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しっぽで恋して!  作者: 笛吹葉月
番外編

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27/31

にんじんケーキ

「先輩、たいへんです!」


 もう店も閉めようかという頃合い。このあとのデートに思いを巡らせていると、店先の看板を片付けにいったはずのラフィンが、慌ただしく手ぶらで戻ってきた。


「とんでもなくイケメンなしっぽ族が!」


 人間のこいつが言うなら、顔が、ということだろうな。壁掛け時計を見やる。


「客なら入れてやればいいだろ。せっかく来てくれたんだし」

「いえ、それが、なぜかエマさんのことも知ってるみたいで」

「――あ゛?」

「ヒッ?! せんぱい、目、目がこわい! 表社会に出ちゃいけない表情してますよ?!」


 エマに興味がある同族の雄。そんなの、目的は一つしかねえに決まってんだろ。


「さあ掃除するか」

「暴力反対!」


 番になれば落ち着くかと思っていた独占欲は、むしろ日に日に大きくなっている気さえする。あいつが毎日かわいさを更新するせいだ、どうしたらいい?


 ラフィンと共に外へ出てみると。


「よう、ノエル」

「は? 兄さん……?」

「ええっ、お兄さん?!」

「はじめまして。いつも弟が世話になっている」


 そこにいたのは俺の二番目の兄、バイン兄さんだった。磨かれた刃のような薄銀の尾、警備隊ならではの鍛えた体に精悍な顔立ち。うん、そりゃ人間から見てもイケメンだろう。俺よりも背が高いので、ラフィンはすっかり見上げる格好だ。

 でも、中央の町にいるはずの兄さんがなぜ?


