ボンボンショコラと酔っ払い
お手柔らかに……!
(ノエルさんたじたじ回です)
帰宅して、チョコを食べているエマを発見。箱からつまんで、あー、と口を開けたタイミングでぱちりと目が合う。
「ただいま?」
「……おはへひひゃひゃい」
エマは少し迷った後、結局そのまま口へと放り込んだ。いや食うのかよ。
「むぐむぐごくん……いえ、これはですね、いっしょに食べようと思ってたんです、けど」
「けど?」
「その……あ、味見です、あじみ!」
「いーよ、好きなだけ食って」
味見って量じゃなさそうだが。遅すぎる言い訳がひたすらに愛おしい。
身構える小さな存在に、笑って近寄る。どうせ甘いものはたくさんある。知り合いのパティシエからもらったり、試作や売れ残りを持ち帰ったり、他に俺もつい買ってしまうものだから。
「で、どうだった――」
ってこれ、酒入りのチョコレートじゃねえか?!
慌てて顔色を確認したら、にこーっと破顔される。あ、さては俺が帰ったら気が抜けた感じか……?
「おいおい、何個食ったの」
「いち、にい……?」
「うん」
「さん、んんん……いっぱい?」
「いっぱい」
「あぃ」
覗いてみれば、まあ個数としては思ったほどの量じゃない。が、よりによって、飲兵衛な友人が試作したクソ度数の高いウイスキーボンボンだ。
奇天烈な奴というのはどの業界にもいるもので、何の因果か俺は昔からそういう人種に好かれやすかった。これも押しつけられた(曰く)プレゼント。絶対に実験台にさせられただけだと思う。
そして可愛い番は、お世辞にも酒に強いとは言えない。幸い、飲まれたところでご機嫌な酔っぱらいになるだけなので、相手をするのも苦じゃないが。
「のえるしゃんふふふー」
あーあー、これは完全にヘロヘロだな。小さな体をぐっと抱き寄せる。
「チョコあじのちゅー、しますか?」
「どうすっかな」
「なんれれすか」
不満そうに膨らんだ頬をふにふにとつつく。
「酔っぱらぱーになりましょー」
「エマみたいに?」
「わらしは酔ってないれすが!」
「酔っ払いは全員そう言うんだよ」
しっぽが抗議するみたいにぱたぱたと叩いてくる。全然痛くねえ、むしろ触れる毛並みが気持ちいい。
「はいっ、あーんですよ?」
ずいっとチョコを差し出され、観念して口を開ける。
「はは。あーん……んエホッ!」
うわッ、これは強い。ツンとするアルコール臭に思わずむせた。エマもよく食ったな?!
「しっぽください」
「はいはい」
「すんすんすんすん」
仕方なく体を少し捩ると、俺の尾に顔をうずめながらくっついてくる。俺の、こんな尾をにこにこと触る。むずむずした。
「んー」
「どうしたよ? んな不服そうな声出して」
身を離したエマはしかめ面だ。
「あつい脱ぐ」
「脱ぐな」
「でも」
「でも、なに?」
「すきじゃないですか。よいしょ」
柔らかそうな色白の素肌が見えて、淡い水色のレースが……
「って馬鹿ッ!」
大急ぎでシャツをおろさせる。好きだよ! 好きだが! 今じゃねえだろ!!
「しまっときなさい!」
「む」
「む、じゃない」
なんで俺がこんなに焦らなきゃならねえんだよ、ったく……。
「じゃあ、ぎゅってしてください」
「しません」
「なんでですか」
「なんでもだよ」
今くっつかれると色々と困る。生物的にどうしようもないアレコレだ。別に、今日は水色かーとか思ってない断じて。もう忘れた、さっき見たものは忘れました!
