ただいま、おかえり
寝室で荷造りをする大きな背中にくっつき続けて、まあまあの時間が経った。
中央の町でお菓子のコンクールがあるそうで、明日からノエルさんは出張になる。つまり、離ればなれ。今のうちにたくさん補給しておかねばっ。
「無事に帰ってきてくださいね?!」
「たった三日間だぞ?」
「んむむむむ」
それは、そうなんだけど。まだ番じゃなかった頃と一緒に暮らすようになってからとでは、同じ数日でも意味が違う。充電切れになるかもしれない!
「こんなもんでよし、っと。おい、立てねえよエマ」
「おんぶ」
「また今度な。ほら」
笑うノエルさんに促されキッチンへ。不在に備えて、たくさんの料理を作り置きしてくれたのだ。この頃はコンクールに向けた練習のために、夜遅かったりもしたのに。
「下ごしらえは全部してあるから、あとはメモに書いてる通りに焼くだけだ。火傷しねえように。あと、パウンドケーキも作ったからな。朝飯はちゃんと起きて食べるんだぞ? 余ったらまた双子のとこに持ってってもいいぜ」
セクシーな男前のくせに、お母さん属性も持ってるのはずるいと思う。そんなの好きにならざるを得ない。
でも……申し訳なさはやっぱりある。わたしはと言えば、手際よく調理するノエルさんの傍をうろちょろしていただけだ。しゅん、としっぽと仲良くうなだれてしまう。
「忙しかったのに、ごめんなさい」
「俺がエマに変なモン食ってほしくないの。いい子で待ってろよ? 土産も買ってくるから」
こうやって撫でてもらうのも我慢か……うーん、いやだなぁ。
翌朝、ノエルさんは早くに出ていったらしくて、目覚めたらベッドの中にはわたしだけだった。
隣に誰もいないというだけで、猛烈にかなしくて仕方がない。寂しい。これも亜人特有の感覚なのかな。子どもの頃はちょっぴり呆れもしたけど、お父さんとお母さんがいつも一緒だったのも納得だな。
「ん……」
枕の匂いを吸ったらちょっとだけ安心した。さあ、起きよう。
一人の食卓、一人の身支度。あれれ、時間が過ぎるのってこんなに遅かったっけ?
仕事にいって、帰って、また一人の晩ごはん。作ってくれた料理はどれもおいしいに決まってるのに、なんだか味が全然しない。
「……ごちそうさまでした」
ノエルさんと会う前にどうやって生活してたのか、思い出せなくなっちゃったみたいだ。
大きなベッドに小さくなって、ゴロンゴロンと何度も寝返りをうつ。最終的にはノエルさんのパジャマを拝借してきて、それを抱いたらやっと眠ることができた。
日中、ナナちゃんやモモちゃんといる時は寂しいのを忘れられる。ノエルさんが帰ってくる明日はお休み。あと一日、がんばって働くぞ。
「こんにちはー! って、あれ、エマさん?」
カラメリゼのパティシエであるラフィン君が店にやって来た。わたしを見るなり驚いた表情で声を上げる。
「なんで居るんですか?」
「へ?」
どういうこと?
「てっきり、先輩と一緒に中央の町に行ったのかと」
「一緒に行けるものだったんですか?!」
「確か、家族は一人までなら大丈夫だったはずですよ。亜人のツガイって身内ですよね? 先輩なら絶対に連れていくと思ってたのになぁ」
***
ちょうど夕飯時の客を標的にしているのか、肉屋から揚げ物のいい匂いが漂ってくる。腹が減っている帰り道にこれは効く。
「お、いらっしゃい! 揚げたてのコロッケはいかが?」
「じゃあそれ二つ。と、メンチカツも二つ」
「毎度あり! お兄さんカッコいいから、オマケもしとくね!」
「はは、そいつはどうも」
夕飯はこれにほろ苦いエールを合わせるのもいいかな。コンクールの結果も良かったし、今日は豪勢にいきたいところだ。
重たい鞄と、土産とうまいもの。喜ぶ顔を想像したら自然と早足になる。
出る前にエマへ言っておきながら、三日間ってのは思った以上に長かった。会いたい、今すぐに抱きしめたい。
「エマ!」
部屋に入るとパタパタと走ってくる音が聞こえた。尾が立ち上がったのが自分でもわかる。我慢しなくていいのは楽だな。
姿を見せた小さな番は、なぜか服らしきものを手に持っている。俺は両手を空けて、抱きついてくるのを待ち構えていたんだが……予想に反して目の前で立ち止まってしまった。お? 珍しい――
「え?」
濡れた瞳と目が合った途端、ぽろぽろと雫が零れる。は?
「え、エマ? どうした?」
お、おおお俺っ、何かしたか?!
声が震えなかったのを我ながら褒めてやりたい。なんで泣いてんの? 内心でめちゃくちゃ混乱しながら、自分の言動を省みる。
もしくは、他の誰かに嫌なことでもされたのか? だとしたらそいつはボコボコにしないと気が済まねえな名乗り出ろ。
よく見ると、何かを躊躇うようにもじもじと白い尾が低空でゆれている。手に持ってるのは……俺の部屋着?
「それ」
「……一緒に寝てました」
……何も言葉が出てこない。もうなんなの、この可愛い生き物?
「寂しかったか?」
分かりきったことを聞けば、こくんと頷く。
「そっか。服じゃなく、本物は必要?」
返事の代わりに両腕を伸ばされる。俺は体全部と尾も使って、小さな番を全身で抱きしめた。疲れが一気に吹き飛ぶ。
「俺も会いたかったよ」
ぐしゅ、と鼻をすする音。柔らかな髪の毛を手ですいてやる。
「というか、部屋すげえきれいじゃん。掃除してくれたの?」
「はい。でも、当たり前ですよ」
「俺がそう思いたくないんだよ。ありがとな」
「……それなら、どういたしましてっ」
照れ隠しなのか、ぐりぐりと胸にミルクティー色の頭を押しつけてくる。はぁ可愛い。少し離れてただけでこんなことになるのか? そういうものだとわかってても、やばいな。
「ノエルさん」
「うん?」
「あのですね、文句があります」
「……ほう」
「出張に連れていってくれなかったのは、わたしがくっつきすぎだからですか?」
意味を理解するまでに数秒かかった。ひょっとして、それで拗ねてたのか?
「連れてってもさ、ずっと一人にさせちまうだろ?」
「んー」
「……ってのは建前で」
さすがに関係者以外は会場に入れないからな。どうせ行くなら二人でゆっくり観光したかったってのも、まあ、嘘じゃねえんだけどさ。
「誰かが帰りを待ってるのが、嬉しかったんだ」
気をつけてと送り出してくれる相手がいて、お土産を選ぶ楽しみがある。一人の部屋に帰っていた頃にはなかったことだ。
こんなに悲しませるくらいなら、連れていったほうがよかったかとちょっと思ってしまったが。
こちらを見上げた碧眼が瞬いた。そうそう、そのフニャけた笑顔が見たかったんだよ。
「ごはん、ごちそうさまでした」
「うん」
「けどやっぱり、一緒に食べたほうがおいしいです」
「そうだな」
白いしっぽも俺の体にまわる。まだ雫がついたまつ毛が見える距離で、愛しい番は花の咲くような笑みを見せた。
「コホンッ。では、改めて。おかえりなさい、ノエルさん?」
「ああ、ただいま」
どうかこの先も、一番におかえりを言ってくれよ。俺の帰る場所はここなんだから。
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反動で次の小話はおバカなコメディとなると思います(笑) 今後ともよろしくお願いいたします。




