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変な女に絡まれた

 お気に入りのカフェ、カウンターに他の客の姿はなく、俺はいつもの席で遅めのランチに舌鼓をうつ。

 ここのベーコンエッグは相変わらず焼き加減が絶妙だ。付け合わせのサラダも、ドレッシングがクセになる味。アップルビネガーとアーモンドオイル、レモンに塩と胡椒……家で再現しようとしたが、どうにも隠し味がわからない。聞けば教えてもらえるかもしれないが、それはちょっと、プライドが許さないよな。


 額に一本角の生えた亜人であるマスターが、目の前でコーヒーを淹れている。彼やウェイトレスも必要以上に構ってはこないし、適度な騒がしさもあって、くつろぐにはもってこいの場所だった……はずなんだが。


「お隣、いいですか?」


 緊張した声は、どうやら俺に向けられたものらしい。げんなりしながら横を見る。また人間の女か?


「……どうぞ」


 違う。同じ『匂い』がする。

 余計に憂鬱な気持ちになりながら、でかい鞄をどさりと床におろした少女の尾を見て、少し驚いた。

 なんで、しっぽを布でぐるぐる巻きにしてるんだ?

 というかわざわざここじゃなくても、他にも席は空いてるのに。あやしい奴だな。


 ふと視線を感じて再び目を向けると、女が俺を見つめている。ミルクティー色の髪、碧眼、ガキみたいに小柄なしっぽ族。いちおう記憶を探ってみるが、さっぱり知らない顔だ。


「……なに?」

「アッ、いえ! お兄さん、カッコいいなと、思って……」


 女の、リボンと布で覆われたままのしっぽがふらふら揺れる。思わず眉間に力が入った。馬鹿にしてるのか? こんな暗い色のしっぽを持つ男への情けってことか。

 同性からは同情され、異性からは眉をひそめられる、焦茶色の尾。両親も兄弟も含め、煮詰まったような濃さを持つのは俺だけだ。先祖返りか知らないが勘弁してほしい。


 疑心すら察しないのか、女はキョロキョロと何かを探している。


「ほら」


 仕方なしに、テーブルの下にしまってあるメニューを手渡す。


「ありがとうございます!」


 どうやら正解だったようだ。

 恥ずかしそうにはにかむ姿はいかにも初心そうだが、演技かもしれない。そういう詐欺にあった哀れな男の話は、種族を問わず耳にする。

 といっても、嵌められるほど誰かの恨みを買った覚えもない。人間の女には好かれるせいで、多少のやっかみはあるかもしれないが、亜人が異種族に魅力を感じないのは常識だし。


「あの、お兄さんはこのお店、よく来るんですか?」

「あ? まあ……」

「じゃあっ、おすすめってあります?」


 なんだよこいつ、やたらと話しかけてくるじゃねえか。

 早いところ済ませたくて、カトラリーを磨いている店主へ片手を挙げた。


「マスター。限定ランチってまだ残ってる?」


 笑顔でこくりと頷く。彼の声を聞いたことはない。


「この子に」


 ひゃっ、と小さな悲鳴が横から聞こえた。

 あろうことか頬を染め、もじもじと両手の隙間から俺を見上げてくる。


「もも、もっかい言ってください……!」

「なんで」

「オトナなお兄さんに『この子』って言われると、なんかこう、クるものがあるなって!」

「あ、そ……」


 鼻を鳴らしてコーヒーに口をつける。あーあ、貴重な休憩時間だってのに。


 やがて運ばれてきたトーストを頬張る顔の、なんとまあ呑気で幸せそうなこと。


「おいひいれふ! んぐっ……ありがとうございます、マスターさん!」


 ため息をつけば、ほろ苦い香りが鼻から抜ける。


 しかし、こいつ。

 相変わらずふよふよと揺れる尾を、横目で確認する。隠すってことは、よっぽど周りに見られたくない事情でもあるんだろうか。ひょっとすると俺みたいなのと同じで、おもしろくない目に遭ってきたとか……?


