仕事場からランチへ向かう女
わたしがお世話になるお店は小さなアンティークショップ。ちょっとだけ年上な双子の姉妹が、ふたりで切り盛りしている。
親戚とはいえ初めて会ったのだけど、優しくて美人な彼女達のことはすぐ好きになった。
「エマちゃん、早速ナンパしたのォ?」
「ふふ、きっと素敵な男の子なのねェ?」
開店したはいいものの、店内へ入ってくるお客様はいない。商品の値段も値段なので、ほとんどがお得意様相手だそう。
というわけで、わたしの勤務初日は、狭いレジ台の向こう側で、美女ふたりにサンドイッチされ座っているだけ。暇だ。
ふたりはしっぽもパステルカラーでとってもかわいい。薄い黄色の尾が姉のナナちゃん、ピンクの尾が妹のモモちゃんである。バナナと桃?
それに比べたら、わたしの白いしっぽって……なんか面白味がない感じがする。
「んもぅ、だってエマちゃん超カワイイしィ」
「男なら放っておかないわァ」
「んぇへへ」
頬をつんつんされ、デヘデヘと顔がゆるみまくってしまう。お世辞でもなんでも、美人に褒められたらうれしい!
「ナナちゃんとモモちゃんこそ、かなりモテるんじゃないですか?」
双子は顔を見合せて、同じタイミングの同じ角度で小首を傾げた。
「モモはァ、ナナちゃんがいるから」
「ナナもォ、モモちゃんがいるし」
「あ、でもォ」
「双子のイイ男がいたらァ」
「ちょっとは考えるかなー?」
「ねー?」
うふふ、とわたしを挟んでしっぽを絡めあう。な、なんか、えっちだ!
ふたりのしっぽもフサフサと気持ちいいけど、わたしのと触れあってもちょっとくすぐったいだけで、あのイケメンお兄さんの時みたいな感覚は何もない。ピリピリ痺れる、頭のてっぺんまで突き抜けるような……あれは、一体なんだったんだろう?
「――こんにちはー!」
と、ドアベルが鳴り、若い男の子が入店してくる。人間だ。彼は姉妹に挟まれているわたしを見て一瞬かたまっていた。
「あらァ、マダムのところの」
「え、えっと。お願いしていたティーカップを受け取りにきました」
「待っててねェ?」
双子は店の奥へ向かってしまう。取り残されたわたしに、男の子は朗らかに笑いかけてくれた。ひとのよさそうな笑顔だ。そばかすが可愛らしい。
「あっ、あなたもしっぽ族なんですね!」
「は、はい! はじめまして」
「はじめまして。僕は大通りのケーキ屋で働いてるんです」
「ケーキ屋さん! 素敵ですねぇ」
「よろしければぜひ」
ごくりと唾を飲み込んだ。そうだよね、せっかく都会に出てきたんだし、おいしいスイーツもたくさん食べたい!
少年はカップとソーサーが何組か入った箱を大事そうに抱えて帰っていった。アンティークな食器でケーキを提供するお店かぁ、ちょっと敷居が高そうかな?
それから、しばし。パステルカラーのフサフササンドイッチを堪能していたのだけど。
「エマちゃん、時間はダイジョーブ? 昨日のお店に行くんでしょォ?」
「ほんとだ! もうお昼ですね?!」
「ふふ、いってらっしゃァい」
慌ててまた布を尾に被せて、ぐるぐる巻きに縛る。今日は外れないようにしなきゃ!
見送ってくれるふたりのしっぽは、変わらずゆるゆると絡み合っているのだった。
お兄さんは、今日はカウンターではなくテーブル席にしたらしい。居てくれたことにほっと胸を撫で下ろす。
彼のほうを気にする周りの女性客へと、心の中で頷きながら肩を抱く。わかる、わかるよ同志、すごく絵になるよね。メニューを眺めてるだけだっていうのに芸術作品みたい。脚が長すぎて組んでも持て余しちゃってるし。どうしよう、超カッコいいのだが?
今日は重大なミッションがある。お兄さんのお名前をゲットすること!
