にんじんケーキ
「先輩、たいへんです!」
もう店も閉めようかという頃合い。このあとのデートに思いを巡らせていると、店先の看板を片付けにいったはずのラフィンが、慌ただしく手ぶらで戻ってきた。
「とんでもなくイケメンなしっぽ族が!」
人間のこいつが言うなら、顔が、ということだろうな。壁掛け時計を見やる。
「客なら入れてやればいいだろ。せっかく来てくれたんだし」
「いえ、それが、なぜかエマさんのことも知ってるみたいで」
「――あ゛?」
「ヒッ?! せんぱい、目、目がこわい! 表社会に出ちゃいけない表情してますよ?!」
エマに興味がある同族の雄。そんなの、目的は一つしかねえに決まってんだろ。
「さあ掃除するか」
「暴力反対!」
番になれば落ち着くかと思っていた独占欲は、むしろ日に日に大きくなっている気さえする。あいつが毎日かわいさを更新するせいだ、どうしたらいい?
ラフィンと共に外へ出てみると。
「よう、ノエル」
「は? 兄さん……?」
「ええっ、お兄さん?!」
「はじめまして。いつも弟が世話になっている」
そこにいたのは俺の二番目の兄、バイン兄さんだった。磨かれた刃のような薄銀の尾、警備隊ならではの鍛えた体に精悍な顔立ち。うん、そりゃ人間から見てもイケメンだろう。俺よりも背が高いので、ラフィンはすっかり見上げる格好だ。
でも、中央の町にいるはずの兄さんがなぜ?
「おにーさんたち、こんばんは」
「あ、ああ、こんばんは?」
そして、見知らぬしっぽ族の男の子を連れている。ますます意味がわからない。
「ノエルさぁーん!」
役者は更に増える。まあ、夕飯を食べにいく約束をしてたせいだが。
るんたった、と音すら聞こえそうなスキップでやってきた可愛い番は、つんのめりそうになりながら急停止した。
「ばっ、バババ、バインさん?! ご機嫌うるわしくございまふ?!」
白いしっぽをぴんと立て、キョロキョロと顔を見比べる。同族の前でそんな可愛い仕草を見せないでほしい。真剣に、閉じ込めておきたくなるから。
「久しぶり、エマさん。元気そうだな」
「ホヒッ……!」
手をとって軽く口づければ、硬直する彼女。兄さんにとっては癖のようなものなんだろう。頭では理解しようとしてる。
尾の毛が逆立ち、隣のラフィンが身震いした。肉親相手なのに気を抜くと脳が焼き切れそうだ。
「ああ、そう凄むなノエル。悪かったよ」
「や……、大丈夫。それで、急にどうしたんだ?その子も」
「ちょっとおまえに相談があってな。時間をもらえるか?」
「わかった、奥で話そう。ちょうど閉めるところだったんだ」
ドアにクローズの札をかける。男の子は店の物に興味津々なようで、小さな尾の先をぴこぴこと動かしていた。
「ラフィン。後片付けは俺がやるから、先に上がっていいぞ」
「ええと、わかりました。じゃあお先です。エマさんも、また!」
「はい、また!」
ニコニコと手を振る。かわいい。
「それなら、この子はわたしが見てますね。さ、お姉ちゃんと遊ぼ~?」
ごく自然に子どもの手を引き、こちらに向かって目線で頷く。まるで母のような姿に色々と想像してしまって、尾の付け根が疼いた。
……この調子じゃ、発情期が来たらどうなっちまうのか。
若干の不安を振り払い、焼き菓子をいくつか見繕って渡す。売れ残りだが、多少は子守りの役に立つだろう。
「単刀直入に言う。あの子の野菜嫌いをなおしたい」
「野菜嫌い?」
突拍子もない要望に、しかめ面をまじまじと見返す。社交的なネロリ兄さんと違い、バイン兄さんは少し口下手だ。言葉を探るように呻く。
「おまえは料理がうまいだろ。何か案がないかと思ってな。仕事のついでに訪ねてみたんだ」
「それは光栄だけど。どうして兄さんがそこまで?」
「……知り合いの、シスターがいるんだが」
「……しっぽ族?」
兄さんは顔を赤くして頷く。ああ……なるほどな。
「孤児の面倒をよく見ていてな。あの子の好き嫌いをどうしてもなくしたいと、そうでなければ……心配で仕事を辞められないと言われた」
薄銀色の尾が重たげに床を向いた。
