しっぽ穴事情
お気に入りのスカートを履くために、しっぽの上部でペチパンツのボタンを留める。穴から出たところの毛を確かめて、きれいに見えるように鏡の前でくるくるとポージング。
わたし達しっぽ族……有尾族はその名の通り、お尻の割れ目の上というか、腰のあたりからふさふさの尾が生えている。だから人間用の服は、形状によっては加工してもらう必要がままあった。
よっぽど特注じゃなければ、裾上げのような扱いで無料のことが大半だけど。この世界には亜人と獣人が暮らすので、加工ありのほうがむしろ主流かもしれない。専門店はあるものの、種族によるバリエーションを考えたら少ないほうかな。
標準的な『しっぽ穴』は、U字型に切れ込みを入れ、尾の上でボタンを留める形式だ。太い尾だとボタンが弾けちゃうこともあるらしい。ジッパーは毛が絡まって痛そうだし、ボタンでよかったよねぇ。
「うん、ばっちり!」
ペチパンツの上からふわりとスカートを被せる。これならしっぽが多少暴れても直接おパンツが見えないので安心! 手持ちのボトムスにはスリットが入ってるものや、穴があいてるものももちろんある。
そういえば――男のひとのしっぽ穴ってどうなってたっけ? 今日お出かけするのはちょうど服屋さんらしいし、ついでにちょっと訊いてみようかな?
「なんだって?」
モデル顔負けの超絶イケメン、もとい、ビッグラブな我が番であるノエルさんは、お洋服を見定めながら軽く首を傾げた。シンプルなハイネックのニットソーだけなのにカッコいい。百億ポインツっ。
「だからですね? まず、ぱ、ぱんつを履くじゃないですか?」
「下着? そうだな。獣人には身につけない奴もいるけど」
「オフッ」
ノーパン! そうだよね。服を着るのはあくまで人間の文化であって……
「普段、ぱんつの上から何か履きますか? ズボンより前に!」
「いいや……?」
「じゃあじゃあ、ズボンに穴があいてるから、しっぽの付け根から下着が見えちゃうんですか?!」
それどころか、下着にも穴があいてるからお尻が見えちゃうってことですか?! おおジーザスなんてこった、夫の尻が晒される危機!
ノエルさんはラックからハンガーを取った手を止めてぽかんとしていたけど、うーん、と唸って自身の背後を振り返った。チョコレート色の長いしっぽが微かに揺れて、床を擦る。
「そもそも男のケツなんか見たいか……?」
「見たいですよ!」
「ハッ、えっち」
「ぐぎゅううぅ」
わたしは! ノエルさんの美尻なら見たいという話を! してるんですけど! キモいかな?!
あとそのいじわるな笑みは腰にクるので止めてください!
「そりゃ見ようと思えば見えるだろうけど。尾に触られて黙ってるはずもねえし、そんなの、もはや痴漢だし」
「そっ…………れは、そうかもです」
しっぽ族の尾は性感帯の一種だ。元は人間のわたしからしたら、そんな弱点がむき出しなの?!とびっくりしたものだけど。曰く「耳とかうなじと一緒だろ」とのこと。納得できるようなできないような、ツッコミどころが多いような。
でもまあ、確かに。ノエルさん以外に尾を触られるのは、想像しただけでぞわぞわと不快な気分になる。
……実際、こんな素敵なお店で尻の話をしてる場合じゃあないのだが。
ふと目があった店員さんが、遠くでお上品に微笑む。連れてこられたお洋服屋さんは、いわゆるラグジュアリーブランドというか、ドアマンがいるタイプのたっけぇ~店だった。
ノエルさんはどうやら新しいセットアップを買うつもりらしく、さっきからジャケットを見比べている。
「俺の尻の話なんて置いとけよ。せっかくならエマに選んで欲しいんだけど、いい?」
「ももも、もちろんですっ」
何度も頷く。とろとろの笑顔で「うれしい」って言われたら、もうこの身も心もすべてを好きにしてほしくなる。だいすき!