「おにーさんたち、こんばんは」

「あ、ああ、こんばんは?」


 そして、見知らぬしっぽ族の男の子を連れている。ますます意味がわからない。


「ノエルさぁーん!」


 役者は更に増える。まあ、夕飯を食べにいく約束をしてたせいだが。

 るんたった、と音すら聞こえそうなスキップでやってきた可愛い番は、つんのめりそうになりながら急停止した。


「ばっ、バババ、バインさん?! ご機嫌うるわしくございまふ?!」


 白いしっぽをぴんと立て、キョロキョロと顔を見比べる。同族の前でそんな可愛い仕草を見せないでほしい。真剣に、閉じ込めておきたくなるから。


「久しぶり、エマさん。元気そうだな」

「ホヒッ……!」


 手をとって軽く口づければ、硬直する彼女。兄さんにとっては癖のようなものなんだろう。頭では理解しようとしてる。

 尾の毛が逆立ち、隣のラフィンが身震いした。肉親相手なのに気を抜くと脳が焼き切れそうだ。


「ああ、そう凄むなノエル。悪かったよ」

「や……、大丈夫。それで、急にどうしたんだ?その子も」

「ちょっとおまえに相談があってな。時間をもらえるか?」

「わかった、奥で話そう。ちょうど閉めるところだったんだ」


 ドアにクローズの札をかける。男の子は店の物に興味津々なようで、小さな尾の先をぴこぴこと動かしていた。


「ラフィン。後片付けは俺がやるから、先に上がっていいぞ」

「ええと、わかりました。じゃあお先です。エマさんも、また!」

「はい、また!」


 ニコニコと手を振る。かわいい。


「それなら、この子はわたしが見てますね。さ、お姉ちゃんと遊ぼ~?」


 ごく自然に子どもの手を引き、こちらに向かって目線で頷く。まるで母のような姿に色々と想像してしまって、尾の付け根が疼いた。

 ……この調子じゃ、発情期が来たらどうなっちまうのか。

 若干の不安を振り払い、焼き菓子をいくつか見繕って渡す。売れ残りだが、多少は子守りの役に立つだろう。




「単刀直入に言う。あの子の野菜嫌いをなおしたい」

「野菜嫌い?」


 突拍子もない要望に、しかめ面をまじまじと見返す。社交的なネロリ兄さんと違い、バイン兄さんは少し口下手だ。言葉を探るように呻く。


「おまえは料理がうまいだろ。何か案がないかと思ってな。仕事のついでに訪ねてみたんだ」

「それは光栄だけど。どうして兄さんがそこまで?」

「……知り合いの、シスターがいるんだが」

「……しっぽ族?」


 兄さんは顔を赤くして頷く。ああ……なるほどな。


「孤児の面倒をよく見ていてな。あの子の好き嫌いをどうしてもなくしたいと、そうでなければ……心配で仕事を辞められないと言われた」


 薄銀色の尾が重たげに床を向いた。


「すまん。おまえに頼ることになってしまって」


 かぶりを振る。俺が番を見つけるまで待っていた兄さん達。ずっと守ってくれた二人だ、何を置いても応援したいに決まってる。


「責任感の強いひとなんだな。バイン兄さんにぴったりだ」

「からかうなよ……!」

「心からそう思ってるんだよ。断るわけがない。ぜひ協力させてくれ」


 恩返しができるなら何だってやりたいって、小さな頃からずっと思ってたんだからさ。





「あの子の名前? ああ、そういえば訊いてませんでした!」

「それなのにあんだけ仲良くなったのか」


 かわいい上に天才だな。

 並んで家へ帰る道さえ愛おしい。隣で白い尾が揺れているだけで充足感がある。

 「明日もおねえちゃんと遊ぶ!」とごねた少年のため、エマは仕事を休むと言ってくれた。俺の番は聖女のごとく優しい。まあ本音を言えば、あまり他の雄に近づかないでほしくはあるが。

 用事があり面倒を見られない兄さんは、しきりに頭を下げていた。もともとこの町へは少年の新しい家族……里親へ挨拶しに来るのも、目的の一つだったそうだ。


「でも、野菜のお菓子ってちょっと難しいですねえ」


 さて、何を作ったもんだろう? なんとなくの候補はあるんだが。

 悩むのは楽しい。隣で共に考えてくれる相手がいるのも。


「全般ダメだって聞いたが、カボチャとか芋はたぶん、甘く味付けするだけで食えそうな気がするんだよな」

「野菜!って感じではないですよね」

「けど、葉ものは見た目で拒否られそうだし」

「菜っぱ……大根餅……あっ、にんじんケーキ!」


 ぱあ、と楽しそうな碧眼が見上げてくる。


「すりおろして入れたらどうですか? オレンジ色もかわいいかも!」

「にんじんか、いいな。クセも少ないし」


 そういえば前に、オレンジと組み合わせたジュレを作ったことがある。そうと決まれば今夜は実験だ。……ところで、ダイコンモチってなんだ?




「こちょこちょこちょ~!」

「キャハハハ! おねえちゃんやめてよぉ」

「ほれほれぇ~」


 その日の営業が終わって店の奥を覗いてみると、少年はすっかりエマに懐いたみたいで、きゃいきゃいと笑い転げていた。お菓子も食べたらしい……ひとり分の痕跡にしては多かったが。

 問う前にエマはひょいと視線を逸らし、ヘタクソな口笛を吹く。はは、別に構わねえのに。

 俺は少年の前に屈み、目線を合わせる。


「なあ、ぼく。甘いものは好きか?」

「うんっ。シスターがね、クッキーをやいてくれるの。すごーくおいしいんだよ!」

「そっか。……じゃあこれを」


 紙袋を渡す。中身は切り分けたシフォンケーキだ、にんじん入りの。

 後で兄さんにレシピも渡そう。他の野菜でも代用できるようにと考えたから、日常から料理をするひとなら応用できるはずだ。


「明日帰るんだろ? みんなで食べてくれ」

「わあ、ふわふわ!」

「おっと潰すなよ? ふわふわをシスターに届けてほしい。できるか?」

「できるっ」

「ん、いい子だ」


 頭を撫でたところでバイン兄さんが迎えにくる。姿を見るや、男の子の緊張が弛んだのがわかった。教会によく通ってるんだろうな。


「ノエル、エマさん、本当にありがとう。ほら、お礼を」


 促された男の子は俺に「ありがとございました!」と元気に頭を下げた。それからエマのところへ向かうと、


「遊んでくれてありがと、おねえちゃん!」

「うん! 元気でね」


 屈んだエマの頬に…………キスを。


「ノエル」

「……」

「ノエル、大人げないぞ」


 いや全然気にしてねえけど? まさかあんなガキに対して妬くとかありえないし?


「おまえがこんな風になるとは思わなかったな」


 呆れとも感嘆ともつかない言葉へ、咳払いをしてしっぽを一振り。


「兄さんも、番ができたらわかる」


 一挙一動を目で追ってしまう。初心かよ、と自分でも思うがどうしようもない。好きすぎて好きすぎて――

 はたと気づく。発情期に関して、兄さん達からのアドバイスは望めない。バイン兄さんが相手を見つけようとも、きっと俺のほうが早く来る。

 まあ……まだその時期じゃない。

 とりあえず今日は帰ったら、夕飯とシャワーは早めに済ませることにしよう。

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