「すまん。おまえに頼ることになってしまって」
かぶりを振る。俺が番を見つけるまで待っていた兄さん達。ずっと守ってくれた二人だ、何を置いても応援したいに決まってる。
「責任感の強いひとなんだな。バイン兄さんにぴったりだ」
「からかうなよ……!」
「心からそう思ってるんだよ。断るわけがない。ぜひ協力させてくれ」
恩返しができるなら何だってやりたいって、小さな頃からずっと思ってたんだからさ。
「あの子の名前? ああ、そういえば訊いてませんでした!」
「それなのにあんだけ仲良くなったのか」
かわいい上に天才だな。
並んで家へ帰る道さえ愛おしい。隣で白い尾が揺れているだけで充足感がある。
「明日もおねえちゃんと遊ぶ!」とごねた少年のため、エマは仕事を休むと言ってくれた。俺の番は聖女のごとく優しい。まあ本音を言えば、あまり他の雄に近づかないでほしくはあるが。
用事があり面倒を見られない兄さんは、しきりに頭を下げていた。もともとこの町へは少年の新しい家族……里親へ挨拶しに来るのも、目的の一つだったそうだ。
「でも、野菜のお菓子ってちょっと難しいですねえ」
さて、何を作ったもんだろう? なんとなくの候補はあるんだが。
悩むのは楽しい。隣で共に考えてくれる相手がいるのも。
「全般ダメだって聞いたが、カボチャとか芋はたぶん、甘く味付けするだけで食えそうな気がするんだよな」
「野菜!って感じではないですよね」
「けど、葉ものは見た目で拒否られそうだし」
「菜っぱ……大根餅……あっ、にんじんケーキ!」
ぱあ、と楽しそうな碧眼が見上げてくる。
「すりおろして入れたらどうですか? オレンジ色もかわいいかも!」
「にんじんか、いいな。クセも少ないし」
そういえば前に、オレンジと組み合わせたジュレを作ったことがある。そうと決まれば今夜は実験だ。……ところで、ダイコンモチってなんだ?
「こちょこちょこちょ~!」
「キャハハハ! おねえちゃんやめてよぉ」
「ほれほれぇ~」
その日の営業が終わって店の奥を覗いてみると、少年はすっかりエマに懐いたみたいで、きゃいきゃいと笑い転げていた。お菓子も食べたらしい……ひとり分の痕跡にしては多かったが。
問う前にエマはひょいと視線を逸らし、ヘタクソな口笛を吹く。はは、別に構わねえのに。
俺は少年の前に屈み、目線を合わせる。
「なあ、ぼく。甘いものは好きか?」
「うんっ。シスターがね、クッキーをやいてくれるの。すごーくおいしいんだよ!」
「そっか。……じゃあこれを」
紙袋を渡す。中身は切り分けたシフォンケーキだ、にんじん入りの。
後で兄さんにレシピも渡そう。他の野菜でも代用できるようにと考えたから、日常から料理をするひとなら応用できるはずだ。
「明日帰るんだろ? みんなで食べてくれ」
「わあ、ふわふわ!」
「おっと潰すなよ? ふわふわをシスターに届けてほしい。できるか?」
「できるっ」
「ん、いい子だ」
頭を撫でたところでバイン兄さんが迎えにくる。姿を見るや、男の子の緊張が弛んだのがわかった。教会によく通ってるんだろうな。
「ノエル、エマさん、本当にありがとう。ほら、お礼を」
促された男の子は俺に「ありがとございました!」と元気に頭を下げた。それからエマのところへ向かうと、
「遊んでくれてありがと、おねえちゃん!」
「うん! 元気でね」
屈んだエマの頬に…………キスを。
「ノエル」
「……」
「ノエル、大人げないぞ」
いや全然気にしてねえけど? まさかあんなガキに対して妬くとかありえないし?
「おまえがこんな風になるとは思わなかったな」
呆れとも感嘆ともつかない言葉へ、咳払いをしてしっぽを一振り。
「兄さんも、番ができたらわかる」
一挙一動を目で追ってしまう。初心かよ、と自分でも思うがどうしようもない。好きすぎて好きすぎて――
はたと気づく。発情期に関して、兄さん達からのアドバイスは望めない。バイン兄さんが相手を見つけようとも、きっと俺のほうが早く来る。
まあ……まだその時期じゃない。
とりあえず今日は帰ったら、夕飯とシャワーは早めに済ませることにしよう。




