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しっぽで恋して!  作者: 笛吹葉月
番外編

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26/31

しっぽのお手入れ

「お届けものでーす」

「はーい!」


 パタパタと応対に出て、ようやく体に馴染んできた家名をサインする。今のわたしはエマ・ガルニールなのだ。るんっ。

 荷物はノエルさん宛て。小さな紙袋一つだけどちょっと重たい。上から触ってみると、なんだか、筒みたいな形?


 程無くして帰宅した美しい旦那様は、ただいまのハグをしてくれたあと、荷物に気づいたらしい。


「あれ、もう届いたのか」

「わたしが受け取りました!」

「はは、えらいえらい。その……中身は見てねえよな?」

「それはもちろん?」


 何やらホッとしたようにブツをひっ掴んで、寝室の棚に仕舞いこんでしまう。むむ?


「なに買ったんですか?」

「内緒。さ、シャワー浴びてこいよ」

「はぁい」


 バスタオルを抱えて浴室へ。今日のお風呂上がりの一杯は何かなー!


 体と一緒に、真っ白しっぽも泡立てた石鹸で洗う。ナナちゃんモモちゃんにあれこれと手入れグッズを教えてもらった……のだが、生来の面倒くさがりゆえに、まったく活かせていない。安い化粧水をバシャバシャする派なので。あとオールインワンは神。

 ぎゅっと水気を絞ってタオルで乾かしたら、あとはチャカチャカとブラッシングしておしまい! 年齢を重ねたら祟ってくるのかしらと少し不安。好きな人の前では可愛くありたい、という程度の乙女心は一応ある。


「お先でしたー」

「ん。俺も浴びてくるかな」


 晩酌兼、軽めの夕飯の準備がもう整っているみたい。おいしそうな匂いが部屋じゅうに漂っている。じゅるる。


「つまんでてもいいぞ?」

「ま、待ってます! 待てます!」


 軽く笑うのを見送って、ソファーにこてんと横になる。まだ湿っぽい尾を抱き抱え、そのまま、うと、うと……



「…………ハッ!」


 いかん、寝てしまった!

 目を開けたと同時、浴室から出てくる音が聞こえた。それから足音。

 なんとなくタイミングを逃してしまって、狸寝入りを続けながら薄く目を開ける。ノエルさんは一度わたしの髪を撫でてから寝室に入ると、静かにドアを閉めたのだった。ハワアアア……?! がんばれ口角、つり上がるな堪えろ。


「でゅ、ふ、へへへ」


 無理だった。ニママママ!

 身を起こして、撫でられた箇所を自分でも触る。あーん、寝たふりしてて良かったぁ。


 にしても、扉まできっちり閉めちゃって、何をしてるんだろう? お行儀はよくないとわかりつつ、耳をすましてみる。

 ギシッ……これはベッドに座る音?

 ガサッ……さっき届いた紙袋の音?

 キュポッ……何かの蓋を開ける音?

 ヌチャ、ヌチャ……粘り気のある音??


「…………ふう」


 やばっ、出てくる?!

 慌ててもう一度ソファーに寝そべる。腕打った、痛!


「悪い、起こした?」

「ん、んー」


 とろとろの笑みにきゅーんとする。さらに寝惚けたふりで体をくっつけた。汗かお湯か、少しだけしっとりしたシャツ。大きな手はまだポカポカと温かい。あまい、かっこいい、すき。もっと撫でてほしい。


「くんくんくん……うん?」


 ほんの少し、違和感。なんだかいつもよりセクシーな匂いが。スモーキーでウッディでスパイシーで……ともかく、普段の匂いとちょっと違う気がする。

 石鹸やシャンプーの香りじゃない。特に変えてないもん。


「お風呂上がりに、なにかしましたか?」


 試しに訊いてみると、ノエルさんは珍しく頬を赤くした。え?


