ハンバーガーを食べるだけ
本当にそれだけの話です。
たとえば怖いものを見た後の、お口直しになりますように!
「ハンバーガー食いてえな」
ソファーで、わたしを後ろから抱きながらふと呟いたノエルさん。手足が長いので、いつも腕の中にすっぽり収まってしまう。あったかくて安心する。
何をするでもなく、ただ座って喋っていただけの休日の昼下がり。素敵な提案に、しっぽが思わずもぞもぞ動いた。
「お坊ちゃんでもそういうの好きなんです?」
「あぁ?」
目を細められるけど、機嫌を損ねたわけじゃない。ちょっと頭のてっぺんを顎でぐりぐりされ、いて、いててて!
「ごめんなさ、ふふっ、くすぐったい!」
甘い匂いにドキドキ。視界の端でぱたぱたと、チョコレート色のしっぽが楽しそうだ。
「だってだって、ご実家でも食べてたんですか?!」
「いやまあ、食卓には出なかったけど」
ほらー! きっと、おフランス料理のフルコースみたいなメニューばかりだったに違いない。これは偏見です。
ノエルさんはばつが悪そうに茶色の頭を掻いた。
「兄さん達がこっそり買ってきてくれてたんだよ。親に内緒で、三人でよく食ってた」
あの金ピカなネロリさんと銀ピカなバインさんが? いかにも貴族っぽい雰囲気の美男子ズだったのに、亜人は見かけによらないなぁ。
「うまいんだよな。ふかふかのパンに分厚いパティ」
「ごくり……」
「少し焦げた甘い玉ねぎと、さっぱりしたピクルス。ああ、ベーコンもいい」
「はわわ……」
「トマトとアボカドなんかも挟んで、とろけるチーズもたーっぷり」
「じゅるる……」
ぐう、とお腹が鳴った。
「わたしのお腹もイイネって言ってます」
「さっき朝飯食ったばっかだろ」
「別腹です」
「んなことある?」
「だって」
「せめてデザートだな」
顔を見合わせ同時に噴き出す。ノエルさんも食いしん坊だ!
「よし、決まり。作る」
「作る?!」
てっきり、そのへんの屋台で買ってくるものだと思ってたのに。
不服そうに、柳眉がきゅっと寄った。ハァそんな表情もカッコいいっ。
「俺の手料理じゃ不満?」
「いえむしろ食べたいですぜひ!」
「ん。そうと決まれば買い出しだ。いい具合に腹も減るだろ」
「はーい!」
張り切ってショッピングバッグを手に取ったわたしを見て、ノエルさんは幸せそうに笑うのだった。
「まずはパンの耳に牛乳をしみこませておく。あ、先にピクルスも作っとくか」
「作れるんですか?」
「意外と簡単だぜ?」
パン屋さんでもらった端っこをちぎり、ボウルで浸す。手際よく食材を処理していく姿は、まるで魔法使いみたいだ。
「本当はパンから焼きたかったが、時間かかるからまた今度。次は肉の準備」
言いながら、かたまり肉を刻んでひき肉や卵と混ぜる。パンの耳も加えてこねこねと大きな手で練っていく。
「てっ手伝います!」
「お、助かる」
市場でも、何を買うかはノエルさんが全て把握していたし。この程度できらきらの笑顔を向けてくるのは、自分で言うのもなんだけど甘すぎると思います。
ぺたぺたと空気を抜きながら一緒にハンバーグを作る。粘土みたいで楽しいよね。ノエルさんとわたしとじゃ手のサイズが違うので、全然バラバラの大きさになっちゃったけど。「手作りならではだな」って笑ってくれるの、優しくて好き。
「あとは蒸し焼きにして……トマトも切って」
「な、何かやることありますか?」
スパスパと生み出される真っ赤な円盤たち。
また暇になってしまった。おろおろ、うろうろしていると、「んー」と深紅の瞳がこちらを見た。艶っぽい流し目にキュン!
「そんじゃあ、踊ってて?」
おど……おどる?!
一瞬、呆気にとられたけど。なんだかこのままからかわれっぱなしというのも少し悔しい。むむ、予想を裏切って全力でピエロになってやろうかしら。
「ではでは、うまく焼けるようにお祈りの舞をば!」
大好きな旦那様がご所望とあればいくらでも!