昨日、興奮して話す最中、「で、なんていうヒトなのォ?」とナナちゃんモモちゃんに訊かれてはじめて気づいたのだ。もうっ、わたしのうっかり屋さんめ! てへぺろ!
「よ……よしっ」
せっかく都会に出てきたんだから、イケメンと恋がしてみたい。
当たって砕けろ! 砕けたくはないけど!
ナナちゃんとモモちゃんも褒めてくれたし、話くらいなら聞いてもらえる可能性が……あってほしい! 頼む!!
腹を括って近くに寄る。気をつけようと思っていたのに、お兄さんを目にした途端、わたしのしっぽはまたしても思い切り立ち上がってしまっていた。なんでぇ……?
お兄さんが顔をあげた。濃赤色の瞳が細められる。
「ハァン」
目線だけで腰が砕けるかと思った。当たってないのに既に粉々になりそう。喉仏、鎖骨、手首、指、やばい。雄。めっちゃオス。
「お、お待たせしましたッ!」
お兄さんはさらにちょっとだけ眉根を寄せる。
「冗談かと思ってたんだが」
浮かれていた気持ちが急激に萎んでいく。さっきまで全力で重力に抗っていたしっぽも、へちょん、と地面についた。
いや、そりゃそうだよ。昨日会ったばかりの相手だ、冷静に考えたらストーカーじゃん。お兄さんの人となりはよく知らないけど、優しさは滲み出てる感じがするもん。断りきれないだけなのでは?
「ご迷惑でした……よね?」
急に弱気になるわたしの耳に、心地のよいテノールが届く。
「別に、迷惑ではねえけど」
ぱっと顔をあげたら、お兄さんが小さく噴き出した。わああん笑った顔もばっちりイケメン!! わたしの暴れん坊なしっぽも元気を取り戻したぞ!
「はあ、変な奴。座れよ、腹減ったし」
「はいっ!!」
「うるさ……」
耳を塞ぐ素振りはされたけど、まだ口許が笑っているのを見て安心する。
お兄さんは食事の仕方もとてもきれいなことがわかった。ナイフとフォークがガチャつかないというか。それに、食べ終えたお皿にもコーン一粒残ってない。かくいうわたしも前世のおかげで、米粒を残すのは罪悪感があるタイプだ。
セットのデザート。お兄さんはティラミス、わたしはチーズタルトを。姿勢がいいなあ、もしかして、お育ちもイイのかな?!
目の前でイケメンが優雅にスイーツを食べている。この景色を額縁に入れて飾っておきたい、毎日拝み倒すので。
「……一口、食うか?」
え、ええ?!
「いひッ、いいんですか?!」
「そんなに見られたら気になるっての」
物欲しそうに見つめていたつもりはないんだけど、ラッキー?!
お言葉に甘えて端っこを味見させてもらおうとしたら、「もっと真ん中のほう食ったらいいだろ」ってたくさんお皿に取り分けてくれた。優しい。神。お返しにチーズタルトも勧めたけど、丁重にお断りされちゃった。おいしいのに。
「あんた、小さい体でよく食うな」
「あんまり太らない体質っぽいんですよね」
「そいつはうらやましい」
考えてみれば昨日も今日も、男性と同じ量のランチを平らげてしまっている。うーん、遠慮したほうがよかったかな……? でもおいしいんだから仕方ないよね!
「お兄さんもスタイルいいですよね」
「どーも」
「スポーツマンですか? それともモデル? お兄さんカッコいいし、バーテンダーとかホテルのコンシェルジュみたいなお仕事だったりして?」
あっ違う、忘れるところだった!
「そうだっ、お兄さんのお名前を教えてください!」
「あ?」
「わたしはエマっていいます!」
「それは昨日も聞いた。あー……」
暗めの茶髪をがしがし掻いて、お兄さんはため息を吐いた。次にポケットに突っ込んだ手が取り出したのは、一枚のカード。
「ノエル」
「のえる?」
「俺の名前。その店でパティシエをやってる」