「なっ何でもいいだろ!」


 一体ナニを?! あやしい……





「――ということがありまして!」


 一連の出来事について話し終えると、隣に並んだラフィン君がなんとも言えない微妙な表情をした。

 今日は洋菓子屋さんの買い出しをお手伝い。ノエルさんは「なんで俺とじゃねえんだ」ってブツブツ嘆いていた。カラメリゼさんに店番を頼まれてたからね。


「それ、知らないほうがいいんじゃないですか?」

「えー?」


 市場からの帰り道を、大きな袋を抱えて歩く。大量に使う粉や卵、ミルクはさすがに宅配で届くので、こうして買うのは日持ちしない果物だったり、ちょっとした飾りに使う食用花だったり。これでおいしいケーキが生み出されると思うと、足取りも軽くなるってものだ。


「先輩も男ですからね、色々あるんだと思いますよ」

「男だから? ですか?」

「そりゃあほら、自室にこもってやることなんて決まってるというか……!」


 ふむむ??


「気になるなら直接訊いてみたらいいと思いますけど。先輩、エマさんにはしぬほど甘いですから」

「でへ」


 それは自覚あります。


「ハァ。その優しさを、少しでいいからこっちにも向けて欲しい……」

「あはは。けっこう厳しいんですか?」

「万人があのひとと同じレベルの努力をできるわけじゃないんですよ、もー」


 まあ、本当に嫌がってたらわたしにそんな愚痴は漏らさないだろう。ノエルさんも、家でよくラフィン君の話をしているくらいだ。期待してるんじゃないかな、なんて。





「こいつの匂いじゃないか?」


 で、試しに面と向かって質問してみたら(「エロい匂いがしたんですけど何ですか?」「なんて?」)、答えはあっさりと提示された。手に持っているのは……


「しっぽ用の、オイル?」

「そう」


 筒状のそれの蓋をキュポッと開けて、少し近づけてくれる。くんくん……ほ、ほんとだー?!


「なんで隠してたんですか?!」

「いや……」


 普通の手入れ道具、スキンケア用品みたいなものだ。やましいことがあるとも思えないのに!


「こんな色なのに、馬鹿みたいだろ」

「……」


 同族内で『醜い』とされる濃い色の尾。長いチョコレート色のしっぽは、大人っぽくてわたしは大好きなのに。

 わしっ、と無遠慮にそれを掴む。


「な」

「このつやつやが努力の賜物と知って、余計にいとおしくなりました」


 ソファーの端に身を退こうとしたノエルさんが、顔をひきつらせた。つやつやのとぅるんとぅるんで美味しそうったらない。

 はああ、そしてモフモフ気持ちえぇ~。芯の部分がトクトクとあたたかくて、周りのワサワサした毛と相俟って、もう最高だ。わたしのよりデカくて握りごたえがあるし。もしこのクッションが売ってたら絶対に買う。抱いて寝る。


「んっ……!」


 さすさす、ふかふか、もにゅもにゅ……


「な、んでしっぽ触るのだけ、そんなに慣れてんだよ……ッ」

「気持ちいいですか?」


 悪戯心がむくむく。これまで自分のを散々モフモフしてきたから、とは口が裂けても言えない。乙女なので!


「わたしはノエルさんのしっぽが好きです。だから、あんまり悪く言うのはヤです」

「わかった、わかったからっ」


 フウッと熱い息を吐き、赤らんだ目尻に涙を溜めるイケメン。すごい、あまりに殺傷力が高すぎてクラクラしてきた。何のご褒美?


「い、い加減に……!」

「モフモフモフモフ」

「は、あぁ――くそっ」

「モフモフモ…………ぁ?」


 手首を掴む強い力で我にかえる。まずい、調子に乗りすぎたね……?

 一気に形勢逆転。今度はわたしが体を強ばらせる番。ぐるんと景色が引っくり返って、気づけば上にノエルさんが馬乗りになっていた。


「――おい」

「はひ……」


 わあー、亜人のチカラってつよーい……じゃなくって!


「エマがわるいよな?」

「ご、ゴメンナサ――ひゃっ?!」

「どうだ? しっぽを触られる気分は」

「あの、あああ明日もお仕事……!」

「知らねえ」

「んぅっ」


 深紅の瞳がきゅっと狙いを定める、この瞬間が好きなんだけど。首筋に噛みつかれながら、ちょっとやりすぎたなぁと反省した。

 あと、ラフィン君に余計な勘違いをさせたままのような気もするけど……まあ、いっかー!


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