ふたり暮らしの守り神
「モモちゃん、一個多く食べなかったァ?」
「えェ? 気のせいじゃない?」
勤務時間中におやつを食べるのは、どうなんだろう?
どうせ毎日が開店休業状態なのだ。かといって、たまに大きな金額がドカンと入ってくるために、生活にはまったく困らないのが逆に恐ろしいし不思議。
疑問に思いながらも、わたしもマドレーヌをひとつ手にとる。ふふふ、食べる前から絶対おいしいとわかってる。
「甘いのとしょっぱいの、どっちも寄越すのがヤラシイわねェ」
「ほーんと。手が止まらなくなっちゃうわァ」
ぷりぷりと怒るふりをしながら二人が頬張るのは、ノエルさんお手製の焼き菓子だ。たまにおやつにと持たせてくれるのだけど、もちろんナナちゃんとモモちゃんのぶんも入っている。
手が汚れないように一つずつきちんと紙で包まれていて、大好きな恋人……夫?のそんな細やかさにもニマニマしてしまう。
「そういえばァ、ノエルくんと一緒に住み始めたんでしょォ?」
「はい、最ッ高なんですよぉおほほ」
デロデロに顔面が溶けた。大好きなひとと、おはようからおやすみまで一緒だなんて! このまま墓場まで一緒でお願いします。
二人には遠慮なく惚気られる。むしろ、聞かせて欲しいとねだられるくらい。
「気付いたらごはんができてるし、ティータイムの準備もすごく手際がよくて、もちろん全部がおいしい! お風呂上がりにタオルでわしゃわしゃ拭いてくれるのも好きだし、たまに髪も乾かしてくれて。甘やかされすぎて手足が退化しちゃいそうって言ったら、『そうなったらずっと俺が世話していい?』なんて言われて、ハァー!!」
両手で顔を覆う。だめ、好きすぎる。カウンターに座ってなかったら思いっきりじたばたしていたところだ。もちろん実際、家事は分担してるけど。
あと、ノエルさんの長いしっぽをモフモフし放題なのも最高なんだけど、羞恥心というものを学んだので黙っておいた。でも手触りがいいんだよ、ほんと……!
「うまくいってそうで何よりだわァ」
「ノエルくん、甘えられるの好きそうだものねェ」
「うぅ、ぜんぶしゅき」
語彙力を失うわたしを眺め、パステルイエローとピンクの尾を絡め合いながら言葉を交わす。
「いつもお菓子をいただいてるし……」
「お祝いもあげてなかったし……」
「ウチにあるもの」
「何かあげましょォか?」
え!
「いいんですか?」
「食器とか家具とか、ねェ」
「新生活って何かと物要りでしょォ。例えばァ――」
店内を見回す二人。ナナちゃんが「あ」と棚の一画を指差す。
「カップとソーサーのセットなんて、どォ?」
色とりどりのティーカップが整列した棚は、わたしもお気に入りのコーナーだ。詳しいことはわからないけど、オモテに出ている品は比較的お手頃価格、らしい。まだまだ目利きは修行中です。
カップといえば……
「ちょうどこのまえ、市場に二人で見にいったんですよ」
「あらァ、そうだったの」
「はい。フリーマーケットで買ったやつが、すごくかわいくて! 緑のバラの柄が珍しいなって思ったんですけど」
「……それってもしかしてェ、縁取りが金色で、ソーサーの真ん中にてんとう虫が描かれてたりするゥ?」
「そうです! 有名なんですか?」
掘り出し物を探すのが好きだと言うノエルさんが、「これとかいいじゃん」と選んでくれたもの。お上品だけど遊び心もあるデザインは、わたしも一目見て気に入った。
ナナちゃん達は顔を見合わせてまた「ウフフ」と笑った。
「持ってきたら見てあげるけどォ。ひょっとしたら、ノエルくんはわかってて買ったのかもねェ」
「イイ買い物したじゃない。うちに欲しい人材だわァ」
さ、さすがお坊ちゃん……! わたしも負けていられないぞ、そういうのを見抜けるようにがんばらなければ!
