でしかやらない儀式。
背筋を伸ばし、ナイフとフォークで切り分ける姿は相変わらず品が良い。みょーんと伸びたチーズも上手に絡めとり、口へと運ぶ。
「ど、どうですか……?」
「何これ、うンまっ……!」
「やったー!!」
頬を染めつつナイフを動かしてくれる。そうでなくても、背後で大きく尾が揺れてるのを見れば、大成功だったと一発でわかるんだけどね。嬉しい嬉しい!
さて、わたしも。でっかく切って、思いっきりひとくち!
「はふッ」
ああ、うンまい……それっぽい味がする。こりゃあ「オレまた何かやっちゃいました?」って調子に乗りたくもなるわ。そして、
「お酒のみた……」
「駄目」
「めそめそ」
敢えなく却下。前に酔っ払った時にまた記憶をなくしたせいで、しばらく禁酒命令が下っている。家で酔ったのでセーフだと思うんだけど、ノエルさんには「我慢する俺の身にもなれ」って言われちゃった。我慢とは?
「そんなに酒好きだったか?」
「ノエルさんと飲んでたら好きになりました」
「まーたそういう可愛いこと言う」
ふっさふっさと揺れるわたしの尾から目を逸らしながら、ため息をついてカトラリーを置く。
「ま、確かに飲み物がほしくなる味ではある」
「ですよねぇ?!」
「しょーがねえなあ」
ノエルさんも、とは口に出さなかった。苦笑しながらも、ボトルを持ってきてくれるんだから。
「適当に選んでいい?」「ノエルさんの舌には全幅の信頼を置いているので」なんてやり取りを経て、手にされたのは深い色の瓶。うんうん、ソースには赤が合うらしいよね。あと、シュワシュワしたやつも合うと思います!
「一杯だけな?」
「いっぱい?」
「悪い子にはナシ」
「わあぁごめんなさい」
好きな人とうまいものとお酒。これが人生……しっぽ生?の幸せってやつだろう。
こんなに喜んでくれるなら、本物のお好み焼きを食べてもらいたかったなって、ちょっとだけ寂しい気もしたけど。
「これ、貝とか刻んで入れたら合うかな?」
「エビとかイカならありましたよ。あと、麺を敷いたり、目玉焼きのせたり……」
「お、今度やってみようぜ。作ってくれてありがとな」
「はい!」
ノエルさんの、新しい料理でもすぐに学ぼうとする姿勢が好きだ。わたしももっと色々作ってみようかな? 料理くらいならバチは当たらないだろう、レパートリーはないけども。今度はほら……た、たこ焼きとか?!