「俺をからかった仕返しだ」
「ひどい……」
真っ白な尾が一気に垂れる。しょげられると弱い、けど駄目だ。自分の名誉のためにも、甘やかしたくなるのをぐっと堪える。
「だいたい、ハグなんかしたら余計に暑くなるぞ」
「急に涼しくなりましたけど」
「嘘つけ」
「しょんぼり! あーしょんぼりしちゃいましたぁあ」
そんな可愛いことしたって……した、って……
「くっ……!」
陥落。辛抱できずにミルクティー色の頭を撫でた。チョロすぎて我ながら涙が出てくる。
「へへ。すき、すき」
ゴロゴロと喉を鳴らしてすり寄ってくるのが、堪らなくどうしようもなく可愛い。クソ、俺も好きだよ!!
一緒に酔っていればまだしも、一方的に酩酊している相手に手を出すのはフェアじゃない気がする……という話をすると、バスケ仲間の獣人や亜人達には「律儀だねぇ」と呆れられるのが常だ。でも、こいつはほろ酔いを通り越すと、よく記憶も飛ばすからなぁ。
「あ」
「今度はどうした」
またイイコト思いついたって顔してやがる。俺にとってイイかどうかは別だ。
「きょうはママになってあげます」
「は?」
そりゃもうシンプルで間の抜けた「は?」が出た。なんだって?
「のえるさん、ごろんしてください。ハイ、ごろーん?」
「は? え?」
ぺしぺしと自分の膝を叩くエマ。お、おいまさか……
「はやく」
「おいやめ――いや力強いな?! ぶべっ」
ぐい、と引き倒されそうになり、エマの脚に頭を打ち付けないよう慌てて肘をつく。
「よしよし、よォしよーし」
信じられない。愕然としながら俺は自分の鼓動を耳元で聞いていた。エマに、膝枕されている……!
ちょうど目線の高さに忌々しいチョコレートの箱があった。クソッタレ、後で絶対に文句を言ってやる。
フニャフニャしてるくせに蕩けそうな甘い顔で、エマは俺の頭を優しくポンポン撫でてくる。やめろ、とはとても言葉にできずにただ呻くばかりだ。ああチクショウ、誰か助けてくれ。
「いつもがんばってえらいですねえ」
「……」
悪くない、なんてこの状況を認めてしまえばきっと終わりだ。ああ、俺のプライドが、ガラガラと音を立てて崩れていく。
下敷きにしているやわらかい感触も意識してしまうし、上機嫌そうな白い尾も視界に入るし、何より『番』特有の匂いが濃く香って、だめだおかしくなる!
「ねんねこ、ねんねこ、フンフンフーン。おねんねしましょーねえ?」
寝れるかァ!!
全力で叫びたかったが、満足そうな笑顔を壊したくはないから堪えた。尾の付け根と下腹部が熱く疼いて、思わず両脚を擦り合わせる。
ただでさえ天使みたいに可愛いのに、聖母のごとく甘やかされたら手も足も出ない。新たな扉を開けてしまいそうだ。なに、これ? 違うじゃん、俺は、俺が! エマを甘やかしたいのに!
「エマ、もう充分だ。癒されたよ」
「ママです」
「……」
「ママです」
「ま、……」
言えるかァ!!
実の母親でさえ呼んだことねえのに! 両手で顔を覆う。もうやだ、これどんなプレイ?
「のえるさん、かお」
「なに……」
「お顔が見えないですよ?」
必死に隠していた手を無理やりに引き剥がされる。だからっ、その馬鹿力はどこからくるんだよ?! こんな時だけ亜人らしさを出すな。
恐らく俺は涙目だったと思う。体も顔も全部が熱くて、混乱しながらもなけなしの理性を保とうと必死だったのだ。
髪を梳く、小さな手の優しい手つき。碧眼を細め、俺を見下ろした彼女はうっとりと笑む。
「ウフ。かわいい~」
「ころしてくれ!」
悲鳴を上げながらも身を起こさなかったのは、そういうことなのだろう。さっさと振り払えば良かったのに、できない。俺は尾を丸めながら身を縮めるしかなかった。やだもうほんとに!
――それからしばらく禁酒を命じたのは言うまでもない。もちろんエマはこのことをまったく憶えていなかった。俺にとっては幸いだ……んん、たぶん。