「……あんた、しっぽ族だよな?」

「はい! あ、エマって言いますっ!」


 聞いてねえよ。


「今日から引っ越してきたんです。アマンダ地区にある、親戚のお店で働く予定です!」


 なるほど、言っちゃ悪いが田舎者だ。警戒心が無さすぎて他人事ながら心配になる。俺が悪い奴だったらどうするつもりなんだ? もう名前も勤め先も聞き出せたぞ。ったく……。


「同じしっぽ族として一つアドバイスだけど」

「はい!」

「同類が多いところには、あんまり近寄らないほうがいい」

「そうなんですか?」


 まるい碧眼が、もっとまるくなった。まったく理由がわかっていなさそうで頭が痛くなる。

 けど、もし何かがあったら、それはそれで寝覚めが悪い。こうも擦れていなさそうな子が無自覚な悪意に傷つくのは、きっと見ていて気持ちがいいものじゃないだろう。


「困ったことがあったら頼ってくれても、まあ。昼は大概この辺にいるし」

「え?! いいい、いいんでふか?!」

「落ち着けよ。別に、同族のよしみってやつだ」

「ひゃあああ……!」


 女の尾が、俺の尾にぶつかる。


「んっ」


 ピリ、と痺れるような、妙に鮮烈な感覚があった。な、なんだ……?

 だが次の瞬間、そんな疑念はすべて吹っ飛ぶ。


「――は?」


 ずっと揺らしていたせいか。女の尾をぐるぐる巻きにしていたリボンがゆるみ、布が床へと落ちた。


「……っ!」

「あわあああ?!」


 まずいまずいまずい! 自分のしっぽが立ち上がりそうになるのを、必死に我慢する。女は大慌てで隠そうとしているけれど。


 こんなに美しい尾を見たことがなかった。真っ白で、輝くほど細やかな毛並み、艶々しく優美な流線型。理想をぜんぶ詰め込んだみたいな、きれいなしっぽ。

 嘘みたいに可愛い女じゃねえかよ。そいつが、こっちをぼーっと見てる。瞳を潤ませて、まるで熱に浮かされたみたいに……

 なあ、冗談だろ? 冗談に決まってる。本能を理性でぶん殴る。


 さっきまでの言動を思い返すと、羞恥で死にそうになる。余計なお世話どころか完全な失態だ。罵るか嘲笑ってくれれば楽だったのに。

 今さら、引っ込みがつかないだろうが!

 ぐっと衝動を呑み込む。体が熱い。さっきからずっと俺のしっぽが女に触れたがっていて、本能はもはやタコ殴りにされていた。落ち着け俺!


「……あの?」

「ああいや、何でもねえ」


 女のしっぽがあらわになった途端、突き刺すような視線をいくつか感じた。たぶん、同類が求愛の機会を窺っている。

 変に邪推されても厄介だな。面倒事からは距離をとるに限る。


 食後の一杯の残りを飲み干し、席を立った。ここに通うのはしばらく控えるべきかもしれない。


「あああのっ!」


 引き留められたことが意外で、思わず動きを止めてしまった。


「お兄さんはいつもここでお昼を?」

「だったら、何だって言うんだ」


 うんざりした。恥ずかしさから大人げなくも苛立つ。ああ、一刻も早く立ち去りたい。


「明日も来ていいですか?!」

「それは……俺に訊かれても」


 まっすぐな問いかけに視線をさまよわせたら、カウンター越しにマスターと目があった。にっこり笑顔が返ってくる。クソ、全部聞いてたな。


「またお話ししたい……です」


 ただでさえここまで綺麗なしっぽを持つ女にそんなことを言われたら、誰だって勘違いする。こいつほんとに、何が目的だ?

 が、ここで揉めても仕方がない。ひとりになりたかった。今すぐに。


「好きにしろよ」


 情けない話だが、それだけ返すのが精一杯だったのだ。


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