「ふんふ~ん、今日はおいしいハンバーガ~、たまねぎにんじんピクルストマト~、残念にんじんは入ってないんだぜルンルル~ン」
即興のヘンテコな歌を歌いながらクニャクニャと踊る。ノエルさんは声をあげて笑っていた。
「ははっ、手が離せねえのに可愛いことすんのやめてくれ。あとそれただの野菜サンドじゃねーか!」
「じゃあもっとやりますね。んんっ、それでは聞いてください、次の一曲はアイ・ラブ・マスタードの歌ッ!」
ご機嫌な歌謡ショーはハンバーガーの完成まで続くのだ。フフン、バカップル上等!
***
肉汁にケチャップと赤ワインを入れて煮詰めつつ、皿を持ってきてくれたエマの頭を軽く撫でる。ぱふんぱふんと振られる白い尾。これが見られるならいくらでも撫でてやるさ。
「もうすぐ完成だぞ」
「やったー!」
まあ、あれだな。ちびっ子が親の手伝いをしたがるみたいなもんだろ。
とはいえ、気付いたら調理器具が洗ってあったり、落ちてきた袖を捲ってくれたり。色々と気が利くので、実はこっちも助かってる。あと、うろちょろしながらくっつくタイミングを計ってるのもかわいい。
「ノエルさんて、昔からお料理は好きだったんですか?」
俺の手元を覗きながら、またゆさゆさと尾を揺らす。さっきの珍妙な歌とダンスは何から何までクソ可愛かったから、もうちょっと続けてくれても良かったんだが。
「うまいものを食べるのが好きだから、自分で作れたほうが早いと思ったのはある」
「なら、コックさんじゃなくパティシエになったのは?」
……こういう時は鋭いんだよな。
明るい碧眼が上目遣いに見つめてくる。別に他意はないのだろう、自覚もないんだろうけど。
「……俺の家、宝飾品をよく商品として扱ってて」
やや恥ずかしいが、隠すほどのことでもない。皿に盛り付けながら言葉を続ける。
「昔からキラキラした綺麗なもんが好きだったんだ。でも、こんな尾だろ? 自分じゃ似合わねえから、せめて、作る側になりたくてさ」
ネロリ兄さんも宝石鑑定士になったし。
兄さん達はどっちもすげえカッコよくて優秀で、近所のしっぽ族の間では有名人だった。二人が盾になってくれてなかったら、俺はもっと生き辛かっただろう。
「ま、今じゃ他種族相手に顔で売ってる始末だけどな」
毒にも薬にもならない話をほどほどのところで締めくくる。
すると、それまで黙って聞いていたエマが、後ろからぎゅうと抱きついてきた。前に回ったしっぽが、そわそわと太もものあたりに触れる。
「似合いますよ」
すり、と額を背中に擦って。
「ノエルさんはキラキラしてカッコいいです。都会っぽくてオシャレさんで、それに、いつもお仕事がんばってるすごいひとなので」
「もう気にしてねえから。でも、ありがとな」
半生をかけて刷り込まれたコンプレックスは根深いが。自分を卑下しすぎるのは番にも失礼だと、こないだ兄さん達に叱られたばかりなのを思い出す。
「さて! 食おうぜ」
気を取り直し、二人分の皿を食卓へ運ぶ。歓声をあげて素早く着席したエマは、目の前にそびえる具だくさんのハンバーガーに少したじろいだ。
「これ、えと、どこから食べたら……?!」
あわあわと左右から覗き込む姿も愛おしかったが、せっかくの出来立てだ。俺も腹減ったし。
「上品に食うもんでもねえだろ」
んあ、と大口を開けてお先に一口。うん、我ながらなかなか旨い。
エマは覚悟を決めた表情で巨大ハンバーガーを掴むと、同じように思い切りかぶりつく。かわいい、ほんとうにかわいい。めいっぱいに頬張って、途端に笑顔になるこの瞬間が、まじで大好きだ。
「んんんっ、おいひいー!」
「はは、口の周りがえらいことになってる」
「へへ、ベタベタですね。おそろいだぁ」
こいつの笑顔が見られるなら命だって懸けられると思う、冗談抜きで。ああ、次は何を作ってやろうかな。