「じゃァ、時計とか?」
オシャレな置き時計を指差す。
「実は、時計も実家から贈られてきて……」
うちの両親からの贈り物。ノエルさんと挨拶に帰って以来だけど、何の前触れもなくつい先日届いたばかりだ。
ちなみに、早々に現状を受け入れたお母さんからの手紙によると、まだお父さんは娘の嫁入りに対してフクザツな気持ちらしい。一緒にお酒でも飲んだらすぐ打ち解けられそうだけど、今度誘ってみようかな?
「あらまァ残念」
「というか、その時計って幾らですか?!」
あからさまに年代物ですよと主張しながら鎮座しているお品物。モモちゃんが囁いてくれた桁数に血の気がひいた。
まあ、ノエルさんならこういうのも見慣れてるんだろうけど。
遠い目をしながら、ご実家にお泊まりした時のことを思い出す――
『夕飯の用意をするわね。エマちゃん、食べられないものはあるかしら?』
『なっないですお義母様、なんでもおいしく食べられます!』
『素晴らしいわ』
『あっ、お、オオ、お手伝いしままま……!』
『いいのよ、お客様はゆっくりしてて。私が作るわけではないし。ああそうだ、着替えが必要よね? 選んであげる。気に入ったのがあれば持って帰ってちょうだい』
『え゛』
『うふふ、女の子のお洋服を選ぶのが夢だったのよ!』
『オ、オア……アリガトゴザマシュ……??』
『ネロリなら似合うのだけど。やっぱり女の子が着るべきよね~!』
……てな感じで。お義母様にバカでかいクローゼットへと連行され、着せ替え人形になること数時間。試着したすべてをお土産に持たせられそうになったのを、ノエルさんに泣きついてどうにか止めてもらったのだ。
あんな高そうなドレス! ヒラヒラの! 着られないよ!!
ノエルさんちが男の子ばかり三兄弟だからというのは、わからなくもないけど。いや、ネロリさんって女装させられてるの……? 本当に似合いそうなのがまた何とも。
「ウーン、ナナ達があげられるもの、なかなかないわねェ、モモちゃん?」
「そうねェ、ナナちゃん?」
美女ふたりが可愛らしく小首を傾げている。
「お気持ちだけでじゅうぶん嬉しいですから!」
「あとはァ……倉庫のほうも覗いてみるゥ?」
モモちゃんに店番をお任せして、ナナちゃんと奥へ。そこでわたしは運命の出会いを果たすのだった。
「――で、こいつを貰ってきたの?」
「はい! かわいくないですか?!」
「……俺は時々、エマの美的センスが心配になる」
額をおさえたノエルさんへ、『お土産』を両手で持って見せつけた。前世でいうところのハニワ?みたいな、おとぼけ顔をした珍妙な置物。かわいいでしょうよ! これは絶対リビングに飾るのだ。
姉妹は「え? それでいいのォ?」って目をまるくしてたけど。
「掘り出し物です! フンスフンス」
「それたぶん在庫を押しつけ……いや。気に入ってるんならいいや」
「どこかの国の魔除けらしいですよ」
「ふうん? じゃ、上のほうに置いとくか」
ひょいと手に取り、飾り棚に置いてくれる。ノエルさんがチョイスするオシャレ雑貨に混じると確かに浮いてるけど、これもまた、二人暮らしの証と思えば笑みがこぼれちゃうぜ。
「えへへぇ」
「なーに笑ってんの?」
「ノエルさんとわたしのおうちなんだなぁと思って」
「そうだな。俺たちの愛の巣ってやつだよ」
大好きなひとと一緒に過ごせるのが幸せでたまらなくて、背伸びをする。蕩けそうに笑む頬にキスしたら、すっかりスイッチが入ったらしい。ふふ、またナナちゃんモモちゃんに報告することが増えちゃった!