「スーツ? ですか?」
「そ。コンクールの表彰式用のやつ」
「そこは賞をとる前提なんですね」
「当たり前だ。それしか無かった亜人の覚悟をナメんなよ」
言葉を探すわたしに気付いたノエルさんは、何でもない様子でふわりと笑った。
「今はエマがいるから、腕が落ちたかもな?」
「え!」
「嘘だよ、冗談」
「ですよね、ノエルさんのお菓子は世界一おいしいですし!」
思い出しただけでよだれが出てくる。このまえカラメリゼで食べさせてもらったロールケーキ、甘さ控えめでとってもおいしかったなあ……!
ノエルさんはいつも努力していて、ストイックなところもカッコいいと思う。お部屋にたくさんのノートがあるんだ。お店を食べ歩いたメモとか、レシピのアイデアが詰まったノートが何冊も!
「……はあ。ったく」
「どうしました?!」
「なーんでも。じゃ、エマさん? 世界一のパティシエにはどれが似合うと思いますか?」
「ええと、ええっと……!」
促されるままに、ベーシックな紺色ストライプとか、明るめなベージュとか、ちょっと派手にチェック柄とか、何点かを見繕う。単に着てる姿をわたしが見たいだけです。
試着室でジャケットを羽織ってくれる。スラックスはまだ穴加工をしてないので、上からあてるだけだ。
「どう?」
「カッコいいです」
「こっちは?」
「カッコいいです」
「これは?」
「カッコいいです」
「……」
「カッコいいです」
壊れたスピーカーと化したわたしに、ノエルさんはため息をついた。
「おい、エマ」
「ハイ!」
「それじゃわかんねえだろ」
「だってぜんぶカッコいいしぜんぶ似合うので」
「あのなぁ」
手伝ってくれていた店員さんも小さく笑う。
「お客様は非常にスタイルがいいので、こういったデザインもお似合いかと」
「ホァ! いいですねぇ」
「あとこちらのお色味とか」
「ほんとだぁ!」
「ふふ。ごゆっくり悩まれてください」
店員さんは人間だけど、亜人相手でもさすがに手慣れている。恐らく、しっぽ族はまだましなほう。翼が生えてる種族は難儀しそうだし、有角族なんか、頭から被る服を着脱するのは絶望的だろうし。
けど、どの種が優れてるとか劣ってるとか、表立ってそういう差別がないのはすごく幸せだよね。難しいことはわかんないけど、お互いに『そういう人種ね』って認知で社会がまわってるの、素敵だなぁ。
「下も合わせてみたいんだけど、いいですか?」
「もちろんです。お待ちくださいね」
サイズをあわせる用の、しっぽ穴のついた試着服があるそうだ。店員さんが離れた隙に、ノエルさんが耳打ちしてくる。
「エマ」
「ひゃい!」
「エマが決めらんないなら、あの店員に選んでもらうぞ」
「ヒョ!」
そ、それは――ちょっとヤダ!
すっかり伸びていた鼻の下も元通り。ノエルさんのことを最も知っているのは番であるわたしのはずだ、そうであってほしい。
ウンウン唸りながら何度もラックの前を往復していたらちょっと笑われたけど。心外!
「じゃあ……、これっ!」
最終的に選んだのは、カスタードクリームみたいなベージュっぽい上下。赤みがかった茶髪によく似合うと思う!
「俺もそれがいいと思ってた。気が合うな」
無駄にえろい声で囁いたかと思えば、死角なのをいいことに頬にキスまで。うわあああ!
顔を熱くしてモジモジするわたしを放り、「この生地で加工をお願いしたい」って手早く注文まで済ませちゃうノエルさん。
ふと我に返ったら、すごーく満足そうなイケメンが、戦利品を片手にわたしの肩を抱いているのだった。色っぽくて甘ったるい笑顔を向けられる。
「一緒に選んだ服、着るのまじで楽しみ」
「わ……わたしもっ! たのしみです!」
「んじゃ、デートの続きといこうか。次はエマのファッションショーが見たいんだけど」
あ、と付け足されたことには。
「しっぽ穴のサイズには気をつけねえとな? あんまりデカくされたら、俺も我慢できないかもだし」
「それって……」
どっちの意味だ?! 妬いてくれるってこと? そっ、それとも……!
もしかして、と悪戯めいた笑みを見上げる。ノエルさんのほうがよっぽどえっちじゃん!




